今回の話はこのシリーズ書くと決めた時から一番楽しみにしてたターンになります。
皆さん原作のイタチさんのバトルシーンでどの技が一番好きですか?
自分は手裏剣術だったりします。それではどうぞ。
翌日、イタチはサラダの鞄の中に収まって、約束通り1人と1匹で森へと来ていた。
流石に奥まった所に行ったりはしない。
今いる場所も最初に彼女と出会った修行場のすぐ近くで、この付近は野花がそれなりに咲くこともありくノ一クラスが教師の引率の元訪れることもそれなりに多い。
そんな森の中で、齢7つの少女とその彼女の肩の上で引率を務めるペット……というとなんだかおかしな紹介になってしまうが、事実そんな感じだから仕方ない、の1人と1匹は、匂い袋を作るためのハーブの探索をこれから行うのだ。
「それで何から探すの?」
そう首を傾げて尋ねる少女に対し、発案者でもある若い雄鼬はヒラリと彼女の肩から降りて、彼女が用意していた粘土板に、カリカリと爪を使って文字を刻む。
『まずは多年草のレモンバームからさがそうか。名前の通りレモンのような香りがとくちょうだ』
レモンバーム、別名香水薄荷とも言う不眠症改善や抗うつ作用があると言われているハーブだ。その使用法は多岐に渡り、料理にも使えるし、ハーブティやポプリにも向いている。
爽やかな香りと風味が特徴であるため、菓子に添えたり、水に浮かべたりと本当に様々な使い方が出来る。ミントやレモングラスなどとも相性が良い。
発汗作用や解熱作用もあり、リラックスに頭痛緩和、鎮静作用に鎮痛作用などもあると言われており……まあ、知ってて損はないハーブだ。
それらについて簡潔な説明と、簡単な特徴を図解し粘土板に描き込むと、サラダは吃驚したようにあんぐり口を開いて粘土板を凝視した。
「きゅ?(サラダ?)」
どうしたんだ、と不思議そうにイタチが首を傾げて見上げると、サラダは「イ……イタチって絵も描けたんだね……?」と動揺混じりに尋ねた。
「きゅ(ああ)」
とりあえず何故動揺されているのかはイマイチ不明ながらも彼がこくりと頷くと、黒髪の少女は出来るだけいつも通りを装いながら「そっかー、頑張って探すね」と返答しながらも、内心では『え? え? うちのペット凄くない? 絵まで描けるとか本当に天才じゃ無いの!? イタチ本当凄くない!?』とか大フィーバーしてたが、とりあえず真面目に描かれた絵や説明に従って件のハーブを探しに向かうのであった。
「あ、あった。これじゃない?」
程なく、木の陰であまり日当たりのよくない場所で群生しているのを発見し、イタチに呼びかける。
それに若い鼬はこくんと頷くことによって答えとして、粘土板に新たに『においをかいでみろ。レモンのような香りがするだろ?』とカリカリ書き足す。
それを読んだサラダは恐る恐るそのハーブをつまみ上げて、鼻を寄せて香りを嗅ぐ。
「……本当だ、良い匂いだね」
そういってフワリと微笑み、ハンカチで持てるだけ摂ったレモンバームを束ね、採集用に用意していたナップザックの中へと納めた。
その後も一つずつ粘土板を使って解説しながら色々なハーブを採集していった。
バーベイン、アニスヒソップ、サポナリアなどなど、どれも夏の今の時期に手に入るものだ。
そうやって効能や特徴などイタチの解説を読みながら、段々楽しそうにしながら様々なハーブを摘んでいく前世の姪を見ているうちに、嗚呼良かったなという感情が彼の中に湧上がる。
サラダはとても良い子だ。
頭が良くて聞き分けが良くて……だからこそ、辛いことや我慢していることだって多いのだろう。寂しい、親に甘えたい、父に帰ってきて欲しい。そんな感情も子供なら当たり前だ。
忍びの子である以上、これからの人生苦しい事や辛いことが降りかかることとていくらでもあるだろう。例えどんなに綺麗な言葉で取り繕ったとしても、結局忍びというのは人殺しで、人に憎まれ恨まれる立場だ。どんなに時代が流れようと忍びの本質は変わらない。
それでも、今は子供だ。
まだ大人で無い今くらい我が儘を言ったって良い。このひとときが慰みになればいい。
それに知識は武器だ。
もしかしたら、この時の知識が何かの役に立つこともあるかもしれない。
そんな目に合って欲しくは無いけれど、万が一がないとは言えない。
