勝たせることのできなかったトレーナーと、勝てなかったウマ娘。
後悔と、思い出がほんの少しだけ、交わる話。
青春のずっと後に。

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平凡なトレーナーと、モブウマ娘の人生がもう一度だけ交わる話
2~3話で終わる予定




 

 私にとって、トレーナーという仕事は酷く残酷な仕事である。

 ウマ娘達と共に様々なレースを勝つために彼女たちに寄り添い、育む仕事といえば聞こえはいい。

 けれど、トレーナーには明確に”次”がある(むろん余程の間違いを犯せば別だが)

 一時の夢にすべてを賭けて、走り抜ける彼女たちとは違う。あくまで、仕事なのだ。

 

 そうではないと、トレーナーとはそういう生き方という人もいる。

 実のところその熱意は尊敬する、というかそれが正しい在り方だとも思う。

 けれど私にはそれだけの熱意は持てなかった。あくまでトレーナー業はビジネスだ。

 その気概でよく中央トレセンに入って、続けていけていると同期にも言われるが、自分でも不思議だ。

 とはいえ担当した子たちの成績はそのまま評価に繋がるし、対応に手を抜いたり、無駄に没交渉にした覚えはないが。

 いい関係を築けるかはモチベーションにも繋がるし、半端な気持ちではウマ娘達だって納得しないのだから当然だ。

 彼女たちとの普段のやり取りとて真剣に行うし、プライベートな悩みだって時には踏み込む。

 トレーナーとは、ただトレーニングとレースの調整を行うだけの仕事ではないのだから。

 

 

 残酷ついでにいうなら、多くの名バが生まれたトレセンに勤めていても、私の担当した子たちは、重賞に勝つ子も出てきたが、いまだにGⅠレースに勝ったことはない。

 未勝利で終わる子とて多い世界、重賞に勝つことが栄誉なのも事実。

 だが、常にもっと勝たせてやれたのではないか、その気持ちが渦巻いている。

 同期が悪かった、不運な事故に見舞われた、どうしても壁を越えられなかった。理由は様々だ。

 何人も、何人も担当してきた。新人トレーナーが、終生の愛バともいうべき相棒を得て一足飛びに自分の成績を超えていったのは一度や二度じゃ効かない。

 けれど、自分とて多くの担当ウマ娘達から得られた経験が、よりよい成長を齎せるようになってきていると信じている。

 それでも、なのだ。生まれ持った資質か、私の力量不足か、勝たせてやれない子も未だにいる。

 何度も、枯れるほど涙を流して去っていった教え子を見送った。

 

 

 多くのウマ娘たちはトゥインクルシリーズに、レースに夢を時にそれ以上の何かを求めて走る。

 トレーナーはあくまでその介添人だ。どこまで行っても、最後は彼女たち自身の心の問題がつきまとう。

 走れなくなることを納得できるのか、そういう問題が。

 レースだけが人生ではない、大人になればわかる。けれど、レースを走るような子たちは、まだ子供なのだ。

 いかに速く走ろうとも、いかに大きな思いを背負おうとも、子供だ。

 手をつないでゴールすることなど許されないレースの世界に生きる、プロであり、子供である矛盾。

 それを時には突きつけるトレーナーという仕事は、やはり残酷なことだと思う。

 

 

 担当した子たちのことは、全員記憶している。それぞれの走り方、どんな子だったのか。

 皆から教えられたことが、今次の子たちを育てる基礎となっているのだから当然だが。

 だからこそ振り返れば、己の不足を思い知らされる。

 もっと違うやり方があった、もっと違うレースへの出し方があった。

 何かが違うだけで、もっと彼女たちの輝き方は違ったかもしれない。

 直接謝罪などしない、出来ない、だが特に初めのころの担当の記憶は、苦いものを突き付ける。

 ――だから。

  

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ――様

 そう、私の名前の書かれた封筒が届いたときも、すぐに誰からのものかはわかった。

 私が一番最初に担当した子だった。

 素直で明るくいい子だった。勉強は苦手といっていたし、字も失礼ながらあまり上手とは言えないが。

 見覚えのある癖のある字、けれど真面目な書類の時の、精一杯きれいに書いた字だった。

 先輩について最低限の知識やノウハウこそあれど、実際に自分が担当する子とはすべてが手探りで

 書類一つとっても不安になりながら、二人で頭を突き合わせて書いたことを昨日のように覚えている。

 勝てなかった日々の全ても、思い出せる。

 今ならば、もっとトレーニングの強度を上げていれば、彼女の資質を引き出せていただろうとわかる。

 しかし、故障を恐れるあまり負担を抑えることばかり考えてしまったメニューの数々。

 実力が伸びなかったわけではない、一級品の才は彼女になかったが、決して無才ではなかったから。

 けれどそれは、星に手が届く才でも、努力でもなかった。

 だから彼女は結局学園を去ることになった。

 勝たせることができなかった私を、恨んでも、罵倒してもよかった彼女はただ、

 「ありがとうございました」

 と泣きながら、笑って言った。

 その時の感情を表すことは簡単ではない。彼女のその表情が、言葉が、ずっと胸に残っている。

 まぁ、そんな顔をさせないと物語のようにうまくできたら良かったが、その後も何人も見送ったが。

 

 

 思い出に浸る現実逃避もこのくらいにしておくべきか。

 封筒の中身は、小さな手紙と、彼女の結婚式への招待状だった。

 ――たとえレースに見放されようとも、彼女のその後の人生が実り豊かであったなら、何よりだ。

 私にこの式に出る資格があるのかは極めて疑問ではあるのだが。

 手紙を読んでから決めようと思った矢先に、トレーナー室の外に騒がしい声がする。

 いつの間にかトレーニングの時間、思ったよりも、思い出に浸りすぎていたらしい。

 封筒も、手紙も机の引き出しにしまって。過去を、しまって。

 未来と現在に向き合うべきウマ娘のことへと頭を切り替える。

 今はまだ、仕事の時間だ。


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