イタチさんの鼬ライフ(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
更新しても全然反応なくて凹んでいましたが次回イタチさんの鼬ライフは最終回になります! それではどうぞ。


その7、イタチさん戦う!

 

 

 サラダの夢に何故、アカデミー時代の前世(うちはイタチ)の姿をして彼が出てきたのか。

 ……種明かしをするならば、夢に干渉する幻術を使用したから、となる。

 否、サラダのチャクラも利用しているからこそ幻術と一応名乗れるだけで、チャクラを持たぬ彼が行ったそれはどちらかといえば催眠術といったほうが近い代物であったが。

 そもそも夢幻という言葉があるように、夢とは元々幻術に近しい性質をしている。

 幻術の入り口として、これほど入り込みやすいものはない。

 かつて彼が人間だった前世のうちはイタチ時代、男は幻術の腕を見込まれ上忍にまで上り詰めたくノ一相手に逆に幻術返しを仕掛け、指の動きだけで他者を幻術に嵌めるほどの達人であり、その道に深く精通していた。

 だからこそ出来た所業といえる。

 思ったのだ。

 この水かきのついた小さな手では、最早前世で得手としていた手裏剣術を使うことは出来ない。

 否、それは手裏剣術だけの話ではない。

 チャクラすらないこの体では、体術以外の技術は悉く封印されているし、人間の体と鼬の体という違いから体術でさえも、人間時代と同じとはいかない。

 そのことに不満はない。

 何故ならうちはイタチは死者であり、自分はその生まれ変わりであってもうちはイタチではないからだ。

 今の自分はサラダのペットの、ただのイタチだ。

 うちはイタチではない。

 だから、違っててもそれはいいのだ。

 それでも父の話を語るサラダを見て、思ったのだ。

 夢の中なら、彼女の修行を見てあげることが出来るのでは無いかと。

 現実ではただの小さな鼬に過ぎないけれど、夢の中なら自由自在だ。人間の姿だってとれるだろうと。

 そうしてハーブ集めを彼女に指示し匂い袋を作らせた。

 幻術と一言で言うが、幻術に絡める方法というのは色々ある。

 うちは一族の写輪眼による幻術などは代表だろうが、目で見て催眠眼に落とすことによって幻の世界に連れ込むといった方法は有名で、だからこそうちは一族と戦うときは目を見ないようにする必要があった。

 だが、うちは一族が有名なのが眼を使ったものというだけで、幻術の方法というのは多種多様だ。

 それこそ前世でイタチがナルト相手に使ったそれのように、指の動きで幻術に嵌めることも出来れば、音を使った音幻術、それに……匂いを使ったものもある。

 今回イタチがサラダに使用したのはこのうち二つ、音と匂いを使ったものだ。

 どのハーブを集めるかなどはイタチの指示であるが、匂い袋のその制作自体はサラダがした。そこには想いが込められている。

 元よりチャクラとは人の想いと想いを繋ぐ力だ。そこには微弱ながらに少女のチャクラが宿る。

 大切な人への想いを込めて、彼女はそれを作った。イタチはそれを利用しただけだ。

 キーは香り。それに特定のリズムを入れた音を媒介にして彼女の夢と繋げた。

 彼女のチャクラをも利用して構築されたそれは、ジャンルとしては夢を介した幻術といえるが、幻術と呼ぶにはあまりに稚拙で、お遊びのようなものだ。それこそこの匂い袋の香りが消えた頃には使い物にならなくなるし、サラダが望めばそれだけで終わる、そんな弱くて曖昧なものだ。

 彼女のチャクラも利用しているが故に幻術と名乗れるだけで、チャクラを使うことが出来ないイタチが仕組んだそれはどちらかといえば催眠術に近く、前世で使っていた本物の幻術に比べてみればお遊びレベルでしかない。

 夢はサラダの意向が大きく反映され、夢の中のイタチは彼女と同じくらいの年の姿にしかなれなかったし、会話したりも出来なかった。それは、今が鼬で人間の言葉を喋れないのが当然の存在だったから、なのかもしれない。

 それでも良かった。

 色々教えてあげられることが嬉しかった。

 凄い凄いと前世の弟が幼かった頃のように、キラキラと瞳を輝かせてはしゃぐ少女が見れただけで、彼は嬉しかった。

 だけど、夢というのはいつか終わるものだ。

 

「ねえ、イタチ。あの男の子、あなたなんでしょう?」

 

 その正体を見抜かれれば夢は終わる。

 

 * * *

 

