イタチさんの鼬ライフ(完)   作:EKAWARI

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やあ、ばんははろEKAWARIです。
今回はタイトル回収回。
イタチさんの鼬ライフは全8話完結予定ですので、ここらで折り返しであります。


その5、イタチさんの鼬ライフ!

 

 

 ――……イタチの朝は深夜2時頃から始まる。

 というのもだ、鼬という種は元々が夜行性なのである。

 昼間に活動することもあるが、基本的には日が落ちてから活動し、夜が明けると近くの穴に入って休息する。巣立って一日目のイタチが朝から活動を始めたのは、ただたんに昼間の木ノ葉隠れの里を見たかった我が儘という側面も有り、興奮故かあまり眠気もこなかったから行えた暴挙である。

 人に飼われる鼬は野生のものより一般的に寿命が短いらしいが……それは昼夜逆転生活の弊害、なのかもしれない。昼に寝て夜に活動するのが、鼬の本来あるべき姿なのだから。

 そう、飼われている。

 今のイタチも飼い主がいる。

 うちはサラダ。

 彼にとって前世と認識している人間、うちはイタチの実の姪である。

 飼われているといっても別に檻に入れられているわけではなく、首輪をつけられてはいるが別に鎖で繋がれているわけでもない。首輪には迷子札が下がっているが、住所や名前の代わりにそこに掘られているのは前世から馴染みの深いうちはの家紋だ。

 それがイタチなら迷子になったりしないと信用されている証のようで、白と赤で描かれたうちはの家紋にあなたも家族なんだよと言われているようで、イタチは嬉しかった。

 イタチの寝所はサラダの部屋にある、彼女の枕の隣に用意されたペット用バスケットの中だ。明るいと眠れないだろうとちゃんと屋根もついていて、入り口にあたる戸の部分を押したり引いたりしたら簡単に出入りできる。

 一応入り口は鍵もかけれるようだけれど、鍵をかけられたことはない。上部には持ち運びする用の取っ手がついているので、この中に収まって出かけることも出来るようだ。したことはないが。

 今世の主人にして前世の姪は、すぅすぅと可愛らしい寝息をたてながら、あどけない顔で眠りについている。肩口までの黒髪に柔らかそうな丸い頬、パッチリした二重まぶたに長い睫毛と小さな口。

 前世の弟に似ていると思うシーンも多々あったが、こうしてみると前世の自分とも顔が似ているのかも知れない。まあ当たり前か。血の繋がりがあるのだから。鬼鮫にもサスケと顔立ちがよく似ていると指摘された、サラダはその弟の娘だ。

 サスケの血を継いだ幼く、愛しい娘。見ていると、守ってやりたいとそんな気持ちが湧き上がる。

 よく寝ている彼女を起こさないように、気配と音を絶ち、そっと部屋を抜け出す。

 そうして静まりかえった家の中、狩りへと向かう。

「ちゅ……ぢゅ!?」

 抵抗させる間も無く、無音でネズミを狩り、食す。

 もぐもぐと咀嚼しながら、肉食動物に生まれ変わっておいてなんだが、やはり肉はあんまり好みではないな、と思いながらごくんと嚥下する。

 だがまあ、いいのだ。

 サラダにもエサを出してもらえないわけではないし、果実や野菜も食えるけれど、鼬という生き物は実はどちらかというと肉食性であることも、その食事量が膨大であることも知らない彼女が出すエサの内容と量は、イタチの見た目の可愛らしさに合わせた量であり……つまり少ない上に肉が出てこない。

 彼の好みとしては肉よりキャベツだけれど、元来肉食獣よりの生き物である以上肉類を摂取しなかった結果栄養不足になったりしたら目も当てられないし、狩り勘も鈍らせたくないし、それにこうしてイタチがネズミを狩ることによって害獣駆除になるなら一石三鳥ではないかとこの若い鼬は思っている。

