空が赤い。視線の先で、太陽が地平線の先に沈んでいく。
夜に備え、各自で防寒具を取り出す。寒村で着用されるマフモフを用意してあった。
ノアとアーシアはいつも通りの恰好に布をまとっただけだった。
ノアの装備は飛竜の翼膜を幾重にも重ねたものだが、一枚が薄い(特注)。
アーシアにいたってはノースリーブのタツジンメイルだ。赤フルフルのロングスカート(特注)は暖かいはずだが、足の付け根近くまでスリットがある。ちなみにスカートの下はハーフパンツだ。アーシア曰く、豪快にめくれようが問題ない、らしい。
寒くないのだろうか?
ロイドも普段と大差は無いが、厚手の外套は防寒着としても機能する。
夜の砂漠は冷え込んだ。凍てつく空気。防寒着が無ければ風邪を引いてしまいそうだ。
肌寒さを感じロイドはホットドリンクを飲んだ。ほのかに体が温まる。これで風邪を引くことも無いだろう。皆ホットドリンクを飲み干すが、アーシアとノアは要らないようだった。恐るべし。
ちなみ、辛いものが全く駄目なルトガーは生姜を利かせた甘酒を飲んでいた。
「父さん、私も欲しいです」
「こんな事もあろうと、マドカの分もタンブラーに用意してある」
よもぎのあんころ餅まで懐取り出し、親子はおやつを楽しみだす。
月光に照らされた砂漠。息をのむほどに美しかった。何より星が綺麗だ。大気が乾燥しているため、よく見えるのだ。青白い無数の光点と白い月。
その光を頼りに夜明けまで砂漠を歩くことになる。
寒さは身にしみるが、昼間の暑さと比べれば大したことはない。何より水分を奪われずにすむのはありがたかった。
先頭をアシュレイとルトガーが歩く。
一歩踏み出せば、足が沈む。固い大地を歩くより疲労は激しく、速度も落ちる。
アーシアの脇をティアが羽ばたいていく。
飛べたら楽だな、と思う。ティアは飛ぶのに慣れ始めていた。しかし、長くは飛べず、ふらふらする度にアーシアやマドカに抱き止められていた。
「私も抱き止めてくれない?」
ロイドの隣を歩くオカマが言う。その言葉に寒気を感じた。見ているだけで寒い服装に体感温度が下がった。
寒くなったので水筒の熱いコーヒーを飲む。飛燕とオッサン達は飲酒していた。
「酔って道を間違えないと良いが……」
ロイド達の殿はファフニールと飛燕だ。竜が後ろを歩いているのは少々畏怖を感じる。しかも黒い体は夜見えにくいので余計に怖い。
ふと、ファフニールの気配が小さくなった。
「ロイド、すまないがコーヒーをくれ」
そういったのは長身の青年だ。整った顔つき、隙のない立ち振る舞いで、体からは威圧感がにじみ出ていた。これがファフニールの人の姿だ。籠手のような右腕の鉤爪を武器とするらしい。
ロイドがカップを渡す。
「ふむ、癖のない味だ。マイルドな味わいも良いが刺激が欲しいな」
コーヒーを飲むとファフニールは元の姿に戻った。
竜のままだと一杯のコーヒーは量が少ない。人の姿なら一杯のコーヒーで人並みに楽しめるが、人の姿でいることは大変な力を使うようだ。
途中に休憩を取りながら砂漠を進む。
朝日が昇り始めた頃、キャンプをはれそうな岩場を見つけた。
この日はオッサン二人が見張る事になり、ロイドはテントで休息をとった。
強行軍の疲れから、すぐに眠りについた。
日が沈みかけた頃に目が覚めた。夕日が地平線に沈み、辺りが闇に包まれていく。
休憩を挟みながら歩く。休憩中にオッサン二人と飛燕が酒を飲んでいた。ロイドが手に入れた魚竜のキモを肴にして。
ロイドはファフニールとコーヒーを堪能した。体感温度が下がった。
アーシアとマドカとノアは持ってきた菓子を食べていた。
ロイドはティアに肉を与えながら思う。砂漠の中で嗜好品を食す。相当贅沢な行為である。
再び歩き、そのまま翌日も歩き続けた。
日が昇ってから数時間。
アシュレイが地平線の先を指さす。その先にあるのはオアシスだ。
「あそこから遺跡まですぐだ。給水も出来る」
「蜃気楼ではないようだな」
ルトガーが目を凝らして確認した。双眼鏡を使っていないが信用出来る。
「私は走馬灯が見える……」
暑さにやられたアーシアとノアがふらふらしていた。
オアシスまでたどり着くと、アーシアとノアは湖へ向かっていった。
キャンプを設営し竜車に積んだいた水を全て使いきり、新鮮な水を補給した。
この地点から、地平線を越えたすぐ先が目的地だ。夜になるまでロイド達は英気を養った。
月光の照らす中、遺跡にたどり着いた。
遺跡にはオアシス同様に多少の草木は生えているが、建造物の風化が激しい。
アシュレイがその中で一際大きな建物へ案内した。
所々倒壊している。人の大きさならば入れるが、ファフニールは難しいだろう。
「我は残ろう。シェンガオレンも気になるしな」
「わかりました。ではファフニール、何かあれば」
飛燕とファフニールは心話出来るから連絡には困らない。
アシュレイを先頭に遺跡の内部、地下へ潜っていく。
着いた先は、大きな箱のような部屋。行き止まりだった。
壁の一角に何か文字が書かれている。
アーシアが一目見ていった。
「ミミズ腫れだ」
違う。古代文字。アシュレイが言う。
「これは一見壁だが、扉だ。この先が封竜剣に続いている。と、ここに書いてあるだろう」
アシュレイが古代文字を示す。
