角竜はガンナーの天敵だ。黒い角竜ともなれば、一瞬の油断が命取りとなる。
だが、ルトガーは黒角竜と対峙しながら、興奮に沸き立つ。
手に生まれ変わった相棒を構え、不敵に笑った。
愛銃のシルバースパルタカス。以前と見た目は変わらないが、部品を切り詰め、よりコンパクトに。そして予想以上に軽い。
持った時には頼りなくすら感じるが、使ってみると威力は落ちていない。何より装填弾数を増した事が心強い。
以前と変わった使用感になれるまで少し時間はかかる。だが、
(これはとんでもない物を作ってしまったな)
そう思わずにはいられない。
壁を抜けた先もまた、広い空間だった。
今、地面に立っているのはルトガーだけだ。
視界に一瞬、砂煙が映った。それは瞬く間に間合いに飛び込んでくる。
足下から轟音。
吹き上がる砂とともに二本の角が飛び出す。
(速いな。流石は黒い悪魔。砂漠に君臨する、死の化身といったところか)
目にも留まらぬ速度で迫る角。
だが、それすらルトガーの視界には、緩やかに映る。
ルトガーは後方へ跳躍しつ引き金を絞る。
一つの銃声。吐き出される九発の弾丸。
狙いは二本の角の間。黒角竜は急所への着弾に、苦悶の声を上げる。
飛び出しながら吠える黒角竜。
「おいおい、そんなに叫んだら近所迷惑だろ」
ルトガーは宙でリロードし、着地。
黒角竜の目に火が点る。
「怒るなよ。オジサンが悪かったよ」
ルトガーはおどけてみせるが、黒角竜の怒りが収まる訳がない。
黒角竜が低い姿勢を取り、地を蹴る。
怒り任せの単純な突進。速さは先ほどより格段にあがっている。相乗して威力もある。
速い、だが所詮は直線的な動き。
ルトガーは脇に転がってかわす。振り向きざまに、横滑りに弾丸をたたき込んだ。
再び九つの弾丸が黒角竜をとらえる。
だが、効果はない。
堅い殻に阻まれ通常の弾では全く効果が無いのだ。試しに貫通弾を打ち込んだが、これすら殻に傷をつけただけだ。急所に当てても痛がるだけ。
相手の攻撃はルトガーには当たらない。ルトガーの攻撃は効果がない。
このまま堂々巡りを繰り返せば、負けるのは確実にルトガーだった。
持久力が全く違うのだ。ルトガーに持久力が無いわけではない。だが、一時間全力疾走しろ、と言われてもできるわけがない。
黒角竜はやってのけるだろう。彼らの持久力は人の目から見れば無尽蔵だ。飛竜とはそういうものだ。
ダメージを与えるにはまず、殻を排除しなければならない。
「弾は温存したいんだが、仕方がないか」
背負ったケースから、目当ての弾を取り出し、リロード。シルバースパルタカスには本来一発しか装填出来ないが、改造により二発装填できるようになった。
あとは狙いをどこに定めるかだ。
強い威圧感を感じた。突進してくる黒角竜の瞳にあるのは、殺意だ。
猛烈な突進をルトガーは苦もなくさける。
すれ違い様に、黒角竜が尻尾を振った。
予想外の動きにルトガーの反応が僅かに遅れる。
ルトガーは地を蹴り、舞い上がる。
尻尾を避けられたのは、振りが大きかったからだ。
視線の下、黒角竜が尻尾を振ったその反動で、力任せに方向転換。突進の勢いをみじんも殺さないまま。
ルトガーが銃口を黒角竜に向ける。
黒角竜が角を振り上げる。
ルトガーの跳躍は、とっさにとった行動だった。高さは得られていない。
故に、ルトガーの体は黒角竜の間合いの中だった。
ルトガーがどんな弾を撃とうと、突き上がる角が止まることはない。
その角は恐ろしく鋭く、重い。
岩を砕き、鋼を穿つ。鎧を貫き、ハンターの命を奪う。仮に鎧が貫かれなくても、体に走る衝撃は内臓を破壊する。
当たれば、確実な死があるだけ。
黒角竜は勝利を確信しただろう。
だが、それはルトガーも同じだった。