これからの人生、忍びの子である以上は難しいかもしれないけれど、それでも少しでも多くの幸福がこの子にありますように、そうイタチは願っている。
だからこそこんな風に今は楽しそうに笑えている。その事実にほっとする。
『サラダ、水分ほきゅうはこまめにな』
「わかってるよ。イタチは心配性だね」
今日も暑い。熱中症に気をつけるよう水分補給を促すと、額の汗をタオルで拭きながらクスクスとサラダが笑う。
その子供らしいあどけない微笑みが見れるのならば、多少の苦労も報われるというものだろう。
……そもそもの話、鼬は視力が低いかわりに、人間よりずっと嗅覚の優れた生き物だ。
故に実のところをいえば、こうも密集したハーブの匂いは鼬の鼻にはキツすぎて辛かったりもするのだけれど、敢えてそれを無視してなんでもないように振る舞っている。
多分、彼がただの野生の鼬だったなら、あまりの強い匂いに耐えられず、とっくに逃げ出していたことだろう。まあ木酢液の匂いでないだけマシとは言えるが。
だが、それがどうしたというのか。
ちょっと鼻がもげそうなくらい香りがキツいからどうしたというのだ。
それぐらいサラダが笑っててくれるなら代償なら、安いものである。
前世のうちはイタチ時代から続く自己犠牲精神と、やたらと高い克己心はなんとまあこんなところでまで発動されていた。
このいかにも涼しげな立ち姿も本能に抗って我慢を重ねての産物だと知ったら、イタチの馬鹿ァ! なんでそんな所で無茶するのよ!! とサラダも嘆くかもしれなかったが、残念ながら彼が鼬ではなく人間だったとしても、彼女にイタチの鉄壁の演技を見抜くことは難しかったに違いない。
因みに今回の彼の知識の出所は大体前世の暁時代であり、病気を患いつつも犯罪者だった都合上医者に診て貰うわけにもいかず、とりあえず自分でなんとかならないかと薬草について調べてみた時得た知識を今回応用した次第である。
植物と触れ合うのは良い。
こうやって散策しているうちに気分転換になるだろうし、鬱々とした気持ちが吹っ飛べば一石二鳥だ。
それに元々読書が趣味なだけあり、サラダにとっては新しい知識を手に入れる、それ自体が楽しい事だろう。サラダが喜んでくれたならイタチも嬉しい。
まあ本当の事を言えばもう1つ狙いがあるのだが……生憎彼はそれを彼女に告げるつもりはなかった。
そうして目当てのハーブがザック一杯分集まった昼頃に帰宅し、サラダが昼食をとり一服したあとは、生で使う分を残して、今日採ってきたハーブを天日干しするように筆談で指示を出す。
ハーブは軽く水洗いし、その後水分を拭き取って少量ずつ束ね、風通しの良い日陰に干すのだ。
生でも使い道はあるが、こうして乾燥させることによって長く使えるようになるし、ものによっては薬効も増す。干す時間も2時間もあれば十分だ。この時期は特にそれで事足りる。
そうしてひとまず一服し睡眠不足を補うように仮眠を取り、サラダが3時のおやつに紅茶のクッキーを2枚食べ終わった頃に起床、イタチは彼女に匂い袋……オシャレな言い方をするならサシェという言い方もあるが、イタチにとってはどっちでも一緒だろうと思っているので匂い袋で通す、の作り方を粘土板でカリカリと説明する。それを元に一生懸命サラダは取り組む。
「よいしょ、出来た。こんな感じ?」
「きゅ」
そういってサラダは少しだけ自慢げな微笑みを浮かべながらイタチに、お手製のサシェを見せつける。
流石は小さくても女の子といったところだろうか。
イタチが説明したやり方は、あくまでも基本的なハーブの組み合わせ方と作り方についてだけだ。実用性や効能についてはきちんと考えられているが、特にオシャレという観点では何も考えられていなかったといえる。そもそもそういうオシャレに拘る性格でもなかったので当然と言えば当然なのだが。
が、サラダは特に指示など受けていずとも、イタチの指示だけを元に作ったのでは「可愛くない」という思考が走ったのだろう。落ち着いた色合いの可愛らしい花柄のハンカチを巾着状にまとめ上げてハーブを詰め込み、中身がこぼれないよう絞りの部分をホッチキスでパチンと留め、その上から鮮やかな赤いリボンでキュッと纏めてオシャレに仕上げていた。これこそ、女の子の持ち物といった感じの一品である。
『サラダはすごいな。はじめてでこれとはおどろいた。すごくよく出来ている』
