イタチさんの鼬ライフ(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
次回からサラダちゃんの親友チョウチョウが登場する予定であります。


その4,イタチさん筆談する!

 

 

 サラダに連れてこられて、この家の居間に飾ってあった写真を見たとき、推定姪であろう少女は、前世の自分から見たら姪にあたることが確定した。

 そこに映っていたのは自分が前世で別れた時くらいの年齢の前世の弟と、桜色の華やかな髪色の女性と、生まれたときと幼少期のサラダの姿。

 居間に飾ってあったことから考えてもそれは間違いなく家族写真だろう。

 そしてその桜色に赤い衣装を着た女性はイタチにも見覚えがあった。

(サスケはサクラさんと結婚したのか……)

 直接的な関わりはあまりなかったが、確か弟のチームメイトでカカシさんの部下だった少女だ、と彼は記憶していた。五代目の弟子の医療忍者でもあったか? 確か暁の一員だったサソリを討ったのが彼女と砂のチヨだった筈だ。

 2人が20歳ぐらいで結ばれたと仮定して、サラダはアカデミーに入学したてくらいの年齢に見える。そのことからおそらく6~8歳くらいだろうか? ということは、ここは自分……前世のうちはイタチが亡くなって10~15年後くらいの世界ということなんだろう。

 と、そこまで考えて今生で初めて見た木ノ葉の街並みを思い浮かべる。

(発展早すぎるだろう……凄いな。きっとカカシさんが頑張ったんだな)

 たった10年そこいらであまりに様変わりして近代的になった街並みに、イタチは内心苦笑するが悪い気分ではない。あの時代……イタチが亡くなったあの年は本当に色々あった。それでもここまで復興し、発展した人間という種のもつ力強さとしぶとさに、喜ばしい気持ちが湧き上がる。

 少し見ただけでもイタチがいた時代とは比べものにならぬほどに明るく平和な空気が漂う、良い時代だ。

 イタチは平和というものが好きだ。

 木ノ葉隠れの里も好きだ。

 そこに住む人々の何気ない営みも、楽しそうに笑い合う姿も。

 前世で甘味処巡りが趣味だったのも、それが一番手っ取り早く平和を実感出来るものだったから、かもしれない。

 だからこんな里の姿が見れたことがとても嬉しかった。

 その日はサラダのベットの上で、大きなクマのぬいぐるみとサラダの頭に挟まれる位置でタオルケットに包まれて眠りについた。

 翌朝、サラダの大好きなママであるうちはサクラ……旧姓春野サクラが帰宅し、イタチは2人の親子団欒を邪魔しないよう、そっと屋根裏に潜んで親子のやりとりを眺める。

 親子関係はとても良好で、サクラは娘が愛しくて仕方ないという笑みを浮かべて優しく我が子を抱きしめ、和やかに簡単な朝食を作り、共に食卓について食べる。

 そんな何気ない日常が愛おしくて尊いものだと、そううちはイタチという人間の記憶を持つ子鼬は思った。

 そうして食事が終わるようにサラダは緊張しながら「この子を飼いたいの」と子鼬を呼ぶ。それに従い、イタチはサクラの前にその小さな体を晒す。

 さて、母親である彼女はどう思うのだろう。

 受け入れるのか、拒否されるのか。

 イタチとしては可能性は半々くらいだと見ている。

 何せ鼬という生き物は愛玩動物(ペット)として然程メジャーな生き物ではなく、どちらかというと害獣として農家に駆除対象にされるほうが多い生き物だ。それも自分の留守中にいつの間にか娘が家に連れ込んでいたというのも、母親の視点から見たら良い気はしないのではないだろうか。おまけにチャクラがないことからも忍獣ではないことも明らかである。

 だが客観的に見ると、自分の今の容姿が女子供が好きそうな可愛らしいものであることも、うちはイタチという人間の記憶を持つ子鼬の雄は自覚していた。

 故にその容姿を活かすようにじぃと上目遣いで見上げる。

(さて、サクラさんはどう判断するかな……)

 イタチは少し楽しくなってきた。

 彼としてはどちらでもいいのだ。

 ここでサクラがいいといえばこの家で暮らすけど、断っても近くの森で暮らして時々サラダに会いにいけばいいだけの話だ。自分を迎えたがった彼女は残念がるかもしれないけれど、別にペットとして飼われなくてもそれが永遠の別れを意味しているわけではない。なら、どちらでもいいんではないだろうか。