「そう言われても、ここにいる中で古代文字を読めるのは親父だけよ」
「うむ。だが俺は古文は苦手だ。そこいらの学生よりもな」
アシュレイが胸を張る。
ロイドとルトガーのドロップキックが炸裂した。 絶妙に息の合った二人のキックは、アシュレイには当たらなかった。アシュレイはヒラリと脇によける。
標的を失ったルトガーはそのまま壁に着地。ロイドは壁をぶち抜き、その向こう側に消えた。
崩れた壁から身を起こす。
「何だこの壁は。もろいぞ」
ロイドが壁を叩くと崩れてしまう。
「いや、ルトガーの蹴りでは崩れなかった」
アシュレイが壁を叩いて回る。壁はびくともしない。
「銀色の月の守護者であるお前の蹴りで壊せたのは……、封竜剣がお前を招いているのか」
ロイドは自分で空けた穴を広げる。狭い一本の通路が現れた。どうやら地下に続いているらしい。
他の壁も調べていき、計三本の通路を見つけた。
穴をのぞき込んでみる。何とも言えない不快感を感じた。
「いるな」
竜車から持ってきた装備をルトガーが背負う。
いるとは無論、飛竜などのモンスターだ。
「この三本の中で、一つだけ封竜剣に続いているのか、途中で合流しているのか……」
アシュレイが思案している。
「ともかく入ってみないとわからないな」
三本に別れた道。
ロイド、ルトガー、アーシア、飛燕、マドカ、ノア、アシュレイ、そしてティア。八人(?)もいるのだ。普通は分かれるのがセオリーだが。
「手分けして探してもいいが、あえてセオリーに反発しよう。全員で一つ一つ行こうか」
ロイドが物語の主人公にあるまじき言動をする。
「悪くないな」
皆依存は無かったらしい。いいのか、これで。
改めて装備を整え、薬などの道具を点検する。竜車は安全と思われる馬車においてきた。モンスターに襲われないよう、念のため周りにこやし玉を使っておいた。車を引いていたアプケロスはよく訓練されていたし、大丈夫だろう。
最初にロイドが空けた穴に入る。少し進むと通路の壁が人工物から岩になった。どうやら洞窟と繋がっているらしい。進むうちに通路の幅が広がっていき、いつの間にか開けた空間になっていた。
「うっ、あ……」
アーシアが右目を押さえて呻く。
「どうした!?」
慌ててロイドと飛燕が駆け寄る。
「大丈夫。少し痛んだだけ」
そう言う彼女の息は少し、荒い。
「この先から、奥から、すごい力を感じる。下の方、かな? これは……ティアマトと戦った時に感じた竜脈と同じ?」
という事は、ここにも竜脈が流れていることになる。
「確かに、ここは竜脈が流れている。しかし、アーシアの目が痛む程とは、尋常ではないな」
ルトガーの言うことはロイドも同感だった。
セレムでもアーシアの右目は竜脈に反応した。ティアマトが竜脈から力を吸収したためだ。しかし、ティアマトが力を引き出す前まではアーシアは何ともなかった。
今アーシアの右目が痛むのは、ティアマトの様に竜脈の力を引き出した化け物がいるか、竜脈の流れが濃いか。あるは両方か。
「でも、これは熱い。すごく熱い炎が燃えているみたい」
アーシアが一息つく。
「大丈夫、痛みは引いたよ。……ん?」
アーシアが立っている床、というより地面を見た。
「何かイヤな感覚が這い上がってくる……」
アーシアに言われて、ロイドも意識を集中した。
瞬間、ロイドの本能が警鐘を鳴らす。
「まずいっ」
ロイドは床に走った亀裂を目撃する。
ロイド達は一斉に駆け出す。
亀裂はロイドの足より早く走る。
ロイドの体が、がくんっ、と揺れた。
地面が砕け、崩れる。その先にはポッカリと底の見えない穴が空いていた。
ロイドは全力で前に飛んだ。とっさにまだ崩れていない床を掴む。
しかし、その床もはげ落ちてしまう。
ロイドの体は為す術もなく穴へ吸い込まれた。
「おおおおおおおおおお!?」
衝撃は思ったより早く来た。背中で着地したが、幸い大きな怪我はしていない。柔らかい砂の上に落ちたことと、外套がロイドを救ったのだ。のだが、腹部と胸部への衝撃が大きく痛い。
ロイドの上に誰かいる。その人物にはロイドはクッション代わりになり、衝撃は少なかっただろう。そしてロイドへの衝撃は倍増した。
周囲を見回す。雷光虫がいるらしく、うっすらと明るい。
とりあえず、ロイドの上にいる者をのけようとして止めた。なんか良い匂いがする。
「やはり、人は重いな」
頬に触れる柔らかな髪がこそばゆい。
「どこを触ってるんですか、兄さん」
ロイドの上にいたのはマドカだった。
「肩だが」
「ご名答」
ラッキースケベを期待したロイドとしては寂しい限りだ。
ロイドとマドカは身を起こす。怪我はなかったが、薬のうちいくつかは瓶が割れてしまった。
「父さん達とは、はぐれてしまったようですね」
マドカが辺りを見て言う。
「いや」
ロイドは落ちてきた穴を見上げていった。ティアが羽ばたき降りてくる。
マドカがティアを抱き止めた。
「ともかく進もうか」
マドカが指を舐めてかざす。
「空気が抜けています」
マドカが示した先。アーシアが言っていた方向と同じだ。
ロイドは刀を抜いた。雷の力を内包する鬼斬破はうっすらと輝いた。ロイドが闘気を集中させるとその輝きが増す。松明の代わりにはなる。
刀の灯りを頼りに洞窟を進み始めた。