ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』 作:sisid
AかBのどちらかを選びましょうって言われた時に、みんなはAを選んで、ボクだけBを選ぶ。
そしていつしか周りとずれているって気づいて、だんだん周りに合わせるようになっていく。
そしてボクはワタシに変わったし、口調だって変えちゃったの。
「きゃー!これみて!イーブイのマグカップだってー!」
「可愛いー!」
「でしょ!ヤヨイも見てよこれ!」
「え?んー、ほんとだ。可愛い」
友達2人に合わせてそう答える。可愛いとは思うけど、そんなはしゃぐものじゃないって思う。
でも、協調性がないとね。おかしいって思われるのは嫌だもの。
『え……女子のくせにハッサムが好きなの?』
『オトコオンナじゃん』
『関わらないで。私も同類って思われるじゃん』
ズキッと頭痛がした。どうして人っていうのは、自分にとって嫌だと思った思い出をずっと大切に記憶の棚に閉まってしまうのだろう。防衛本能のためにしたってタチが悪い。
「ヤヨイのそのフリルのスカートかわいいよね〜。どこの?」
「えーっとね、〇〇ってところ」
「あそこか!あそこ可愛いの多いし安いしでいいよねー」
「そうね。ワタシも初めて行った時は驚いちゃったわ」
本当はズボンを履きたい。髪だってうざったいから短くしたい。でも空気を読まないといけないから、ボクはワタシに嘘をつくの。
食事を済ませて、みんなと街を歩く。最近の彼氏がとか、この前の映画がとか、そんな何気ない会話が続く。
嫌なことは減ったし、なんてことない日々が毎日やってきて幸せであるはず……それなのに。
「息苦しい……」
「ヤヨイ?息苦しいって?」
「あ、いや……」
「あ!分かった!この前ここでクサイハナに会ったもんね!」
街から少し外れた先にある公園で会ったクサイハナのことだ。距離は離れているけれど、確かに公園が見える。
「くっさい臭いがしたもんね〜。あの時のことを思い出しちゃったんでしょ!」
「あはは……そんなところ」
「まっ、あれは確かに鼻がひん曲がるかと思うぐらいの悪臭だったもんね」
みんなそう言う。確かに臭かった。ワタシはあのクサイハナを知っている。
あれは昔……ワタシが逃したクサイハナだった。
『ナゾノクサからクサイハナに進化したー!なんでクサイハナって言われてるのかしら?すごくいい匂いじ……匂いだわ』
『ハナ?』
『うーん、可愛いねえ。ボ……ワタシの大切なポケモン』
あの時は本当にいい匂いだった。みんなが臭いって言うから、ドッキリだって言って、誤魔化した。
抱っこしてたけどすぐに手放した。その瞬間本当に臭いって感じるようになって、嫌になってそのまま逃したんだ。
会うことはないと思ってたけど、幾星霜経ってまた再会したって感じ。
「誰も近寄らなくなったよね。クサイハナが居着いたせいで……って、あれ?」
「どしたの?」
「公園に誰かいるよ?」
「え?」
そこには笑顔になっているクサイハナがいた。色違いのサーナイトもいて、キッチンカーらしきものが見えて、男性がそこから出てきて食べ物?を渡していた。
「行ってみようよ」
「え?ヤヨイ?絶対あそこ臭いよ?」
「うん。……でも、気にならない?」
「それはそうね。あのキッチンカーって、移動カフェ"安らぎ"でしょ?」
「え!?あの有名な!?ヤヨイも知ってたの!?」
知らないし、気になるのはそこじゃないけど。
「……うん。一度食べてみたかったんだよね。ラッキーじゃない?」
「そうね!ハピナスかも!行っちゃお!」
そうしてワタシ達はその公園へと足を運ぶ。近くなるにつれて臭くなるかと思ったけど、そんなことはなかった。
「ハナッ」
