白髪の魔人 作:ミジンコ以下
思いつきで書いたので多分そこまで続きません。
この世界は随分と物騒だと思う。理由は色々あるが、僕の周りには血の気の多い連中ばかりだ。もちろん、僕は違う。僕は自分の分というものを弁えている。自分の両手に収まるものを謙虚な姿勢で見極め、僅かばかりの私財を守ることを一番にしている。そうすることで自分の小さな、ささやかな、幸福に満ちた世界を守れる。
「クソクソクソ!止まれよ!この化け物が!」
「ありたっけの兵を用意しろ!なんとしても食い止めるんだ!」
僕は自分に常に無欲であることを心掛けている。たまたま生まれがよかったから、たまたま環境が良かったから、たまたま出会いに恵まれたから、そういった貴重な幸福に満足することなく、自分は特別な存在だと自惚れて増長する在り方には反吐がする。だって訳が分からないじゃないか。どれだけ、強い力を持とうと、財に恵まれようと、高い地位に立とうと、名誉を手に入れようと、女に執着しようと、意味がない。結局、死ぬんだから。誰にだって、平等に死は訪れる。それはこの世に生を持って生まれてきた存在に与えられた定めだ。そんな当たり前のことを理解していれば、今の自分に満足して、余計な欲に足元をすくわれるもなく、心の平穏安堵を保って日々を過ごせる。
「食らいやがれ!」
目の前に現れた虫を手で払う。わざわざ潰すことはしない。僕が歩いていた道を遮ることは腹立たしくも思うが、命というものは尊いものだ。僕は分不相応にも僕と同じ序列にいる屑共とは違い、こんんな物騒な世界においても、知性を持つ生物としての真っ当な倫理観を備えている。だから、あくまで手で払う。それだけだ。それでも死ぬんだというなら、それはそんな脆弱な肉体でわざわざ僕の邪魔をしてきたそれの過失であり、僕はむしろ、そんなどうしようもない奴に労力を払わされた無実の被害者だ。
「―――あ?」
目の前で僕に剣を振り下ろそうとした兵士の上半身が宙を舞った。くるくる、くるくる、最後には土煙を起こしながら、他の奴らと同じように死んだ。その顔には、焦りや怒り、そういった僕とは無縁の感情が浮かんでいる。
「あのさぁ」
目の前にいる、まだ生きている人間を見ながら、僕はあくまで、謙虚な姿勢で自分の考えを説いていこうと思う。こうして話し合うことが、余計な争いを避け、無意味な労力をかけず、時間の無駄にならないことを僕は知っているから。
「僕がさ、いつ君たちの邪魔をしたの?僕は普通に歩いていただけだよね?周りの連中みたいに、武器を持ったり、ゲラゲラと下品に笑うことなく、脅しをするわけでもなく、歩いていただけ。なんでなのかわからないかな?それは、僕が君たちの王様と落ち着いて話し合いをしようと思ったから。ほら、僕は見ての通り、無力な一般人だからさ。いわゆる弱者の気持ちっていうのも分かるわけ。優しさとか慈悲深さとかそういうのがあるわけ。だから、僕はこういう武力に頼るやり方は好かないし、心底軽蔑してるんだ。人にしろ魔物にしろ、それ相応の知性は持っているわけなんだから、暴力に頼るような野蛮なやり方はしたくないんだ。」
そう言いながら、自身の周りを見渡して、ため息をついた。そのあんまりな光景を見渡しながら。
「いやぁ!止めて!」
「ギャハハハ!大人しくしやがれ!」
女はスーツを着た魔物に犯されている。必死に抵抗しているが、意味はない。
「グアアァァ!」
「さっきはよくもやってくれたなぁ?嬲り殺しにしてやるよ!」
敗残兵の男は、血を流している魔物から、報復を受けているようだ。
ただついてきただけの役立たずのくせに、僕に見向きもせず好き勝手にやる連中には腹が立つ。少し灸をすえてやろうと、魔物が集まっているほうに適当に腕を振るおうとする。
「貴様ァ!」
「ん?」
腕に少しの苛立ちを込めながら魔物を見ていると、前から男の怒声が聞こえてくる。どうやら、先ほどの男たちと同じこの集落の兵士のようだ。持っている剣先をこちらに向けて、睨んでいる。
「なに?僕が話し合いをしようとしたのに、その好意を仇で返したのはそっちでしょ?」
「魔物の軍を引き連れて話し合いだと?誰がそんなものを信じるか!」
「それはそっちの偏見でしょ?少なくとも僕は君たちと同じ外見で、自慢じゃないけど、凶悪な風貌でもないはずなんだけど?それって僕をほかの魔物と同等に見てるってことだよね?僕を馬鹿にしてるよね?」
「馬鹿にしてるのは、そっちだ!」
男はそう言うと、剣を上にあげてこちらに振り下ろそうと走って近づいてくる。
「はあ――」
こちらの話は聞かず、何もしてない相手に暴力をふるおうとする。無謀なそれを勇敢とはき違えて、自分に酔って、他人に迷惑をかける。挙句、それの相手が僕ときた。僕の優しさを、意見を、そもそも生きる権利を、ごみのように扱う。勝手な思い込みで。