 サクラはじぃと、子鼬を見定めるように視線を送る。

 それにイタチは前世の自分がもし生きていたなら、義理の妹になっていただろう女性に好感を持つ。

 切羽詰まった状況ならともかく、時間があるときに即決しない思慮深さは忍びとして良い資質だ。

 やがて見定めが終わったのだろう、サクラは優しい母親の微笑みを浮かべると「ちゃんと自分で面倒を見るならいいわよ」と快く許可を出した。

「やったー!」

 それにとても嬉しそうにサラダもはしゃぐ。サラダが喜べばイタチも嬉しい。

 そうして我が家でペットとしてこれから共に暮らす事になった子鼬に対し、最初にサラダが宣言したのが次の言葉だった。

「じゃあまずは名前だね!!」

 

 それは当然と言えば当然の発言だった。

 サラダは成り行き上「鼬さん」と彼を呼んでいたが、それは人間でいうなら「人間さん」と呼んでいるようなものであり、まだペットとして飼うと決まっていない以上勝手に名前をつけるのもまずいよね、と思った末の呼称でもあったのだ。

 故にそれは種族名+呼び捨てで呼ぶのも気が引けたから、という理由から来た呼び方であり、これから共に暮らすのなら素敵な名前を贈りたいなというのがサラダの心情だった。

(どんな名前がいいだろ? すごく毛並みがフワフワで綺麗な子だし、綺麗な名前がいいよね)

 だが、サラダのその発言を聞いて、困ったような心境になったのが当の本人であるイタチだ。

 イタチとしては、自分の名前はイタチであると自覚している。

 確かにうちはイタチはもういない。

 自分は人間でもサラダの血縁者でもないし、うちはイタチは自分の前世ではあるけれど、前世は前世で今世は今世だ。うちはイタチは既に死者であり、そしてそうである以上穢土転生という例外でもない限り蘇ることもない。

 うちはイタチという男の21年分の記憶がまるごとあろうと、この子鼬とうちはイタチは厳密には同じ魂を継いだだけの別人だ。遺伝子の繋がりどころか、種族さえ違う。共通点など哺乳類の雄であることぐらいしかないのではないだろうか?

 だが、彼は自分の自我が確立した時に自分自身をイタチと名付け、兄弟達にもそう呼ばせていた。母にはいい顔をされなかったけれど、うちはではなくとも、それでも自身はイタチだと思ってそうして生きてきたのだ。

 まあ、現在で生後2ヶ月弱なので人間に比べると随分短い月日だけど、それでも鼬という種の寿命を考えればそこまで短くもない。

 だから、呼ばれるならイタチがいいのだ。

 自身の我が儘なのは重々承知しているけれど、前世の両親に貰ったこの名で呼ばれたかった。

 なのでイタチは、「どんな名前がいいかなあ?」と脳内で色々悩んでいるサラダのスカートの裾を前足でちょいちょいと引っ張り「きゅ」と一鳴きしてこっちに来て欲しいと誘導する。

「? なあに?」

 サラダは不思議そうに首を傾げると、彼女がついてきているか確認するようにちょこちょこ振り返りつつベランダのほうに向かったペットの子鼬を追いかけて出る。

 それに不思議そうにサクラも声をかける。

「どうしたの?」

「わかんない。でもついてきて欲しいみたい」

 そういってサラダがベランダから庭に出ると、イタチはガリガリと爪で地面を削って筆談を試みることとした。

(年齢的にも文字が読めないということはないだろう。喋れないなら文字で意思疎通すればいい)

 というまあ単純な話である。

 とはいえ、鼬のこの水かきのついた小さな手じゃ、当然人間のように筆やらを操って文字を書いたりは難しい。なら、地面を削って文字をかけばいいじゃないかというのがイタチの考えであった。