 何せ昔から病気を運んでくるのはネズミというのが定番だ。いないほうが人間にとってはいいだろう。

 そうして朝食としてネズミを一頭平らげると、そのまま鍛錬を兼ねた朝の見回りへと向かう。

 うちは家を抜け出し、夜の木ノ葉隠れの里を音と気配を消して走り回る。

 木ノ葉隠れの里はうちはイタチが生きていた頃とは、まるで別物のように発展し、街並みが変わっている。どこに何があって、どう変わったのか。それを把握する意味も兼ねて、駆ける、駆ける。

「ん? 今何かいなかったか?」

「そうか? 何も感じないぞ、気のせいじゃないか?」 

 深夜とはいえ、忍びとしての職業の性だろう、この時間でも普通に活動している者達はいる。

 勘がいいものには時折感づかれそうになるが、感づかれる前に移動する。

 現役の忍びにも見つからず深夜の街を気配と音を消して走り回ること、それ自体が鍛錬という側面があった。

 そうして一通り回ると、最後に川で泳ぎの修練がてら水浴びをして身綺麗にしてから夜明け前にサラダの部屋に戻り、用意されたバスケットの中で主人となった少女が目覚めるまで短い眠りにつく。

 それが今の朝のルーティンだ。

 

「ん……んん、イタチおはよ」

 朝の7時頃、サラダは可愛らしく伸びをしながら目覚める。

 それに合わせ、イタチもバスケットの中からひょこりと顔を出して、朝のおはようの挨拶の代わりのように彼女の肩に乗り、手を伸ばしてサラダの額を軽くコツンとつついて、頬に鼻先を触れ合わせるだけのキスをする。

 これを初めてした時、前世の自分から見て姪にあたる少女は、「なあに? ママの真似?」とクスクス笑ったけど、『いや、オレが本家本元だ』などと真面目に思ったイタチであった。

 デコトンについては、恐らくサスケからサクラに伝わりサラダにしているのだろうし、仲が良くて何よりだ。弟一家が仲が良くて兄さん嬉しい等とゴチャゴチャ考えてたりする現鼬なイタチであるが、以来これが2人の朝のおはようの挨拶代わりとなった。

「おはよう、ママ」

「おはよう、サラダ、イタチ」

 そう声をかけて、華やかな桜色の髪をした女性……サラダの母のサクラだ、が朝食の支度をしながら、娘と、それから彼女のペットである小動物の名前を呼ぶ。それに返事の代わりにイタチは短く「きゅ」と鳴く。娘であるサラダの名前だけでなく、ただの愛玩動物(ペット)に過ぎない自分の名前もきちんと呼ばれるのが新鮮で、かつ嬉しかった。

「手伝うよ」

「そう、ありがとう。じゃあお皿とコップ出して」

 そう母の手伝いをするためにトタトタと可愛らしい足音を立てて、幼い黒髪の娘が母のいる台所へと向かう。こういう時イタチは無力だ。何も出来ることもないので、居間にあるソファの上で大人しく朝食の準備が整うまでを待つ。

「はい、イタチのごはんだよ」

 そんな声と共にコトリと床の上にイタチ用の赤い小皿が置かれた。

 手でちぎられたキャベツが乗った皿に、今日は杏が添えられている。

 そんな自分のために用意されたエサを見て、ピンクの鼻をピクピクさせ、イタチの茶色い尻尾が左右にフラフラ揺れる。そんな自分の愛鼬の姿を見た娘は『良し、今日も喜んでくれている』と今日も小さくガッツポーズをした。このペットは発言内容が異様なくらい大人びててとても賢い反面、こういうところはわかりやすいのだ。

 そしてサラダとサクラも食卓につき、彼女たち親子による「いただきます」の唱和の後、イタチもまた自分のために用意されたキャベツへと前足を伸ばした。

(美味しい……)

 既に狩りでネズミは食しているが、好物(キャベツ)は別腹である。

 イタチは小さな口でじっくりと味わうように咀嚼して、品のある所作で食事を続ける。杏も一口囓る。キャベツほどではないが、甘酸っぱくてこれも美味しい。

 既に人間では無く鼬として人生ならぬ鼬生を歩んでいる身としては、前世の趣味である甘味処巡りは封印された状態であるが、ある意味これがその代わりのようなものなのかもしれない。イタチは幸せそうに食事を続けた。