止まらない角から、どう逃れるか。
簡単だ。避ければいい。ただそれだけだ。
ルトガーは眼下に狙いを定め、引き金を引いた。これまでとは違い、ひときわ激しい反動が体に返ってくる。
ルトガーは暴れ回るボウガンを力で押さえ込み、更に発砲、リロード。
打ち出されたの徹甲榴弾。対象に着弾した衝撃で爆裂する。威力は高いが反動が大きい。ヤワな者が使えば、ひっくり返るか、肩を外すかだ。
空中からの発砲。押さえ込まれた反動は、ルトガーを押し上げる推進力となる。
銃声は、途切れない。
ルトガーは、止まらない。
それでも、ルトガーは角の間合いにいる。
身をひねったルトガーの脇腹に灼熱感が走った。
鋭い角がかすめ、ルトガーはきりもみながら吹き飛ばされる。
だが、追撃は無かった。
黒角竜の背中が爆炎を吹き、破裂した。苦悶に仰け反る黒角竜。その周りにばらまかれた黒い破片は、吹き飛ばされた殻だ。
「ぐぅっ」
赤い線を引いてルトガーは着地した。
脇腹に触れた手が瞬く間に赤く染まる。肉を抉られていた。出血も多い。
だが、致命傷では無い。
堅い殻を持つ竜にガンナーの攻撃は軽すぎて効果が薄い。
殻の一点に集中して徹甲榴弾を叩き込み、破壊する。
堅殻破壊の技、パンツァーファウスト。
ルトガーの速射、高速装填、精密な射撃力を以てはじめて成立する妙技である。
黒角竜の背中。その一点の堅殻はすでに無い。
ルトガーは獰猛な笑みを浮かべた。
「残念だったな。お前の負けは、確定だ」
ルトガーの背後には壁。
翼を広げ、低く構える黒角竜。
「ハッタリじゃない。次、仕掛けたら、終わりだ」
それはルトガーなりの忠告だった。
だが、怒りに燃える黒角竜が聞き入れるはずもない。猪突猛進に突っ込んでくる。
ルトガーは壁に向かって飛んだ。
地、宙、天。空間はいつだって彼の支配下だ。
相手を翻弄する限り、ルトガーは負けない。
ただ撃てばいい、それが果てるまで。引き金を引き続ければいい。
ルトガーは壁を蹴り、天井すれすれまで舞い上がる。
瞬間、大地が、壁が、天井が揺れた。
標的を失った黒角竜の角が壁に突き刺さったのだ。
ルトガーは強く天井を蹴り、降下。
眼下にある黒い巨躯。その黒に紛れた一点の赤。狙いはそれだ。
ルトガーは引き金を絞る。無数の弾が赤い肉にめり込んだ。
放たれたのは貫通弾。遮る物が無くなり、本来の威力を発揮する。
彼の銃撃は雨。
視界で乱舞する、血飛沫。
肉を抉り、蹂躙し、内臓を穿ち、破壊する。
そして、止まない雨がないように、ルトガーの銃も止む。
ルトガーは痙攣する黒角竜の背に着地した。
放った貫通弾は確実に内臓にダメージを与えた。間違く致命傷。並の飛竜ならば五回は死んでいるだろう。それでもまだ、黒角竜には息がある。
だが、それも長くはない。
「今、楽にしてやる」
ルトガーは銃創に向けて発砲した。爆裂した榴弾が黒角竜を内部から焼き、絶命させる。
一見すれば、冷血で残酷。しかし、放って置いても黒角竜は息絶えただろう。苦しみに悶えた挙げ句に。
ひと思いにとどめを刺したのルトガーなりの優しさだった。
ルトガーは動かなくなった黒角竜から飛び降りて、不意に膝をついた。
「血が足りない、か」
腰から下が血に濡れててらてらと光っていた。運良く、内臓や大きな動脈は傷つけていない。
傷口を消毒し、止血剤を使う。回復薬を服用し応急処置をすませた。
応急処置では失った血は取り戻せない。流れた血は新たに作り出して補うしかない。
ルトガーは壁にもたれ、携帯食を租借した。
「マドカ、無事でいろよ」
体はまだ動く。だが動けば血を失う。それは後に差し支える。
今しばらくは身体を休めた方が得策だ。ルトガーにはそれが歯がゆかった。