ここパルデアの地に、頑張るロケット団が二人……いや、二人と一匹。
「しっかり見張るのニャ! ターゲットがいつ現れるか分からニャいからニャ!」
「おう、わかってるって!」
「ふぁ〜あ……」
失敬、頑張っているのは一人と一匹でした。残る一人は退屈そうにおおあくび。
「ムサシ! たるんでるニャ!」
「だってー」
ムサシは口を尖らせて、コジロウをじろりとにらみつけます。
「もう何日こうしてると思ってんのよ。なんか、この街に強いトレーナーが来るから? ジャリボーイも必ず来るはず? こーんな曖昧な情報に踊らされちゃってさぁ」
「それは、その……」
「ホントに来るとしても、それっていつ? だいたい強いトレーナーって誰? なーんにも分かってないじゃないのよ」
相棒に次々と責められて、たじたじとコジロウは小さくなりました。そもそもの情報を持ち込んだのが彼だったのですが、ムサシの言う通り、ものすごーく曖昧ことしか分かっていません。だから、それに返す言葉がないのでしょう。
「ロトム、おみゃーは何か知らないのかニャ?」
『えー、ロトムはポケモンの図鑑だよ? 人間のことわかるわけ無いじゃん』
「道具のくせに相変わらず生意気ニャ」
『アンタはポケモンのくせに生意気ね』
「にゃにおぅ!」
ニャースとスマホロトムのやりとりをしばらく見ていたムサシは、ため息をつくと立ち上がりました。
「お、おい、ムサシ?」
「あたし、ちょっと気分転換してくる。あとは任せたわよ」
引き留めようとするコジロウと、喧嘩をするニャースとロトムを後にして、ムサシはアジトを出ていってしまったのでした。
街に繰り出したムサシは、大きく伸びをしました。ずっとアジトにカンヅメだったので、身体がマユルドみたいに硬くなっていたのです。進化したてのドクケイルのような気持ちになって、彼女はるんるんとスキップしました。
「ソッソソッソ、ソーナンス!」
ぽん、とボールから勝手にソーナンスが出てきて、ムサシと同じようにスキップしました。
「あーもう、勝手に出てくんじゃないわよ!」
慌ててムサシはソーナンスのボールを取り出し、彼を収めようとします。ソーナンスはいやいやとそれを避けました。「戻りなさい!」「ソーナンスッ!」とにぎやかな追いかけっこが始まって、通行人たちが目を丸くします……が、ムサシはそれに気づかない様子。
「わぁー、ソーナンスやん! なっつかしいわぁ!」
通行人の間から聞こえてきた一際通る声に、自分たちが注目の的になっていることにようやく気がつくまで、その追いかけっこは続いたのでした。
「何よ、見世物じゃないわよ!」
気がついてもムサシはムサシです。悪びれもせず、照れもせず、堂々と通行人をにらみつけると、腕を組んでそう言い放ちました。通行人たちのほとんどは、そそくさとその場を離れていきました―――一人を除いて。
その一人は、にこやかな笑顔を浮かべてパチパチと拍手をしています。細身の、ムサシ好みのイケメンです。
「元気のええお嬢さんやなぁ。な、そのソーナンス撫でてもええ?」
「え、ええどうぞ」
思わずムサシは頷いていました。
その人はソーナンスの前にかがむと、楽しそうにソーナンスをいじり始めました。撫でる、の範疇じゃない気もしましたが、ソーナンスも嫌そうじゃないので、まあいいのでしょう。ムサシはそのイケメンを観察します。
筋肉質ではなく、スラリとスレンダーな体型。髪は長くて、後ろで一つにくくっています。顔は中性的で……とじーっと見ていると、その人も気づいたのかムサシを見上げて、ニコッと笑顔を見せてくれました。ドキッ、とムサシの胸が鳴りました。
「堪忍な。うち、ジョウトの出身やさかい、久々にジョウトのポケモン見て、嬉しくなってしもてん」
「ソーナンス?」
「うん、ソーナンや」
彼はソーナンスの頭をひと撫でして立ち上がりました。並ぶと、ムサシより少し背が高い……コジロウと同じくらいでしょうか。
「うち、チリいいます。チリちゃん呼んだってな」
「む、ムサシ、です」
ムサシは声が上擦るのを自覚しました。乙女心がドキドキと脈打っているのを感じました。
