クローブを出てから二日目の正午。ロイドはカナンの自宅の前にいた。
普通なら五日程の行程だったが、その常識はソフィと常識人らしいビリーには通用しなかった。
ルトガー達とは街の門で別れた。ルトガーとシーマ、ビリーとテリサはギルドへ向かっていった。
ノアは行商人なので市場へ向かったようだった。
みんな旅の後だと言うのに、タフな事だ。
アーシアはソフィ連れて自宅へ。ソフィはアーシアの部屋に泊まることになった。
ロイドは飛燕を自宅に泊めることにした。
ティアはロイドが預かる事になった。アーシアの方が懐かれてはいるが、守護者としての立場上、目の付くところにいてもらいたかったのだ。
ロイドは飛燕を案内し、自宅の前で言葉を無くして立ち尽くした。
「個性的な家ですね」
ロイドの隣で飛燕が慎重に言葉を選んで言った。
「おかしい。俺の家はログハウスで、大きくはないところが大人の秘密基地的な趣のある家だったはず」
だが今ロイドの前にあるのは悪組織の秘密基地みたいな事になっている。
どう考えても、雇ったアイルー達の仕業だ。
玄関の両端から飛び出した四本の凶悪なシルエット。小さめの撃龍槍にしか見えない。
屋根に設置されているのはバリスタと大砲だろうか。
壁からは謎のアームが生え先端が地面に突き立っている。
「変形とかしそうですね」
「したら泣くぞ。くそ、あのバカ猫ども」
ロイドは玄関の扉に手をかけ、身を引いた。
「どうしたんですか?」
「いや、変形とかしたら怖いし」
びびっていると、玄関に新たに呼び鈴が設置されているのに気が付いた。
「これは、変形スイッチでしょうか?」
「自爆装置のスイッチかも知れん。飛燕、下がっていろ」
ロイドは玄関の前に立ち、精神を集中させた。
「落ち着け。要はピンポンダッシュだ。恐れることはない」
自分に言い聞かせ、
「ポチッとな」
呼び鈴をならした。我ながら、レトロなセリフだ。
何も起こらなかった。
家の中からニャゴだのワンだの聞こえてくる。
待つこと数秒。扉が開き、少女が顔を出した。
ロイドがよく知る美しい少女だ。
白く滑らかな黄色の肌、透き通るような漆黒の瞳。同じく漆黒の髪を左側に束ねている。整った目鼻立ち。ひとひらの花びらの様な唇。人形のような可憐さ。
顔立ちには和国人特有の神秘的な雰囲気がある。
その可憐さに、同じ和国人の飛燕も息を呑んだ。
和国人は大陸にはあまりいないため、彼女の美しさは更に際立つ。
「マドカ、来てたのか」
現れたのはマドカだった。
「見なかったことにしましょう」
マドカは家の中に引っ込み、扉が閉められた。
ロイドは鍵を使って扉を開けた。内装まではいじられていないらしい。
「飛燕、上がってくれ。ティアおいで」
ティアを抱き、家に上がった。
居間兼客室ではマドカとアイルー達がくつろいでいた。
「兄さん、鍵を持っているなら呼び鈴を鳴らさないで下さい。私のような年頃の娘は10メートル歩く体力も惜しむんですよ」
ソファに陣取るマドカの前にはクッキーが盛られた皿。
マドカがロイドを振り向き、飛燕と目が合う。
ロイドはマドカと飛燕の仲介をする。
「紹介しよう。この娘はルトガーの養女でマドカ。これでも凄腕の忍だ。
マドカ、彼は飛燕。仕事で知り合った和国人で、居合いの達人だ」
マドカは大陸育ちではあるが、互いに和国人同士。年も近いし、何か共通の話題でもあれば良いのだが。
「そして、今俺が抱いている幼竜がティアだ」
ロイドの腕の中でティアが挨拶するように小さく鳴いた。
「可愛いですね。抱いても良いですか?」
幼く愛らしいティアをマドカは一目で気に入ったようだ。
ロイドは目を輝かせるマドカにティアを渡した。
「ご主人様、お帰りなさいだワン」
「スコット、ただいまだワン」
何故か語尾がうつってしまう。
「上官殿。ご無事で何よりであります」
ビシッと敬礼するアイルー、シュウ。
「シュウ、留守を任せておいたが、玄関のあれは何だ?」
「はっ。皆と決めて購入しました。あれらを装着する事で、この家の防衛力は格段に上昇します」
なるほど、皆は防衛力と言う単語でシュウを言いくるめたのか。赤いアイルー、ヨシツネが口を開く。
