ポケットモンスター 『移動カフェ"安らぎ"』 作:sisid
「すみません!ミワさん!私のミスのカバーをしてくださって……残業になってしまったら……」
「私の仕事はもう終わらせているから大丈夫よ。今後、ミスしないように改めてマニュアルを用意しておいたわ。私なりに楽なやり方も書いているから、参考にしてみて」
「た、たすかりますー!」
周りから尊敬の眼差しを浴びる。そうしていつも定時に帰る。
「いやーミワさん本当に凄いな〜」
「そうだね。あれでも昔は仕事も出来てなかったらしいけど」
「想像つかなーい」
「ねー。さっ、仕事やろ」
周りの言葉に嘘はなくて、私は仕事が本当にできなかった。
思い出すなあ。仕事が出来なくて、嫌になってお酒に逃げてしまってた自分を。
『おねえーさん。何してるの?』
そこで知り合った男と、仲良くなって、今は恋人同士になっていることも。
「おかえり。ミワ」
「ケイタ……ただいま。パモにご飯あげた?」
「うん。ミワもご飯食べる?」
「食べる」
でも、私……未だにケイタのことはよくわからない。キラキラしたネックレスと耳のピアスが、女慣れしているなって感じで、料理が上手い。それで、どこかでバイトはしているみたいだけど、それしか知らない。
……だから、いつ見捨てられるか不安になる。
「ポケモンっていいよな。可愛くて」
「ケイタはポケモン持ってないんだよね」
「いやー持ってたんだけど、ホシガリスがヨクバリスになっちまってさ〜。もう俺の懐じゃ無理の無理。だから逃しちゃった」
「……そうなんだ」
知らない君を一つ知るたびに、私は私が不安になる。そんな君手動な恋、いつまで続くんだろう。私のこの好きという感情は……
「あ、ごめん、電話」
誰からの?
「ミワが心配するようなことじゃないよ」
ケイタはたまに、こうして線を引くことがある。
心配するかどうかは、私が決めることなのよ?
……なんて、嫌われたくないから言えないけれど。
今、私の中にある"我慢"のバケツは、まだまだ水でいっぱいにはならないみたい。でもきっとこれが満杯になって溢れ出しちゃったら、私はケイタに酷い言葉を言っちゃうのかな。
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「珍しい……ミワさんが残業してる」
電話で取引先に平謝りをする。凡ミスだったけど、それで向こうに迷惑をかける。そんな時、自分の不甲斐なさで泣きそうになる。本当は弱虫で泣き虫な女。
『ごめん、今日残業。』
『了解。』
……チャットのやり取りも、こんなに素っ気ないと、本当に恋人同士なのかわからないね。帰ったら部屋も真っ暗で誰もいなかったりして。
ーーザーッ
あ、マズイかも。蛇口を自分で思いっきり捻ったかも知れない。
残業が終わって、急いで帰ろうとする。こういう時のヒールは本当に慣れない。
ーードンッ
誰かとぶつかった。その時、ヒールがバキッと折れていた。
「これはすみません。大丈夫ですか?」
「サナ?」
「あっ……」
柔らかい声の方と、色違いのサーナイトがそこにいて、私は立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
「こちらこそ、すみません。ちょっと急いでいまして……周りをちゃんと見ていませんでした」
「そうでしたか。お急ぎですか。ここから近いですか?」
「いえ、電車に乗ります。でも……」
「ヒールがそれだと困るでしょう。サナリス」
「サナ!」
サナリスさんは私の手を握る。すると、違う場所にテレポートしていた。キッチンカーが目の前にあって、男の人はキッチンカーから道具を取り出した。
「僕はアンペルといいます。応急処置ですが、すこしヒールを直してみせますね」
「え?あの、そこまでしなくても……」
「すぐに済ませます。貴女の心に少し余裕が出来るぐらいには」
「えっ……」
「サナリスがね、貴女に余裕がないと」
「……そう、ですね」
仕事が出来る女なんて、言われても、結局仕事をしていなければ私はダメな女のままだ。初対面の人に見抜かれるなんて……
「急いでいたのも、心に余裕がないのと関係しているのですか?」
「……恋人に、愛想尽かされたくなくて」
「ああ、なるほど。僕もその気持ちは分かります」
「私は、彼がいないとダメな人だから……そんな自分が嫌だけど……」
「嫌なんですか?」
「え?……はい」
「そうですか。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
ヒールを直して貰った。すると、飲み物をサナリスさんが持ってきてくれていた。
「僕もサナリスがいましてね。サナリスがいないと僕はどうしてもダメなんです。僕は、そんな自分が大好きなんですけどね」
「サァナ♪」
「え……なんで、ですか」
私は思わず聞いてしまった。
「いいじゃないですか。それで幸せなら。幸せであるなら、それは正解だと思います」