 それを自身も食事を続けながら見ていた少女は、隣に座っている母親にこそこそと興奮気味に耳打ちをする。

「ねぇ、ママ。見てみて、うちのイタチ今日も世界一可愛くない!?」

「可愛いわねえ」

 因みにサクラの言う可愛いは愛娘とペット両方にかけられてるのであった。うちの娘は世界一可愛い。立派な親馬鹿の感想である。

 

 朝食が終わればその日の予定は色々である。

 イタチがこの家に来て約1ヶ月が過ぎた。

 初めてこの家に来たときは平均より早く巣立った子鼬のイタチだったが、今はもう若いながらも一人前の雄だ。ここへ来たばかりの時は20㎝ほどだった体も28㎝ほどに成長し、その体重も230グラムほどだったのを400グラムにまで増やした。

 巣立った頃に比べれば随分大きくなったし重くなったと言えるが、それでも人間視点で見たら誤差の範囲でしかなく、相変わらず彼らから見ればぬいぐるみのように可愛らしく映る事だろう。まあ、その辺は種族差というわけで仕方ない事だ。

 そうしてイタチが大人の階段を登っている間にアカデミーは夏休みへと突入したようで、サラダが学校に行くことはなくなった。そしてイタチの予定は大体はサラダに左右される。

 サラダが友だちに会いに行く時や買い物に行く時はついていかないし、修行に行くのなら高確率でサラダの鞄に収まったり彼女の肩に止まって修行についていく。

 そして先述した通り、鼬は本来夜行性の生き物であるので、日が出てる間は眠いのだ。だから大抵はそのまま午後くらいまでサラダの鞄の中や、サラダの部屋にある寝床たるバスケットの中で丸まって眠りにつく。

 まあ、それでも今は鼬だがこれでも元忍びだ。直前までスヤスヤ寝てようとサラダに危険が迫れば目覚めるだろうから心配はいらない。自分がついていくことにサラダは「うちのイタチ私のこと好きすぎない?」「今日も寝顔がキュート過ぎるよ~」とか思ってたりするのだが、彼にして見れば前世から見ると姪にあたる少女の護衛のつもりであった。全く、可愛らしいナイトもいたものである。

 修行するサラダに対して口出しすることはない。

 正確には今のイタチには出来ないといったほうが正しいか。

 もしチャクラを扱えたなら変化の術で人間に化けて指導や見本の一つや二つしたことだろうが、残念ながら今の彼はただのペットの鼬である。

 もう少しそこのフォームは気持ち上の方が……とか思ったとしても、それを筆談で伝えたとしてなんになるというのか。見本を見せられるわけではないのに、口で言っても実際にやってみないとわからないだろう。だから口出しも手出しもすることはない。

 この水かきのついた小さな手では、前世で得意だった手裏剣術も扱う事は無理なのだ。

 そうして夕方になれば再び夕飯として出されたキャベツを食べて、サラダがお風呂に入っている間に毛繕いを済ませ、勉強をするサラダを「今の子はこういう事を習っているのか」と感慨深く見ながら眺める。そうして夜、少女が寝る前の1時間から2時間ほどが、サラダとイタチの2人の時間だ。

 サラダの趣味は読書だ。

 特に歴史物とミステリーが好きらしく、興味深そうにイタチが見ていたところ「一緒に見る?」と誘われて、以来彼女が読書をする時は彼女の腕の中で一緒に本を読んだり、時々サラダに読み聞かせしてもらったりなどする日もあれば、プレゼントしてもらった粘土板を使ってひたすら彼女と雑談をする日もある。

 楽しかったこと、嬉しかったこと、サラダの表情はコロコロとよく変わる。

 彼女の話の中で特に名前がよく出てくるのはボルトという少年と、チョウチョウという女の子だ。

 ボルトに対して憎まれ口のような軽口をよく叩いているけれど、同時に仲が良くなりたいという本心が裏に透けて見える。なのに本人には素直になれないらしい。そういうところが、前世の弟……サラダの父親であるサスケと似てて、難儀な子だなと微笑ましい気持ちで思う。

