アヴェンジ・オラトリア   作:全智一皆

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第一章「鬼となり果てるまで」

 

■  ■

 くらい、暗い、眩い。闇の様に、底の無い空洞の様に、暗い。

 此処は何処で、何故こんな場所に居るのか。そんな事を考えて、頭の中で答えを出すまでに大した時間は掛からなかった。

 

 死んだ。あの龍にやられて、あの憎むべき嫌悪の蜥蜴に追い詰められて、その所為で死んでいる。

 体が動かない。龍の吐息という最大の砲弾を全身諸に食らい、骨は粉々となり神経が焼き尽きている所為だ。

 

 それに思うは、その事に想い馳せるは―――憎い。

 ただひたすらに、とにかくひたすらに、あの龍が憎い。弱い己が憎い。どれだけ考えても、どれだけ考えても、至るのはそれだ。

 

 憎悪する。憎悪する。憎悪する。あの龍を憎悪し、憎悪する龍に勝てない弱い自分に憎悪し、そしてあの龍を生み出した世界を憎悪している。

 憎い。嗚呼、とても憎い。ひたすらに憎い。とにかく憎い。ただただ憎い。

 

 憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 

 だが、体は動かない。どれだけ憎もうと、どれだけ恨もうと、それを晴らす為に必要な道具が指先すらも動かない。

 憎い。それすらも憎い。たかが全身の骨が砕けた程度で動けぬ自分が、たかが全身の神経が焼き切れた程度で動けぬ自分が、本当に憎い。

 

 動け。骨が砕けたから何だ。

 動け。神経が燃え尽きたから何だ。

 動け。このまま死ぬのか?

 動け。憎い敵に殺されたままでいいのか?

 動け。否、否否否否ッッ!!!

 動け。憎悪を糧に、その魂に無理やりにでも突き動かせ。

 

 動け。動け、動け、動け。死んだ程度で諦め切れるものか、殺された程度で振り切れるものか、さっさとこの屍を動かせ。

 憎悪だけを頼りに、あの忌々しい龍への復讐だけを志して、自分の事など無下にして魂を燃やせ。

 

 復讐を果たせればそれで良い。そうすれば直ぐに死んだって構わない。落ちる場所が地獄だろうが冥府だろうが、知った事ではない。

 光が差す。底の様な暗闇に、目も眩む様な朱色の光が突き刺さる。

 

 甦れ、甦れ、甦れ。

 体を起こせ/復讐の為に。

 腰を上げろ/復讐の為に。

 剣を取れ/復讐の為に。

 

 この憎悪と復讐心のみに従い、この命を復讐の為だけに費やす事を誓い、死した体を起き起こせ。

 これは呪いだ。解く事も解かれる事も決して無い、契約そのものだ。だが、それで結構。

 全ては復讐を果たす為。この憎悪に赴くままに、我が身の全ては復讐にこそ注がれる。

 

 バキバキバキッッッ!!!!!!!

 

 暗闇が壊れる。闇の世界が音を立てて崩れ去り、眩い緋色が身体を包み込んだ。

 

「――――――」

「おぉ、目が覚めたか。“団長”、目覚めたぞ」

「本当か? ゼウスの話しでは数ヶ月は起きないと聞いていたが…まだ一週間しか経っていないぞ」

 

 視界が開ける。全く見覚えのない景色が、そこには広がっていた。

 見知らぬ二人。ガタイがいい二人の男が、ベッドに横たわっているベイリンの目覚めに驚いている。

 会話が聞こえる。それから察するに、一週間は眠っていたのだとベイリンは理解した。

 こみ上げる。胸の奥底から、魂の深層から、煮詰められた様などす黒い憎悪がこみ上げて止まない。

 一週間。一週間も眠っていたのか。下手をすれば数ヶ月も眠っていたのかもしれないのか。

 なんたる惰弱。なんたる脆弱。その程度で、復讐など為せる訳がない。

 体が熱い。まるで、炎で我が身を燃やされている様な感覚だ。

 それが。その感覚が、自らの弱さに対する憎悪と憤りであると理解するのは、そう遅くはなかった。

 

「……………」

「おぉ、本当に起きとるって、わーお…こりゃまた、随分とどす黒いもん抱えとるな」

「……」

 

 老人が現れる。見たところ、何の変哲もない老人だが、どこか人ではないと思わせる何かを漂わせている。

 観察する様に、ベイリンは老人を見詰めた。まるで、その隅々まで見通さんかの如き目で以て。

 

「そう見詰めるな、お前さんみたいな男に見詰められても怖いとしか思わんわ。まぁ、それはそれとして。お前さん、【アルビオン】と戦ったんじゃろ?」

「……あの龍を知っているのか」

「儂ら神々も、昔から手を焼いとる奴じゃからの。良い奴か悪い奴か分からん困った奴じゃわい」

「―――彼奴に善性などあるものか」

 

 燃え盛る様に、怒りが滾る。体をベッドに預けていようとも、この体は休まる事もなく殺意と怒気を溢す。

 善性を有する生物が、一国を滅ぼしてなるものか。善良なる無辜の民を、無力な一般兵を、悉く焼き尽くすものか。

 あぁ、思い出すだけでも憎悪が強まる。あの龍の姿を、あの龍が火を吐く様を、頭から引き出すだけでこの体が暴れ出しそうな程に熱くなる。

 これまで感じた事のない殺意と怒気、どす黒い憎悪に、「マキシム」と「ザルド」は身を引く様に慄いた。

 

「感情が目に見えて分かる程とは…なんという憎悪だ」

「ゼウス、どうするんだ? こいつをこのままにしておくのは…」

「うーん…まぁ、ウチに入れた方が良いじゃろうな」

「本気か?」

「いや、だって手放すには惜しいじゃろ。野放しにしてたら、またアルビオンに立ち向かって、今度こそこいつは死ぬぞ。だったら儂らで育ててやった方が良いじゃろ、こいつにとっても都合が良いじゃろうし」

「……」

 

 このまま放置していれば、ベイリンは再びアルビオンの龍へと立ち向かい、今度こそ戦死を遂げる。

 ゼウスにとって、ベイリンは逸材だ。まだ家族にこそしていないが、彼が固有のスキルを持っている事は目に見えて明らかである。

 肌で感じる程の憎悪と復讐心。その強い想いがスキルという形になる事は、決して珍しい事ではないのだから。

 ゼウスはごほんと咳払いをして、ベイリンへと問い掛けた。

 

「のぉ、お前さん。お前さんが良いなら、儂の【ファミリア】に入らんか?」

「……ファミリア?」

「儂らはこれでも、このオラリオの地では名のあるファミリアでの。お前さんの様な戦士が儂らのファミリアに入ってくれれば、だいぶ心強い。勿論、お前さんにもメリットがある」

「……強くなれるのか?」

「儂らのファミリアに入り、ダンジョンに潜ればお前さんは必ず強くなれる。儂の直感では…レベルが上がれば、お前さんはアルビオンにも届きうる」

「分かった。そのファミリアとやらに入ろう」

「わぉ、即決…怪しんだりせんの?」

「強くなる事が出来るのなら、何処であろうと構わない。それがどれだけ過酷なものであろうと」

 

 あの龍を殺す為ならば―――何だってしてやろう。

 かくして、ベイリン・アヴェンデッタは【ゼウス・ファミリア】の一員となった。

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