 ……あの日、サラダが自分の愛鼬にその問いかけをした日から、同い年くらいの男の子の夢は見なくなった。そのことに残念な気持ちもあれば、やっぱりな、という気持ちも彼女にはある。

 絵本でもよくある話だ。

 見ないでと言ってたものを主人公が見てしまったことにより、人外が姿を消してしまう、とか。

 ただ、それでもあの夢を見なくなったというだけで、相変わらずイタチはこの家にいる、そのことに内心ほっとしたサラダだ。

 あの時は何も考えず言ってしまったけど、言った後でもしもこの後イタチが消えてしまったらどうしようと不安になったのだ。けれど、彼女のペットは変わらずこの家にいて、サラダのベット横に用意したバスケットの中で今日も眠りにつく。そんな変わらない姿にほっとした。

(こんなことなら、もっと楽しめば良かったなァ)

 そう思うとちょっと残念だ。

 イタチはイタチだ。

 相変わらず愛くるしい顔でキャベツを幸せそうにモキュモキュ食している彼に、別に不満は全くないのだけれど、折角同い年くらいの男の子の姿をしているんだからもっと遊べば良かった。

 どうせ夢なんだし、人間の男の子の姿をしていたって正体は可愛いペットの鼬なのだ。本当に同い年の男の子にやるのはちょっとなってこと……ハグしたりとか、も家族(ペット)相手なんだから別に恥ずかしい事でもないし、キレイな子だったし、着せ替えとかもしてみたかった。洒落っ気のない格好をしていたのはちょっと勿体ない。そういうの興味なさそうなのもまあイタチらしいんだけど。

 そんな風に残念に思ったサラダである。

 まあちょっとした未練は置いといて、季節はもうすぐ夏休みも終わって秋だ。

 枕の下に入れておいたサシェの香りも随分と薄くなってしまった。

 

 因みにだが、サラダが制作した匂い袋は全部で4つ。

 うち1つはこうして自分で使っていて、うち1つは母であるサクラにプレゼントした。

 では残る2つだが、1つは母の先輩で小さな頃から度々世話になっているシズネさんに「日頃のお礼」としてプレゼントした。彼女は「良い匂いね。ありがとう。とても嬉しいわ」ととても喜んでくれたので、サラダも思わず照れてしまった。

 最後の1つは親友であるチョウチョウにプレゼントした。

 普段は花より団子という印象が強いとはいえ、彼女とて女の子だ。サラダお手製のサシェに「良い香りじゃん」と諸手を挙げて気に入り、サラダが自分で作ったということを知ると、「次はあちしも連れてってよ」と声を上げた。

 ただし、「こんな暑い中集めに行くのとかマジ勘弁」とのことで秋になってから、という約束となったが。

 秋晴れの気持ちの良い季候の日に、行楽を兼ねてお弁当をもってピクニックがてらハーブを集めて、美味しいご飯やお菓子に舌鼓を打ちつつ、一緒に匂い袋を作るのだ。

 なんだか聞いているだけで楽しそうで、そうしようよとチョウチョウに持ちかけられた際、サラダも嬉しくて思わず「いいよ。一緒に作ろう」とついつい後先考えず返してしまったのだが、あとで秋の草花なんてよく知らないし、安請負しちゃったけどどうしようと、不安になってイタチに「秋のハーブとかわかる?」と尋ねたところ、こくりと肯いて答えとされたのでほっとしたのはここだけの話だ。

 それから秋になったら、チョウチョウと一緒にハーブを行楽がてら摘みに行って匂い袋を作る約束をした話をしたら、イタチも喜んで色々と教えてくれた。全く出来たペットを持ったものである。

 イタチは物知りだ。

 本人ならぬ本鼬曰くなんでもは知らないとのことだが、サラダから見ると聞けばなんでも知っているように感じるほどに博学で、色々なものに詳しい。

 筆談を通してなのでそこまで沢山の知識が一気に入るわけではないけれど、サラダもよく知らない森の話とか見てて面白い。そしてそんな風にカリカリと小さな爪で粘土板を削って、落ち着いた読みやすい字での彼の解説を見ていると、あの夢に出てきた黒髪の男の子を連想する。

 目元に苦労皺みたいなのが浮いていた事が気になるが、落ち着いた物腰と雰囲気で慈愛に満ちた表情を浮かべた、サラッとした黒髪の中性的で綺麗な顔をした男の子。もしもイタチが人間だったらあんな姿だったのかあと思うと、なんだかちょっと不思議である。

 そんな男の子を脳裏で描きながら思わず目の前のペットの頭を撫でる。

「きゅ?(どうした?)」

「んん。なんでもない」

 いきなり脈絡なく自分の頭を撫でだしたサラダに対し、ちょっとだけ不思議そうな顔で見上げるフワフワの茶色と白の毛並みをした自分のペットに、少女はそんな風に返して彼をぎゅっと抱きしめた。

(もしも、イタチが人間だったら抱きしめ返してくれたのかな?)