「あ、もうこんな時間か。じゃあ、イタチおやすみなさい」

『ああ、おやすみサラダ。良い夢を』

 そうして21時から22時くらいに部屋の明かりは消され、就寝となる。

 それが今のイタチの鼬ライフだった。

 

 * * *

 

 アカデミーが夏休みに突入して一週間が経過した。

 その日、うちはサラダは友人である秋道チョウチョウと甘栗甘で待ち合わせをしていた。

「ふぅ……」

 毎日暑いなあと、内心ゴチりながら店内に入ると、褐色の肌とツーサイドアップに纏めた長い髪にふくよかな体型が特徴の友人は、サラダの存在に気付いて「あー、サラダ~こっちこっち!」と明るく手招きして呼んだ。

「あー、ごめん、チョウチョウ待った?」

 そうサラダが小走りで近寄るとチョウチョウは頬にクリームを少しつけながら「そんな待ってないって、ダイジョーブ!」って答えるが、その皿の上には餡蜜と冷やしぜんざい、クリームソーダを飲んだ後が残されており、どうも結構前から店内にいたようである。

「はは……」

 思わずサラダは乾いた笑い声を漏らす。けれど、チョウチョウがよく食べるのはいつもの事だ。

「じゃあ、行こっか」

「んん? サラダ何も注文してないじゃん。食べないの~?」

「いいの! 私はお腹いっぱいだから。それに、早くチョウチョウに家族を紹介したいし」

 そうサラダが言うと、チョウチョウは「お」とニヤニヤして、「わかった。会計してくるわー」とレジに向かった。

 これからチョウチョウはサラダの家に遊びに来るのだ、新しくペットとして迎え入れたイタチに会いに。

 

 事の発端は2日前の事だ。

「おー、サラダじゃん。元気~?」

「あ、チョウチョウ!」

 その日、買い物返りに偶然チョウチョウと道でばったり会ったサラダは、折角夏休み中に会えたからと共に駄菓子屋でお菓子を買い、公園のベンチでダベることにした。まあ、急ぎでも無く友人と会ったならよくあることだろう。

 そうして二人で雑談をしながら、紅茶味のあめ玉を取り出した時にチョウチョウに言われたのだ。

「最近なーんかサラダ明るくなったよね、何かいいことあった?」

「実はね……」

 そこでサラダは1ヶ月くらい前に森で鼬を拾って……厳密には拾ったのではなく、野生の猪から守って貰ったのだが、サラダにも見栄というものはあるので拾ったということにしておく、飼いはじめたのだという話をチョウチョウにした。

「その子がもう本当に賢くって可愛くて……!」

「へー……」

 結局誰かにペット自慢をしたかったのだろう、サラダはデレデレっとした様子で親友へと自分の可愛いペットの惚気を吐き出した。チョウチョウとしては見てもいない相手に対してピンとこない様子だが、まあサラダが楽しいんならそれでいいんじゃね? というスタンスで珍しく饒舌な友人の弁を聞きつつ相槌を打ち、そして適当なところでその質問を投げた。

「で、そのペットの鼬? なんて名前?」

 そうチョウチョウが質問をすると、それまで饒舌だった口をピタリと止めて、サラダは額から汗を垂らしながら口をへの字に曲げた。

「? サラダ~?」

 チョウチョウが首を傾げると、気まずげに言いにくそうに黒髪の少女は口を紡ぐ。

「……イタチ」

「? いや、だから鼬を飼いだしたんでしょ? もう聞いたって。その鼬の名前聞いてんの」

「だから、鼬の名前、イタチ……」

 そうもごもご言い難そうに小さな声でぼそぼそとサラダが言葉を続けると、一拍後れて「え?」とチョウチョウは言葉の意味を漸く理解出来たらしい、ブハッと吹き出して爆笑しながら友人に言った。

「アハハハ! なにそれ?! サラダあんた鼬にイタチって名付けたのォ!? マジウケる!!」

「もう、そんなに笑わなくなっていいでしょ! 私だってどうかと思ったんだよ!? でも本人が自分の名前はイタチだって思っちゃったみたいなんだからしょうがないじゃない!!」

