銀色の月   作:月光カナブン

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第16話 熱砂の砂漠

 カナンを出発し、十日後、ネルダに到着した。

 東の地にある砂漠、それに隣接する街の一つだ。

 とにかく暑い。カナンでは吹き出した汗に風が心地良いものだ。逆に湿気の多い和国の夏の蒸し暑さは格別だった。あの粘つく様な暑さは絶え難い。

 この地に和国のような湿気は無い。ただひたすらに暑く、太陽の照り付けが強い。肌を焼くような暑さは、熱いと言ってもいい。

 

 ネルダもまた商人の多い街だ。カナンと違うのは街自体が商業地でないこと。

 商人が多いのは、彼らが砂漠をわたるキャラバンを組むための拠点としているためだ。

 またハンターが多い街でもある。砂漠には危険なモンスターが数多く生息しているため治安維持の仕事もある。また、キャラバンが砂漠を渡る際にハンターを護衛に雇うため仕事には事欠かないらしい。

 

 ソフィとビリーはネルダの宿に残る事になった。馬車は砂漠に入れないし、誰かが馬の面倒を見なければならない。

 二人に留守中に使う金を渡し、ロイド達は砂漠へ向かった。荷物はアプケロスの竜車に引かせている。

 

 ロイド達は皆全身に白い布を纏い、砂漠を歩いていた。

 ネルダの街はまだ比較的に涼しかった。

 砂漠に入ってからの暑さはロイドの人生で最上のものだった。

 気温は体温より高い。暑いからと言って肌を露出すれば余計に暑い。一瞬で体内の水分を奪われてしまうし、火傷もする。そうならない為に全身を白い布で覆うのだ。

 空の上で燃えさかる、砂漠の太陽の光が照りつける。

 光は布で軽減されるが、それでも肌を焦がした。

 しかし、まだ午前だ。日盛りまでまだ時間があるのに、耐え難い暑さだった。

 

「涼しいな」

 

 ロイドの隣を歩くアーシアが言う。暑さのあまり頭をやられたのか、と思ったが違う。彼女は氷結晶で涼んでいるのだ。とは言え、アーシアは眼に見えて疲弊していた。足取りはしっかりしているが口数がめっきり減り快活さはなりを潜めていた。

 

「大丈夫か?」

 

「ん、平気だよ」

 

 そういう声にもいつもの元気は無い。

 その隣をティアが飛んでいる。リオレイアは砂漠でも活動出来る。ティアが砂漠でも元気なのもおかしくはない。ただ彼女の銀色の身体が日光を反射し眩しい。

 

「クーラードリンクはホントに効いてるのか、疑いたくなるな」

 

 砂漠に入る前、人数分用意したクーラードリンクを飲んだのだが、それでも暑さのあまり、のぼせそうだ。

 先頭を歩くのはルトガーだった。

 本来なら、遺跡までの案内をするアシュレイが先頭を歩くのだが、今は少し状況が違う。

 

 原則として歩くのは夜間にし、日中は休むと決めた。日中に歩くのはあまり体力を消耗する。

 今は日中に休む場所を探しているのだ。事前に地図を確認し、手頃な岩場へ向かっている。

 ルトガーを先頭に置いたのは、彼がガンナーで最も遠視が得意だからだ。

 

 砂漠に風紋を描き、乾いた熱風が吹きすぎていく。

 正午になる前に、目的の岩場にたどり着いた。

 岩壁はさわれば火傷するほどに暑い。

 とは言え、岩に囲まれた空間には影があり、涼しい。影がもたらす涼をこんなにもありがたく思ったことは無い。

 体力に自信があるロイドもいい加減くたびれていた。唯一元気なのはティアだ。

 

 ノアとアーシアは暑さにダウンしてしまい、氷結晶を抱えて寝込んでいる。二人とも寒い地域の出身なので寒さには滅法強いが、暑いのは苦手なのだ。

 

 二人に代わり、皆でテントを設営する。

 ロイドと飛燕で竜車から水と食料を取り出し、食事の準備をはじめた。

 労働は若い男の仕事だと決めつけ、オッサン二人とマドカは休憩中だった。

 食事のメニューはクラッカーに干し肉だ。軽量で高カロリーなので重宝する。それだけでは味気ないので、クッキーや干した果実等も用意してあった。

 食事を前にし、皆元気を取り戻した。冷たい水が火照った身体にしみ込む。

 

 ばてていたノアとアーシアも回復したように見える。

 

 アーシアは自分の荷物を取り出した。中身は食料。

 砂漠を渡る場合、荷物は可能な限り軽量にしなければならない。各自、自分の装備以外の荷物の大半を竜車に乗せていた。軽装のアーシアやマドカは荷物に余裕があったのだ。

持てる食料は限られている。とてもじゃないがアーシアが満足出来る量は持てない。だから彼女は自分の分の食料を持参したのだった。

 

「私の胃袋はデリケートすぎるんだよ。いくら暑いからってクラッカー50枚しか食べられないなんて」

 

 食事後、アーシアが言った。

 

 後は日が沈むまで休憩するだけだ。岩場にはガレオスは現れないが、この砂漠にはゲネポスもいる。交代で見張りをしなければならない。この日はロイドと飛燕が見張る事にした。

 

 日陰にいるがやはり暑い。ロイドは水筒に入れていたコーヒーを飲む。あまり知られていないことだが、コーヒーは体感温度を下げる効果がある。しかし寒い日の熱いコーヒーは格別である。

 ロイドに見習い飛燕も持参した飲み物を口に含もうとする。

 

「待て、飛燕。その瓶は何だ?」

 

 飛燕が手にしているのはまたしても酒だった。

 

