翌朝。
居間の机の上には少し豪華な朝食が用意された。やや色の付いた米は玄米。こんがりと焼かれ香ばしく香るサシミウオ。具だくさんの暖かい味噌汁。緑茶、海苔、納豆まで用意されていた。
これを見た飛燕は感激している。昨日の満漢全席より喜んでいるのは明らかだ。故郷を離れて久しく和食は口にしていないのだろう。
「何故これを昨日、作らなかった……」
ロイドは納豆をねりながら呟いた。
「普段和食を作ってないので、改めてレシピを確認していたニャゴ」
ヨシツネが理由を言う。おそらく半分は正しい。残りの半分は単に自分達も満漢全席を食べたかったのだ。
などと考えていると、思考は視線に宿り、ヨシツネをとらえる。
「いやニャゴ。マスター、そんな目で見ないで欲しいニャゴ」
無駄だ。何故ならロイドは猫好きだから。
ロイドを見て、不思議そうに飛燕が聞く。
「ロイドさん、怪我してるみたいですが、何かありましたか? 今朝何か物音がしましたし」
ロイドは今朝の出来事を回想する。迂闊だったとしか言えない。
「詳しい事はその内、外伝と言う形で明かされますよ」
マドカが納豆にカラシを入れながら言った。
ロイドは納豆に醤油をたらし、ふと思いつく。
「飛竜に納豆をぶつけたら、ネバネバの不快感で攻撃できそうだな」
「ところで、兄さん。私、替えの服を持ってないんですが」
年頃の娘にとって、身だしなみは非常に重要なことだ。マドカの服装は昨日と同じだ。見た目に問題は無いが、同じ服を二日着るのは衛生面の事も含めて、不快なのだろう。
ハンターは仕事が長引くと、数日同じ装備でいざるを得ないことがある。そう言うとき、アーシアはやはり不快そうだった。
「俺のを貸そうか?」
「サイズが合いませんよ」
確かに。ロイドとマドカの身長差は20㎝を超える。体型は全く違う。シャツを寝間着にするくらいは十分に可能だが。
「わかった。買ってやるよ」
「♪~」
マドカの術中にはまっているのを承知でロイドは了解した。
ハンターの防具なら値は張るが、日常的な服装ならそうでもない。たまには何か買ってやるのもいいだろう。
ロイドはマドカの顔、体型を考慮する。
「ゴスロリに決定」
「自分で選びますから」
服と言えば、ロイドも赤フルフルの外套を少し修復しなければならない。セレムでの戦闘で、少し破損した。大した事はないが、放っておくと大事につながる。
食事を終え、ロイドは外套と修復に使えそうな素材を用意した。
飛燕も街用の服に着替えていた。いつもの着物ではなく、黒のスラックスにシャツというラフな格好だ。女子にウケの良さそうな爽やかな出で立ちだった。
ロイドはカナンでは美男子としても知られている。端正な顔立ちと鮮やかな銀髪。褐色の肌は精悍さを引き立てている。腕も立つので、女子の間でもそこそこに人気はある。だが、飛燕の前ではロイドも引き立て役に過ぎない。
なんだこの差は。
ロイドはマドカと飛燕、ティアを連れて街へ向かう。カナンは商いの街、被服店も多い。
まずマドカの服を買いに行く。着いた店には見知った顔があった。
アーシアとソフィだ。アーシアは黒いゴスロリ系(ゴスロリの定義は難解だ)の服に身を包み、おやすみベアを背負っていた。右目の眼帯が何とも言えない魅力を引き出している。
ソフィは完全にアーシアの着せかえ人形にされたらしい。テンガロンハットにポンチョ、ブーツ。出で立ちはカウガールそのものだ。
マドカが黄色い悲鳴をあげた。
「姉さん、可愛いです」
「おや、マドカ。奇遇だね」
こちらに気づいたアーシア達が振り向く。
そして、マドカもアーシアの着せかえ人形にされてしまった。
「マドカもソフィも可愛いから、何を着ても似合うよ。ぐふふ、おいちゃんが何でも買ってあげよう」
どうやらアーシアはマドカの服まで買う気らしい。
ロイドと同じく右利き、いや腕利きのハンターであるアーシアの懐は暖かいのであった。
マドカとソフィ。初対面の二人はすぐに打ち解けた。ソフィは明るい印象で好感が持てる娘だし、マドカは外面が良い。