『オレの名前はイタチでいい。イタチとよんでくれ』

 と地面に書かれた文字にしては達筆な、綺麗に揃った読みやすい字で、サラダの年齢を考慮し難しい漢字を使わないように気を遣いながらそう子鼬は地面に文字を掘った。

 それを読んでサラダはとても吃驚した。

「え? あなた文字書けるの?」

「きゅ」

 こくりと肯定するようにイタチが一つ肯く。

 すると少女は、ぱぁあと眼鏡の奥の黒い眼を輝かせ、はしゃぎながら自分のペットを抱きしめ頬ずりしつつ叫ぶ。

「す、すっごーい!! 文字が書けるなんて! もう、天才じゃない!!」

 そこにあるのは純粋に自分のペットの賢さに感動してはしゃぐ幼い主人の姿だ。

 これがもしあと5年ぐらい後の出来事であれば、「え? 野生の鼬だったよね? 口寄せ動物でもない普通の動物が文字書くとかいくら頭良くてもおかしくない?」とイタチの異常性について疑問を抱いたかもしれないが、そこはいまだ齢7つの幼気な少女である。そこの異常性までは思いつかず、ただうちのペットは凄い! という飼い主馬鹿とも呼べるべき感情に支配され、はしゃいだ。

「ねえねえ! 私の名前は!?」

 そう期待するようにキラキラと瞳を輝かせて尋ねる、前世の自分にとって姪にあたる少女に、イタチは地面に『サラダ』と書くことによって応える。

「本当に文字書けるんだあ……じゃあさ、何食べるのか教えて!」

 そういって期待してニコニコと、前世の弟の幼い頃のような天真爛漫な笑顔を見せる娘にほんの少しだけ子鼬はどう回答するべきか悩むが、傍目には悩んでいるようには見えないほどに時間を空けず、カリカリと地面に文字を書いて、彼女が期待する答えと違う言葉を連ねる。

「え……? 『エサは自分でとるから心配いらない。気にするな』って、気にするよ!?」

 その少女の言葉に、イタチは再び困った気分となる。

 彼としてはこの家とその周辺に出没するネズミを捕って食べるつもりでいたからだ。

 鼬は見た目こそぬいぐるみのように小さくて可愛らしいが、肉食動物よりの雑食性であり、その食事量は一日あたり体重の40%程と可愛らしい見た目に反して大食らいだ。

 これが男の子か、アカデミーを卒業前後くらいの相手なら、素直にネズミを食うから大丈夫と告げたかもしれないが、流石にアカデミーに入学したばかりらしき幼い女の子に、ネズミを食べるから大丈夫とは答えたくない。

 この年齢の女の子となると、可愛らしい小動物にはまだ夢を見ている年頃だろう。

 それを壊すのはイタチとしてはしたくないのだ。

 そんな風に困っている気配に気付いたのだろう。元々、聡い女の子である、サラダは「じゃあ何が好きなのか教えて」と質問を変更することにした。

(好物か……)

 前世では昆布のおにぎりとキャベツが好物だった。逆に苦手なのはステーキだ。甘味処巡りが趣味なのもありどちらかというと甘党で、かつ肉系や脂身はそれほど得意では無かった。

 だが、現在は肉食系小動物の鼬に産まれた身の上である。

 今世で鼬に生まれ変わって以来、イタチは母の乳以外には肉類しか摂取したことがない。が、知識として鼬はヤマブドウやアケビなどの果実を食らうこともあれば、農作物に手を出すことがあることも知っている。ということは肉類しか食ったこと無いが、別に肉しか食えないわけでもないのだ……なら今世では食ったことはないが、果実はまず大丈夫だろう。

 といっても食事量が凄いので果実だけで補うのも無理だろうけれど。

 そう思いながらもカリカリと『あけび』『ヤマブドウ』と書く。

「果物が好きなのね!?」

 それを見てサラダが期待するような目で見る。それにイタチは嘘をついたような居心地の悪さを感じる。アケビもヤマブドウも多分肉よりは好きだがそこまで好物というほどではない。前世で甘味処巡りが趣味だったので甘党寄りの味覚だったのも確かだが、だが自分が本当に好物なのは……。

『キャベツ』

 とイタチは最後に小さな文字でカリッと書き足した。

「キャベツ?」

 うちはイタチはキャベツが好きだった。だが、現世の鼬の体で食べたことはないから今の体でも美味しいと感じるのかまではよくわからない。でも食べたいなと思ってしまったのは本当のことだ。

