地面が、床が崩壊する。崩れ落ちたその下に、暗い穴が空いていた。
飛燕は亀裂を避けて走る。壁際にいた飛燕は幸運だった。
崩落は床の中心から始まり、壁までは達しなかった。
壁の近くの床は崩れていなかったのだ。
遺跡での罠やアクシデントになれているのか、アシュレイも崩れていない箇所に避難していた。
「アーシア! ロイドさん!」
だが、床の中央にいたロイド達は為す術もなく、穴へと落ちていく。
その中で崩壊の落下にあらがう者がいた。ルトガーだ。
重力に引き寄せられる床の破片。ルトガーはそれらを足場とし、宙を駆ける。跳躍、ルトガーの体が飛び出す。足に僅かに触れた破片を蹴り付け、舞い上がり、進む。
あっと言う間にルトガーは崩壊から逃れた。
羽ばたいていたティアが空中に残る。ルトガーを一瞥し、彼女はすぐにロイド達を追った。
ルトガーが穴に向かって叫ぶ。
「マドカ、待ってろ。今行くからな」
アシュレイがひざまづき崩れた床の断面を観察した。ルトガーは無視だ。
「天然の洞窟の絶壁に粘土で床を作ったのか。なるほど、風化もしているから、一定以上の重みが加われば崩れて当然だな。ロイドがセオリーを無視したから罰が当たったんだ。アーシア達はそのとばっちりを受けたか」
飛燕は穴を覗くが底は見えない。辺りが暗いせいもあるが、なかなか深そうだ。
「おい、ルトガー。先に進むぞ」
バンジージャンプを試みようとするルトガーにアシュレイが声をかけた。
「穴の底から水の音が聞こえた。マドカやアーシアは身が軽いから大丈夫だ」
ルトガーが松明をかざして穴を見る。
「ダメだ。暗くてよく見えないな」
暗闇の中ではルトガーの遠視能力も低下するらしい。
「ルトガー、マドカを追うのは止めた方がいい。下手に水に浸かったら弾が使えなくなるかも知れん。ガンナーには致命的だ。もちろん俺もだ」
アシュレイの武器はガンランス、海王槍リヴァイアサンだった。防具はモノブロスを使ったもの。水に入れば沈んでしまうだろう。
「僕の服にも鎖帷子が仕込んであるので、泳ぐ事は難しいですね」
「先に進めば合流できるだろう。大丈夫だ、ロイドがついてる」
力強いアシュレイの言葉。ここまでの旅でロイドをコケにするような発言もあったが、本心では誰より息子を信じているからこその言葉なのだろう。
「アーシアもいます」
あの可憐な狩人の強さは今思い返しても戦慄を覚える。
そしてマドカも。カナンで過ごした数日で彼女の身体能力を目の当たりにした。膂力は劣るが、速さ、身のこなしに関してはアーシアすら凌駕するほどだ。
彼女達の強さを思えば心配は要らないのかもしれない。
だが、もしものことがあれば……。そんな微かな不安が心に滲む。
「信じろ。この程度でうろたえてどうする。この先、もっと過酷な状況、戦いを超えていかなければならないんだ」
再度アシュレイがルトガーに促した。
他に選択肢も無い。飛燕達は奥へと歩む。
ルトガーがマドカを案ずる気持ちはわかる。飛燕がアーシアを心配する気持ちと同じだ。
だが、それはアシュレイとて同じ。彼にとってロイドは息子。幼い頃から知るマドカと、一年以上共に暮らしたアーシアは娘の様な存在だ。更にノアは彼を師のように慕っている。心配でないはずが無い。
だが、揺らがない。
信じているのだ、彼らを。そして、信じる強さがある。