 なんてことを思うが、もしも彼が鼬ではなく人間だったらそもそもサラダとて抱きしめる真似はしなかったので、最初から破綻した想定だ。彼は大人しくサラダに抱かれている。フワフワで軽くて小さな体はとても温かかった。

 

 そんななんでもない日々を過ごすうちに月日は過ぎていく。

 本日は快晴。

 今日はかつてからの約束通り、チョウチョウと行楽を兼ねて秋のハーブを集めに行くのだ。

「行ってきま~す!」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 朝から母サクラに作って貰ったお弁当と、ハーブを入れる用のザックと粘土板を入れた肩掛けバックに水筒を持ち、肩にはイタチを連れてサラダは意気揚々と家を出発した。

 今日は母のサクラは午前中は木ノ葉病院に出勤らしいが、午後からはお休みらしい。家に帰ったら美味しいお菓子を焼いてくれるそうだ。

「サラダ待った~?」

「ううん、大丈夫……私も今来たとこ」

 そうして2人で合流してアカデミーでの話など雑談を交わしながら、森の修行場に繋がっている道を2人と1匹で歩く。チョウチョウは時々、イタチにちょっかいをかけるように彼の喉を擽ろうとしたり、彼の毛並みを撫でたりしてたが、イタチはそれにちょっと困ったような反応をしながら、大人しくやりたいようにさせている。このあたり、なんか大人だよねと思うサラダである。

 ミントやタイム、ローズマリーにディルにタンジー。秋のハーブは香水やポプリに向いたものも多い。

 レモンバームのような多年草だと秋でも余裕でとれるし、でもどうせなら折角だから前回とはまた違う組み合わせを試したいものだ。全部が見つかるとは限らない、でも昼までに見つかるだけ見つけたいなと思っている。

「サラダー、見つかったァ?」

「あったよ、チョウチョウ。ほらこれこの黄色い花、タンジー。虫除けにいいんだって」

「お~、いい匂いじゃん」

 それに前回も楽しかったけれど、友達と一緒にというのも楽しいものだ。

 2人で和気藹々と会話を楽しみながらハーブを摘む。無理はせず、休息も挟みながら探しているのだが、その度にチョウチョウが持ってきたお菓子を摘まんでいる事くらいご愛嬌というものだろう。

 そうやって2人で行楽を楽しみながら匂い袋制作用のハーブを摘んで、お昼に持ってきたお弁当を一部おかずを交換したりしながら食べたり、イタチが鞄の中でお昼寝している姿に和んだり、そんな風に楽しく時間も過ぎて、さてこれから匂い袋の制作の為ハーブを乾燥させなきゃいけないし帰るか、と思ったそんな時だった。

 見知らぬ男が話しかけてきたのは。

 

「もし、お嬢さん方、ひょっとして木ノ葉のアカデミー生ですかな?」

「え……そうです、けど」

 それは一見枯れ枝のような老爺だった。ニコニコと笑って、腰の曲がった警戒するべき箇所が浮かばない老人。だけど、ここはくノ一クラスが教師の引率に連れられて度々来る場所とはいえ森の中だ。何故そんなところに老人が? しかも見たことない人が自分たちに話しかけてきたのだ、とサラダの中で警戒心を上げる。

 チョウチョウもまた、不審に思っているのか「ちょっとー、おじいちゃんいきなりなに~? いくらあちしが可愛いからって、見知らぬ乙女2人にいきなり声かけるとかないっしょ~?」と老人に言う。

 それに老爺はカカッと笑って、「いやいや、昼とは言えお若いのが2人だけとは不用心と思いましてな。どれ、この爺が里まで送ってさしあげましょう」などと言うが、ガンガンとサラダの中の警戒の鐘が打ち鳴らされる。

 知らない人についていっちゃ駄目よ、と口を酸っぱくしていう母の言葉がサラダの脳裏をよぎった。

「いえ、結構です……チョウチョウ、行こ」

 くいっと右手で眼鏡を持ち上げ、左手で親友である少女の手を取り後ずさる。

 次の瞬間だった。

 男が枯れ枝のような老爺と思えぬスピードで醜悪な顔を浮かべてサラダに向かってきたのと、今までサラダの鞄の中で眠りについていたイタチが、その俊敏さを最大限に発揮して男の顔に向かって弾丸のように飛び出してきたのは。

