ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』 作:sisid
学生達が休日を使って、朝から自転車を漕いでどこかへ行こうとしている。アンペルはその様子を見ながら"休憩中"の立札を置き、サナリスと2人で景色を眺めながら食事を摂っていた。
その時、コロコロ……と、お金が転がってきた。それを拾うと、「すみません」と、そこそこ歳をとったサラリーマンらしき人が謝りに来た。寝癖や目尻の皺と目のクマが目立つ。
「お疲れのようですね」
「あはは。今日も仕事なのに遅刻しそうになりまして、ドタバタしながら家を出たもので……」
「サナ!」
任せてくれと言わんばかりにサナリスが胸を張る。アンペルはクスっと笑った。
「目的地は?サナリスのテレポートでお連れしますよ」
「いえいえ、流石にご迷惑をおかけしてしまうので……」
「では、テレポートでお送りしますので、帰りはこちらで何か買って頂く……というのはどうでしょう」
「お金は……今はあまり使いたくない物で……」
「安心してください。こちら僕とサナリスの2人で手に入れた食材を使った料理です。キッチンカーを使っているとは言え、テレポートで移動することもある為、交通費云々も削減……よって、価格はご覧の通りです」
アンペルはメニューを見せる。それはワンコイン以下の金額でそこそこ腹が膨れそうな写真しかなかった。サラリーマンは笑った。
「商売上手ですね。分かりました」
笑顔でそのサラリーマンを見送り、仕事を始め、やがて日が暮れる。そのサラリーマンは営業時間中には来なかった。
太陽が完全に姿を消して、月が明るくなってきた頃、遠くから走ってくる男の姿があった。
「ハァ……ハァ…すみません、遅くなりまして……」
「いえ。……残業でしたか」
「ええ。ちょっとトラブルがありましてね。えっと……店は……」
「残念ながら、今日はもう終わりましたので」
「そうですか……すみません」
「どうぞ」
「え?」
アンペルはガケガニサンドイッチを渡した。
「賄いです。テレポートで家まで送りましょう」
「これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「これだけ頑張っている方に何もしないのは、僕の心が痛むのです。僕の為にどうか送らせてください」
そう言われると、サラリーマンは何も返せなくなった。そして住所を教えて、サナリスがそこへと飛ばした。
「……なぜ、こんなにも優しくするんですか?」
「貴方が真面目で一生懸命で、優しい方だからです。そんな人が、僕は大好きなんですよ」
「サナ!」
「あはは、もちろん、サナリスもね」
裕福とは言えなさそうなアパートに入っていくそのサラリーマンを見送ってからアンペル達も帰った。
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その日以来、何かとサラリーマンと会うことが増えた。目が合うと会釈を互いにする程で、彼はアンペルの店に立ち寄って何かを買う…ということはあまりしなかった。
というより、そんな時間に会うことはなかった。
ーー毎朝開店時間前で、毎晩閉店時間後ですか……
昼休憩中に、フレンドリィショップにて生活用品をサナリスと一緒に選びながら、そのサラリーマンのことを考えていた。
その時だった。目の前で、おにぎりをポケットの中に入れてそのまま店を出ようとした少年がいた。
「待ちなさい」
「っ!?」
フレンドリィショップから走って出て行く。サナリスがそれをねんりきで止めた。
「うわっ……離せ!離せよ!」
「サナ!」
天誅と言わんばかりに頭を軽くサナリスが叩いた。
「万引きは感心しませんね。あ、店員さん」
こうして少年はあっさりと、事務所の方へと連れて行かれた。おにぎり以外にも、パンや野菜ジュースなどをポケットの中に入れていた。
少年はむすっとしているだけだった。
アンペルが気になったのは、いかにも新品の服を着ていることだった。別に苦しい生活を送っているわけでもなさそうで、そんな子がなぜ万引きをしたのかが不思議だった。
「君ね、これはやっちゃいけないことなんだよ?なんでこんなことしたの」
優しく問いかける店長に対して、少年はプイッと顔を背けた。
「いいじゃん。別に死ぬ訳じゃないんだから」
「なんだって?」
店長は聞き逃さない言葉を聞いて思わず圧をかけた。しかし少年は続けた。
「死ぬ訳じゃないだろって言ったんだよ!」
「お前……っ!」
「死にますよ」
アンペルは店長を制しながら、少年にそう言った。ジッと少年の目を見続けていた。そして少年が盗んだおにぎりを見せる。
「おにぎりは大体原価率70%です。契約上、売れた利益の一部をロイヤリティとして本部に支払い……と、色々ありまして、店舗自体に残るお金は100円のおにぎりなら15円ほど。一個盗まれたらそれを取り戻すのに5個は売らないといけない」
「っ……」
「商売というのは、1人で成り立っているものではないのです。それは肝に銘じて……思いやりを持てる人になりましょう」
「優しくなれって言ってるの?」
「はい」
「優しい人は、損をするんだぞ」
「……はい?」
「お取り込み中すみません」