(それに鼬は農作物に手を出すことがあるらしいからな……食べれないわけではないはずだ)

 鼬が農家に害獣に指定されるのがそのあたりの問題である。

 基本的に鼬は肉食動物なのではあるが、一度農作物の味を覚えると繰り返し手を出すようになるのだという。あと勝手に屋根裏や軒下に済み、糞尿をまき散らす被害を出すからこそ害獣に指定されるという側面がある。勿論、イタチは同じことをするつもりはない。

 ちょっと庭の端っこにトイレと決めたら、そこ以外では用を足したりしないつもりだ。前世に人間の記憶をもつイタチにとっては人間のルールくらい教えられずとも元から承知しているものなのだ。

 とにかく、青々と輝く前世の好物を脳裏に浮かべて、イタチは先に書いたキャベツの字の続きに『が好き』と書き足した。

「キャベツが好きなのね」

 サラダはよし、今夜の歓迎会にいっぱいキャベツを用意しよう! と脳内で独りごちて、それからふと最初にイタチが書いた文字に目を走らせる。

 先ほどは自分の可愛いペットが文字を書ける! という点でテンションフィーバーしてしまってつい頭から吹っ飛んでいたのだが、このペットは自分の名前はイタチでいいとか言い出したのだ。

「きゅ」

 その目線からサラダが何を見ているのか理解したからだろう、彼は地面に『どうした?』と書いて少女を見上げる。

「ねぇ」

 それに納得のいかなさそうな顔をして、少女は自分のペットの脇の下に両手を差し込んで持ち上げ、自分の顔の高さに合わせると「オレってことはあなたは雄なんだよね?」と尋ねた。

「きゅ」

 それにイタチはこくりと頷くことで肯定とする。

「イタチでいいっていうけど、もっと綺麗な名前とかかっこいい名前にしない? そうしようよ」

 それにイタチはフルフルと横に首を振る。

「ホウセンカとか」

 フルフル、首を横に振った。

「ベニツマ!」

 フルフル、やはりイタチは首を横に振る。

 それから降ろしてくれというようにテシテシと、爪を立てたり力を込めたりせず、軽く少女の手を叩き、力が緩むと同時にするりと地面に降り立ち、再び爪でカリカリと地面に文字を書いた。

『オレはイタチでいい』

「でも……」

『イタチが良いんだ』

 その言葉にまさかと、サラダははっとする。

 

(ひょっとして私が『鼬さん』って呼んでたからそれが自分の名前だと思っちゃったの!?)

 真相は違う。

 彼はただたんに前世の自分の名前に未練があっただけだ。

 だが、そう考えると辻褄があうこともあり、サラダは内心もっと綺麗な名前がつけたかったな~とガッカリしながらも「そっか、わかった。じゃあイタチって呼ぶね」と答え、彼の小さな頭を撫でた。

 本人が嫌がるなら仕方ないよねと思う当たり、サラダは本当に年の割に聞き分けの良い良い子であった。

 

 * * *

 

「それじゃあ、ママ行ってきます! ママ、イタチのことよろしくね!」

「はいはい、気をつけて行ってくるのよ」

 そういってサクラは苦笑しながら、可愛い愛娘の姿を玄関で見送る。

 これから彼女は新しく増えた家族(ペット)を迎える為に必要なものを買いに向かうのだ。

(それにしても『イタチ』ね……)

 チラリとソファの隣でチョコンと座っている小動物へと視線をやる。

(まさか鼬に『イタチ』と名付けるとは思わなかったわよね)

 最初は聞き間違いかと思ったものだ。そうしたらサラダは耳を真っ赤にして「仕方ないでしょ。本人が自分の名前はイタチだっていうんだもん!」とまるでその動物が人間かのようなことをいうものだから、少しおかしくなった。

 だが、一流のくノ一であるサクラの目から見ても、その鼬が普通ではないのは確かだった。

「おいで」

 ソファに座っているサクラがちょいちょいと手招きしながら彼を呼ぶと、その小動物は完全に言語を理解している素振りで素直にサクラの膝の上へとやってくる。

 ふわふわで柔らかな白と茶色の毛並みに、お日様の匂い。つぶらな愛くるしい瞳に、ピクピクした柔らかそうな丸い耳とふわふわの尻尾。ぬいぐるみサイズのそれを抱きしめると温かく柔らかい。