「ムサシちゃん、よろしゅう。……自分、ええトレーナーやな」
「え?」
チリちゃ……いえ、チリはソーナンスを指さしました。ソーナンスは心配そうにムサシを見ています。なんのことやら、とムサシが戸惑っていると、ソーナンスはひょいと手を伸ばして、ムサシのおでこに触りました。どうやら熱を計っているようです。
「ソー?」
不思議そうに首を傾げるソーナンス。別に風邪を引いているわけじゃないのだから、熱などあるはずないのですが―――考えて、ムサシははっとしました。きっと自分の顔が赤くなっていたに違いないと。
「ポケモンに心配してもらえるとか、トレーナー冥利に尽きるやん、ええなぁ。しかし、大丈夫なん? 体調でも悪いん?」
「い、いえ、なんでもないでぇす!」
慌ててごまかして、ソーナンスをしまいます。しまわれ際、ソーナンスは名残惜しそうにチリに手を振っていました。
「大丈夫ならええんやけど。無理はあかんで?」
「大丈夫、大丈夫ですっ! 何でもないので気にしないでください!」
ムサシがほほほほほと笑ってみせると、ようやく彼も難しい顔を引っ込めて笑ってくれました。その笑顔に、またムサシの胸がドキンと跳ねました。もはやコイキングです。
「さて、ポケモン撫でさせてもろたし、なんやお礼せなあかんよな。どないしよ」
「あ、じゃあじゃあ、一緒にお茶でもどうですかぁ!?」
チャンス到来。ムサシは胸の中のコイキングを抑え込むと、勢い勇んで身を乗り出しました。チリは一瞬気圧されたように仰け反りましたが、すぐに気を取り直してこう答えます。
「ええよ、喜んで」
――――――
「じゃあ、あたしは出かけてくるから。しっかりやっときなさいよ」
「ええー、またかよ」
ここ数日、ムサシは出かけてばかりで、アジトにはほとんど居ることがありません。しかも、いつも気合の入ったおめかしをして、コジロウとニャースには仕事を押し付けて―――これでは、コジロウでなくとも愚痴を言いたくなるってものです。
「いつもどこに行ってるんだ?」
「どこだっていいじゃない」
うきうきしているムサシには、コジロウの言葉は届いていない様子。そのまま出ていってしまいました。
「なんだよ、あいつ。変なの」
「いっつも変だけどニャー」
「それはそうなんだけど……じゃなくって」
コジロウはムサシが出ていった扉を見つめます。そして、意を決したように立ち上がりました。
「オレ、ちょっと確かめてくる!」
「ニャニャ!? 作戦はどーするのニャ?」
「悪い、ニャース。あとは任せた!」
「おにゃ、ちょっと待つニャー!!!」
ニャースの叫びなんてなんのその。コジロウは脇目も振らず、ムサシが出ていったその扉を潜っていったのでした。
「あ、チリちゃんさーん! 奇遇ですねっ」
「おお、ムサシちゃんやーん! よく会うなぁ」
「えへへっ、気が合いますね〜」
街に出たムサシは偶然チリを見つけて、挨拶をしました。チリも親しげに返事をくれます。ここ3日ほど、これが続いていますが―――偶然、のはずです。少なくともムサシはそう主張しています。ここ、深く追求してはいけないところです、たぶん。
「チリちゃんさん、今日もポケモンの調査ですか? よかったらご一緒しても……」
「ええけど、自分の用事はええのん? そら、ムサシちゃんと一緒なら楽しいし、退屈せえへんから嬉しいけども」
「楽しいだなんて、超光栄ですぅ!」
「ソーナンスぅ!」
ムサシは飛び出してきたソーナンスとくるりと後ろを向いて、ガッツポーズを交わします。
(一緒にいると楽しいですって!)
(ソーナンス!)
(やだもー、これって実質告白よね? ヨッシャ!)
(ソーナンス!)
「ムサシちゃん?」
「はーい、なんですかぁ?」
ぶりっ子モードON。この場にニャースかコジロウがいれば、その豹変ぶりに寒気くらい感じたかもしれません―――
「へくしっ!」
コジロウは大きなくしゃみをしました。なぜだか寒気がしたのです。
「うう……風邪引いたかな」
ぶるりと身を震わせて、前を向きます。なんだか街がやけに広く見えて、彼は眉をひそめました。
「ムサシのやつ……どこ行っちゃったんだよ」