 そう恥ずかしそうに頬を赤らめ小声で叫んだサラダは、それから「拾ってからペットとして飼えるかわかんなかったから、ひとまず私鼬さんって呼んでたの。そしたら……それを自分の名前って思っちゃったみたい」とボソボソとイタチという名前になった経緯を説明して、項垂れた。

「私だってもっと綺麗な名前が良かったよ……あの時の私の馬鹿……」

 はあ~とため息を吐いて本気で落ち込んでいるのが見て取れたので、チョウチョウは朗らかに笑いながら「ま~そんなに落ち込まなくてもいいっしょ~。ほら、あちしのガルB一口やっから~」とバシバシとサラダの肩を叩いた。

「それは別にいらない……でもありがとね」

 そして今度そのペットに会わせてよとチョウチョウに言われ、じゃあ2日後にと約束してその日は別れた。

 そして今日が約束してた2日後である。

 

 サラダが帰ってきた。

 主人の帰宅を感じ取り、ペットとして現在うちは家で飼われている若い雄鼬はムクリとバスケットの中で身を起こす。

 そしてどうやら1人では無く、2人のようだと気付く。続いて予想通りサラダの声で「ただいまー」の後に「ういっす、お邪魔しま~す」という知らない少女の声が響く。

 因みにサラダがチョウチョウを連れてくることに関しては彼は何も聞いていなかった。サラダなりのサプライズだったのだが、「ちょっと買い物行ってくるね」と言ったときの落ち着きの無いソワソワ感などから何かあるなとイタチはピンときていた為、サラダが誰かを……おそらく友だちを連れてきたこと自体については別段驚かない。尚、本日はサラダの母親であるサクラは病院に出勤のようで、帰宅は夕方だ。

 そしてイタチは出迎えるために玄関へと姿を見せ、おかえりの意味を込めて「きゅ」と短く鳴いて、軽く頭を下げた。

 そこにいたのはブラウンの髪をツーサイドアップに纏めた、木ノ葉ではあまり見かけない褐色の肌が印象的なサラダと同い年くらいの少女だ。ふくよかな体型は秋道一族を連想するが……その初対面の少女は「うわ、マジで可愛いじゃん!!」と明るい声で朗らかに笑って、イタチへと手を伸ばした。

 ……ついさっと避けてしまったのはまあ、ご愛嬌というものだろう。

 そんな友人と自分のペットの様子を見て、「ちょっとちょっとチョウチョウ、とりあえずひとまず私の部屋に行くから、こっちきて」と眼鏡をくいっとあげてから、サラダは1人と1匹を自分の部屋へと誘導した。

 サラダの部屋で茶菓子として紅茶味のクッキーとアイスココアが振る舞われたチョウチョウは、早速この家に来た目的でもあるイタチの存在に興味津々である。

「そういえばあちしィ、こんな近くで鼬見るの初めてだわ~」

 そういってツンツンとイタチの頬のあたりに指を伸ばしてくる。彼としてはちょっと困った感じではあるが、相手はサラダの友達で、それも幼い里の子供である。まあ、しょうがないなと大人としての心境で今度は避けるではなく大人しくその指を受け入れる。

「おお、柔らかい」

 チョウチョウは何やら小動物の毛並みや温かさに感動しているようだった。

「もう、それより挨拶!」

 そういって、サラダは粘土板を取り出し、表面を軽く水で湿らせるとイタチの手元に下ろす。

「あちし、秋道チョウチョウ!! サラダとはアカデミー入学前からの腐れ縁っていうか~友達~!!」

 やはり、秋道一族だったらしい。そう納得しながら彼はサラダに渡された粘土板に前足を下ろす。

『イタチだ。よろしくたのむ』

 カリカリと爪で小器用に書かれた小さく揃った流麗な文字に、チョウチョウは話には聞いていたけれど吃驚して「マジで文字書けるんじゃん! あったまいい~! なあなあ、あちしの名前は~!?」と瞳をキラキラさせて聞いてくるものだから、イタチはすっかり微笑ましくなって『チョウチョウ』と書くと、褐色肌の少女は「サラダ、あんたのペットマジ天才じゃん! 凄くない?」とはしゃぎ、サラダもまた「ね、ね、凄いでしょ!? そうだよ、イタチは天才なの!」とこれまた嬉しそうな顔で力説し、ガッツポーズを取った。