というかマドカはロイドに厳しい。
アーシアはマドカとソフィの服を買ってあげていた。その代わり、二人の服装はアーシアの趣味、独断と偏見でコーディネートされた。
ソフィはカウガールに。
マドカの服は黒を基調にそろえられた。ワンピース、ストッキング、革靴等。オプションで傘まで付いている。これではどこかの令嬢だ。
「兄さん、似合ってますか?」
「もちろんだ。馬子にも衣装というが、本当の事だったんだな」
ぶっ飛ばされました。
馬子にも衣装、どんな人も外面を飾れば立派に見える事のたとえ。
ロイド達は被服店をあとにし、武具店へ向かった。カナンは商いの街。必然的に人は集まり、出入りは激しい。そんな街だからハンターへの依頼も集まりやすい。結果、カナンの武具店の需要は高く、大きな店が多い。
店にはやはり見知った顔があった。当然だ。ギルドの集会所と同じくハンターのたまり場なのだから。
そして、ハンターではない人間が一人。ルトガーだ。
ルトガーは愛銃シルバースパルタカスの調整にきたらしい。
アーシアはオデッセイの強化。セレムででのティアマトとの戦いで紅玉を手に入れたからだ。
(我は尻尾のふきでものに悩まされていたが、あれは紅玉だったのか)
……新情報(ガセ)。尻尾におできのある火竜は紅玉を持っている可能性がある。
こちらに気付いたルトガーがマドカに駆け寄る。
「マドカ、無事か」
焦燥した様子のルトガー。
少し疲れているように見える。
無理も無い。仕事でしばらく家を留守にしていた。当然その間、愛娘のマドカとは会えない。マドカトの再会を心待ちにして帰宅したルトガーは愕然としただろう。今度はマドカが留守だったのだから。
「男は、いやロイドは狼だといつも言ってるだろう」
「狼牙だ。牙が抜けている」
ロイドのツッコミは無視された。
ルトガーに何を言っても無駄なので、ロイドは自分の用事を済ますことにした。
加工屋に外套を見せ、持ってきた素材を並べる。赤フルフルの皮、火竜の翼膜、炎竜の翼膜等。目的は新たな装備の生産ではなく、すでに出来上がった装備の補強。極端に言えば、素材は破損した部分を補えれば何でもいい。繰り返し、補強、修復する事で自分に合った代物になっていくのだ。
今回は炎竜の翼膜を使うことにした。過去に戦った古竜から手に入れた物だ。
アーシアもすでにオデッセイと紅玉、その他の素材を加工屋に預けていた。
ルトガーはボウガンの調整だけでなく、改造も目的らしい。
「ティアマトは特殊な竜だった。彼からは翼と紅玉しかもらってないが。討伐の証拠として役目を終えた翼を有効利用したい。彼に対して敬意を抱いているお前が嫌がるなら、諦めるが」
ルトガーはロイドに遠慮しようとしている。
(ルトガー殿は我の翼でボウガンの強化をしたいのか。構わない。彼が強くなれば、娘の安全も増す。我の体は役目を終えた、好きにすればいい)
ティアマト本人は気にしていない。ならば問題ないか。
「わかった。依存はない。ところで、具体的にはどうなるんだ?」
「彼の素材は蒼火竜と銀火竜の特性を合わせ持っている。その上、通常より頑丈だ」
ティアマトは蒼火竜から銀火竜へと瞬時に変態していた。
「上手くすれば、ボウガンの小型化、軽量化、装填段数の増加が可能だ」
ロイドはガンナーではないが、多少は銃器に関する知識がある。だからルトガーの言葉の意味が理解できた。そして、同時に信じがたい。
装填段数を増やすには内部構造に手を加えなければならない。外側のフレームを残して、別の銃を作るようなものだ。
そして、小型化、軽量化すると言うことは、外側のフレームの肉厚を薄し、切り詰めるだけではない。小さくなるに合わせ、内部構造も小型化しなくてはならない。
結論。別のボウガンを作り出すより大変な作業になる。経費は通常の十倍はかかるだろう。
「あんたは戦闘だけでなく、武器の改造に関してまでトリックスターだな」
ロイドは素直に賞賛を口にした。