「マスター。知らないニャゴ? あれは今流行りのスーパーヒーロー、ゴレンニャイの基地仕様ニャゴ。僕の友達もその一員ニャゴ」
紺色のアイルー、アップルが悔しがって言う。
「拙者も入隊したかったでござるが、どうしてもアイルー口調というものが出来なかったのでござる」
「アップル、落ち込んでるところをすまないが、昼ご飯を頼む」
「親方様、お任せ下さい」
アップルは皆を引き連れてキッチンへ戻っていった。
昼食後、ロイド達はソファに腰を下ろしままくつろいでいた。
テーブルの上にはクッキーを盛った皿が置かれた。いつかルトガーがロイドの家から持ち帰り、マドカにとられたのと同じ物だ。マドカはこれをどこで買ったのか聞きに来ていたらしい。
甘党のルトガーに育てられた彼女もまた、甘味の亡者なのだ。
ティアはマドカの膝の上で目を細めていた。なんだが猫みたいだ。
飛燕とマドカはすぐに打ち解けていた。やはり、同じ様な年頃で同じ民族というのが良かったのだろう。
カナンでは和国の民も珍しいというわけではないが、その大半はやはり、商人だ。マドカと同じ年頃の者は極端に少ない上、カナンを旅の通過点とする事も多く、すぐに旅立って行く。
マドカが同年代の和国人と話すのは随分と久しぶりの事だ。
ロイドはセレム土産の唐辛子パイを頬張りながら二人の会話を聞いていた。
「飛燕の居合いをいつか拝見したいものです。私も少しは刀を使えるのですが、やはりクナイや小太刀が性に合う」
「腕が治ればいつでもお見せしましょう。円さんの忍の技はやはりルトガーさんから教わったのですか」
飛燕はマドカを円と呼ぶ。カタカナじゃないところは流石、和国人だ。
「呼び捨てで良いですよ。留学先の師、というより祖父から学びました。父さんが一度故郷を見て来いと、和国に留学させてくれたんです。五年前、11歳の時に半年間と短い期間でしたが、色々と新鮮でした。ねぇ、兄さん」
突然話題を振られたロイドは口の中のパイを、唐辛子茶で腹に流し込んだ。
「辛い。いくら唐辛子が特産品だからって、何でもかんでも辛くすりゃ良いってものじゃないな」
「兄さん、聞いてましたか?」
マドカが微笑みながら言う。その笑顔からは殺気が感じられた。部屋の温度が二度ほど下がる。
「何という殺気、流石ですね」
関係ない飛燕まで戦慄している。ティアはマドカの膝の上で欠伸をかみ殺していた。マドカの殺気に臆さないとは、大器か。
「俺はマドカの保護者というか、付き添いでついていっただけなんだが。当時の俺はハンターとしてスランプ状態にあった。ハンター業から離れて他文化に触れるのはかけがえのない経験だった。俺が鬼斬破の様な刀を使っているのも和国留学がなければあり得なかった」
クス、マドカが笑う。
「私がいない間、父さんは気が気じゃなかったらしくて、毎日の様に手紙を寄越してくれましたね」
未だにルトガーの武勇伝でして語られる『手紙地獄』。
一日に原稿用紙にして約30枚と言う作家並のペースで半年間送り続けられた手紙。邪魔で仕方ないという恐怖メールだった。
「私は和国で出来た友達と別れるのは辛かったですが、その友達とは今でも文通してるんです」
マドカにとって文通は単なる近況報告だけでなく、己のルーツである和国の言葉を忘れず、学ぶという意味で非常に重要な意味があった。
ロイドも和国の友人と手紙でのやり取りが続いている。話し言葉は出来るが読み書きが苦手だったロイドにとって手紙のやり取りは大変だったが、おかげで随分勉強になった。
相手のほうも大陸公用語を学び、手紙を見る限りかなり上達している。コミュニケーションは未知数だが、読み書きはばっちりだ。
「そして、こっちに帰ってきてからも、新しい出会いがありました」
忘れもしない出会いだった。
「アーシアと出会ったのも、その頃だ」
留学先の友人と別れてすぐだったマドカはアーシアといる事で寂しさを紛らせていた。
「姉さんも私によくしてくれて」
マドカはアーシアを姉と呼ぶ。それほどに慕っているのだ。そしてアーシアもマドカを慕っている。
故郷を飛び出して来たらしいアーシアにとって、ロイドやマドカは心の拠り所だったのかもしれない。