ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』 作:sisid
「サッナサナ、サナサッナ♪」
きのみの収穫をしながら鼻歌を唄うサナリスを、キャンプ用の椅子に座りながら眺めるアンペル。
次の目的地に移動する途中、キッチンカーを止めて少し休憩しようとしたところ、かなり品質の良いきのみが成っているのに気付いた為、サナリスが率先して採取している。
「サナ!」
「大量ですね。ですがこれだけあれば困ることはないでしょう。では、いきましょうか」
サナリスを乗せ、キッチンカーを発車させる。
その砂利道は先日の雨の影響で多少泥濘んでいる。だから気づいた。
「車が変なところで曲がってますね」
キッチンカーを止めるや否や、アンペルはそう言った。
「サナ?」
「タイヤの跡…ほら、右に曲がっている。この先は森の中だというのに…どうしてでしょう」
「サァナ…サナ」
「そうですね。気になりますね。その先に行ってみましょうか」
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ーー私は今の状況を、客観的に見ている。
「ふざんな!!娘の命がどうなっても良いのか!?」
サングラスをかけて、黒い帽子をかぶって、マスクを付けた男が、空き家の中に私を閉じ込めている。
誘拐犯だということは明らかだ。そんな男がイライラして電話先の相手にそう吠えていた。
これはおそらく私の父親だろう。なぜなら私の父は大手企業の社長で大金持ち。だから私を人質にしてお金を要求している。
この男は、何もわかっていないんだなって、そう思う。
「くそっ!!おい、お前!お前はあの企業の社長の娘だろうが!なんで二千万の身代金を払おうとしないんだ!!」
「ーーハァ」
「なっ…」
男はブルっと震えた。この状況で涙もせず、震えもせず、ため息を一つ溢すだけの短い銀髪の女に、不気味さを覚えた。
「私、何歳に見えます?」
「あぁ?お前は、10歳だろまだ」
「はい。そうです。そんな私がこんな目に遭ってるのにどうして冷静なのか分かります?」
「助けが来ると分かってるんだろ!二千万ぽっち払う気がないのも、こっそり警察に連絡してるからとかな!だが生憎、俺はその手の回避方法は調べ尽くしてんだ。どうやってもここに警察が来ることはない!それに、俺にはボーマンダがいる。来たとしても、返り討ちにしてやるだけさっ!」
「……ハァ」
「な、なんだよお前さっきから!これでも怖くねえってのか!」
「的外れが過ぎるんですよ」
「なに!?」
「私が冷静なのは助けが来ると思ってるからじゃありません。逆です。来ないって分かってるから冷静なんです」
「…はぁ?」
どうして社長の娘がポケモンの一匹も持ってないんですか?どうして防犯ブザーなるものを持ってないんですか?どうして護衛のような方がいないんですか?
「あ、客観的に見ることを意識してたら理解しましたよ。私みたいな無能でも、犯人さんが的外れな推理をした理由」
「あぁ!?」
「犯人さん、貧乏ですよね?だからお金が欲しいんですよね?」
「っ!だからなんだってんだ!」
「お金を稼ぐ方法を一つ伝授してあげますよ。そしたら私の言ってることが理解できます」
「…なんだよ」
「質問形式にしますね。お金を減らすにはどうしたらいいですか」
「お金を使うんだよ。当たり前だろ」
「正解です。では、逆に、お金を貯めるならどうしたらいいですか」
「逆でお金を使わねえ!なめてんのか!」
「正解ですし、舐めてません。ということで、以上、お金を稼ぐ方法でした」
「……は、はぁ!?」
「簡単な話ですよ。無駄なことにお金を使わなかったらそれだけでお金は貯まるんです。私の父は無駄なことにお金を使わない。だから『お金持ち』なんです」
「……!!」
「理解しました?」
ドンッ!と壁を思いっきり殴る男。眉間に皺を寄せていて、失敗したと言わんばかりに目線を落とす。
ーー私は、要領が悪くて父の言われたことをこなす事が全くできない。愛情という愛情を注がれた覚えもない。それでも生きる為にはあの人のそばに居なくてはいけなかった。
「無駄なことなんですよ。私の為にお金を使うことなんて。だから助けなんて…」
その時だった。車の音が聞こえてきたのだ。
「だ、誰だ!?誰がきた!?」
「…ありえない。誰かが来るなんて…」
「そうでしょうか?赤の他人が助けに来ることもあるでしょう」
「えっ?」
いつの間にか私の後ろに人がいる。
「な、なんだお前!?どうやってここに…!!」