その時だった。少年を事務所に連れて行った際、店長が親御さんに連絡をとっていたのだが、その親がどうやらやってきたようで、店員さんがそれを伝えにきた。
そして、現れたのは……あのサラリーマンだった。
「……貴方の息子さんでしたか」
サラリーマン……少年の父親はアンペルに軽く頭を下げた後、コツコツと少年の方へと歩いて、向かい合った。
「……パパ」
「なんでこんなことをした」
「だって、パパがいつも大変そうだったから……いつ倒れてもおかしくないぐらい働くから。ただでさえお金がないのに無理なんかしたら、死ぬだろ。だから僕は」
刹那、鈍い音がした。父親が少年の顔を思いっきり引っ叩いたのだ。
「そんなことをして欲しくて仕事をしているんじゃない!!」
息が荒い。その目は、アンペルが一度も見たこともない、父親の目だった。わなわなと身体を震わせて、拳をギュッと握りしめて……
左頬が赤く腫れた少年は、取り乱し、涙を流した。……が、子供らしく、怒られていることに歯向かって行った。
「じゃあ仕事なんか辞めちまえよ!」
「なんだと!」
「だっておかしいだろ!なんでパパが寝る間も惜しんで働くんだよ!他に働ける人いるだろ!優しくして、真面目な人が損をしていくのは、どう考えてもおかしいじゃないかっ……!」
少年の目からボロボロと涙が流れ、それに呼応するようにどんどん声が荒げていく。
「どんどん元気じゃなくなっていくパパなんて見たくないのっ!頑張らないでっ!ママみたいになるのは……やだよぉ……」
最後は疲れて膝から崩れ落ちた。泣いているのは少年だけじゃなく、父親もだった。
その2人の感情に揺さぶれ、サナリスすらも涙を流していた。
「僕が、おにぎりとパンを買いますから……どうか、初犯ということで、今回だけ見逃してはくれませんか?」
アンペルが店長に頭を下げると、店長も理解を示してくれた。
初犯だろうがそうでなかろうが、今回のことは許されることではない。ということを少年の胸のうちに秘めてほしいと……切に願って。
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泣き疲れた小さな息子を寝室に寝かせた。
リビングでは、アンペルとサナリスがお邪魔していた。
「母親がね、身体を壊して入院しているんですよ」
水を差し出しながらそう言った。
「入院費も安くなく、有給を全部使い切っても、あいつは目を覚さない。私が働ける時に働かないと、お金も払えなくなってしまう。だから、深夜であろうが早朝であろうが、出勤してくれと言われたらすぐに出る。お金が必要なんです」
「サナ……」
サナリスが父親の手を触る。それはもうカサカサの乾いた手だった。
「でも、それだと息子に悪いと思って、出来る限り手料理を振る舞った。新しい服も買った。息子には……出来る限り幸せであって欲しい。お金が無くなるからと、野生に帰したポケモン達と同じように……」
「ポケモンは、自立出来る。ご飯もなんとか出来ますからね」
「ええ。でも息子は、私がいなければまだまだ何も出来ない8歳です。あの子が笑顔でいれば……それで……」
「……」
「……それが、あんなことをさせてしまうなんて。……私は、何を間違ったのでしょうか」
「何も間違っていないと、僕は思います」
その時、カタッ……と、小さな物音がした。
アンペル達はなんの音か分からなかったが、サナリスがその音の方へと向かって行った。アンペルはそれを見て任せることにして、話を続けた。
「優しい人は損をする……あの子は少々賢い。本当にその通りです。優しい人は沢山損をする。損の回数なんて、どれ程か。けれど、それでも優しい人間であるには理由がある」
アンペルはその乾燥した手をギュッと握りしめた。
「息子さんの笑顔を見るだけで、幸せを想像するだけで、いくら損をしてもお釣りが来るんですよね」
「……ええ。その通りです」
「愛というのは、どれほどの大富豪でも払えない程の価値があるというのを、あの子はまだ理解出来ていない。でも、もうそこまで近づいてきている。万引きをしたということが、『大好きなパパを否定するようなこと』をしたという後悔が、きっと、あの息子さんにはあります」
父親は泣いていた。アンペルはその涙を拭った。
そして何度も、何度も、
「貴方は間違っていない」
と、
「貴方は立派な父親だ」
と、そう伝えた。
その光景が廊下の先、サナリスと……その息子がいる部屋にも映っていた。息子は声を出すのを我慢しながらポロポロと涙を流していた。サナリスは頭を優しく撫でながら、見守っていた。
2人は、お互いのわだかまりが解けるまで、「ごめんなさい」と「ありがとう」が言えるまで、一緒にいた。
「サナリス」
「サナ?」
「2人を見ていて、僕はある人の言葉は正しいのだと思いました」
ーーたとえ嫌なことばかりなのだとしても
人間の本性はやっぱり善なのだとーー
最後の言葉は、
世界記憶遺産『アンネの日記』に書かれている、著者:アンネ・フランクさんの代表的な言葉です。
我々では到底計り知れない業を背負っている中で、この言葉が出せるのは、あまりに美しく、芯が通っていると僕は思うのです。
今回の話なんかより遥かに重い人生を歩んだ彼女の言葉ではありますが、
少しでも多くの方に知ってもらいたい言葉でもあるため引用させていただきました。