銀色の月   作:月光カナブン

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第20話 お約束

「砂漠に繋がっているかも知れない」

 

 ロイドは元来た道を振り返る。地面は岩と砂だった。奥に進めば進みほど、砂の割合が増していく。

 

「しかしさっきの部屋、簡単に床が抜けた。侵入者を拒む罠だったか」

 

 ロイド達が歩んでいるのは天然の洞窟だ。少なくとも、見た目は。

 

「父さんが心配です」

 

 ロイドの隣、ティアを抱いてマドカが言う。

 最近になってティアは飛ぶのに慣れてきたが、長く飛べない。地面を歩こうにも砂の上では上手くいなかいのだ。

 

「ルトガーは最強のギルドナイトだ。心配いらないさ」

 

 ルトガーが全ギルドナイトの中で五指に入るのは確実だ。何を基準にするかで最強の定義は変わるが、少なくともロイドはルトガーより強いギルドナイトを見たことがなかった。

 

「それはわかってます」

 

 マドカはルトガー最強説をあっさり肯定した。

 

「穴から落ちた私を追いかけ、バンジージャンプでもしないかが心配なんです」

 

 ……あり得る。

 

「親父と飛燕が止めてくれるさ」

 

 穴から落ちなかったのはアシュレイと飛燕と記憶している。

 

「とっさにワイヤーを飛ばそうとしたんですが、誰かに当たりそうだったし」

 

 マドカの忍装束には様々な道具仕込んである。

 籠手からは鉤爪をつけたワイヤーを飛ばすことが出来た。

 

「落下中は狙いも定まりにくい。正しい判断だよ」

 

「兄さんをクッションにしたことも」

 

 ……やっぱりわざとか。

 背後で物音がした。何かが地面に降り立つ音だ。

 

「ルトガー、マジで飛び降りちゃった!?」

 

「いえ、それは無いでしょう」

 

 ロイドが振り向く。刀の光に照らされているのは、茶色と緑のまだら模様のトカゲだ。

 

「ゲネポンか」

 

 次々と現れるゲネポス達。一際大きい個体は群のリーダー、ドスゲネポスだ。

 

「あ、いいですねゲネポンって。可愛いじゃないですか」

 

 軽口を叩きながらマドカはティアを放し、忍刀を引き抜く。

 ロイドは首にかけた鱗に呼びかけた。

 

(ティアマト、頼む)

 

(心得た、存分に暴れるが良い)

 

 頭に響くティアマトの声。彼の保護があれば体への負担は軽くなる。

 

 更に前方からも気配。砂に潜った砂竜だ。砂から突き出たヒレの数は十。その中に黒いヒレが二つ、ドスガレオスだ。

 ロイドとマドカは背中合わせに立つ。

 ゲネポスとガレオスが二人の周りを囲う。

 

「兄さん、機を見て音爆弾を使います。投げて下さい」

 

 暴れ回る広さは十分にある。

 天井までの高さはロイドの背丈の二倍ほど。

 

「ティア、上にいろよ」

 

 ティアは言われた通りに天井まで羽ばたく。あの位置なら戦闘に巻き込まれる心配はない。

 ゲネポスの動きは大したことはない。だが、体内に神経性の麻痺毒を持っている。牙から分泌される毒を食らえば身動きが取れず、彼らの餌食となる。ドスガレオスにも麻痺毒はあるが、それ以上に地中から攻撃が厄介だ。

 ゲネポス達が吠えた。彼らにとっては威嚇だったのだろう。だが、ロイド達には合図となる。

 

 マドカがゲネポス達の間を駆けた。すれ違い様にマドカの刀が円を描き、二体の胴を横薙ぎにする。円の動きに、直線が加わる。マドカの背中を守るロイドが振り下ろした斬撃に、ゲネポスが断末魔を上げた。

 そこへ畳みかけるようにゲネポス達の牙が襲う。

 マドカは低い姿勢で地面を滑り、回避。

 

「おおぉぉぉっ!」

 

 牙を迎え討つロイドの体が赤い闘気を纏った。銀の軌跡が走り、血飛沫が舞う。

 刀を振り切ったロイドに、砂煙を上げて迫る影。砂から飛び出し滑空するガレオス。大口を開け突っ込んでくる。

 並のハンターなら絶対に避けきれない、いや熟練者でも回避が困難なタイミング。

 だが、ガレオスの牙はロイドに届かない。

 一筋の雷光に、電光石火で放たれた突きに串刺しされ絶命した。

 ロイドは右手に刀を握ったまま両腕を広げる。

 

「マドカっ」

 

