ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』 作:sisid
ーー私は、鏡を見ることが嫌いだ。なぜなら、自分の顔が嫌いだから。
嫌いな自分の顔を見ると、嫌でも嫌な気分になる。
角張った頬骨に、めちゃくちゃな歯並び。デカい鼻……
って、ああもうやだやだ。やってらんないってーの。自己嫌悪の毎朝はしんど過ぎるね。
「アイネ!これ頼んだ!」
「はいはーい!」
残業を乗り越えて、仕事も終えて、ぐぅーとゴンベの如く腹の音が鳴る。
そこにいい匂いが漂ってきた。移動カフェ『安らぎ』というお店から甘い甘い香りがする。これは……回避率が下がっちゃうな。と、思わずモンスターボールからキレイハナを出していた。
「ハナハナ〜?」
「キレイハナー、私頑張ったよね?」
「ハナ!」
「ご褒美があったって、問題ないよね?」
「ハナハナ!」
「よし!たまの贅沢だ!」
私はそこへ立ち寄った。ああ、いい匂いだ。これは食欲が湧く。長蛇の列に並び、ようやく自分の番まで回ってきた。
「いらっしゃいませ。えっと、ご注文をどうぞ」
「えっ…あなたが店主!?」
私より遥かに、いやどうみても10歳ぐらいの子だ。そんな子が働いているだなんて……
「店主はこちらです。アンペル先生」
「こんばんは」
「あ……いや、でもわっか……」
「僕はそれなりに歳とってるんですけどね。よく若いと言われます」
柔らかい声色に、ナチュラルイケメン。そりゃあ人気があるわけだ。
さっと注文を済ませてさっさと帰ろう……明日は休みだし、ゆっくり寝よう。
新作と書かれた、ヒトモシのマシュマロココアと、軽食のダグトリオサンドを注文した。すると、色違いのサーナイトがトレイを持って出てくる。
「サーナ」
「ありがとう。わあ、美味しそう」
「ヒトモシのマシュマロココアは、この子が初めて挑戦した飲み物ですので、ぜひご感想を」
「よ、よろしくお願いします!」
「へえ。じゃあ早速……」
ふわっとした甘いマシュマロの味が脳に沁みる。すっごい美味しい。
「美味しいよ!すごいわね!」
「ありがとうございます!少し前に貴重な体験をしたので、その時の思い出を形にしたくてアンペル先生にお願いしたんです」
「良かったですね。好評で」
頭を撫でられて嬉しそうにするリシテア。
ーー微笑ましいなあ。
「いやあ、羨ましいです。幸せそうで」
「羨ましい?」
「はい。すごく幸せそうで、嫉妬しちゃいますよ」
「サナ?」
「ああ、ごめん、なんかちょっと嫌な感じになっちゃった」
なんか、人生の成功者って感じがしちゃって。仕事も楽しそうだし、見た目も良いし。
「うーん、僕は特別、幸せ者というわけではないんですけどねえ。この仕事を受け継いだ時も全く売れませんでしたし、畳まなくちゃいけないんじゃないかというぐらい、赤字でした」
「そうなんですか?」
「はい。とはいえ、僕はここの2代目の店主。僕で終わらせるわけにはいかないと必死でしたよ」
意外だった。その甘いマスクで沢山の人を虜にしてきたのかと、そう思っていたのに。
「初代の方は、まるで僕とは正反対でしたね」
「正反対?」
「声はでかいし、身体もでかいし、顔もでかいし、吊り目だし」
「ええ…それだと売れないでしょ〜……」
「ところが、非常に人気な方でした」
アンペルはクスッと何かを思い出したように笑った。
「あの人は、自分のことをまるで気にしてないような人でした。太ってることを気にしてないのかと聴いたら、『気にしてはいるが、身体は正直で飯はたらふく食いたいし、運動したくないんだ!』って……ふふっ、気にしてるなら多少は食事も控えて、運動もするでしょうに」
「へえ…でも想像つかないなあ。それで安らげました?」
「ええ、とても。むしろ、あの騒がしさがないと落ち着かないぐらい」
「騒がしさが…落ち着く?」
今のお店からは想像もできないことだった。けれど、彼が嘘をついているように見えなかった。
「……それぐらい、安らぎそのものには色々な種類があるということかも知れませんね。例えば、今、僕と貴女がこうして話している時間は、とても平穏で、心安らぐと……そう思いませんか?」
「え……いや、それは、アンペルさんがイケメンで、声も落ち着くから……私みたいな顔面ブスに需要なんて…」
「僕は貴女が聞き上手だから話したくなるんですよ」
「聞き上手……」
アンペルがリシテアの頭を優しく撫でる。リシテアは「なんで今?」というようにアンペルを見た。
「この子も、貴女も、自分の至らないところ…コンプレックスと思ってしまうところに注目しがちですが、今、自分が持っている素敵な物を数えてみるのも大事ですよ」
「自分が持っている……?」
「『欠乏しているものを欲するあまり、現にあるものを台無しにしてはならない』」
アンペルのその瞳がアイネへとしっかりと向けられる。その瞳に、アイネは顔を逸らすことができなかった。
「『われわれは、日常の私事や国事の牢獄から、われわれ自身を解放するべきである』……と、昔の人も言っています」
「日常の私事……」
「サァナ」
「ハナハナ!」
「貴女のキレイハナはこんなにも元気に育っている。それも、貴女の素敵なところですよ」
「ありがとう……ございます」
私の良いところ……良いところか……
「初代店主さんは、自分の良いところを見つけるのが、上手でした?」
「あの人も自分自身のことをブスだと言っていましたが、むしろそれが客を笑わせられるから長所だと言ってましたね」
「それは……メンタルつよつよですね」
「はい。メンタルつよつよです」
でも、そっか。角度を変えれば、『欠点』も『個性』の一つか。自分の持っている物を数えるのは、それはそれは難しいことかもしれないけど、今確かに感じてることと言えば、疲れた時に癒してくれるキレイハナがここにいるのも、こうやって素敵な料理を提供してくれるお店と出会えたのも、私という人間が、一生懸命今日まで生きてきたからだ。
それが一つの私の良いところなのだろうし、自分のダメなところも、個性だと思っていけるような……たまには自分の顔を褒めてもいい時が来そうな……
そんな1日だった。
さっさと帰ろうと思っていたのが、いつの間にかあの空間に包まれていた。
家に帰って、キレイハナにお水をあげて、そして自分自身の顔を水でバシャバシャと洗って、タオルで拭きながら自分の鏡を見た。
「……あれ、なんか明るいな」
陰湿な顔だと思っていたけれど、あの人とお話をしたからか……今日の自分の顔はなんか好きだった。