そうカリカリと粘土板に書いて褒めると、「えへへ」とサラダは嬉しそうに照れくさそうに微笑む。
「先生が良いからだよ。イタチは凄いなァ。何でも知ってる。私1人じゃこんなの作れなかったよ」
『いや、なんでもは知らない。オレが教えられるのは自分の知っていることだけだ』
「それでも十分凄いよ!」
そう本心から力説しながら、もう3つほど色やデザイン違いでサシェを作り上げる。1個作って慣れたからか、たどたどしい動きは随分と減って年の割に随分と器用なものだった。
それを見てやはり凄いのはサラダでは? と思うイタチに対し、サラダもまたイタチは凄いなと強く思う。
(可愛いだけじゃなくて、イノシシをやっつけちゃうくらい強くて格好いいし、頭も良くてなんでも知ってて……やっぱりうちのイタチ凄くない? 完璧じゃない? 瞳はつぶらだし、毛並みはフワフワで優しくて……隙がなさすぎるよ~)
チラリと愛鼬へと視線を送る。すると、何か? と尋ねるように首を傾げる。その仕草の愛らしいこと。サラダはぱっと今手元で制作中のサシャに視線を戻して自分のペットの可愛らしさに悶絶した。
(……不思議な子)
サラダにとって、この小さな命とは出会ったときからそれはずっとつきまとってた感覚だ。
見た目は凄く可愛らしいし、幸せそうにキャベツを食べてるときは本当に可愛い以外の言葉が消えてしまうのだけれど、それでも筆談という形とはいえこうして言葉を交わして、ずっと1ヶ月共に暮らして、人間じゃ無いが人となりというべきかは大体わかってきている。
若い野生の雄鼬だった筈なのに、酷く落ち着いていて大人びているその物腰や、見守るような温かい視線は、ペット相手に抱く感情としておかしいと思いつつも「パパってこんな感じなのかな」とサラダに思わせるものでもあった。凄く安心感があるというべきか。
(まだ出会って1ヶ月なのに、まるでずっと昔からいっしょにいるみたい)
きっと、この子との出会いは神様からのプレゼントなんだと、サラダは漠然とそう思っている。
「出来た!」
そんなことを考えているうちに残り3つのサシェも完成する。
どれもちょっと古くなったハンカチを再利用して、巾着状に出来たてホヤホヤのドライハーブを包み込み、それにリボンを組み合わせて作った作品だが、素人が作った割にはきちんとそれっぽく出来上がっており、サラダの年のことを考えれば上出来といっていいくらいだった。
「ねえねえ、ママにはどれがいいと思う?」
うきうきと眼鏡の奥の瞳を輝かせて尋ねる前世の姪には悪いが、生憎イタチにはそのあたりの機微はよくわからない。どれも綺麗で可愛らしく出来てて、サラダにはセンスがあるな、と思うがそれだけだ。
なので困ったのでお茶を濁すように『どれでもサラダがえらんだのなら、サクラさんはよろこんでくれるさ』と無難に返すが、その返答がお気に召さなかったらしい少女は、むぅと頬を膨らませて「もう!」とイタチに抗議をした。その瞳には「一緒に選んで欲しいのに!」とわかりやすく書かれている。どうやら自分が選ばないと終わらないらしい。
なので、トンと4つの匂い袋の中から1つを選ぶ。赤地に桜の模様が描かれた布地に黒いリボンの奴だ。『サラダとサクラさんの色だろ?』そう粘土板に書き込むと、サラダは照れ隠しのように眼鏡を押さえた。
「ただいま」
「ママ、おかえりー」
匂い袋作りが終わって30分ほどしてからだろうか、夕方になり病院勤めから帰宅した母親の元にトタトタと娘が向かう。
そうして母親が夕飯を作る際に手伝いを申し出て、簡単な内容を任せてもらいながらサラダは今日森でハーブを摘んできたことを楽しそうに話す。
それを聞いてサクラは『今日もうちの娘は世界一可愛いわしゃんなろー!』と親馬鹿な感想を脳内で漏らしながら、机の上に置かれた生ハーブのレモンバームをチラリと見てから「じゃあ、サラダの詰んできたハーブでハーブティでもいただこうかな?」と悪戯気にウインクすると、「私も飲む!」とサラダが主張した。
「いいけど……サラダにはちょっと早いと思うわよ?」
「私が摘んだ奴だもん! いいの」
そうして夕飯の時に出されたハーブティに対する感想は……まあ、顔を見ればわかるというものだろう。うええ、青臭い……というのが顔に出ており、思わずサクラは脳内で苦笑する。
「無理しなくていいのよ?」
