「ところで、兄さん。このティアはどうしたんですか?まさか隠し子ではないでしょうね」
「あり得ないだろ。色んな意味で」
マドカには、まだティアの事を銀色の月の話はしていない。
「見たところ、この子はリオレイアです。しかし、銀色です。何か訳がありそうですね」
話すか、話さないか。
マドカに話す事は、彼女を災厄との戦いに巻き込みかねない。
ルトガーはソフィの前で銀色の月を語っていた。ソフィは腕が立つとは言え、ハンターでない。それはテリサも同じだが、彼女は戦闘の専門家。ソフィとは違う。
それでもルトガーがソフィに話したのは、何故だ。セレムの村を騒がせたのがギルドだったからか。彼女がロイド達と銀色の月を見届けようとしているのを読み取ったからか。 そして、彼女は逃げることを知っている、足手まといを恐れ戦闘には参加しない。
だがマドカは違う。彼女はクールに振る舞ってはいるが、熱情を内に秘めている。
二年前、ロイドが黒狼鳥と戦った時、マドカはロイドとともに戦った。マドカの戦闘能力は極めて高い。だがハンターではない。足手まといにもならないが。
話せばロイド達についてくる。
それはマドカの自由だ。
だが、事をマドカに話すのはルトガーに決めてもらおう。
この場はとりあえず、ごまかす。
「ティアは突然変異で生まれた稀少種で、保護の対象にある。それを狙う者がいたから、俺達が護ってるんだ」
間違ったことは言っていない。
「へぇ」
マドカは半信半疑と言った表情をしていた。
「ところで、マドカ。今日は泊まっていく気か?」
ルトガーの家はカナンから少し離れた郊外にある。ロイドの家から徒歩で向かうには離れすぎた位置にある。マドカが馬に乗ってきた形跡は無い。
「俺と飛燕は旅から帰ったばかりで疲れている。休むにはまだ早いが、君が泊まると、俺は床に寝る羽目になる」
ロイドの家にベッドは一つあるだけだ。たまにマドカがロイドの家に泊まることがある(そのたびにルトガーは憤激する)。その時はベッドをマドカに譲り、ロイドはソファをくっつけて作った即席の寝台で寝ていた。
今日は飛燕がいる。
マドカにベッドを譲る。飛燕にソファを譲る。二つの寝台を作れるほどソファを持ってないので、必然的にロイドは床、またはイスに座って寝ることになるのだ。
飛燕は腕を負傷しているのでベッドかソファに寝かせてやりたい。
「わかりました。泊まりましょう」
ニヤリと笑いながらマドカが言った。
「帰れ畜生」
状況を把握した上でマドカは泊まると言ったのだ。
(まさか夜ば……)
黙れティアマト。そして、いきなり出てくるな。
「いいもん、書斎で本と戯れるもん。アーシアみたくティアを抱き枕にして、寝袋で寝るもん」
旅の荷物の中から寝袋を取り出すロイドを見て飛燕が呟く。
「ロイドさんがすねた」
「しかも、可愛くないすね方。いつものことですが。慈悲で家の中にテント張ってあげましょうか」
結局マドカがベッドで寝ることになった。マドカは飛燕にベッドを譲ろうとしていた。だが、それを飛燕が拒んだ。自分がベッドで寝るのに婦女子をソファで寝させる訳にはいかない、と。
どうやら家主のロイドにベッドやソファを譲る気は無いらしい。
ロイド達は夕食を食べ、風呂に入った。
アイルー達に夕食は和食を作るように指示したが、何を勘違いしたのか、彼らが作ったのは満漢全席だった。材料費込みで1000z。ハンターのロイドにとって、決して高い値段ではないが、嫌がらせとしか思えない。ただ皆大喜びだったので文句は言わなかった。
夜。皆が寝静まり、ロイドも自室の書斎(と言っても読書専用)のイスに腰掛けて舟を漕いでいた。
イスと添え付けの机の上に置かれた籠の中で、柔らかい布に包まれたティアが寝息を立てている。
ふと、目が覚めた。いや、意識だけが覚醒した。
視線はティアへ向いていた。
(ティア、娘よ。お前には何もしてやれなかったな。すまない)
頭に響く声はロイドに向けられたものではなかった。
(ティアマト……)
(我はその気になれば娘に語りかけることが出来る。だが、我が身は滅びた。ここにあるのは魂の欠片。父親の面は出来ない。ただ黙って見守るのみ)
(あんたも傷つくことを、傷つけることを恐れているのか)
(娘は我がいなくなることを知っていた。我を振り切り、汝等といる。まだ幼いのに心に、傷をつけてしまった。今更その傷をえぐれんよ)
(心か。皆心に何かを秘めている。あんたは文字通り俺の心に生きている。そして自分の子の事で心を痛めている。それが出来るのは、あんたの心が間違いなく生きている証拠だよ)
(そうだな。せいぜい汝の中から娘の成長を見守らせてもらおう)
(気楽だな。それを実現するには災厄を倒さなければならないのに)
(ふっ、汝等に期待しているから言えることだよ)