「変なところで右折した車が気になりまして。あ、それとも僕がこの空き家の中にいる理由ですか?それはサナリスがいるからです」
「サナ!」
「サーナイト…ちっ!いけ!ボーマンダ!あいつらごと燃やせ!かえんほうしゃ!」
「物騒な…」
ボーマンダを出すや否や辺り一面にかえんほうしゃを放ちとんずらを始める男。車に乗るのでは無く、ボーマンダに乗って空を飛ぼうとしていた。
「背に腹はかえらんねえ…!ふーっ…いくぞ!!」
男は目を瞑ってボーマンダに指示を出した。
「サナリスって、手先は不器用ですが、超能力の扱いは超一流ですので」
「ガァ!?」
ボーマンダより遥か上空に、アンペルと女の子とサナリスがいた。そしてサナリスは問答無用でムーンフォースをぶち当てる。
女の子は空から見える景色に息を呑んでいた。
「う、うぁあああ!!!!」
「サッナ」
ボーマンダは戦闘不能。男も助けはしたがクルクルと頭の上にポッポが舞っている。
「ボーマンダなのにどうして車なのかと思ってましたが…なるほど、この人高所恐怖症ですね」
「…あの、どうして助けて…」
「え?いや、そりゃあ助けるでしょう。理由なんてないですよ。本能に従っただけです」
「あ…ありがとうございます…」
「いいえ。では、貴方の社長さんにお会いしましょう。あ、その前に警察ですね…」
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「貴方が、私の娘を?」
「はい。しがない移動カフェ"安らぎ"のアンペルと言います」
「ふむ。ありがとう」
「いえ。では」
「あ、あの」
「はい?」
女の子がアンペル達を引き止める。それを見て父は眉間に皺を寄せ声を出した。
「何をしているリシテア。人様に迷惑をかけるな」
「っ…すみま…せん」
「迷惑だなんて思っていませんよ。どうかしましたか?」
「いえ…なんでも…」
目を伏せて、視線を合わせない。そんなリシテアをそっと抱きしめたのはサナリスだった。
「サァナ〜」
「っ…」
「……あの、リシテアさんのお父様。この子、僕に預からせてもらえませんか」
「!?あの…?」
「どういうことかな。私の娘なんかを連れてどうするんだね」
「僕の移動カフェ"安らぎ"次期店主になって頂こうかと」
「は、はい!?」
リシテアの反応とは真逆で、父は眉一つ動かさなかった。
「この子はね、要領が悪いんだ。言ったことをすぐに破る。何度も繰り返す。叱っても、コツを教えても何一つ上手くできやしない。経営なんてもっての外だ。やめておいた方がいい」
「それでも構いません。どうでしょうか」
「そうか。なら好きにしろ」
「…貴方は本当に娘さんのことをなんとも思ってないのですね」
「なに?」
「普通は止めますよ。赤の他人、しかも初対面の人が連れて行こうとしてるのですから」
「ふん。だからどうした?そいつはな、私を裏切っていた妻の副産物なんだよ。血の繋がりなんぞない。本来なら娘としてこちらに来ることはなかったんだ。そんな奴を育てるなんて反吐が出る。私の血が流れていないから、無能なのだ。今まで暴力などは振るわず、世話してやったのだから、むしろ感謝してもらいたいな」
リシテアは理解していた。自分は確かに副産物であるということを。物心がついた時から説教の時に度々その言葉を聞いていた。
「残念です」
アンペルは表情を変えずにそう言った。
「大手企業の社長ですから、相当人望の厚い方だと思っていたのに。実際は価値があるかどうかで決める、いつか足元を掬われる方だとは…」
「なんだと?」
「"子供が居なくては、親にはなれません"」
そうしてようやく、いつもの穏やかな眼が、鋭い眼光へと変貌した。
「"子が親だと認めて初めて親になれる"のです。リシテアさんは貴方を父だと思っている。貴方が娘だと思っているかどうかではないんだ。そこを履き違えるんじゃない」
「……では、いつかまためぐり逢いましょう」
リシテアと手を繋ぎ、その場から離れる。サナリスのテレポートによって、目的地に辿り着く。
「さて、営業を始める準備をしましょうか。かなり時間がかかってしました」
ーーさっきの表情、声色…
リシテアから見える、下からの角度のアンペルは、憤りを隠せないように見えた。
それは一体何故なのか。リシテアには分からなかった。
ーー無価値な私をどうして…
自身を卑下しながらも、今までとは違う心持ちになっていた。
ーー知りたい。私は、この人を。
「アンペル、さん」
「はい?」
「これから…よろしくお願いします。サナリスさんも」
そう言って頭を下げる。アンペルとサナリスは同時によろしくと返事をした。
「移動カフェ"安らぎ"へ、ようこそーー」