ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』 作:sisid
「サナ〜」
「うわっ…とと、これでいいんですか?」
「サナ!」
移動カフェで次の目的地へと向かう途中、夜になるため寝床を確保した。アンペルは椅子とテーブルを用意して『夕食後のデザートを作る』と言った二人の様子を見ていた。リシテアはサナリスに指導を受けながら料理に挑戦している。
「お、お待たせしました」
「どれどれ…おお、よく出来てますね」
「アンペル先生とサナリスのおかげです」
「貴女の努力でもありますよ」
温かな声で優しい言葉を送ってくれることが、どれだけ嬉しいことか。リシテアは前髪を触りながら少し頰を赤らめた。
「パンケーキが出来るようになりましたし、そろそろ既存のメニューに挑んでみるのもいいかもしれませんね」
「本当ですか?」
「ええ」
「!サナ」
「おや、どうかしましたか、サナリス」
サナリスがついてくるようにとそんな素振りで歩き始めた。アンペルとリシテアはそれに従うと、少し森を抜けた先に、綺麗な丸い三つ重なった石を両隣に、歪だが縦に長い石とその上に小さな菅笠があった。
「これは……」
「近寄るな!」
前へ一歩踏み出した瞬間、少女が姿を現してはアンペルを制した。
「ここらを荒らす不届者め!」
「サナ!サァナ!!」
「黙れ!ここに来る者は誰であろうと容赦はせぬ!」
「!!サナリスちゃんの言葉がわかるんですか!?」
「ここから去れ!去らぬと言うならば、力ずくでも追い出す!」
「殺気立っているようですね。サナリス」
「サァナ……」
少女とは思えない古風な喋り方に、サナリスの言葉を理解しているかのような受け答え。アンペルはあれの正体がポケモンであることを察した。
「ポケモンって、人に化けられるんですか?」
「そういうのもいますね。イリュージョンポケモンのゾロアなどが挙げられるでしょうか」
「ということは、あれもゾロアですか?」
「いえ…おそらくあれは、違うポケモンかと」
「え?」
「あそこまでの擬態を見せられるポケモンは長年の経験があってこそです。つまり、長生きをしているか……長いこと彷徨っているか」
ーーゴース、でしょうか。
「今日はここで休みましょうか」
「サナ!」
「なにか、あるんですか?」
「何かあるかもしれませんね」
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朝。清々しい程、綺麗な朝。一晩泊まったが何もなかった。アンペル達は着替えると少女がいた場所へと向かった。
「アンペル先生、あれはなんなんですか?あの、歪な形をしている……」
「あれは、お墓です」
「お墓?ロストタワーとか、そういうところではなく、こんなところに?」
「おそらく、遥か昔の人のお墓なんでしょう。戦争があった時代に活躍した英雄のお墓かも。もしくは……」
「もしくは?」
「また来たのか……!」
少女がまた現れる。しかし、夜の時と比べて迫力がない。
「容赦はせぬぞと……」
「ゴースは夜の時間に生息するポケモン。朝方だと、本来の力を出し切れないのでは」
「なっ…私はゴースなどではない!」
「サナ!サーナ!」
「……信じられるか!ここに来るのは…」
その時、強い風が一瞬吹いた。その刹那、その少女がふわっと浮き飛ばされそうになった。
「あっ…少女が」
擬態が解けてしまい、ゴースの姿が現れる。傷つけない程度のサイコパワーでサナリスがゴースを救う。
「……不覚だ。よもや助けられようとは」
「ゴースって喋られるんだ……」
「ゴースのみならず、喋られるポケモンは意外にも多いんですよ。それぐらい知性の高いポケモンがいるんです。ニャースとか」
「へえ……サナリスちゃんは………」
「エスパーポケモンはテレパシーがありますからねえ」
「お前達、一体何者だ?なぜここに来た?」
「サナ!」
「何?」
サナリスはここに何かがいるというのを感じたらしく、アンペル達を先導したらしい。その正体はゴースだった……
「しかし……お墓があるとはいえ、ここはゴースが棲息するような場所では…」
「そうなんですか?」
「基本は廃墟になった場所や、古い建物を好みますから」
「……私がここにいるのは、このお墓を守る為だ」
「お墓を?」
「人がここを訪れるのだ」
「人?」