 左手をマドカに差し出す。素早くマドカがロイドと手を繋ぐ。

 ロイドが獅子吼を上げ、回転する。

 遠心力をのせて、マドカを天井へ投げ上げる。勢いをそのままに、刀に刺したガレオスを吹き飛ばした。

 ガレオスの死体は、ロイドに飛びかかった時と同じようにゲネポスに突っ込んでいく。銃弾もかくやという勢いでゲネポスにぶち当たり、押しつぶした。

 

「ティア、吠えて」

 

 天井からマドカの声。マドカは天井に張りついていた。右手の忍刀を突き刺し、ぶら下がるのではなく、体を支えているのだ。

 マドカがクナイを投擲する。四本のクナイは四方へ散る。結びつけてあるのは音爆弾だ。

 ティアが吼え、音爆弾が炸裂する。

 取り囲んでいたガレオス達が一斉に飛び出してくる。

 がら空きだ。

 

「るああああぁぁぁぁぁ!」

 

 残像を残し、ロイドは疾風と化した。雄叫びにのせ薙払う。

 無秩序に振るわれる刀は血の花を咲かせ、ガレオスを、ゲネポスを、次々と、次々と肉塊に変えていく。

 ドスガレオスが食らいつく。駆け抜ける刀が砂竜の体に線を引く。

 砂竜が捉えたのは、ロイドの残像。気付いた砂竜が首をひねり、ぐらりと傾く。その体に引かれた線、それを中心に胴体と胴体が切り離された。

 荒い息を吐いてロイドの体が停止する。

 力尽きた、とでも思ったのかドスゲネポスが躍りかかる。

 しかし、ロイドは単に力を温存しただけ。

 ドスゲネポスの体に火球が着弾する。上からのティアの援護だ。

 怯んだドスゲネポスに降り注ぐ五つの刃。縦横無尽にひるがえり、切り返すクナイ。クナイに紛れマドカが忍刀を振るった。

 血桜が、狂い咲く。

 

 

 

 

 

 

 リーダーを倒されゲネポス達は散り散りに逃げていった。

 わずかに残ったガレオスも、生き残った方のドスガレオスに率いられ撤退した。

 

 マドカは顔に付いた返り血を拭き取り、刀の血糊を拭う。

 天井から降りてきたティアが地面に降り立った。

 ロイドは自らが斬り殺したモンスター達に哀悼の意を表した。

 マドカもそれに習う。

 

 彼女の兄が振るう刀には容赦がない。だが兄はいつだって奪った命の安らぎを祈っていた。

 どうしようもなく甘いと思う。だが、そんな兄が好きなのも事実だ。

 

「兄さん、一応薬を」

 

 マドカは自分の分の回復薬をロイドに差し出す。兄に怪我は無い。ただ兄は時たま尋常でない動きをする。その反動で体を痛める。仕事で体を痛めるのは大抵、兄自身に原因がある。

 

「いや、悪いよ」

 

 ロイドは断ろうとしたが、無理やり押し付けた。

 

「ダメです。兄さんのはいくつか割れてしまったじゃないですか。私の分はありますから」

 

 さっきだって、「あんたホントに人類?」と聞きたくなる様な動きをしていた。マドカが上から援護しようにも、ロイドの動きついていけなかった。

 いや、ロイドは人類だが、同時にケダモノだ。父もよく言っている。

 

「行こうか」

 

 薬を服用し、ロイドが歩み始める。マドカはティアを抱き上げ、ロイドと並ぶ。刀に雷光を宿らせようとするロイドに告げる。

 

「兄さん、この先は私が」

 

 マドカは鼻から大きく、深く息を吸い、精神を集中させる。吸った時同様に大きく息を吐き出し、右手で剣指を作る。

 

「烈華」

 

 言霊を唱えると指先に火が灯った。

 

 手品の如く突然現れた火にティアは少し驚いた様子だ。

 

「ゲネポスは洞窟にも出る。ただガレオスはあまり見かけないな。ここの砂が砂漠か彼らの巣に繋がっているのだろう。人為的に繋げられているのか」

 

 ロイドはマドカの火に驚いた様子も無く、照らし出された洞窟を眺めていた。

 彼はマドカの能力をよく知っているから、当然の反応だ。

 

「驚かせちゃったね、ティア」

 

 マドカは左手でティアを撫でた。

 

「先の遺跡は自然の洞窟の上に作られたと考える事もできますね。やはり封竜剣があるからでしょうか」

 

 光が強くなった。いつの間にか壁が狭まり、それに光が反射したのだ。

「だろうな。だから怪しい物を見かけても無闇に触らないことだ」

 

