結局ルトガーは倒れたまま起きなかったので、ロイドとノアで部屋まで運搬した。途中でスタミナが無くなり落としたりしたが、問題ない。
ロイドとノアが戻った時、鍋はすでにアーシアの腹に収まっていた。
鍋が無くなり、話すべき事も思いつかないので鍋カオスは解散になった。
アーシアはティアとソフィを伴い部屋に戻っていった。去り際に、マンドラゴラと言う単語が聞こえた。恐らく良くない相談をしているのだろう。
ロイドはシーマに肩をかし部屋に戻った。
シーマは胸の痛みをこらえ、蛍光塗料でルトガーに落書きしていた。
翌日。
クローブを出発し、カナンへと帰ることなった。クローブに滞在していたのは飛燕とシーマの回復のためだ。昨日の様子を見る限り、馬車の中でも安静にしていれば大丈夫だろう。
「ルトガー、ダンディだね」
肩を振るわせて鏡をみるルトガーにアーシアが言った。
「シーマ……」
だがシーマはすでにダウンしていた。飛燕もだ。
負傷者の二人はアーシアとソフィの特製活力剤『可憐なる赤い癒し』を飲まされ昇天してしまったのだ。
以前にロイドも飲まされたが、その時の活力剤は刺激臭などしなかった。
取りあえず、飛燕を馬車に乗せておく。
「二人を回復させるためにクローブに滞在していたのに」
ロイドは馬車の荷物を整理しながら言った。
馬車はもう一台用意されていた。ソフィが馬を選びノアが買ったらしい。
一台の馬車ではそうたくさんの人間は乗れないのだ。
ロイド、ルトガー、アーシア、ノアはカナン、もしくはその近辺に住居を構えている。
シーマやテリサは違うようだが、カナンのギルドへ向かうつもりらしかった。
飛燕は滅竜剣を手に入れるため、ロイド達と行動をともにすると言った。
必然的に皆でカナンに向かう事になる。
ロイド達の馬車はビリーが御者をする。
ノアが乗った方の馬車の御者は、ソフィだ。
ロイドが訪ねた。
「ソフィ、帰らなくていいのか?」
「はい。お父さんはロイドさん達が許すならついていって構わないと言いました。私は、 セレムの地に生まれた命と、ロイドさん達を見届けたいと思います」
「そうか。だが君はハンターではない。いくら腕が立つからって……」
「言ったでしょう。勝てない戦いはしないって」
強い意思を感じた。
昨日の会話を思い出す。ロイドの身を案じての事だと思った。もちろん、それもあるのだろう。彼女が一番言いたかったのは、自分の事は大丈夫だと言うことだろう。
「わかったよ。ソフィを頼むぜ、ヒース」
馬車に繋がれたソフィの愛馬に声をかける。相変わらずのキリン並の威圧感を持つ馬。あれを駆るのだから逃げ足はさぞかし早いだろう。
セレムの馬は速いだけでなくスタミナも十分だ。実際に乗ったロイドにはわかる。ヒースはその中でも選りすぐりだとか。
ロイド達とソフィの馬車は四頭立て。
ビリーとソフィが視線の火花を散らす。
「ソフィさん、僕のドラテクを侮っちゃいけないニャ」
「ビリー君こそ、後で泣いても知らないからね」
荷物をまとめ終わり、ロイドは馬車の中でくつろぐ。
「口の中が火事だ……」
「頑張れ飛燕」
喘ぐ飛燕に口直しの菓子を与えた。
「ファフニールは、僕の気を追ってこれるので大丈夫です」
「わかった」
出発の準備が整い馬が走り始めた。
風を切る馬達。
「速いよ……」
「食い意地張った俺たちより速いな」
街道を馬車が走る。普通は急ぎでも無い限りは馬車馬は歩いて進むのだが、レース中のビリーとソフィは気にしない。もちろん乗っている者のこともだ。
他の追随を許さない二台の馬車。
普通なら三日かかる距離を一日で走破してしまった。
「やるね、ビリー君。さすがに私も二段ジャンプは出来ないよ」
「ソフィさんのドラテクもすごかったニャ。空中ホバリングなんて初めて見たニャ」
日が沈む中、ソフィとビリーは互いを認め合っていた。
その日は野宿だった。速く走りすぎた馬車が宿場町を通り過ぎたせいだ。過ぎたるは及ばざるが如し、ということだ。
ロイド達から少し離れた位置に気配、ファフニールだろう。
月と星がよく見える綺麗な夜だった。
アーシアの隣、ティアが月光を反射し身体を淡く輝かせていた。
飛燕が空を見上げる。
「故郷を離れても、月と星は変わらない」
故郷を懐かしんでいるのだろうか。ロイドも空を見上げた。
「夜空に輝く光があれば、それだけで酒は美味い」
飛燕が手にした猪口に酒を注ぐ。
「風流だな。って、おい。飛燕、未成年だろっ」
ロイドは飛燕の手元に置かれた酒瓶をひったくった。瓶に蓋をする際に芳しい香り。確かに美味そうな酒である。
「ロイド、お米の清酒って美味しいね」
アーシアも猪口を持っていた。
「未成年の飲酒は法律で禁止されている。これ読んでる未成年は絶対に飲んじゃいけないぞ」
ロイドは保身のため独り言を言った。
「故郷か……」
アーシアが木箱を取り出した。小さなオルゴールだ。アーシアがキリキリとゼンマイを巻き、蓋を開けた。シリンダが回り、旋律が奏でられる。
アーシアが良く口ずさんでいる民謡だ。
静かな夜に流れるオルゴールの旋律に、アーシアの透き通るような歌声が加わる。
アーシアの華麗な歌に皆が耳を傾ける。
「アーシアさんすごいっ」
「ほんと。お姉さん歌ってあんまり知らないけど……。貴女の歌には感動したわ」
ソフィとテリサは感激した様子で讃辞を送る。
「あはは、歌は聴くのも歌うのも好きだからね」
「本当に素晴らしいです。良い歌を良い歌い手が歌えばそれは芸術にとなるのですね」
「褒めすぎだよ、飛燕」
謙遜してはいるが歌を特技と自負しているアーシアは、褒められて嬉しそうだ。
だがその笑みが少しだけ寂しさを孕んだ。
「これ、母様のなんだ。いつか、返さないとね」