ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』   作:sisid

30 / 32
第三十話 それでいいの。それがいいの。

「すみません!ミワさん!私のミスのカバーをしてくださって……残業になってしまったら……」

「私の仕事はもう終わらせているから大丈夫よ。今後、ミスしないように改めてマニュアルを用意しておいたわ。私なりに楽なやり方も書いているから、参考にしてみて」

「た、たすかりますー!」

 

 周りから尊敬の眼差しを浴びる。そうしていつも定時に帰る。

 

「いやーミワさん本当に凄いな〜」

「そうだね。あれでも昔は仕事も出来てなかったらしいけど」

「想像つかなーい」

「ねー。さっ、仕事やろ」

 

 周りの言葉に嘘はなくて、私は仕事が本当にできなかった。

 思い出すなあ。仕事が出来なくて、嫌になってお酒に逃げてしまってた自分を。

 

『おねえーさん。何してるの?』

 

 そこで知り合った男と、仲良くなって、今は恋人同士になっていることも。

 

「おかえり。ミワ」

「ケイタ……ただいま。パモにご飯あげた?」

「うん。ミワもご飯食べる?」

「食べる」

 

 でも、私……未だにケイタのことはよくわからない。キラキラしたネックレスと耳のピアスが、女慣れしているなって感じで、料理が上手い。それで、どこかでバイトはしているみたいだけど、それしか知らない。

 

 ……だから、いつ見捨てられるか不安になる。

 

「ポケモンっていいよな。可愛くて」

「ケイタはポケモン持ってないんだよね」

「いやー持ってたんだけど、ホシガリスがヨクバリスになっちまってさ〜。もう俺の懐じゃ無理の無理。だから逃しちゃった」

「……そうなんだ」

 

 知らない君を一つ知るたびに、私は私が不安になる。そんな君手動な恋、いつまで続くんだろう。私のこの好きという感情は……

 

「あ、ごめん、電話」

 

 誰からの?

 

「ミワが心配するようなことじゃないよ」

 

 ケイタはたまに、こうして線を引くことがある。

 心配するかどうかは、私が決めることなのよ?

 ……なんて、嫌われたくないから言えないけれど。

 

 今、私の中にある"我慢"のバケツは、まだまだ水でいっぱいにはならないみたい。でもきっとこれが満杯になって溢れ出しちゃったら、私はケイタに酷い言葉を言っちゃうのかな。

 

▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣◙▣

 

「珍しい……ミワさんが残業してる」

 

 電話で取引先に平謝りをする。凡ミスだったけど、それで向こうに迷惑をかける。そんな時、自分の不甲斐なさで泣きそうになる。本当は弱虫で泣き虫な女。

 

 『ごめん、今日残業。』

 『了解。』

 

 ……チャットのやり取りも、こんなに素っ気ないと、本当に恋人同士なのかわからないね。帰ったら部屋も真っ暗で誰もいなかったりして。

 

 ーーザーッ

 

 あ、マズイかも。蛇口を自分で思いっきり捻ったかも知れない。

 

 残業が終わって、急いで帰ろうとする。こういう時のヒールは本当に慣れない。

 

 ーードンッ

 

 誰かとぶつかった。その時、ヒールがバキッと折れていた。

 

「これはすみません。大丈夫ですか?」

「サナ?」

「あっ……」

 

 柔らかい声の方と、色違いのサーナイトがそこにいて、私は立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。

 

「こちらこそ、すみません。ちょっと急いでいまして……周りをちゃんと見ていませんでした」

「そうでしたか。お急ぎですか。ここから近いですか?」

「いえ、電車に乗ります。でも……」

「ヒールがそれだと困るでしょう。サナリス」

「サナ!」

 

 サナリスさんは私の手を握る。すると、違う場所にテレポートしていた。キッチンカーが目の前にあって、男の人はキッチンカーから道具を取り出した。

 

「僕はアンペルといいます。応急処置ですが、すこしヒールを直してみせますね」

「え?あの、そこまでしなくても……」

「すぐに済ませます。貴女の心に少し余裕が出来るぐらいには」

「えっ……」

「サナリスがね、貴女に余裕がないと」

「……そう、ですね」

 

 仕事が出来る女なんて、言われても、結局仕事をしていなければ私はダメな女のままだ。初対面の人に見抜かれるなんて……

 

「急いでいたのも、心に余裕がないのと関係しているのですか?」

「……恋人に、愛想尽かされたくなくて」

「ああ、なるほど。僕もその気持ちは分かります」

「私は、彼がいないとダメな人だから……そんな自分が嫌だけど……」

「嫌なんですか?」

「え?……はい」

「そうですか。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ヒールを直して貰った。すると、飲み物をサナリスさんが持ってきてくれていた。

 

「僕もサナリスがいましてね。サナリスがいないと僕はどうしてもダメなんです。僕は、そんな自分が大好きなんですけどね」

「サァナ♪」

「え……なんで、ですか」

 

 私は思わず聞いてしまった。

 