この人は、強い。
「地面が変わったな」
通路を通り過ぎ広い空間に出た時、アシュレイが言った。
かなり広い、天然の洞窟らしい。奥へ続く道は無いようだった。
「さっき床が崩落した部屋とは違って、ここは手を加えられていないのか」
アシュレイが壁に手を触れる。
「迷宮、遺跡には行き止まりに見えて、そうじゃないところもあるからな」
地面は岩と砂。ごつごつした岩の間に砂が埋まっている。
飛燕達と離れた位置で、パラリ、と壁が動いた。
「何か来ます」
飛燕は腰の刀に手をかけた。アシュレイが槍を引き抜く。
「壁の向こうからか。通路があるかも知れないな」
腕の筋肉が少し衰えてしまったが、骨は完治していた。戦闘は十分に可能だ。
「俺が見て来ようか」
ルトガーがシルバースパルタカスに弾を込める。
鈍い音がし、部屋全体が揺れる。不気味だった。薄暗い洞窟の中なので、余計に気味が悪い。
揺れが激しくなり、壁が崩れ始める。
いや、揺れているのは壁だけではないらしい。
地面から砂を舞い上げる何か。岩を砕きながら飛び出したのは、白い棒。
「モノデビルか」
棒はモノデビルの角だったのだ。
「大方、争っていたモノデビル同士だろう。どちらかが逃げ、追いかけてきたんだろう」
ルトガーは壁へ向かっていく。
「壁を揺すっている奴は任せろ」
飛燕はアシュレイとモノデビルを迎え討つことになった。
モノデビルが飛び出すのと、壁が崩れ、角竜が現れるのは同時だった。
角竜、その体は黒い。砂漠の悪魔と称されるディアブロスの亜種だ。
「一人で頑張れよ」
我関せずと言わんばかりにアシュレイが言った。
一角竜の体に傷は無い。角竜も同じだ。争った形跡がない。
「そっちこそ、しくじるなよ」
ルトガーは角竜に先手を打った。ボウガンから徹甲榴弾が放たれ、角竜の意識がルトガーに集中する。
ルトガーは角竜が空けた穴に飛び込んでいく。角竜はそれを追い、飛燕の視界から消えた。これで角竜と一角竜が入り乱れる心配は無くなった。
しかし、
「アシュレイさん、ルトガーさんは大丈夫でしょうか」
飛燕は唸り声をあげる一角竜から眼をそらさず言った。
角竜はガンナーやハンマー使いの天敵として知られている。動きが素早く、強力な突進は避けるのが困難だ。熟練のハンターでも防御出来ない武器で角竜を相手にしたくないという。
また堅い殻はボウガンの弾を受けつない。
「大丈夫さ。あいつはトリックスターだ。そして奴には、パンツァーファウストという妙技がある。
あいつの心配はいらん。それより俺たちだ。頼りにしてるぞ、若いの」
「うひゃあああああああああああああ!?」
無重力感が襲う、体が落下する。アーシアは驚愕の悲鳴をあげた。
同じく穴に落ちた者達の悲鳴が聞こえてくる。
焦燥感のある悲鳴はロイドのもの。何故か楽しそうな悲鳴は、ノアだ。そして弱冠余裕のあるマドカの悲鳴。
だが、ロイドとマドカの悲鳴が突然途切れた。
「っ! ロイド、マドガボベヘフっ」
アーシアの呼びかけと水飛沫の音が重なった。
意識が飛びそうになる衝撃が背中を叩き、落下の勢いはアーシアの体を沈めていく。
目の前の大量の気泡が視界を奪い、荒々しい水の流れがアーシアを翻弄した。
水を吸った衣服、装備が重い。
水中でもがきながら、体勢を整えようと試みる。
指先が何かに触れる。
(岸?)