「でも、それが私だけだったら?彼が、私のことを好きじゃなくなったら……?」
「そんなに心配になるぐらいに、その人のことが好きなのですね」
「はい……だから、今の幸せな生活が続くかどうか分からないのが、少しでも足を踏み外せば落ちそうなこの状況が怖くて……」
「彼の言葉を聞いてみましょう」
「えっ……」
「怖くても、重いって思われそうだって思っても。言葉にしないと伝わらない。言葉にしたって伝わらないことが多いんですから」
「でも……」
「『何かを学ぶとき、実際にそれを行なうことによって我々は学ぶ』」
「え……?」
「とある偉人の言葉です。行わずに得られるものはないです。彼の言葉を聞いてみてください」
行わずに得られるものはない。……確かに、そうだったな。私も失敗を繰り返して仕事が出来るように……
改めて思い出す。
昔は仕事が出来なくて、泣いて、酒に逃げたんだったな。
『おねえーさん。何してるの?』
テーブルに突っ伏してた私に声をかけたケイタは、興味津々に私のことを見ていた。髪が長いせいで、前髪ばかり気にしていたけど、きっと多分、ちょっと、ほんのちょっと、服が乱れてたんだろうなって、今なら思う。
『酒に逃げてるんですぅ』
『なんで?』
『仕事でミスしたから』
『へえ。酒に逃げるぐらいに責任感じてるんだ。なら、次は上手く行くんじゃない?』
『なんでそうなるのぉ?』
『だって、俺、バイトしてっけど、失敗したって酒に逃げたことねえもん。図太いとかじゃなくて、どーせなんとかなるって思ってるからよ』
『……いいなぁ。羨ましぃ』
『そう?俺はあんたのその生き様の方が羨ましいけど』
『なんで?』
『かっけえじゃん。そっちの方が。何かに全力で頑張れるやつ、尊敬する』
『……えへ、えへへぇ』
今日、残業の後、帰りを急いでいたのは、初めて会った日からちょうど一年経ったから。
去年の今頃、口説き文句だったのかは知らないけど、普段褒められたことがなかったから、単純な私は彼にときめいてしまった。それから連絡を取り合うようになって、同棲までした。
そうだね。きっと彼なら話してくれるよね。
「……話して、見ます。彼のこと、もっと知りたい……から」
「いいですね。では、帰りたい場所を頭の中に浮かべてください。サナリスが連れて行ってくれますよ」
「サナ!」
そうすると本当に自分の家の前にテレポートしてくれた。お礼をすると、サナリスさんは「頑張って」というように手を握ってくれた。
「ただいま……って、ケイタ?」
「パモ?」
「パモ……ケイタは?」
「パァム…?」
え……本当に私の目の前からいなくなったの?
「あ、ミワ。おかえり」
「っ!!……ばかっ!ただいま!」
「え、なんで怒られたんだ?」
ただのお手洗いで心底安心した。変にマイナスなことを考えるんじゃなかったな。
「あの……ケイタに話したいことがあって」
「え……なに?」
「私、私ね、ケイタのことを、もっと知りたいんだけど……ほら、私、あまりケイタのこと、深く聞かなかったからさ」
「話したいことってそれだけ?」
「うん。でもいっぱい知りたい。パモと2人の時はどんなことしてるの?とか」
「ほっぺすりすりされて、麻痺状態だよ」
「そうなんだ。じゃあバイトは何してるの?」
「料理屋」
「だからご飯作るの上手いんだ。あとは……」
「待って、俺からも話があるんだよ」
「え……?」
ケイタから話があるなんていうのは想像していなかった。私は思わず胸を手に当てた。マイナスなことは考えない。マイナスなことは考えない……
「俺、正式に仕事することになったから」
「……え?」
「今働いているところで正社員として働かせてくれないかって。そしたら良いよって。ほら、この前の電話の時に言われたんだ」
「な、なんで……」
「俺さ、ずっとちゃらんぽらんな人生送ってたんだよ」
ケイタの手が私の顔を触っている。
「ミワが初めて。こんな気持ちにさせてくれたの。誰かのために頑張ってるの、俺のために一生懸命なの。それでしごできなのに、泣き虫で、弱虫で……可愛いやつ」
「……泣き虫、と、弱虫、は余計じゃない?」
「そこも込みで好き。ミワが俺を支えているように、俺もミワを支えたい。それにさ、パモにもっと美味い飯食わせたいし。今なんて、この俺が、ヨクバリスを逃すんじゃなかったって、後悔してるんだ。だから……んっ……」
彼が何かを言う前に、私は彼の唇を、私の唇で抑えていた。
「……いきなりすぎねえ?」
「バケツから水が溢れ出したの」
「バケツ?」
「こっちの話」
ずっと我慢していたのが解き放たれた。解き放っていいって今言われた気がした。
私は今、周りから仕事が出来るって言われてて、凄い人だって思われているけど。
本当は弱虫で、泣き虫で、ケイタがいないとダメな人間なの。
でもね、やっと気づけたんだ。
弱虫で、泣き虫で、ケイタがいないとダメな人間でいいの。
それでいいの。
それがいいの。