竜がロイドの前にしゃがみ込み、ロイドの顔を覗き込んだ。
「息があるようだな。人とは思えないしぶとさだ」
荒い息とは対照的な落ち着いた声が投げかけられた。
「どうした、俺を殺さないのか」
ロイドは精一杯意地を張って言った。
「強がっても声が震えている」
図星だった。
「そう言うあんたもな」
ロイドは恐怖と満身創痍で声が震えていたが、それは竜も同じだった。
「くっ……」
何とか身を起こす。フルフルの外套が傷を少しずつ癒やし、ロイドも少しずつ動けるようになってきた。竜は黙ってそれを見守っていた。
「我はもうすぐ死ぬ。だがその前に、我が使命を汝に継いで欲しい」
「誇り高き竜が人に意志を託すのか?」
「そうだ」
竜が頷く。
「ロイド!」
誰かが呼ぶ声。剣を抜いたアーシアが走って来る。
「アーシア、待て!」
ロイドの言葉にアーシアの走りが止まる。アーシアが首を傾げて歩み寄る。
「ロイド、黒こげじゃない」
「そういう君こそ眼は大丈夫か?」
返事がない。アーシアはロイドを凝視し、
「ロイドの丸焼き……、まずそう」
悪かったな……。
「アーシアは大丈夫だ。お前が竜を打ち負かした事で竜脈が静まり痛みも引いたようだ」
いつの間にかルトガーが側に立っていた。油断なく得物を構えて。
「いや、俺の負けだ。彼が俺に寄ってきた時、俺は動けなかった。あの時、彼が俺を殺すのは造作も無いことだった」
竜は答えた。
「戦いの中で汝の哮る魂に触れ、曇りの無い心を感じた。我が使命は希望の守護。これまでも幾多の敵を打ち倒してきたが、汝との戦いでもうそれも敵わない。汝は死ぬには惜しい。我が使命を継いで欲しいのだ」
ロイドは竜を見上げ、不適な笑みを浮かべた。
「分かった。救われた命だ。あんたの希望、守ってみせるよ」
竜は安堵の息をつきその身を横たえた。翼が差し出された。
「持っていけ、我が魂は汝と共にある」
ロイドは翼に乗せられた一枚の鱗を受け取った。
「我が希望、愛しい子はまだ幼い。どうか守り抜いてくれ。それがいつか世界を救うかもしれぬ」
「希望ってあんたの子どもなのか?」
竜が頷き、アーシアを見る。
「そちらのお嬢さんの眼は、何と玉なのか」
アーシアが頷く。
「これは面白い。そちらの御人もいい眼をしている」
「最後に聞かせてくれ。名は?」
「ティアマトだ」
荒かった竜の息が小さくなっていく。
「そろそろ、眠らせてくれ」
ティアマトの瞼が閉じる。それが開かれることは、もう無い。
「ああ、お休みティアマト」
ロイドは動かなくなった竜に一礼した。
怪我をした時、可愛い女の子の手当てを受ける。男なら感激する。しない奴は変態か変質者、またはホモだ。
ロイドはそう思う。
一部の者に対する偏見にもなるので余り口には出さないが、共感する者は多い。多いはずだ。
共感しない奴もきっとホモだ、もしくはBL好きだ。
ロイドはアーシアの手当てを受けていた。アーシアは可憐な少女だ。
にもかかわらず、ロイドの目には苦痛の涙が浮かぶ。
乱舞により痛めた腕に薬を塗り、包帯で固定する。そこまではまだ良かった。
回復薬。傷口の出血を抑え、その修復を促進する、飲む傷薬。薬草とアオキノコを煎じて作られるそれは、命の危機に陥った者しか飲めない匂いを放つ。市場では飲みやすく改良した物が売られているが、アーシアは飲みにくく改良した薬をロイドの口にしこたま流し込んだ。
「どう、効く?これがええんか?これがええんか?」
ロイドは泣きながら訴えた。
「(b^-゜)」
「ダメ。女王様って呼んで」
返事が無い。ただの屍の様だ。
「ルトガー、ロイドが」
「これは電気ショックで蘇生するしかないな」
ルトガーが電撃弾を取り出すと、おもむろに得物に装填、照準をロイドに合せた。
「星が、豚が飛んでるぅ」
ロイドが跳ね起きた。アーシアとルトガーが舌打ちした。
「もう大丈夫だ。心配かけたな」
ルトガーが黙ってロイドに肩を貸した。ロイドはポーチから携帯食を取り出した。
それはシュウが作った代物で、味は極上の焼き菓子だ。口直しに一つ食べた。
ロイドは改めて竜の亡骸を見る。力を失い銀の輝きは消え元の蒼い体に戻っていた。
ロイドの手の中の鱗は蒼く、淡い銀の輝きを残していた。ティアマトの使命を継ぐ。この鱗はその証なのだろう。
ロイド達はティアマトの亡骸から翼を切り取った。
「すまないな、仕事なんだ」
ロイドの中でティアマトをある意味で戦友になっていた。ティアマトから素材を剝ぐのは友を辱めるようで心苦しい。討伐の証拠の翼だけを剥ぎ取った。
「ロイド、尻尾は?」
尻尾も体と同じく元の蒼色に戻っていた。
「俺はいい」
アーシアが尻尾を剥ぎ感嘆の声を上げた。
「紅玉だ」
きっとティアマトからの贈り物だろう。そうロイド達は納得した。
ティアマトは自分の巣を護る様に立ちふさがった。巣には彼の言う“希望”があるのだろう。ロイド達は巣に向かった。
岩壁の隙間を通ると洞窟の入り口があった。洞窟の中は一本道だった。すぐに大きな広間にでた。天井には大きな穴が開いていた。
ロイド達が通った道と天井以外に出入り出来る場所は無いようだ。
広間の真ん中で動く物があった。ロイド達の視線が集中する。
「シルバーソル……」
それは銀色の幼竜だった。