クサイハナが気づいたかと思った時に、いきなり激臭が漂った。臭い。出鱈目に臭くて、すぐに退散しそうになった。
「おや。みなさん、この子のお知り合いですか?」
鼻をつまむワタシ達に対し、何もしない目の前の青年さん。鼻が腐ってるの?と言いたくなるけど、そこにいた他のサーナイトとは色素が違う子も、平然としていた。
「サナ、サーナ」
「ああ……そういうことですか。みなさんは臭くて堪らないのですね」
「え?あの、貴方は臭くないんですか?えーと、安らぎの店主さん?」
「アンペルと言います。こちらはサナリス。質問の答えですが、僕は全く臭く感じてないですよ。むしろいい匂いです」
友達の問いかけにサラッとそう返事をして、思わずワタシは「えっ」と声を漏らした。
「大丈夫ですよ、クサイハナ。この子達はおそらく僕のお客さんです」
「サーナ!サナ、サナ」
「ハナァ」
「みなさん、一度手を離して見てください」
「は、はい」
言われるがままに手を離してみた。……いや、相変わらず臭いんだけど。
「あれ?臭くない」
「え?」
「本当だ!?なんで!?」
「えっ、……え?」
なんで、ワタシだけ臭いままなの?友達2人は変わったって言ってるのに。
その時、サナリスとやらがワタシを見た。
「サーナ」
「はい?」
「サーナ、サナ?」
「ハナ、ハナァ」
「サァ……」
サナリスがアンペルさんに何かを伝えているように見えた。それに対してアンペルさんは相槌を打っていた。
「このクサイハナは人見知りのようでして。元々、このポケモンは敵から身を守るための臭いを出す習性があるんです」
「へえ……!」
「でも、敵じゃないと分かれば違う臭いに変わる……そういう特殊な香りを出すポケモンなんですよ。特に、仲良しだと思っていると、良い匂いがするようになります」
「あっ……」
そうか、あの時ワタシがいい匂いだと思ったのは、ワタシのことを仲良しだと思っていたからか……
「ただ、この子は昔、とても嫌なことがあったようでしてね。仲良しだと思っていた人から、突然冷たくされたと」
「っ……」
「えーそうなの?可哀想。ね、ヤヨイ」
「……ごめん、ちょっとワタシ、急用を思い出したから帰るね」
「え?」
「ごめん。アンペルさん、サナリスさん、失礼します」
バツが悪いようにその場から早歩きで離れていく。居心地が悪い。そんなの知らない。
『くっさ!何コイツ!』
『ヤヨイのそのポケモン臭いよ!どこが良い匂いなんだよ!』
『え?……い、いや、冗談に決まってるじゃん!ドッキリよ!』
『ハナッ……!』
抱っこしてたクサイハナを咄嗟に投げ捨てた。まるでずっと我慢してましたって感じで。ここでもワタシは周りの空気を読んだんだ。
『はー、臭かった!けっこー我慢してたのよ!』
『ドッキリで体張りすぎー!』
『あははは、それぐらいしないとなーと思って……うっ』
あの時の突然の悪臭はずっと覚えている。そんなの知らない。……じゃ、ないよな。あの時、ワタシじゃなくて、ボクであるべきだったんだ。
じゃあ人間関係って、どうすれば正解なんだよ。
「サナ」
「……え?」
「サァナ」
目の前に現れたサナリスに手を握られると、刹那に先ほどの公園に戻ってしまった。友達はいなくて、そこにはクサイハナと、アンペルさん達だけがいた。
「どうも」
「ど、どうも……何か?」
「いえ、何かがあるのは貴女の方かと」
「……知ってるんですか?」
「はい。クサイハナから、サナリス経由で」
嘘を言っているようには見えなかった。淡々としていて、柔和な表情で、かつ心を落ち着かせる柔らかい声色。
「……あの、アンペルさんはもし、クサイハナのことをよく知らない状態で、周りから『くさい』って言われたら、どうしてましたか?」