「いいの、飲む」
そういってむぅとコップの中身とにらめっこしてから、んくんくと眉間に皺を寄せながらサラダは自分で摂ってきたハーブで作られたお茶を飲み干す。
(やっぱり子供には早いわよね)
そう思いながらサクラも一口口をつける。
レモンバームの名の通りレモンに似た爽やかさと、仄かな甘みすら感じる優しい味をしたハーブティだが、子供の舌にとっては青臭く飲みにくい味だろう。慣れるとそんなことはない、と思うのはきっとサクラが大人の味覚を持っているからだ。摘み立てほやほやの生ハーブを使って淹れられたそれはとても美味しい。それが娘が摘んできてくれたものとなれば格別だ。
それにレモンバームといえば、リラックス、安眠などに良いと言われているハーブであり、サクラはサラダの労りを正しく受け取っていた。だからこそ余計にニッコリと笑って「ありがとうね」と告げ、娘の頭を撫でた。
そうして、食事が終わった後、サラダは再びもじもじとして上目遣いに「あのね、ママ受け取ってほしいものがあるの」と言い出す。既にプレゼントはもらったのにまだあったらしい。そのことにサクラは驚きつつ、子供の成長は早いなあと思いながら「なあに?」と返した。
「これ、私が作ったんだ。良かったら使って」
そういって差し出されたのはサラダの手作りらしき
「サラダ!」
「わっ」
思わず感無量になったサクラは、我が子をぎゅっと抱きしめる。
「ちょっと、苦しいよ……ママ」
少し頬を赤らめながら、そう抗議する娘に母親は「ごめんごめん……可愛すぎて、つい」とばつが悪そうに苦笑して答え、「ありがとう。大事に使わせてもらうわね」そう微笑んで、今度は力を込めないよう気をつけながらもう一度そっと我が子を抱擁した。
そんな親子の心温まるやりとりを、イタチは人間だったら微笑んでいただろう温かい気持ちで見守りながら、邪魔しないよう気配を消して佇む。
(良かったな、サラダ)
その日の夜のおしゃべりも楽しい時間だった。
「ママってば親馬鹿なんだから」
なんてクスクス笑いながら嬉しそうにサクラについての話を続けている。結局サラダもまた母の事が大切で大好きなのだ。
そんな風に会話をしていくうちに夜も更けていく、もうそろそろ就寝した方が良いだろう。そう教えるようにイタチが時計を前足で指し示すと「あ、もうこんな時間かぁ……」とサラダはちょっとだけ残念そうな顔をした。
「ねえ、これって枕の下にいれたら良いんだよね?」
そういって一番最初に作り上げた花柄に赤いリボンのサシェを取り出し、愛鼬に尋ねると、彼はそれで合っているという意味を込めてこくりと頷く。それを見て枕の下に匂い袋を置く。フワリとハーブの爽やかで良い匂いがほんのりとサラダの鼻を擽る。
そんな彼女を見つめて、いつもは就寝となるとバスケットの中に戻っていく筈のイタチが、サラダの肩下の辺りに佇んでいる。薄暗がりの中、彼のつぶらな瞳が猫みたいに光っていて、なんだか綺麗だなあと夢見心地にサラダは思う。
「……どうしたの?」
よく聞き見てみれば、まるで幼い子をあやすかのように、ポンポンと前足でリズムをつけながら彼はサラダの肩を揺らし叩いていた。力は込められていないので全く痛みはないけれど、それでもこんな挙動をするなんて珍しい事だ。
普段はあまり音を立てないように、彼は静かに動いている。その動きは元野生動物だとは信じられないくらい精錬されていて、優美にさえ見えるほど音も立てず物静かに品良く歩く姿がサラダは好きだった。なのに、今は音を立てている。ポンポンと、リズムを付けるような前足の動きに合わせて、ふさふさの短い尻尾もユラユラと動いている。
(眠い……)
安眠を願って作られたハーブの香りと、イタチが発する音。2つに誘われ、なんだか深く眠れそうだ。
その思考を最後にサラダの意識は夢の世界へと落ちた。
* * *
明晰夢、というものがある。
夢を見ている本人がそれを夢だと自覚している夢だ。名称は知らないけれど感覚としてはそれに近い状態を感じ取りながら、気付けばサラダは青空の下の草原に1人ぽつんと佇んでいた。
サラダはキョトンと目を瞬かせると周囲を見渡す。
ここはどこなのか。
見たことがあるようなないようなどちらともつかぬ感覚に覆われながら、その先に1人誰かが立っていることに気付いた。
(誰……?)
