銀色の月   作:月光カナブン

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第7話 災厄の宿る霊峰

 老山竜の暴走は二年前に始まり、静まったのは約一年前だった。

 それを振り返るようにルトガーが口を開く。

 

「老山竜の行動はネズミと同じだ。ネズミは大きな災害を察知し逃れようとする。老山竜も災厄の気配を敏感に察知し逃れようとした。それは、災厄の復活する予兆。

 災厄の復活を阻止する定めにあるのか、銀色の月は災厄の復活を前に生まれる。老山竜の動きに注意を払えば、その出生の時期も特定出来るそうだ。更に言うなら銀色の月は、セレムのような竜脈が流れる土地で生まれる。竜脈の力を卵が吸う事で、銀色の月としての力を得る。だから竜脈のある土地に注意を払えば出生の地も特定出来るわけだ。

 そして約二年前に始まった老山竜達の暴走とも呼べる逃避行。ギルドは各地の竜脈の監視を始めた」

 

 竜脈の流れる地域は各地にあるらしい。その数がどれほどなのかはロイドは知らない。ただ各地の竜脈を監視するには、多くの人員、時間を必要とするだろう。

 そしてギルドは、セレムが銀色の月の出生地となった事を突き止めている。ギルドにとって銀色の月は重要なのだ。

 

「ふがふが」

 

 雑炊を頬張るアーシアが挙手した。

 

「ふがふふふ、むげむげげここ」

 

 確かに。アーシアの言うことはロイドも気になっていた。

 

「待て、アーシア。食いながら聞いても良いとは言ったが、食いながら喋るな。何を言っているのかわからん」

 

 そう言ったルトガーをよそに、アーシアはまだ雑炊をすすっている。彼女が飯を食べ続けるのはわけがある。

 先日、アーシアは飛燕との戦闘で降竜儀を発動させた。降竜儀は鬼人化のように、筋肉や骨を傷つけることはない。

 ただし、肉体疲労と膨大なカロリー、熱量、エネルギーを消費するという。アーシアは降竜儀により消費したエネルギーを再び蓄えなければならない。大量のカロリーを摂取し、エンゲル計数を増大させる腹ぺこキャラへと変貌する。

 語弊があった。アーシアはいつだって大飯食らい、腹ぺこキャラなのだ。

 

「ギルドは銀色の月を見つけた。それはいい。ガル爺は銀色の月を災厄を倒すために使うと決めている。シーマや隠密部隊を動員した人物は銀色の月を災厄を封じるために使おうとしていた。ギルド内で意見が分かれているのか? と、アーシアは言いたいらしい」

 

 ロイドはアーシアの言葉を代弁、通訳した。

 シーマが胸の痛みに顔をしかめながら口を開く。

 

「俺やテリサ、隠密部隊を動員したのは、セルボーという男だ。

 俺は災厄が封印されている事は知っていた。だがそれが保たないことは知らなかった。ルトガーが銀色の月を災厄を倒すために使うと言ったときは正気を疑ったよ。

 

 災厄の封印は古竜観測所のような機関が管理している。彼もその一員だ。だから災厄の封印がもう保たないことを知っていたと思う。

 セルボーは特に優れた男ではない。だが馬鹿でも無能でもない。彼がどうして銀色の月で災厄を封印しようとしたのか俺にはわからない」

 

 それにルトガーが答える。

 

「何故、災厄が邪竜と呼ばれるか知ってるか? 邪悪だから。何が邪悪かと言うと、邪竜は人の心を蝕む。

 心の隙、不安、怒り、悲しみ等、弱みにつけ込み人を操る、と」

 

 そんな事があり得るか。以前のロイドなら疑っていただろう。

 

「信じがたい話ではある。だが俺はティアマトの魂と話すことが出来る。邪竜が人の心に干渉するのもあり得ない事ではないのかもしれない」

 