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私はゴース。前世はおそらく人だったのだろう。生まれながらにして人の言葉が話せた。周りのゴースからは忌み嫌われ…いや、慕われていたな。それはもう崇拝してるかのようだった。であるからか、私は自由の身であり、群れることなく世界を放浪していた。
ただ、少しの風で飛ばされるこのガスの塊では、中々思った通りの生活が出来なかった。
あの日は確か、大嵐だったな。
次の日になってようやく落ち着いたと先、着いたのがここだった。
何もない平坦な地に現れたのは小さな女の子だった。
その少女は、ジグザグマを小さな両手で抱えながら目一杯歩いていた。そして、手でひたすらに土を掘って、その中にジグザグマを入れていたのだ。
そして歪な形をした石を真ん中に、丸い石を三つずつ両脇に置いた。最後に、その少女が付けていた菅笠を真ん中の石に被せた。
お墓か。菅笠を置くだけでは、私のように風で飛ばされてしまうだろうに。
「……んぐっ」
泣かないのか。強い女の子だな。
その姿が、私の目には美しく見えたのか、数日違う場所へと行っていたのにいつも脳裏に浮かぶのはその少女の姿と、菅笠だった。
そして一度戻ってみた。道中で菅笠を見つけた。言わんこっちゃないと思ってその墓の元に戻してやろうとした時だ。
小さな子供達が、墓を荒らしていた。悪ふざけだったのだろう。子供には善悪の区別がつかない。仕方のないことだ。しかし……なぜか私は心中穏やかではなかった。
1ヶ月後、少女が来た。その悲惨な姿になったお墓を見て何も言わず修復してみせた。ひっそりと置いた菅笠も前と変わらずに置くだけだった。
その次の日、子供達が来た。以前見た者とは違う者達だ。
「なんこれー?」
「しらーん。石積んであそんどったんと違うー?」
「おもろいんかな?」
「やめろ」
私は思わず顔を出してしまった。少女が懸命に作った墓を遊び心で壊して欲しくなかったのだ。
それ以来、私はここを守ることにした。風で飛ばされる日でも菅笠と共に戻ってきた。
「これはお墓だ。大切なポケモンが眠っているのだ」
「うっそだー!」
「おいやめろ!!」
「お墓はこんなんじゃないぞ!せきひ?みたいなのがあるんだぞ!」
「それに触るなっ!!」
私のことではないのに、許せなかった。だから私は心を鬼にし、近づいてくるものは必ず追い出すと決めたのだ。
あの少女の手が汚れるのは、ジグザグマの為に掘ったあの時と、最初の1ヶ月だけでいい。
1ヶ月、また1ヶ月、ずっと、ずっと彼女は毎月ここに訪れた。
もう数えるのも忘れるぐらい訪れた。少女はいつの間にか、綺麗な大人になっていた。そして、それから幾星霜経つが、いつの間にか来なくなったのだ。
菅笠はボロボロだ。それでも私はここにいた。雨の日も、風の日も、私は負けずにここにいた。
いつか来るであろう少女…いや、あの女性の為に。
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「だから私はここにいる。おそらく時間がないだけだろう。あの少女がジグザグマに会いに来ないわけがない」
「……あの、きっとその人」
「リシテアさん」
「…はい」
「なんだ?心当たりがあるのか?」
「いえ。……行きましょうか」
アンペル達は車に戻ると、サナリスがすぐさまにテレポートをした。
「普段は、テレポートで移動するのは、景色が見れない分好きではないんですけどね」
「え、あのどうしてテレポートを?」
「あそこから一番近い街はここなんですよ。さて…営業は明日からですし、少し聞き込みをしますか」
「サナ!」
「聞き込み!?え、生きてると思ってるんですか!?」
「分からないから聞くんですよ」
「でもどうやって……」
「老人達に聞き込みをしましょう。もし、覚えている人がいたら、可能性はありますね」
「老人……あ、お墓を荒らしたことのある子達を?」
「はい」
そうしてアンペル達は聞き込みを始めた。横に首を振る人が多かったが、根気強く聞き込みをしていると…
「ああ、あったねえそういえば」
「分かりますか!」
「ああ。ワシがまだ6歳とかだったかな?ワシと同じくらいの子が『近寄るな』言うもんで、おかしな話と思っていたもんじゃ」
「では、小さい頃にジグザグマと一緒に遊んでいた女の子は知りませんか?」
「んー……それは、分からんのぅ…何かあったのかい?」
「いえ、お気になさらず…!」
リシテアがそういうと同時に肩をポンとアンペルが叩いた。
「菅笠を、いつ頃か被らなくなった少女はいませんでしたか?」
「ああ、当時ではあまりにも珍しかったもんだから覚えておるよ」