「変わらず、自分はいい匂いだと返します」
「なんでそんなことが出来るんですか?」
「はい?」
「だって、そんなの変じゃないですか。周りとズレてたら、邪険にされてもおかしくない。変わってるって言われる。変な人だって、そんな目で……」
「それは、周りの見る目がないだけでしょう」
「……は?」
それは大袈裟過ぎる。まず最初にそう思った。けど……なぜなのか、一番返して欲しい答えのような気もした。
「……時に、貴女は『印象派』というのをご存知で?」
「え……っと……絵画?」
「正解です。"星月夜"や、"睡蓮"なんかは有名ですね」
「それが……何か?」
「素敵な絵だと思いますよね。おそらく現世の人たちで芸術が好きな人殆どが印象派の絵を素晴らしいと思うと思います」
「はぁ……」
「ですが、印象派が生まれた当時は全くの真逆でした」
「え?」
「印象派展なんてものをやった日には、罵詈雑言を浴びせられたそうですよ」
「そうなん……ですか?」
「はい。見る目がないですよね。あんなに素敵な作品なのに」
アンペルさんはクサイハナにご飯をあげながらそう言った。
「でも、印象派の人たちは挫けずに自分の信じた芸術を描き続けた。それが次第に評価されるようになったのです。……時が経てば価値観も変わる。貴女にも貫き通したいものがあるなら、貫き通すべきです」
「……」
「空気を読むことが多いでしょう?」
「はい」
「それは間違っていますよ」
「え?」
言葉の意図を理解出来なかった。けど、アンペルさんはそんなことを気にせずに続けた。
「……貴女は貴女を信じましょう。少なくとも、本来の貴女を僕は否定しませんから」
なんでこの人はボクを知っている?ボクの心を見透かせる?そう不思議に思っていた時、サナリスがボクの手を握っていた。その温かい体温と同時に全てが理解できた気がした。
アンペルさんは、サナリスから聞いたんじゃないかって……そんなこと、あるはずないのにね。
怖いと思う気持ちは確かにある。けど、今日、カッコイイ人に出会ってしまった。こんな人になりたいってずっと思ってたから。自分の気持ちを押し殺すのを辞めてみようっておもって……
ボクはクサイハナに謝った。本当はカッコイイポケモンが好きだとも言った。だけど、ナゾノクサから一緒だったから、本当はかけがえのないポケモンだと伝えた。臭くてもいいから許してくれるまで一緒にいようと伝えると、モンスターボールに戻ってきてくれた。
……でもま、全然許してくれてなくて、臭いままだけどね。
「!?クサイハナを手持ちに入れたの!?」
「ってか……ヤヨイ、それ……」
人間関係が変わっているなら、許されるかと思って、アンペルさんを信じてみることにした。いや、信じたかったのかもしれない。
ボクはワタシを辞めてみた。ジーパンで黒の革ジャン。髪をバッサリと切って片耳ピアス。
「本当はね、ボクはずっと、こうしてみたかったんだ……ど、どう?」
「「かっこいい〜!!」」
間髪入れずに一番欲しい言葉が飛んできた。
「早く言ってよ!なんで今までそうしたいって言わなかったの!?」
「きゃーカミツレさんよりもモデル向きな身体してない!?ファンになりそー!」
「あ、じゃあクサイハナと一緒にいる写真撮らない?映えスポット探そっ!」
何を恐れていたのか分からないぐらい、普通に接してくれた。ボクは思わず笑ってしまった。周りを見て判断していたつもりが、偏見で塗り固めていただけだった。
盛り上がる友達2人を見て、呼吸が楽になったのに気がついた。息苦しさが無くなった途端、アンペルさんがボクに「間違っている」と言ったその言葉の意味を、ようやく理解した。
本当にすごい根本的なことを間違えていたよ。
空気は、読むものじゃなくて吸うものだ。