幼竜を刺激しないように注意深く近付いていく。しかし、幼竜の反応は思ったより鋭い。
鳴きながら翼をはためかせるが、飛ぶスピードは遅い。おそらくまだうまく飛べないのだろう。
幼竜は地に落ちて悲しげに鳴いた。
「お前、ティアマトの死を感じたのか」
ロイドの呟きに幼竜が頷いた。
「お前、人の言葉がわかるのか?」
再び幼竜は頷いた。幼竜はロイドに近寄るとポーチを凝視した。
何かと思ったが、ロイドはティアマトの鱗を取り出した。
「すまない、お前の親を殺したのは俺だ。恨まれても仕方ない」
幼竜は静かに首を振った。
「あぁ、これからは俺がお前を護る」
幼竜が頷いた。
「ロイド、この子の気持ちがわかるの?」
アーシアが不思議そうに聞いた。
「何となくだけど。この鱗が関係しているのかな?」
幼竜がアーシアにすり寄っていく。
「ん、何?」
愛らしい竜の赤子に、アーシアは口元をほころばせた。
幼竜とじゃれ合うアーシア。
「ああ、お腹が空いたんでおっぱいを欲しがってるんだ。俺が言うんだから間違いない」
「ふぅん」
ルトガーがアーシアにハリセンを手渡すと、アーシアは天高く飛翔しロイドの頭にハリセンを叩きつけた。
スパコーーン!
小気味良い音が響いた。
「竜は哺乳類じゃない」
アーシアはポーチから肉を取り出して幼竜に与えた。
幼竜が肉をつつく。その時、幼竜の背中にあるものを見つけた。
「背中に棘が生えてる」
背中の棘は雌火竜の証である。
「じゃあ女の子なんだ。でも銀色のリオレイアなんて聞いた事がない」
銀色の火竜は雄でしか確認されていない。雌は緑と桜、そして金色が確認されているが目の前の幼竜の色は未確認だ。
「新種か、確かに護るべき対象だな。しかし、護ると言ってもどうすればいいんだ。成竜になるまで育てるのか?」
ロイドが眉間にシワを寄せた。ルトガーが言った。
「それに関して心当たりがある。ひとまず村に連れ帰ろう」
アーシアが幼竜を抱きかかえた。幼竜も大人しくしている。どうやらすっかり餌付け、じゃない、なついているようだ。
「ねぇ、名前ある?」
アーシアの問いに幼竜が首を傾げた。
「わからないみたいだな。俺達で付けてあげようか」
「女の子だからね。ソフィとか?」
「もう一人ソフィがいるから、却下だ」
ロイドの脳裏にソフィの眩しい笑みが浮かんだ。
「じゃあ、ロイドの好きな女の子の名前は」
「そうだな。マドカとか……っておい!? それ言い方だと好きな名前じゃ無くて好きな女の子っ」
「ロイド……いい度胸だ」
殺気。ロイドの背筋に凄まじい悪寒が走る。冷たすぎて感覚が無い。ルトガーが額に青筋浮かべて、微笑んでいた。
背中で絶対零度を垣間見た気がした。
マドカはロイドの幼馴染であり、アーシアの妹分であり、ルトガーの娘だ。
「マドカ超可愛いからね。私が男の子だった絶対ほっとかない。もし男に生まれ変わった、勝負だよロイド」
「俺より弱い男にマドカはやれん」
「わかった、ルトガーにも勝つ……これなんて無理ゲー?」
その時、ロイドの頭が閃いた。
「ティアはどうだ。女の子の名前だし、親の名前も受け継いでる」
皆異存は無いようだ。
ティアと名付けられた幼竜は小さく鳴いた。
気に入ってもらえたようだ。
洞窟を抜ける時、アーシアが立ち止まった。
「ティアマトを見てティアは悲しまないかな」
顔を伏せてアーシアが言った。
「悲しいだろうけど、別れを告げないのはティアにとって、もっと辛いんじゃないか」
「そう、だよね」
ロイド達が洞窟から出ると、ティアはアーシアの腕から抜け出し一直線にティアマトの元へ飛んで
いった。
ロイド達が駆けつけた時、幼い竜の目から一筋の涙が流れた。ティアの嗚咽があたりに響く。
「別れは済んだ?」
頷いたティアをアーシアが抱き上げた。アーシアの目にも涙が浮かんでいた。
ルトガーがあたりを油断なく観察する。
「どうした」
ロイドが聞いてもルトガーは何でもないと答えるだけだ。
「行こう、ソフィ達が心配だ」
ルトガーが珍しく皆を急かした。本当にどうしたんだ?
キャンプに着くとソフィが駆け寄って来た。
「皆さん無事ですか?」
「ロイドが黒こげ。まずそうでしょ」
いきなり何を言いだすんだ、アーシア。
「はい、とっても」
そして素敵な笑顔で肯定しないでくれ、ソフィ。
だがその笑顔から、ソフィがロイド達の無事を知って安堵している事がうかがえた。
「なぁ、それって竜だよな」
村人が集まってくる。幼竜でも恐れるのが普通の反応だが、村が竜を尊い生き物と考えているため、村人がティアを恐れる様子はない。
ロイドが事情を説明する。
「ティアはこの地で生まれたのかも知れませんね。ティアの様な珍しい種の卵を孵すには竜脈のあるこの地は好都合ですから」
なる程、おそらく一月ほど前にティアが生まれ餌を捕りに行ったティアマトが目撃されたのだろう。そして、気が高ぶっていたティアマトが過剰防衛をしたのが今回の仕事の発端だった。
ロイドはそう解釈した。
しかし、ティアマトの言った希望とは何だったのだろう?
この竜の赤子が世界を救うとは、一体どういうことなのか?
ルトガーの提案でキャンプで休んだ後、村に帰る事になった。道は基本的に平坦な平野だから日が沈んでも馬は走る事が出来るだろう、とルトガーは言うのだ。
ロイドは反対する気はないが、さっきからルトガーの様子が少々変だ。キャンプを片付け、一行はその場を後にした。
しばらくして日が沈み、辺りが暗くなるが月が明るいため馬は苦もなく走り続けた。
ロイドはアーシアの馬を見た。アーシアの腕の中でティアが寝息をたてていた。その体が月の光に照らされる。
「シルバールナ、銀色の月か」
ポツリとロイドは呟いた。