そうして教えてもらった家に行く。街から少し外れた小さな平家だった。
コンコンとノックをすると、小さな女の子がひょっこりと現れる。
「どちら様ですかー?」
「アンペルと言います。こちらリシテアさん、そしてサナリスです」
「どうも」
「サナ」
「そちらに昔、ジグザグマと仲良くしていたお婆様はいらっしゃいますか?」
「おばあちゃんはいるけど……ちょっと待ってください!」
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「こんな姿でごめんなさいね」
「いえ」
おばあさんは身体を動かせなくなり、人がいなければ、ベッドから降りられない生活がずっと続いているらしい。
「お母さんがジグザグマと暮らしてたことがあるなんて、知らなかったわ」
朝食を作っていたおばあさんの娘さんがそう言うと、軽く首を振った。
「野生のポケモンよ。暮らしてなんかないわ。けど……楽しかった……毎日が、特別だった。最期は……あの日は、凄い嵐で……」
「事故ですか」
「………ええ」
「その様子では、もうお墓参りは出来そうもありませんか」
「そうねぇ……無理ねえ。まともに身体も動かせないし……」
娘に介護されてやっとご飯を食べられるおばあさんを見て、アンペル達は、心を痛めた。
「けど、どうしても伝えたいことがあるの」
「なんでしょう?」
「言葉は文字に起こして伝えるのがいいわ。だから……手紙を代わりに書いてくれるかしら?昔はそういう仕事もあったけれど、今はないから…」
「文字に起こすって…相手に渡す物だし、日記とかじゃないんだから……」
「あら、じゃあ書いてみてほしいわ」
「わ、私がですか?」
「ええ。お願い」
「分かりました……」
リシテアは万年筆を持ち、おばあさんの心を紙に認めた。最初こそ、書くのが大変そうだと思っていたのが、おばあさんの心に触れて、自然と感情が揺さぶられていることに気づいた。おばあさんの言葉を聞くと、少し涙が出そうになって、それを我慢して書いた。
「……後、もう一通」
「もう一通ですか?」
「ええ……」
おばあさんはリシテアに言葉を伝えた。リシテアは、優しく微笑んだ。
「きっと、喜びます」
「そう……」
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「サナ!」
「なんだ、テレポートで戻ってきたのか」
「はい。リシテアさん」
「これ、お婆様……アンさんから頂いた、ジグザグマ宛のお手紙です」
「!そうか……アンというのだな…もう、そういう歳なのか……」
「はい。身体がもう動かせそうにないみたいです。ですので、こちらは……」
リシテアはスコップを使って軽く土を掘り、手紙をその中に入れた。綺麗に蓋をして、手を合わせる。
「そして、こちらが、あなた宛です」
「……なに?」
「どうぞ」
「………」
ゴースは手紙を広げてみせた。そしてその内容を、リシテアが読み上げた。
「『菅笠を拾ってくれていつもありがとう』」
「!!」
「『最初は気付かなかったけれど、後になって、誰かが戻してくれてるって気付いたわ。ボロボロになっても、お墓を荒らされても、菅笠をちゃんと届けてくれて、ありがとう。ずっと、ずっと、会いたかった。会ってお話がしたかった。直接伝えたかった。今日、それがやっと叶うのね。ありがとう。姿も名前も分からない、私の大切な友達』」
「直接とは、なんだ。これはどこからどう見ても、間接的ではないか」
しかしその表情はどこか穏やかだった。
「こんなにも……温かいものなのだな。手紙というのは」
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アンペル達はキッチンカーの元に戻り、天気予報を確認していた。そんな中、アンペルのスマホにチャットが飛んでくる。
「……アンペル先生」
「なんですか?」
「私、今の時代ってデジタルが普通で、葉書とかそういうアナログ的な物ってどんどん廃れてるじゃないですか。私も日記こそ手書きですけど、誰かに連絡を入れるのは手っ取り早いのでスマホを使います。むしろ誰かに何かを送る時は早い方が楽だし便利だし、今まで頑なに手紙とか葉書を送る人の気持ちが分かりませんでした……でも」
リシテアは夕焼け空を眺める。ペリッパーが空を飛んでいるのをただ見つめている。
「今日、その気持ちが分かった気がします。……手紙ってあんなに直接人の心に響くのですね」
「……そうですね」