ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』 作:sisid
海の中に自然がある。しかしそれは人工的に作られたもの。テラリウムドームである。
イッシュ地方のブルーベリー学園にはそういった施設があり、そこでたくさんのポケモンの生態を見ることが出来る。
しかし今はテラリウムドームの上、エントランスロビーのバトルコート。
「んー!さっすがタロ!ちゃんと育ててて偉いねぃ」
「カキツバタに褒められても嬉しくないんだけど。負けたし」
バトルコートでダブルバトルをしていた二人が、アンペルのところへとやってくる。アンペルは二人にガケガニサンドイッチをプレゼントした。
「いや〜、やっぱりこれ美味えよ!」
「ありがとうございます」
「サナリスちゃん可愛すぎですよー!」
「サナァ」
アンペルがブルーベリー学園に来たのは、学園長からの頼みだった。食堂のメニューを増やしたいから、ぜひレシピを一緒に考えてくれとのこと。アンペルはそのついでに、ブルーベリー学園の生徒に料理を振る舞うことにしたのだった。
キッチンカーも特別、テラリウムドームの中に置いても良いことになった。
「ブルーベリー学園の学食も見ましたが、参考になるのが多かったですね」
「あら、嬉しいねぃ」
「大人から子供に教えることもありますが、逆もありますね。ここに来て正解でした。たくさん教わることがあります」
「アンペルさんと学食を提供している方々はそれほど歳は離れてないような……」
「へっへっへ。ちげえねえ」
アンペルも笑った。しかし本音であることには変わりなかった。そしていつも通り、美味しそうに食べるカキツバタやタロを見ていたら、カキツバタがふとこう言った。
「アンペルの旦那はポケモンバトルしないんすかい?」
サナリスがピクッと反応した。アンペルはサラッと流すつもりで、
「僕はサナリスしかいませんから」
「たまにゃシングルでもいいだろ。オイラと一戦やってみねえかい?」
「私も見てみたいです。フェアリー使いとしては、サナリスちゃんの動いた時の可愛い姿を拝みたい……!」
「いえ、ですが僕は……」
「まあまあ!学生の我儘を聞いてちょうだい!」
学生達の勢いに負けて、アンペルは頷いた。
「……分かりました」
観客席から降りて、軽く伸びをする。サナリスはその後ろをテクテクと付いていく。
「可愛い……」
「まだバトルしてねえよ?」
「カキツバタには分かんなくていいです〜。ほら、いったいった」
カキツバタは背中を押され、バトルコートに立った。アンペルとサナリスも準備は出来ているようで、ただその場に立っていた。
ーーいやあ、まっずいねぃ。
ひやりと額から汗が流れているのが分かった。ここ数日だけでも優しい声色と表情をしていて、そこの空間だけ異世界のような感覚を覚えていた。しかし、バトルを観戦しているアンペルの姿は、歴戦の強者の風格を見せていた。
一度、戦ってみたい。ポケモントレーナーならそう思わざるをえなかった。
そして、目の前にいるアンペルとサナリスの姿は、カキツバタの脳裏にイッシュ地方のチャンピオン、アイリスを過ぎらせた。
「それでは一対一のシングルバトル、よろしくお願いします」
「ん、ああ。それじゃ、相棒に頼もうかねぃ!」
ブリジュラスが出てくる。カキツバタはグッと拳を握りしめた。
「いくぜ!"ラスターカノン"!」
「ジュラァッ!」
一点に集まった光が放たれた。それがサナリスのところへと向かっていく。サナリスはそこから動くそぶりを見せなかった。その刹那ーー姿を消した。
「なっ……!?」
「サァナッ!」
声がしたのはその上だった。攻撃技がすでに放たれており、それがブリジュラスに命中する。
大きな衝撃音がエントランスロビー全体に響く。そこで見ていたタロも、他の生徒も、皆、唖然としていた。
カキツバタはリーグ部という部の中で四天王最強と言われる男だ。ダブルバトルを基本とするブルーベリー学園といえど、祖父がイッシュ地方のジムリーダーを務めているなどシングルバトルも戦える男だ。
「ブ……ブリジュラス戦闘不能!」
タロが慌てて判決を下した。一撃。一撃だった。それだけじゃなく、アンペルは何も言わずに、サナリスはテレポートをして、その上からはどうだんを繰り出した。
しかしそれがサナリスの自己判断でもないことが、なんとなく分かった。
「……ブリジュラス、お疲れさん」
「ありがとうございました」
「こちらこそ。まさかテレポートにああいう使い方があるとは」
カキツバタはアンペルと握手した後、くるっと背を向けた。
「ポーラエリアにいっから。なんかあったら呼んでくれな」
「あ、カキツバタ……」