 その後も凄い凄いとはしゃぎ、一通りはしゃいだあとはイタチと遊びながら……尚彼の心境は完全に姪っ子とその友人を子守し遊んであげている伯父さん気分である。仲の良い少女達2人はいつまでもとりとめの無い話を続けながら、クッキーをつまみ、ココアを飲んで、イタチを撫で回した。

 そうやっていると時間が経つのは早いもので、15時を過ぎた頃に、「あ、あちしそろそろ帰るわ」とチョウチョウが言い出す。

 それに合わせて、イタチはカリカリと粘土板に次のような文字を彫った。

『サラダに良い友だちがいて良かった。これからもこの子をよろしくたのむ。仲良くしてやってくれ』

「ブフッ……ッ」

 それを読んだ途端、チョウチョウは思いっきり吹き出し、腹を抱えて笑い転がった。

「何その保護者目線……ッ、母親かっ!! マジウケルんですけどっ」

 これが自分の親に言われた台詞なら「その上から目線ホントやめてっ」とムッとしながら返しただろうチョウチョウだが、それを言った……正確には筆談であるので口で言ったわけではないが、のは見るからに愛くるしい目の前の小動物である。

 フワフワの毛並みで30㎝にも満たない大きさの、庇護欲そそるこの見た目で言動がまるで我が子に友だちが出来て喜ぶ母親のようなそれで、そのギャップにツボったチョウチョウはゲラゲラと腹を抱えて笑った。

「そこまで笑いまくることないでしょ……」

 と力なく言うサラダだが、こっちもこっちで耳から首筋まで茹でタコのように真っ赤にして、恥ずかしさに身悶えていた。

 いや、うちのペットの頭の良さはそりゃもう初対面の時からわかっていたし、これまでの筆談によって判明した言動やその行動からなんとなくどういう風に見られているのか察しはついていたけれど、こうも子供扱い……それも見た目は愛くるしいペットに、されるのはサラダとて恥ずかしいのだ。

 だがまあ、実際初対面の時に暴れ猪から彼に守って貰ったのが出会いだった身としては、まるで我が子を守ろうとする親みたいな発言をされても、イタチ相手には否定しきれないのがやや痛いポイントである。

 あと可愛いは正義。

 フワフワの毛並みをした小動物の魅力に抗える女子はあまりいないのだ。

 

 チョウチョウを玄関まで見送り、部屋に戻った後イタチはカリカリと粘土板に『ゆかいな子だったな』と少女の友人への感想を書く。

「あはは、うん、まあ……」

 サラダとしてはなんだかんだ彼女のああいう底抜けな明るさに助けられている部分も多いので、苦笑しながらそのペットの感想を肯定する。なんだかんだチョウチョウは良い友だちなのだ。

(親……か)

 チョウチョウには母親かとゲラゲラ笑われたけど、サラダはどちらかというとイタチに対して、少しだけ父性のようなものを感じ取ったことを思い出した。

 いや、こんな愛くるしい小動物相手に何を考えているんだ、と我ながら正気を疑うものではあるのだけど、それでも初めて会ったとき、自分を守るように飛び出してきたその背中に、記憶に無い父を重ねて期待してしまったのは本当だ。

 イタチの御陰で毎日が楽しくて、充実していて、だからこそ胸にずっと抱え続けてきた寂しさはマシになったけれど、だからといってそれで消えたというわけではない。

 父に……パパに会いたい。

 顔も覚えていないけれど、ぎゅっと抱きしめて『大きくなったな、サラダ』って言われたい。そして、そして親子3人で食卓を囲んで、笑って、今日はね、こんなことがあったんだよと話して、頭を撫でられて、他の子みたいにパパに修行を見て欲しい。強くなったなって、言われたい。