「兄さんじゃあるまいし……」

 

 ふと視線の先に歪な影が現れた。乱雑に置かれたガラクタ。

 近づいてみると、一見価値のない鉄錆だ。ロイドが慎重にそれを手に取る。

 

「もしかしたら、太古の武具の成れの果てかもしれない」

 

 古い時代の武器には、現在使われている属性武器のオリジナルがある。たまに遺跡等で発掘されるのだ。そういった武器で最も有名なのが封龍剣【超絶一門】だ。剣としての威力は並だが圧倒的な龍の力を秘めている。

 

「兄さん、封竜剣と封龍剣の違いって何でしょう?」

 

 ふと思った疑問だった。響きは一緒だし、字も似ている。

 

「そういえば、考えたことはなかったな。ただ一ついえるのは封竜剣は封竜伝説に出てくる剣。封龍剣は太古の人々が使った剣だ」

 

「封竜伝説のベオウルフが使ったのは封竜剣なのか滅竜剣なのかもわかりませんし」

 

 ベオウルフ、封竜伝説の英雄騎士の名前だ。

 

「そうだな。伝説は諸説あるから、ベオウルフが双剣を使うとするものあれば、大剣を使ったとするものもあるし。あるいはその両方を使ったというのもある」

 

 ロイドがガラクタの中からいくつかめぼしいものを選んでポーチにしまった。

 マドカは壁にある突起に気付いた。突起は三つ並んでいる。どうみてもスイッチだ。

 

「兄さん、押したいです」

 

「どうみても罠だろ」

 

「でも、あからさま過ぎます」

 

 文句でもあるか、といわんばかりに、堂々とそこにあるスイッチ。

 

「ふてぶてしいな。腹が立ってきたから無視しよう。ポチッとな、なんて言うと思うなよ」

 

 ロイドはスイッチに向かって罵詈雑言を浴びせた。

 気を取り直して先へ進む。道は下っていく。

 背後で鉄が落ちたような鈍重な音が響く。

 

「今度こそルトガーが飛び降りたか?」

 

「いえ、あり得ないと思います」

 

 ロイドとマドカが振り返ると、そこには巨大な鉄球があった。その大きさは通路の幅とほぼ同じ。

 

「マドカ、奴は俺たちをぺちゃんこにする気満々だぞ」

 

「インディーですね。ノリが」

 

「お約束とも言うな」

 

「そのお約束ってインディーがパイオニアですよ、きっと」

 

 ゆっくりと鉄球が転がり始める。退路は一つ。

 ロイドとマドカは通路の奥へと駆け出した。

 この手の罠の行き着く先は決まっている。行き止まりか、落とし穴だ。

 ロイドとマドカの逃げ足は速い。だが鉄球も転がる速度をあげていく。

 重力加速度という物理法則が無ければいいのに。とマドカは思った。

 兄がスイッチ押さないから、罰が当たったに違いない。

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 のどかじゃない、緊迫感が満ちる通路でロイドが吠えた。背後に迫る鉄球の勢いは増すばかりだ。

 

「何か、前もこんな事があった気がするっ!」

 

 マドカの脇で叫ぶ兄。走りながら叫ぶなんて、一体どんな肺活量だ。

 マドカ達の上をティアが飛んでいる。案外重たいティアを抱いて走るなど、マドカには出来なかったのだ。

 

「っていうか通路長いです!」

 

 マドカも頑張って叫んでみた。

 疾風迅雷、電光石火の速さを持つマドカだが、このまま通路が続けば鉄球の速さは増していく。少なからず危機感を抱いていた。

 通路の天井は高く、鉄球は届かない。だが天井と鉄球との隙間に入り込むのは無理だ。通路の傾斜と同じく天井も傾斜している。飛べば、走行の勢いも手伝って天井に激突するに違いない。

 マドカが掲げた炎が通路の先を照らす。

 通路の先を照らす光が途切れている。どうやら穴が空いているらしい。

 

「兄さん」

 

 マドカの呼びかけにロイドが頷く。

 

「飛ぶぞ、天井に気を付けろよ」

 

 穴の縁が迫る。その先は岩壁だ。壁までの距離は遠い。だがそこまで飛べば鉄球から逃れられる。

 それが兄が出した、単純明快な結論だ。

 マドカは籠手に仕込んだ鉤詰めを引き抜く。

 兄が伸ばしてくる手。それをしっかりと握りしめ、二人は空中へ身を躍らせた。

 マドカは腕を振るい、鉤爪を壁に投げつけた。壁の凹凸に鉤爪が食い込む。本来なら引っ張って強度を確かめるのだがその余裕はない。

 ふと、兄の手が放された。ロイドはマドカの腰に腕を回し、強く抱き寄せる。

 