アンペルはサナリスの頭を撫でた後、ホウエン地方の名物、ポロックを食べさせていた。
先ほどの試合が終わってもなおざわざわとしている観客と、それを見つめるタロ。
「ん……?タロさどうした?」
「あ、スグリくん」
リーグ部のチャンピオンとしていた男の子。訳あって今はリーグ部の四天王でも、チャンピオンでもなくまた一から始めることを決めた。
「カキツバタが珍しく神妙な顔してたけど……」
「えっとね……さっきアンペルさんとシングルバトルしてて」
「アンペルさんとシングルバトル!?」
「うん…一対一だったんだけどね。……一撃で、カキツバタのブリジュラスがひんしになっちゃった」
「えっ……」
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アンペルはテラリウムドームに戻った。放課後の時間から2時間経った為、すでに店は閉まっている。
運転席で手紙を見る。その手紙はリシテアからのもので、ここ数ヶ月の出来事を書いてくれていたようだ。その真っ直ぐな気持ちが書かれている手紙に思わず笑みを溢した。
アンペルもそれに返事をしようと、最近の出来事について色々振り返ろうとした。その時だった。
「おっ、アンペルの旦那」
「おや、カキツバタさん。今、帰りですか?」
「そうですよ。ちょいとポーラエリアの可愛い後輩達とお戯れをしたんで。そろそろ寮に戻ろうかってね」
「お戯れを。バトルですか?」
「これでもリーグ部の四天王やってるんでね」
飄々と、どんな時でものらりくらりと生きてきたかのように気の抜けた声で会話をする。そんないつものカキツバタの前に、サナリスがアンペルの裾を軽く掴んだ。
サナリスは怪訝そうにカキツバタを見ていた。
「……僕が、苦手ですか?」
「えっ。……いやあ、アンペルの旦那には、隠し事が出来ないねぃ。いや、サナリスには、かな?」
カキツバタはへらへらと笑いながら、けれども手刀を横に振る。
「これはおいらの問題なんで。気にしないでいただけると」
「そうですか……」
「……時に疑問なんでやんすが、どうしてそれほどの実力を持ってて、ポケモントレーナーにならなかったんですかね?」
「それは……」
少し間をおき、カキツバタの顔を見た。何も変わらない、数日ずっとみているカキツバタとなんら変わらない。
けれども、サナリスはあまりアンペルに正直に答えて欲しくないようだった。
「サナリス、大丈夫です。僕なら大丈夫」
「サナ……」
「カキツバタさん。僕は以前からポケモンバトルとは恐ろしいものだと考えています」
「恐ろしいもの?」
「ええ。バトルが好きなポケモンが多いですから、非常に合理的な競技だとは思います」
「ほう。なのに恐ろしいって?」
「蓋を開けてみれば、ただの傷つけ合い。好きなポケモンが傷つきながら、トレーナーはなんとかして勝ちを取りに行く。今は秩序が安定しているから大丈夫でしょうが、……後に
「………」
「僕は、そんなポケモンバトルが苦手です。ポケモントレーナーという職業自体は否定しませんが、僕個人としては、サナリスを傷つけたくはないのです」
包み隠さず言葉にする。アンペルがサナリスに、ポケモンを相手にした状態で技を出すように指示をするのは、悪人を捌く時だけだった。
そして、アンペルにはN達との邂逅の際に、この世の中が未だ善人だけではないことを理解している。
しかし、アンペルは未だ分からない。知らない。
熟練のポケモントレーナーの抱えているものを救う言葉を。
「僕の場合、ポケモンバトルというのは……」
「いや、もういいでやんす。嫌いなのは分かりましたから」
「っ……すみません。参考になりませんね」
「いや、良い話が聞けたと思ってるんで。じゃ、失礼」
カキツバタはそそくさと自分の寮へと戻って行った。服を緩めて、ボフッと勢いよくベッドで横になった。ぐるっと天井を見上げながら、アンペルとの刹那の試合を思い出す。
ーー全然、楽しくなさそうだったねぃ。
あれほどの才能を持った人間が、ポケモンバトルを毛嫌う。そんな人との試合なんて、発散にもならない。
「ハルトとダブルバトルしてえなあ」
ーー楽しくやりてえなあ。
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「サナリス、少しだけ、いいですか」
「サナ」
「ありがとう。……カキツバタさんには、失礼なことを言いましたね」
「サァナ」
「ありがとう。でも、怒らせたのは間違いないので。今は、もう少し、このままで」
アンペルがサナリスを抱き寄せる。サナリスもアンペルを抱きしめる。キッチンカーの中で二人は静かに、しばらくそのままでいた。