「やはり昼間から飲酒は良くないですね。夜にします」

 

 そういう問題じゃないのだが。

 コーヒーを飲むとロイドは刀を手にした。

 

「少し食料を調達してくる」

 

 砂漠にはアプケロスやガレオスがいる。肉はその気になればいくらでも調達出来るのだ。

 

「僕は留守番ですね。この岩場にも何かないか見ておきましょう」

「ああ、任せた」

 ロイドは岩場から砂漠に出た。

 

 視界が熱気で揺らぐ。風紋に紛れ、砂を泳ぐ影を見つけた。

 ロイドは暑さを誤魔化すように、砂漠を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 ぎらぎらする太陽光に目がかすむ。

 水筒に入れた水も少なくなった。クーラードリンクの効果もそろそろ切れる頃だ。

 ロイドは皮袋の中身を点検した。

 ガレオスのキモを数個とその肉。景気付けには十分だ。

 袋を担ぎ直す。太陽の位置を考えれば岩場に帰るのは簡単なことだ。

 

「……。何かいるのか?」

 

 ロイドは何らかの気配を感じた。それは岩場に近づくほど強く感じられた。

 岩場に着いた時、確信した。飛竜がいる。

 ただ、殺気は感じられない。そこにいるだけだ。

 

「ファフニールだな」

 

 黒い太陽、ファフニール。このクソ暑い中、黒い体を持つ彼はさぞかし暑苦しいだろう。いや、熱苦しい。

 

 案の定、キャンプの前にファフニールがいた。想像通り、熱気むんむんだ。

 アシュレイが飛燕にファフニールについて聞き出していた。

 いつの間にか起きていたアーシアがファフニールの尻尾を布でキレイに拭いていた。

 ロイドは久々にファフニールと話す。

 

「竜だけでなく人にももてるんだな」

 

「そうでもないさ。それにアーシアに手を出したら、殺されてしまう」

 

 誰に? というロイドの問いにファフニールは視線で答える。視線の先は飛燕だ。なる程、納得。

 じゅっ、という音が聞こえた。音源はファフニールの尻尾。アーシアが熱い尻尾で何かを焼いている。

「みんな。もうすぐホットケーキ出来るからね。こら、ファフニール。動いちゃダメ」

 

 アーシアが次々と尻尾に生地を引いていく。

 

「見ての通りだ。決してモテるわけじゃない」

 

 伝説の竜をフライパン扱いするアーシアに畏怖を感じた。

 

「上手に焼けました」

 

 アーシアが焼けたホットケーキを皿に盛り、テントに引き上げていった。

 ロイドもテントに荷物をしまった。

 テントの中では相変わらずノアが寝込んでいる。額に当てていた氷結晶がのけられ、代わりにティアの尻尾が置かれていた。太陽光を吸収した彼女の尻尾は、熱い。

 ルトガーはボウガンの点検、調整に没頭していた。

 マドカとアーシアはホットケーキにイチゴをのせている。マドカはハチミツを垂らしながら言った。

 

「飛燕が熱帯イチゴを見つけてきたんですよ」

 

「甘くて瑞々しくて。おかけで生き返った気分だよ」

 

 幸せそうな笑みを浮かべるアーシア。

 

 ティアを抱き上げ、ノアのデコを解放した。

 やはり、ティアの体は熱かった。

 そのままテントを出る。

 アシュレイと飛燕が真剣な顔をしている。ファフニールはじっと、遠くを見ていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「感じるな」

 

 ロイドの問いに答えたのはファフニールだった。

 

「まだ遠くにいるが、大きな気配が近づいてくる。これはシェンガオレンか」

 

 シェンガオレン。老山竜の頭蓋を宿にしている、巨大な蟹だ。形こそ蟹だが、陸上でも活動出来る生き物。その移動は老山竜と同じかそれ以上に被害をまき散らす。

 

「何故、そんな奴が。災厄と何か関係が?」

 

「可能性はあるが、あまり意味がないだろう。災厄は生き物を操るが、この地はグラネクから離れすぎて災厄が干渉するのは困難だろう。移動のシェンガオレンの進行方向だけ干渉出来たといったところか。しかし、このペースでは砂漠に入ってくるのは三日後だな」

 

 ロイドは薄ら寒いものを感じた。遠く離れた地から、災厄はロイド達に干渉しようとしている。恐らく銀色の月であるティアの気配を感じ取っているのだろう。

 

 アシュレイが地図を確認した。

 

「ここから遺跡までは三日もかからないな」

 

「それよりも、心配なのはシェンガオレンの通るルートですね。ネルダにいるソフィやビリーに何も無ければいいのですが」

 

「その時は我が何とかしよう。相棒の憂いを断つのも我の仕事だ」

 

 頼もしいファフニールの言葉。

 

「しかし、あんたの出番は無いかも知れないぞ」

 

 シェンガオレンが移動しているのだ。ギルドが黙っているわけがない。

 

「ならば、我も人の姿をとろう。出番をとられてたまるものか」

 

 竜が人の姿になるなんて出来るのだろうか?

 

「ファフニールは特殊な竜ですから。時間制限はありますが、人の姿をとることが出来るんです」

 

 ロイドの疑問に飛燕が答えた。

 

「ちなみに、どれくらい?」

 

「一時間が限界だ」

 

 ファフニールが言う。

 

「以前、僕と人の姿のファフニールで喫茶に入ったんですが。注文してからオーダーが届くまで、店を出て人気のない場所で元の姿に戻る時間を考慮すると、彼にはコーヒーを一杯飲む余裕しかありませんでした」

 

 不憫な。

 とりあえずロイドはファフニールのためにコーヒーを煎れることにした。

 

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