「なっ」

 

 不覚にも声が漏れ、顔が赤くなった。

 振り子の放物線を描いて壁に衝突。マドカの視界に火花が散った。

 体を支える衝撃。腕にかかる負担。それらは想像したものより軽かった。

 ロイドが岩の壁に刀を突き刺しマドカへの負担を和らげたのだ。火花が見えたのは刀が岩を穿ったからだ。

 マドカとロイドのすぐ後ろを鉄球が落ちていく。足下の壁にめり込み、また落ちる。穴の底で水飛沫の音がした。

 一難去って安堵のため息を吐いた。

 

「マドカ、ワイヤーを」

 

 ロイドの意図は伝わった。マドカは籠手を外した。ワイヤーは籠手に仕込んであるからだ。両手が塞がっている間は兄の腕がマドカを支えていた。兄の腕は逞しく、その優しさがマドカの胸を締め付ける。

 

 外した籠手を片手に、兄の体に手を回してしがみついた。

 

 到底、抱擁と呼べるような状況ではないのだが、マドカの体感温度は上昇する。

 兄が籠手を掴む。マドカは空いた手も使い、両腕で兄にしがみついた。

 

「元来た道は戻れないし、下りるしかないな」

 

「……はい」

 

 マドカの目の前にはロイドの横顔がある。見慣れたはずなのに、胸が高鳴る。

 ティアが羽ばたきマドカの脇にやってくる。

 ロイドがワイヤーを伸ばし、下るのに合わせているのだ。

 

「今日は厄日です」

 

 マドカは口に出していった。

 ロイドが怪訝な顔をする。

 兄と手を繋ぎ、抱き寄せられ、抱きついている。今日を厄日と言わず、なんと言おうか。

 知らなかった、兄の体がこんなに逞しかったなんて。

 いや、事実としては知っていた。だけど、今のように抱きついて体で感じる逞しさは知らなかった。

 

「マドカ、熱でもあるのか。顔が赤い」

 

(~っ! ケダモノのクセに、人の気も知らないで)

 

「風邪でも引いたら大変だ。女の子が体を冷やすのも良くない。あとで外套を貸そうか?」

 

 お願いだから、今自分を女の子と言わないで欲しい。兄に言われると、余計に意識してしまう。

 

「遠慮します。兄さんのコートからは、父さんと同じ匂いがします」

 

 この言葉意味すること、若い男性には絶大なダメージを与えるだろう。

 

「俺からオッサンの匂いがするって言いたいのか」

 

「そう聞こえなかったのですか」

 

 わざと怒らせて、意識を変えてしまおう。少なくともそれでロイドは、鈍感はごまかせる。

 

「こ……このまな板」

 

 ロイドの一言。

 まな板。ぺったんこ。

 

「兄さん、今なんて言った。気にしてることを」

 

 こんな報復が返ってくるとは思わなかった。

 ああもう、本当に自分は何をやっているんだ。

 

「悪かったですね、ペチャパイで。これからが発展途上なんですよ」

 

 言いながら、わずかに涙が滲んだ。勿論、情けない自分に対してのものだ。

 

「すまない、言い過ぎた」

 

 優しく言葉をかける兄。彼が悪い訳ではないのに素直に謝ってくれる。おかげでマドカの胸は苦しくなるばかりだ。

 

 乙女心は永遠の謎。姉の気持ちにも気付かないロイドに、乙女心など永遠に理解できないだろう。

 どうして、こんなにも心が痛むのか。

 この感情が一般的に、何と言われるかは知っている。

 だがロイドはマドカを妹としてか見ていない。マドカもロイドを兄として見る。

 

 だけど……。

 世間体には血縁関係が無い二人がどうなろうと問題は無い。

 だが、マドカには血の繋がった肉親はいない。唯一和国にいる祖父だけだ。

 そんなマドカにとって、物心が付いたときから一緒にいたロイドは、どうしようもないくらい、兄だった。

 そんな兄に想いを寄せるなんて、どうかしている。

 マドカにできるのは、早く楽になれるように、諦めが付くように、姉に期待するだけだ。

 

 でもそれが後ろ向きな想いで。

 もしそうなった時、自分はきっと悔やむと分かっている。

 だから、マドカは苦しい。

 でも想いは止められない。想うほど、恋しいほど苦しい。

 

 今日もまた兄を想い、苦しさは増す。

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