「それはいくら無欲な僕でも許せないなぁ」
魔物にふるおうとしていた腕を、男に向けて振るう。
「カハッ」
それで男の上半身と下半身は、先ほどの兵士と同様に、綺麗に分かれた。
「まったく、新しい花嫁が見つかるかなって期待していたのに」
────
燃え盛る家屋、響き渡る老若男女の悲鳴、悪意にまみれた魔物の嗤い声、あたりに飛び散った血肉。おおよそ、人が考えられる限りの苦しみと死が、地獄絵図がそこに顕現していた。
その中央には地面に転がる老人の生首と一人の白髪の青年がつまらなそうに立っていた。
青年の顔には周囲の惨状を気にも止めた様子もなく、ただひたすら自身の期待を裏切られたことへの落胆のみがあった。
「別にさ、僕も自分のやること全てに報酬があるべきだなんて図々しいことは言わないさ。でも、こうして貴重な時間を費やして、遥々やってきたのに、結局何も得るものがありませんでしたっていうのは流石にどうかと思うわけ。確かに僕にとって今回のことはこれといった労力をかけるものじゃなかったさ。僕はこの程度でどうこうなる弱くはないからね。でもさ、仕事としてわざわざ忠実に自分の義務を果たしたのにこの結果は納得いかないよ。だって、これはつまり、限りある時間を、己の存在そのものを削って労働をした僕への不義理。不当な搾取だ。それはつまり、僕に対する許容しがたい強奪であり、僕の存在を軽んじてることであり、僕の権利の侵害だよね」
青年は饒舌な語りで、地面に転がる首を見下ろしながら、話し続ける。
「だいたいさ、ここに来た時、僕は初めに言ったはずなんだ。『僕の花嫁に相応しい女性と会わせてくれたら、それで終わらせる』って。それをどうして素直に聞き入れないかな?おかげで僕はわざわざ自分から花嫁を迎えに行かなくちゃいけなくなったし、挙げ句の果てに、勝手に付いてきた馬鹿な連中が顔のいい女性は全部犯したせいで、花嫁に相応しいのは見つからない。これって本当に理不尽な話だよね」
青年は一気に自身の不満を吐き出すと、話は終わりだと言わんばかりに、集落の長であった老人の頭を踏み潰した。下ろされた足には、硬い頭蓋骨を粉砕したというのに一切抵抗を感じさせる様子はなかった。まるで湯船に足から浸かるように、青年の足によって楽に脳髄は潰された。踏み潰した後の足にも、服にも、靴にも、汚れは一切ない。
「コ、コルニアス様」
「ん?何?」
そこに、青年に付いて来た魔軍の中でも、特に地位の高い魔物の一匹がやって来て、青年に恐る恐る声をかけた。
「しゅ、集落全体の制圧が終わりました。今回も、す、素晴らしいご活躍に、コルニアス様に全員深く感謝して」
「あのさぁ、感謝してるって言うなら、君も少しは連中が僕を放ったらかしにして好き勝手やってるのをどうにかしたらどうなの?僕の存在を無視して、自分のことを優先するとか、僕のことを見下してるとしか思えないんだけど?」
青年は、声を先ほどよりも一段低くして、魔物を睨みつける。それを受けて、運悪く役目が回ってきてしまった哀れな魔物は顔を青くしながら、何とか受け答えをしようとする。
「ヒ、も、申し訳ありません!今度からはこのようなことが起きないようにしますため、ど、どうか御慈悲を!」
魔物は必死で頭を下げながら、最大限の努力を以ってして、青年の怒りを鎮めようとした。その魔物には分かっていた。目の前の青年が自分を簡単に殺せることを。それは力の差という意味でも、この青年の躊躇の無さという意味でも。
そんな空気が刻一刻と重くなる場所に、空気の揺れとともにもう一つ別の声が聞こえる。
「レグルス」
「チッ……何だよ?メガラス。今の僕は機嫌が悪いんだ。後にしてくれないかな?」
白い肉体に、硬い外殻を持ったホルス最速の戦士。魔王に従うこの世界で強力な存在である『魔人』のでも上位に位置する存在は、目の前の青年の澱んだ殺気を真正面から受けながらも、動揺することなく、淡々と言葉を続ける。
「スラル様がお呼びだ」
「へえ………」
青年と戦士が向き合う。沈黙の時間の中で、二人の存在は周囲の空気に感じ取った者に息も許さないような圧迫感を与えるだろう。
「ハア───分かったよ」
先に言葉を漏らしたのは青年だった。深くため息をつくと同時に周囲の重苦しい空気はもとの魔物の作り出す騒々しく賑やかなものに戻った。
青年は戦士と頭を下げたまま緊張で体を震わせる魔物を一度も見ることなく、戦士のいる方とは逆側、集落の出入り口があった場所に歩き出した。周囲の人々の阿鼻叫喚が響く地獄を、自身が作り出したそれを気にも止めず。
「ちょうどよかった。あの女にそろそろ一言言ってやりたいところだったんだ」