 これがもし10代の頃だったら、「ああーもう可愛い~!!」と叫んで思いっきりぎゅーってしたかもしれない愛くるしさだった。

 その体を優しく撫でる。

 抵抗はない。

 抵抗する気も最初からなかったらしく、大人しくサクラに撫でられるのに任せている。

 一見すると大人しくて人懐っこい良い子だ。だけれど、その目に映る知性の光と落ち着いた雰囲気に、寧ろこちらが良い子だなと宥められている気分だ。

(名前のせいかしらね……)

 連想するのはとっくの昔に亡くなった夫の兄だった人だ。

 うちはイタチという名前だったというその人について、サクラが知っていることはあまりにも少ない。まだナルトのほうがその人とは関わりがあったくらいだ。サスケにとって大切な人だったのは知っているけれど、それでもサクラにとってうちはイタチは、サスケくんをどこかに連れて行ってしまう嫌な存在ではあった。

 そんなこと言ったら、お前にイタチの何が分かる! と言われそうなのもあって言ったことはないけれど。実際サクラにはイタチのことがわからないので、仕方ない。人となりを知れるほどの関わりも、公に公開されている以上の情報も知らないのだ。

 一度はうちはイタチに浚われそうになったナルトは、本当はイタチは立派な人間だと言っていた。が、それらは全て他人伝えだ。

 名前は知っている。それでもサクラはうちはイタチのことをよく知らなかった。

 普段は存在すら意識すらしないのに何故こんなことを考えているのか。それは娘がこの小さな鼬に『イタチ』と名付けたからに他ならない。サクラはウリウリとイタチの喉をくすぐりながら、今更考えてもどうしようもないもしもを考える。

(もしも、うちはイタチが生きて、サスケくんと和解して木ノ葉に帰っていたら)

 どうなったんだろうか?

 自分と夫の結婚式で喜んでくれたのだろうか、サラダを、娘を可愛がってくれたのだろうか? 自分と仲良くしてくれたのかな。生きていたなら、お義兄さんと、サクラがうちはイタチを慕うそんな未来もあったのだろうか。

 ……考えても仕方のない話だ。ただ、こちらの気持ちにより添うように凪いだ瞳で、大人しくサクラの腕に収まっているこの小動物を見ていると、何故かそんなとりとめのないことばかり考えてしまう、それだけの話だ。

「……ねえ、イタチ。うちの娘の事頼むわね」

 それに、任せろと言われたような気がした。

 

 * * *

 

「じゃーん、イタチはい、これ」

 八つ時を過ぎる頃、帰宅したサラダがそう言ってイタチに差しだしてきたのは、落ち着いた深紅のシンプルなデザインをした小動物用の首輪だった。

「もっと可愛いのもあったけど、イタチは男の子だから落ち着いた感じのほうがいいのかなって思って」

 そう黒髪の少女は照れくさそうに笑う。

「つけてあげるね」

 そんな言葉と共にするりと首輪が装着される。

「うんうん、似合うよ。男前が上がったね!」

 そういって鏡の前へと連れてこられる。

 正直言うと、うちはイタチという人間だった記憶を持つイタチとしては、首輪をつけられるということ自体には苦笑いしてしまいたいような心境でもあるのだが、それでも人間としての記憶を持っているからこそその必要性もわかるのだ。

 首輪をつけられているってことは誰かのペットですよという目印であり、それによって野生動物として駆除対象から外される……いわばこれは枷ではなく、イタチを守るためのものなのだ。そう思えば悪い気はしない。

(それに……)

 偶然なのだろうが、この首輪の色は前世でうちはイタチだった時代、亡くなるまで身につけていた髪の結い紐の色とよく似ていた。そのことからなんとなく懐かしい気分になる。アカデミーを卒業してからずっとうちはイタチは赤い結い紐で母譲りの長い髪を一つに結っていたのだから。

「きゅ(ありがとう)」

 彼女たちにはただの鳴き声にしか聞こえていないはずだが、それでも気持ちは伝わったらしい。サラダは嬉しそうに笑って「どういたしまして」と答え、嬉しそうにぎゅっと子鼬の体を抱きしめた。ふわふわの尻尾がてしてしと軽くサラダの腕を叩く。