アーシアはそれを掴み、体を一気に引き寄せる。
しがみつこうとして、止めた。ノアだったのだ。
水面に浮かび上がり、視界に入った岸を目指す。
「アーシア、大丈夫? 人工呼吸と心臓マッサージが必要だったら遠慮せず言ってね」
ノアも水面に浮かんでくる。
腕を伸ばして固い地面を掴んだ。そのまま体を引き上げ、水流から脱した。
水をあまり飲み込まなかったのは不幸中の幸いだった。
隣ではノアも岸に這い上がってくる。
「濡れちゃったな。まずは服を乾かそう」
アーシアもノアも服から水を滴らせていた。
「そうだね」
アーシアも服を乾かすのは同意見だった。
アーシア達がたどり着いたの鍾乳洞らしく、冷え込む。いくらアーシアとノアが寒さに強いとはいえ、濡れた体ではそうはいかない。
「へっくしっ」
ずびずばーっ。
アーシアのくしゃみに鼻水が舞う。
「ええい、チキショウ」
一旦岸に戻り、顔を洗う。その間にノアは火を起こしていた。
ノアが持っていたのはマッチだ。このマッチには火竜の器官である火炎袋がつかわれている。水に濡れても火が点り、しかも一本あれば野外で暖がとれる優れものだ。
ただし非常に高価で数が少ないので入手が困難だった。そんな物を持っているノア、流石は行商人である。
(ブラとか透けてないよね……)
防具は厚手の素材で出来ていたので、心配したような事態にはなっていない。
肌に張りつく服が不快だ。脱いでしまえば楽になるが、そんな事をすれば、男子が(主にロイド等が)悶絶しながら吹き出した鼻血の勢いで宙を舞う、そんな艶姿が出来上がるだろう。
この場にノアがいるのでそれは出来ない。
唯一、スカートは外した。下にちゃんとハーフパンツをはいているので問題はない。本来はスカートではなく、足を保護する防具である。
ノアも外見上差し支えない程度に服を脱ぎ、暖をとっていた。
風が吹いていて、火が揺れる。どこかへ繋がっているのだろう。それが水流から繋がっていないことを祈ろう。
服は乾きつつあったがその下、下着はそうはいかない。
「アーシア、私のアンダーウェアあげようか?」
「やだ」
いそいそと服に手をかけるノアをどやしつけた。
「ロイド達とはぐれちゃったね」
穴に落ちた時、途中でロイドとマドカの悲鳴が途切れた。見えなかったが、あの穴は二つに分岐していたのだろう。あの時、アーシアが見たのはルトガーだった。床の破片で飛び回る彼はやはり化け物だった。
戻る手だてもないので道なりに進むしかないだろう。
「少し、まずいね」
アーシアは危機感を感じていた。
ロイドとマドカ、ルトガーとアシュレイと飛燕、彼らにあって、アーシアとノアに無いもの。
「どうしよう、ノア。ツッコミがいないよ」
マドカや常識的な飛燕が、そしてロイドがツッコミ役だった。アーシアとノアは完全にボケである。ボケが二人、ツッコミがなければボケは堂々巡りし、いわゆる無限ループが発生するのだ。
「仕方ないから、今は私が突っ込む。ノアはボケ」
「私はいつも通りか。楽で良いわ」
体も温まってきた。アーシアはポーチをまさぐり蓋をしたカップを取り出した。中身はフルベビアイスだ。
「ふがふが」
「ちょっと待って。何故今アイス。砂漠で食べてなかったのに」
アイスを頬張っているとノアが突っ込んできた。
「オカマが細かいこと気にしちゃ駄目だよ」
「ごめん、アーシア。私がツッコミする」
結局、アーシアはボケのままだった。
ソフィ:……。
アーシア:どうしたのソフィ、スマホ片手に。
ソ:いえ、ルトガーさんなら水中でも戦えるんじゃないかなって。
ア:そうだね。でもこの話を書いた頃はまだ3は発売されてなかったんだ。ガンナーの水中戦は出来ないと作者も思っていたんだよ。
ソ:なるほど。
ア:今書いたら、ルトガーは水中どころか溶岩の中でも戦えるよ。
ソ:わかります。
ルトガー:(俺は一体何だと思われているのだろうか)