そこに立っていたのは見たことのない男の子だった。
まるで母が我が子に向けるときのような慈愛に満ちた表情を浮かべた、中性的な綺麗な子なので、もしかすると女の子なのかもしれなかったけれど、サラダの中の直感はその子が男の子だと告げていたので、きっと男の子だ。
肩口までの黒い髪はやや外ハネしているサラダのものよりも真っ直ぐで、風にサラリと靡いている。
目元に年齢に似合わぬ苦労皺のような線が薄ら刻まれている点が残念だが、目鼻立ち自体は整っていて、睫毛が長くて口が小さい。形の良い丸い頭に丸い頬は柔らかそうで、触るとモチモチしていそうだった。
酷く大人びた表情と雰囲気をしている為年齢がわかりにくいが、背格好からするとサラダと同い年くらいだろうか? 襟口が大きく開いたどこかで見たことがあるようなシャツと半ズボンを身につけている。
初めて見る少年……そのはずだ。
なのにサラダはその同い年くらいの男の子に強い既視感を覚えていた。
(私、この子の事知ってる……?)
どうしてそんな事を思ったのかわからない。強いて言うなら女の勘だろうか。そんな風にぼんやりと考えているとちょいちょいと男の子がサラダを2度、3度と手招きした。それに誘われるように近寄ると、男の子はニッコリと綺麗な微笑みを浮かべて、サラダの手を取り、走り出した。
『わっ!?』
いきなり走り出した男の子に吃驚するが、別についていけないようなスピードじゃない。男の子は何も話さずただ嬉しそうに笑ってサラダをエスコートするかのように、彼女の足に合わせながら走る。
否、もしかしたら話さないのではなく、話せないのかも知れないと、理由もわからず漠然とまた1つサラダは直感した。
やがて草原は抜けて、サラダには見覚えがありそうで見覚えの無い古い街並みの集落を抜け、大きな池を要した修行場へと辿り着く。
すると池の前で少年の足が止まり、サラダに目の動きだけでよく見ているんだよ、というような仕草をして彼女の頭を一撫ですると、うちはの基本忍術である火遁・豪火球の術を池に向かって放った。
『わぁっ』
彼女がこの術を見るのはこれが初めてだ。サラダはうちはの子ではあるが、物心ついた時には既に父は家にはおらず、母は元々うちはの人間では無いことからうちはがどういう家なのかどういう術を使うのかという、一族の常識も何も知らない。だからこそ、この術がうちはの代名詞で、これが使えてこそうちはは一人前と見なされるということも知らず、ただ目前に出現した大きな炎に綺麗だなあと興奮した。
そんなサラダの目の前で彼女よりほんの少しだけ小柄な男の子が次々に火遁の術を披露していく。
火の玉を複数飛ばす火遁・鳳仙火の術に、手裏剣に火の玉を纏わせる鳳仙花爪紅など、それらはまるでショーを見ている時のようにサラダの心に興奮を呼び起こす。
(凄く綺麗……!)