「いいじゃないですか。それで幸せなら。幸せであるなら、それは正解だと思います」

「でも、それが私だけだったら?彼が、私のことを好きじゃなくなったら……?」

「そんなに心配になるぐらいに、その人のことが好きなのですね」

「はい……だから、今の幸せな生活が続くかどうか分からないのが、少しでも足を踏み外せば落ちそうなこの状況が怖くて……」

「彼の言葉を聞いてみましょう」

「えっ……」

「怖くても、重いって思われそうだって思っても。言葉にしないと伝わらない。言葉にしたって伝わらないことが多いんですから」

「でも……」

「『何かを学ぶとき、実際にそれを行なうことによって我々は学ぶ』」

「え……?」

「とある偉人の言葉です。行わずに得られるものはないです。彼の言葉を聞いてみてください」

 

 行わずに得られるものはない。……確かに、そうだったな。私も失敗を繰り返して仕事が出来るように……

 改めて思い出す。

 昔は仕事が出来なくて、泣いて、酒に逃げたんだったな。

 

『おねえーさん。何してるの?』

 

 テーブルに突っ伏してた私に声をかけたケイタは、興味津々に私のことを見ていた。髪が長いせいで、前髪ばかり気にしていたけど、きっと多分、ちょっと、ほんのちょっと、服が乱れてたんだろうなって、今なら思う。

 

『酒に逃げてるんですぅ』

『なんで?』

『仕事でミスしたから』

『へえ。酒に逃げるぐらいに責任感じてるんだ。なら、次は上手く行くんじゃない?』

『なんでそうなるのぉ?』

『だって、俺、バイトしてっけど、失敗したって酒に逃げたことねえもん。図太いとかじゃなくて、どーせなんとかなるって思ってるからよ』

『……いいなぁ。羨ましぃ』

『そう?俺はあんたのその生き様の方が羨ましいけど』

『なんで?』

『かっけえじゃん。そっちの方が。何かに全力で頑張れるやつ、尊敬する』

『……えへ、えへへぇ』

 

 今日、残業の後、帰りを急いでいたのは、初めて会った日からちょうど一年経ったから。

 去年の今頃、口説き文句だったのかは知らないけど、普段褒められたことがなかったから、単純な私は彼にときめいてしまった。それから連絡を取り合うようになって、同棲までした。

 そうだね。きっと彼なら話してくれるよね。

 

「……話して、見ます。彼のこと、もっと知りたい……から」

「いいですね。では、帰りたい場所を頭の中に浮かべてください。サナリスが連れて行ってくれますよ」

「サナ!」

 

 そうすると本当に自分の家の前にテレポートしてくれた。お礼をすると、サナリスさんは「頑張って」というように手を握ってくれた。

 

「ただいま……って、ケイタ?」

「パモ?」

「パモ……ケイタは?」

「パァム…?」

 

 え……本当に私の目の前からいなくなったの?

 

「あ、ミワ。おかえり」

「っ!!……ばかっ!ただいま!」

「え、なんで怒られたんだ?」

 

 ただのお手洗いで心底安心した。変にマイナスなことを考えるんじゃなかったな。

 

「あの……ケイタに話したいことがあって」

「え……なに?」

「私、私ね、ケイタのことを、もっと知りたいんだけど……ほら、私、あまりケイタのこと、深く聞かなかったからさ」

「話したいことってそれだけ?」

「うん。でもいっぱい知りたい。パモと2人の時はどんなことしてるの?とか」

「ほっぺすりすりされて、麻痺状態だよ」

「そうなんだ。じゃあバイトは何してるの?」

「料理屋」

「だからご飯作るの上手いんだ。あとは……」

「待って、俺からも話があるんだよ」

「え……?」

 

 ケイタから話があるなんていうのは想像していなかった。私は思わず胸を手に当てた。マイナスなことは考えない。マイナスなことは考えない……

 

「俺、正式に仕事することになったから」

「……え?」

「今働いているところで正社員として働かせてくれないかって。そしたら良いよって。ほら、この前の電話の時に言われたんだ」

「な、なんで……」

「俺さ、ずっとちゃらんぽらんな人生送ってたんだよ」

 

 ケイタの手が私の顔を触っている。

 

「ミワが初めて。こんな気持ちにさせてくれたの。誰かのために頑張ってるの、俺のために一生懸命なの。それでしごできなのに、泣き虫で、弱虫で……可愛いやつ」

「……泣き虫、と、弱虫、は余計じゃない?」

「そこも込みで好き。ミワが俺を支えているように、俺もミワを支えたい。それにさ、パモにもっと美味い飯食わせたいし。今なんて、この俺が、ヨクバリスを逃すんじゃなかったって、後悔してるんだ。だから……んっ……」

 

 彼が何かを言う前に、私は彼の唇を、私の唇で抑えていた。

 

「……いきなりすぎねえ?」

「バケツから水が溢れ出したの」

「バケツ?」

「こっちの話」

 

 ずっと我慢していたのが解き放たれた。解き放っていいって今言われた気がした。

 

 私は今、周りから仕事が出来るって言われてて、凄い人だって思われているけど。

 本当は弱虫で、泣き虫で、ケイタがいないとダメな人間なの。

 

 でもね、やっと気づけたんだ。

 

 弱虫で、泣き虫で、ケイタがいないとダメな人間でいいの。

 

 それでいいの。

 

 それがいいの。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。