 セルボーは不安だったのだろう。

 災厄が復活する。ならいっそ銀色の月で封竜剣を手に入れ災厄を討ち果たそう。そうガルシアが決めた。だが勝てる見込みはあるのかとセルボーは疑ってしまう。そこを邪悪に付けこまれたのだろうか。

 

「セルボーは封印の管理に携わっていたんだ。それはある意味邪竜に一番近い位置にいたということ。邪竜に付けまれるのも無理はない。

 邪竜にとって封竜剣や滅竜剣は目障りなのだろう。剣の封印を解かれる前に、自分への封印を強化させることで剣の驚異を無くそうとしたんだろう。どの道、自らの封印は解けるのだから、封印を強化されても問題は無いしな」

 

「ふがふが、むげげ」

 

 雑炊を頬張り、鍋の中に麺やら飯やらをぶち込みながらアーシアが言う。

 ロイド以外は誰も理解仕切れていないので、通訳した。

 

「ギルドの内で意見が分かれてるわけじゃなくて、セルボーの独断だったわけだ。それが操られてのことなのかは断言できないだろうが。

 ティアを狙う理由がわかって少し安心した。超ロリコンがティアを狙ってわけじゃなくて良かった、とアーシアは言いたいらしい。

 ところでルトガー、唐辛子の匂いは大丈夫なのか?」

 

「消臭玉を用意した。更にケーキの匂いがあれば平気だ」

 

 さいですか。

 

 ルトガーが一同に聞く。

 

「さて、一つ確認しておこうか。さっきから災厄、邪竜と言っているが、それが何で何処に封じられているか知ってるか?」

 

 先日、ルトガーは封竜伝説の話題を持ち出した。災厄は封竜伝説に出てくる災厄の事だろう。諸説はあるが一般的には、封竜伝説の災厄と黒竜伝説の邪竜は同一視されている。ならば災厄は黒竜ミラボレアスやミラバルカンになる。

 伝説ではミラバルカンは、火山に現れた。

 二年前に起こった老山竜の逃避行。各地で老山竜が現れたが、皆共通してある土地から遠ざかろうとしていた。

 

「災厄は黒竜。場所は、霊峰グラネク」

 

 ロイドは自分の答えがありきたりだと思ったが、それ以外には考えられなかった。

 

 霊峰グラネク、大陸の西方に位置する休火山。

 高い山で、山頂付近は雪がちらつくほど寒冷だ。

 霊峰と呼ばれるには訳があり、太古より炎の化身が住むと言われていた。過去に何度か噴火した事があり、炎の化身の怒りによるものと考えられていた。実際にその化身の姿を確認した者はいない。一説ではその化身こそ邪竜であり、ミラバルカンと言われている。

 封竜伝説の騎士と竜が災厄に挑んだのも、グラネクと言われている。

 ロイドの答えにルトガーが頷く。

 

「場所はグラネクで間違いない。ただ災厄は、黒竜と断言する事が出来ない。諸説も多いし、その姿を確認した者もいない」

 

 当然だが、ロイドは災厄を見たことはない。ただ感じた事はある。

 父と旅をした事が脳裏によぎる。

 

「昔、親父にグラネクに行った事があるんだ。親父は火山に用があったらしくて、子供だった俺は麓のギルドで留守番してた。

 麓でも感じるんだよ。何かの脈動を。地面が揺れるわけでは無く、何かの音がするわけでもない。それでも、静かな鼓動を感じた」

 

 今でも覚えている、まるで火山が息づいているような感覚。何かが潜んでいるような、見られているような。まだ幼いロイドは不安で仕方なく、早く父に戻って来て欲しいと切に思った。

 なるほど、あの様な地ではセルボーのように不安に駆られてしまう者がいるのも仕方ない。ロイドにはセルボーを責める事は出来そうに無い。

 

「あそこには何かがある。何かがいる。目で、耳で確認しなくても、身体で、本能で、そこにある何かを感じる事は出来る」

 