 そんな願望をずっと抱えている。

 その想いを誰にも吐露出来た事はないけれど、けれど聞いて貰うだけで軽くなるものもあるのかもしれない。

 だから、サラダはその日、寝る前の恒例のイタチとのおしゃべりの時間に父のことを話すことにした。

「私ね、パパのこと覚えていないの」

 イタチは、そのサラダの告白にピタリと動きを止めて、少し心配そうな色を瞳に宿しながらサラダを見上げる。そんな飼い鼬の気遣うような瞳に苦笑して、黒髪の少女は優しい手つきでペットの頭を撫でながら、「私が覚えてないくらいずっと前に大変なお仕事とかで家を出てっちゃったんだって」そう呟いて「ママはパパは私たちのことが大切だから帰ってこれないのって言うけど、本当は私やママのことがどうでもいいから帰ってこないんじゃないかって疑ってる」そう寂しそうな声で本心を吐露した。

 それにイタチもまた神妙な気持ちになる。

 確かに、この家にサスケの気配はずっとない事には気付いていた。

 だが、忍びなのだ。

 長期任務で1ヶ月や2ヶ月、いないこともあるだろうと思っていた。

 ……まさかサラダが物心ついた頃から一度も帰ってきていないとは、思っていなかった。

(……何をしているんだ、サスケ)

 それは確かに忍びならば、任務は大事だ。サクラさんの言う事もうちはイタチという人間の21年分の記憶を持つイタチにはよくわかる。それでも、相手は家族でこんな幼い娘なのだ。寂しがらせないのは難しいにしても、全く帰ってきていないのはちょっと信じられない。

 別に本人が帰って来れないにしても、それでも絵葉書を送るとか、気にかけているとアピールする手段はいくらでもあるだろう。だが、サラダの話を聞く限り、サスケは文すら娘に送っていないようである。

 サラダのアカデミーの入学式の時にも帰ってこなかった。それだけじゃない、当然誕生日プレゼントなども、サスケに貰ったことはないそうだ。

(何をやってるんだサスケ……)

 サラダの話が進むにつれて、再びイタチはそう思った。

 お前自身が子供の頃構われなくて寂しい想いをしていたのだろうに、それを自分の娘に同じ事を味合わせてどうするんだと少し頭が痛くなってくる。

 因みに前世でサスケの入学式を放ってまで自分の暗部入隊任務についてくると言い出した父フガクを説得し、サスケの入学式に出るよう誘導したのは彼の前世だったうちはイタチその人だった。

 そりゃ忍びとしては任務も大事だが、それでも子供を不安がらせないことや家族サービスだって同じくらい大事なことじゃないか? 子供という玉があってこその里だ。

 だが、同時に自分にはサスケを責める資格もないとイタチは思っている。

 何故なら、前世のうちはイタチだった頃、サスケから家族を奪ったのは他ならぬイタチ自身だったのだから。任務だからなどと言い訳する気にもなれない。サスケから家族のぬくもりを奪ったのは前世のオレだ。それが巡り巡ってサラダが寂しい想いをしている現在に繋がっているのなら、責任の一端はイタチの前世にもある。

 そう、サスケを責める資格はない。

 それでもサラダが辛い思いをするのは、イタチも辛いのだ。

 この子には笑っていて欲しい。

 だから、カリカリと粘土板に文字を紡ぐ。

『明日』

「イタチ?」

『森でハーブをつんでにおいぶくろを作ろう。よく眠れるようになる』

 それにサラダは彼の気遣いを感じ取ったのだろう、唐突な話題変換に特に触れることもなく、「でも私ハーブとかあんまり詳しくないよ?」と返す。

 粘土板の文字を一度水でのばして綺麗に消し、再びカリカリと爪でひっかいて次の文字をイタチは紡ぐ。

『大丈夫だ、オレが教える』

「なら安心だね。……ママに贈ったら喜んでくれるかな?」

 それに実質女手一つでサラダを育てている多忙な母親を思い浮かべて、彼女は問う。

『ああ、きっとサラダがつくってくれたものならだれよりよろこんでくれるさ』

「……だったら、良いな」

 うとうとと少女の瞼が落ちる。

「きゅ(おやすみ、サラダ)」

 半ば夢の世界の住人と化したサラダの額に、鼻先を触れあわせるだけのキスを落としてイタチもまた眠りに落ちた。

 

 続く

 

 

 

【挿絵表示】

 

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