無駄の一切省かれた動きはそれだけで芸術作品のようだ。
学校の先生でもこんなのやっているの見たことがない。それがこんな同い年くらいの男の子が操るなんて信じられない。
汗1つかかず当然のように涼しげな顔をして一流の技を見せつけた少年の存在は、スカしやがってと反感を覚えさせるものでもあったが、サラダとしてはこれだけ凄いのだからその態度も当然、寧ろ涼しい顔してこなしているのが格好いい! という気持ちで一杯である。
『凄いね!』
思わず満面の笑みを浮かべてそうサラダが心のままに抱きつくと、少年は少しだけ困ったような顔をして、でも優しげにサラダの額を人差し指と中指を揃えて小突いた。
……それにまた、既視感を覚えた。
けれど、その正体が判明する前に夢は終わりを告げた。
* * *
朝の6時40分頃、スズメの鳴き声を聞きながらサラダはいつもより少しだけ早く目覚めた。
(なんか不思議な夢を見たような……)
目が覚めると共にどんな夢を見たのか忘れる、というのはよくあることだ。
彼女も例に漏れず、どんな夢を見たのか全てを覚えているわけではない。
それでも、なんだか綺麗な顔をして凄い火遁の術を使った男の子に手を引かれて走ったことは覚えている。その男の子のことをなんだか知っているような気も……とここでサラダは思い出した。
(あ、そうだパパだ)
あの男の子の格好、どこかで見覚えがあるような格好だと思ったら、居間に飾られている下忍時代の父サスケが身につけていた格好の色違いじゃないか。そういえば顔立ちもなんだか似ていたような気がする、パパはあんなに睫毛長かったり中性的じゃないし、あんなに髪真っ直ぐでもないけど。あれ? ってことはひょっとしてあの男の子はサラダの御先祖様だったり? なんてミステリーもの好きらしく考察をつらつらと並べてみるが、意識がしっかりしていくにつれて、彼女はもう1つ普段と違うことに気がついた。
(あれ……? 珍しい)
イタチだ。自分の愛鼬である彼がサラダの額にピタリと自分の額をくっつけるようにして、彼女に寄り添い眠っていた。いつもはちゃんと寝床に用意したバスケットの中で眠ってサラダが起きるより先に起きているのに、まだ眠っている。珍しい……を通り超して初めてかも知れない。
そんな風に思っていると、イタチも眼を覚ましたらしい。
「おはよう」
彼は朝の挨拶として今日もサラダの額を軽く小突いてから、頬に鼻先を触れ合わせるキスをする。それがイタチにとってのサラダに対するおはようだ。
その後はもういつも通りで、次第に今朝見た不思議な夢と男の子の事をサラダは気にかけなくなった。
次に彼女がそれを思い出したのは、また夢の中に彼が出てきたその時だ。
* * *
(まただ……)
あれからサラダは何度かその男の子の夢を見た。
夢の中でサラダは色んな事をその男の子に教わった、気がする。断定系ではないのは所詮夢は夢ということなのか、起きたときには半分は忘れてしまうからだ。
前回は体術で、今回は手裏剣術らしい。
サラダはアカデミーの同期の中でも手裏剣術は得意な方だった。
でも、これを見てしまうととてもじゃないが、得意なんて言えないな、とそう思う。
(凄い)
森の演習場の中で舞うように少年が飛び、複数のクナイを同時に放つ。それらは男の子が地面に着地したときには全ての的の真ん中に当たっており、中には視覚では確認できないような位置にある的でさえ例外では無かった。惚れ惚れするようなまるで神懸かった手裏剣術の持ち主である。
『ねえ、もう一度やって!』
そうサラダがねだると、少年は仕方ないなあと愛しいものを見るように眩しそうに目を細め、それからもう一度クルリと空に跳躍してクナイを放ち、再び地面に降りたったと同時に全ての的の真ん中へと命中させた。
それからサラダもまたクナイを振う。
流石にこの少年のような芸当は出来ない……アカデミー教師ですらこんなの見たことないし出来ないんじゃ無いかと思ってるが、それでも少しは近づきたい。そう張り切ってクナイを構えると、サラダよりほんの少しだけ小柄な男の子はそっとその子供らしく小さな指を、子供らしくない優美な動きで動かして、クナイを握るサラダの手を取り、握り方を少し修正させた。
それからやってみろというようにこくりと肯く。
それに従い、サラダがクナイを投げると、先ほどより命中率が上がっていた。
『やったー!』
そうはしゃぐサラダを、慈愛に満ちた表情で男の子は見守っていた。その表情に益々、既視感が強くなる。その眼差しを彼女はよく知っていた。
……彼女は決して頭の悪い子ではない、寧ろ年を思えば十分すぎるほどに聡明な子だ。
だからこそ、本当はもう自分の夢に度々出てくるその男の子が誰なのか、気付き始めていた。
そうして、今日も夢は終わる。
* * *
(……やっぱり)
目覚めたとき、イタチは今日もまたサラダの額にピタリと自分の額をくっつけるようにして、すうすうと眠っていた。
その様子に確信する。
あの夢を見る条件は、イタチがリズムを付けるようにトントンとサラダの肩を叩いて眠りに落ちた日、その日は必ずイタチはバスケットの中では無く、サラダに額をくっつけて眠っている。どういう原理かまでは彼女は理解はしていない。ただその条件からあの男の子は誰なのか、という推測が確信へと変わる。
やがて、ゆるゆると目を開け、イタチが目覚める。
この見た目だけ見たら誰より愛くるしい生き物が、見た目通りの可愛らしいただのペットではないことなど、最初っからサラダは知っていた。
「ねえ、イタチ。あの男の子、あなたなんでしょう?」
それに、そうだと知らない男の子の優しげな声が聞こえた気がした。
続く