 それが災厄と断言出来ないが、グラネクには何かがいるのは確かだ。

 父は火山に何をしに行ったのか。その疑問はルトガー言葉で晴れた。

 

「グラネクには祠がある。そこに竜の血肉を奉る事で炎の化身の怒りを静める事が出来る。つまりは封印を強化するには祠に竜の血肉を奉ればいい。祭壇から山に竜の力が浸透し、封印を強めることが出来る」

 

 父アシュレイは、倒した飛竜の素材をよく余分に持っていた。

 それを火山に奉りに行ったのか。

 ルトガーが言葉を続ける。

 

「だが普通の竜のそれでは焼け石に水。古竜だろうと同じだ。ただ銀色の月の性質は、封印の力ときわめて近い。だから封印の強化には銀色の月が必要と言われている。

 銀色の月が封印に与える効果。それと同じ効果を得る場合、普通の飛竜の命が数千、数万いやそれ以上が必要だという」

 

 数千、数万。その数字が途方も無くてロイドの理解が追いつかない。

 この大陸全ての竜を贄

 

「俺はティアを奉る気は無い。俺もガルシアも、ギルドマネージャー達も保身に疲れたからな」

 

 嘆息するルトガーだが、その語り口には熱があったように思う。

 ルトガーの災厄を屠る決意は固い。何が彼を突き動かすのか、ロイドには分からない。

 

「しかしルトガー。災厄を倒そうにも、肝心の封竜剣、滅竜剣がどこにあるのか分からない。ティアマトも知らないみたいだし。探してる時間はあるのか?」

 

 その質問の応えはノアから返って来た。

 

「封竜剣の在処ならアシュレイが見つけたって」

 

 流石、古代史伝説マニアの父だな。

 更に飛燕が言った。

 

「滅竜剣の在処は僕が知ってます」

 

 滅竜剣の事はルトガーも意外だったらしい。

 

「滅竜剣を探す手間が省けたな。これで災厄復活までの時間に十分な余裕が出来た」

 

「シーマ、飛燕、テリサ。協力してくれるか?」

 

 ロイドの要請を断る者はいなかった。

 

「何だか事が大きくなっちゃったわね」

 

 と、テリサ。

 シーマが胸を押さえながら言う。

 

「災厄の復活は止めたかったが……、出来ないなら倒すまでだな」

 

「もとより、そのつもりです。ですが僕の腕はしばらく振るえそうにないですね」

 

 飛燕が添え木された腕をさする。

 

「俺もこの怪我だ。しばらくは動けん」

 

 確かにシーマも飛燕も骨を負傷している。

 ロイドは思わずグチる。

 

「クソッ。誰だ、二人をこんな目に遭わせたのは」

 

「俺だ」

 

「ふがふが」

 

 胸を張るルトガーとアーシア。

 

「そうでした……」

 

「そういえばお姉さん、腕が痛いな。誰だっけ? か弱い女性を足蹴にした赤い服の銀髪は」

 

 テリサの言葉に、一同の視線がロイドに集中した。

 

 飛燕の応急処置をしたノアが口を開いた。

 

「シーマは少し安静にしておいた方が良いわね。大した怪我じゃないけど、肋骨の大半がヒビ入っちゃってるみたい。動くと治りにくいわ。

 飛燕の腕は単純骨折よ。私が適切に添え木で固定したから、骨と骨がくっつけば治るわ。活力剤を使えばすぐよ」

 

 骨が折れても骨自体の損傷が少ない場合、骨を固定し、再びくっつくのを待てば良い。

 極端な言い方をすれば接着すれば治るのだ。

 

「私、セッチャクロアリ持ってます」

 

 と、ソフィ。何故そんなモノを……。

 

「モンスターの体液も効くかもしれん。シーマで試そう」

 

 ルトガーはシーマに対して過剰な仕返しをしたいらしい。

 っていうか、接着剤で骨折治ったら苦労しない。

 

「飛燕。さっきの君の言葉、もとから災厄を倒すつもりだったの?」

 