「あ、ごめん、苦しかった?」

 それにそんなことはないとフルフルと首を横に振って答えるけれど、そろそろ降ろして欲しかったのは本当だ。彼女たちが望むならいくらでも撫でられてあげても構わないけれど、そもそも鼬という種の本能的な部分でも、本人の性格的な部分でも、イタチはそこまでベタベタ触られるのが好きでは無かった。

 ……まあ、喜んでくれるなら多少は我慢するのだが。

 とはいえ、元々が自己犠牲精神旺盛な男の生まれ変わりなだけあって、イタチの「多少」は一般的には多少ではなかったりするのだが、その辺は割愛する。

「あと、これ好きだって言ってたから用意したんだよ、じゃーん!」

 そういってサラダはイタチ用に買ってきたらしい新品の皿の上に、キャベツをいくつか盛り付けてことりと彼の前に置いた。前世の好物の登場に思わずイタチの尻尾がフワリと広がり、鼻がピクピクと動く。

 それでも厳しい躾を受けているかのように、無断で食い出したりはせず、サラダの許可を待っている。

 そんな野生の動物離れしたイタチの様子に、飼い主となった少女は苦笑して「イタチの為に用意したんだもん、食べていいんだよ?」と許可を出すと、そろりとイタチはキャベツに前足を伸ばした。

 前世では好物だが、今世でキャベツを食べるのは初めてだ。

 基本的には肉食獣だし、今世の体ではあんまり美味しく感じなかったらどうしよう。そんな心配も抱えていたが、パクリと一口食べるとそれは杞憂に終わった。

(……美味しい)

 しゃくしゃくしてほんのり甘く瑞々しい。

 ちゃんと美味しく感じることに安心して、イタチは頬を緩めながら小さな口でシャクシャクと、じっくり味わうようにキャベツを咀嚼した。

 上品な仕草で美味しそうにキャベツを頬張るそんなペットの様子を見て、飼い主になった少女は母親にこそこそと近より、「ね、ね、ママ。イタチ可愛くない? 凄く可愛くない?」と興奮気味に耳打ちし、母親もまた娘とよく似た微笑みを浮かべながら「可愛いわねえ」と微笑ましそうに返す。

 全く、ほっこりした空間で、親子は二人揃って新しい家族の食事風景に癒やされた。

 その日はイタチの歓迎会だ、と称していつもより二人もちょっとだけ豪勢な夕食となったようだ。

 そうしてご飯も食べ終わり、お風呂にも入った後、イタチはサラダに連れられて彼女の部屋へと到着した。

「これから、ここがイタチの寝床だからね」

 とサラダが言った。

 クマとウサギのぬいぐるみに、サボテンがインテリア代わりにおかれた、可愛らしい女の子らしい部屋だ。そのクマのぬいぐるみと反対側に置かれた新品の毛布が敷き詰められたバスケット。そこがイタチの寝床らしい。

 彼が大人しく、こくりと頷き、するりとバスケットの中に収まると、彼女は嬉しそうに笑ってイタチの頭を優しく撫でる。

「イタチは良い子だね~」

(良い子なのは、サラダだ)

 そう思いながら、大人しく彼女の手を受け入れる。

「あのね、もう一つ贈り物があるんだけど、受け取ってくれる?」

 そうソワソワと少女が言う。

 ああ、お前の望みならなんでも叶えてやろう。そんな姪を可愛がる伯父さん気分でイタチは「きゅ」っと一鳴きして肯く。

 そうして彼女がプレゼント用の包装紙を剥がし、イタチの前に取り出し置いたのは直系15㎝ほどの粘土板だった。サラダの顔を見つめるように見上げる子鼬を前に、彼女は悪戯っぽく笑って言う。

「これがあったら、外に行かなくてもいつでも私に言いたいこと言えるでしょ?」

 それは本当に少女なりにイタチのことを考えて、イタチの為を思った贈り物だった。その想いまで汲み取った子鼬の胸に熱い気持ちが込み上げる。

 泣きたいぐらいに、とても嬉しい。

 だから、早速その想いを伝えるようにイタチは粘土板をカリカリとひっかいて文字を綴った。

『サラダ、ありがとう』

 ……と。

 それに少女は花のように笑った。

 

 続く

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