 雑炊を食べるのを止めアーシアが問う。

 

「君と戦って気になってたんだ。君は私を本気で斬ろうとしなかったよね。でも、君は銀色の月が必要と言って私をけしかけた。私を試していたのかな?」

 

「確かに、僕はあなたを試しました。セレムで密かに待っていました。人の、銀色の月守護者を。ファフニールといる僕は銀色の月の守護者になれませんから」

 

 ロイドは話を途中と知りつつ、訊いた。

 

「銀色の月の守護者はティアマト。ティアの父だった。そして、人の銀色の月の守護者は俺だ。ティアマトは瀕死の重傷を負って俺に自らの役目を継がせた。こうなると、わかっていたのか?」

 

「はい。恐らくティアマトは待っていたのでしょう。力のある者を。封竜剣は銀色の月だけでなく、人の守護者もいないと手に入らないと聞きます。仮に剣を手に入れても、人の道具を竜は使えないでしょう」

 

少しショックを受けた。ティアマトがロイドに使命を託したのは、偶然ではなく、必然だったかも知れないのだ。

 そして、だからこそ納得のいくこともある。ティア、彼女が、親を殺したも同然のロイドになついていること。知っていたのだ。父が死に、その後継者が人であると。頼れる者がその人物だけだと。

 

「僕は銀色の月を守ろうと思った。シーマさん達に協力したのは、仮に銀色の月が奪われてもすぐに取り返す位置にいる事が出来るからです。

 でも僕はそれ以上に銀色の月守護者の力に興味があった、試したかった。だからアーシアに挑みました。結果はこの様です」

 

 飛燕が自嘲のため息をついた。

 

「何より、アーシアは銀色の月守護者ではなかった。でもセレムで見た限りはティアはいつもアーシアといましたし、アーシアからは強い竜の力を感じました。間違えても無理はないですよね」

 

 ロイドはまた少しショックを受けた。自分には守護者の風格がないらしい。

 

「ぐふふ、そんな事を言ってごまかしても無駄ばい。君は私に気があったのじゃばい」

 

 からかう気満々のアーシア。

 

「そそ……そんな事は……」

 

 可哀想に。飛燕はすっかり慌てている。

 

「お姉さん、素直になれない男の子も可愛くて好きだな」

 

 悪ノリするテリサ。

 

「あら駄目よ。飛燕は私のモノだからね」

 

 うろたえる飛燕を、どさくさに紛れて守る様にノアが抱き寄せようとする。

 だが、唸りをあげる手がそれを阻止した。

 

「飛燕君、私の馬で逃げよう」

 

 ソフィだ。

 何故か女性陣(+α)の美少年争奪戦が始まってしまった。

 彼の魅惑の美貌が魅力的なのは分かるが、イケメンのロイドとしては不服だ。俺を取り合えと言いたい。

 

「仕方ないな。オジサンを取り合いなさい」

 

「一人でやってて」

 

 場を和ませようとしたルトガーに、アーシアは冷たい。

 

「ルトガー、マドカがいるじゃないか」

 

 取りあえず、なぐさめてやる。

 

「ロイド。例えお前だろうと、娘は、マドカは渡さんっ」

 

「えぇっ? 何、この展開」

 

 ルトガーがケーキを食べた皿とフォークを構える。

 

「いけない。ルトガーさんは消臭玉やケーキで唐辛子の匂いをごまかしけど、限界だったんだニャ。発狂しちゃったニャ」

 

 ビリーがネムリ草を取り出した。

 

「ロイドさん、何とかするニャ」

 

 眠らせろと?

 

「引導を渡す、シィィマァァァっ!」

 

「ターゲット変わってるし」

 

 女性陣(+α)はすでに争いを止め、高見の見物している。

 しかし、ルトガーが何もないところで転ぶ。

 

「くっ、赤いあ熊めぇぇ」

 

 部屋が静まり返った。

 やはり、平和が一番だ。

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