「チッ」

 男は舌打ちを1つすると身代わりの術を発動し、後方に退く。その際に変化が解けたのだろう。そこにいたのは30代ほどの忍びらしき男だった。

「何アイツ!? あちしらに何する気!?」

 褐色肌にふくよかな体がトレードマークの少女はそう驚きの声を上げた後、さっとサラダの手を取り木ノ葉に向かって走り出す。動けるデブを自称するだけはある瞬発力と判断力だった。

 そう、チョウチョウの判断は正しい。

 いくら忍びの卵といっても、彼女たちはアカデミーに入学してそれほど経っていない以上、大人からみればその実力はお遊戯のようなものだ。あの忍びの男もそこまで強そうには見えなかったが、それでも大人と子供その時点で実力は大きく開いている。敵わないなら里の方へ逃げて誰かに応援を求めるべきだ。それに幸いここは森と言っても木ノ葉の里からそこまで離れていない。10分も走れば子供の足でも辿り着く。

 だが、サラダは気付いてしまったのだ。

「逃がすか、うちはのガキ! てめえを連れてったらたんまり金が入るんだよォ!」

 と三流そのものの台詞を吐いている男がサラダ達を追いかけてこれないように、イタチが男と戦っていることに。

 イタチは強い。

 それは自分より何倍も大きい猪相手に翻弄し、打ち倒してしまえる程に。

 イタチは頭が良い。

 それはサラダが彼には知らないことなどないんじゃないかと、思ってしまう程に。

 だが、それはあくまでチャクラも持たぬ元野生の小動物にしては、だ。

 忍獣であれば、チャクラを用いて強化なども出来よう。

 だが、忍獣でもなんでもないチャクラも持たない元森の子鼬だった彼にあるのは持ち前の鼬としての身体能力と、その類い希な頭脳だけだ。

 今のサラダより強いかもしれなくとも、大人の忍びとして鍛錬を積んだ相手に勝てるほどの力は、彼には無い。

「サラダッ!?」

 サラダはぱっと自分の手を掴んでいる親友の手を振りほどくと、怒鳴るような声で叫ぶ。

「チョウチョウ、先に行ってママを連れてきて! 私はイタチを連れ戻すから!!」

「!! ああ、もう!!」

 その少女の言葉にチョウチョウは、これまで以上に足に力を込めて、転がるようなスピードで里に向かって走り出した。

(ごめん。ありがとう、チョウチョウ)

 そう心の中で謝って褐色肌の親友を見送る。そして男とイタチが戦っている方へと視線を送る。

 イタチはその身軽な体を最大限にいかしてブラフもいくつも混ぜた動きで、男を翻弄していた。時間稼ぎを主軸とした戦い方で、所々で男に爪でつけたのだろう掠り傷をつけている。

「ゲホゲホッ、この獣畜生がァ!!」

 どうやら鼬科の代名詞である悪臭と名高い放屁攻撃も使ったらしく、男は相当苛々した様子で、イタチを追い詰めようと手を伸ばす。その様子を草むらの茂みに身を隠しながら、祈るようにしてサラダは見つめる。

 手元に武器として使えそうなものは、修行の予定ではなかったけれど、一応用心のため持ち歩いていた愛用の子供用クナイが2本、それだけ。そのうち1本を太もものホルダーから抜き取り、ぎゅっと構える。ドクドクと心臓が嫌な早鐘を打っている。

(今度は、私がイタチを助けるんだッ!)

 初めて会ったときのことはよく覚えている。

 わけのわからないまま暴走した猪に襲われそうになったサラダは、あの小さな命に助けられたのだ。いわば命の恩人ならぬ恩獣だ。そして家族だ。家族を助けるのは当然のことで、彼を置いて逃げるなんて、そんなのは嫌だ。

 それは子供故の視野の狭さからきた考えだったのかもしれない。

 どう考えてもサラダは大した戦力にはなれない。きっとイタチにとってもサラダが逃げて大人の応援を呼んでくれた方がよほどやりやすいことだろう。だけど、それはサラダが嫌だった。1人で逃げるなんて冗談じゃない。それなら一緒に。イタチを置いていきたくない。

 だから草の隙間から眼を懲らして、一挙一動見逃さないように1人と1匹を見る。隙を見せたら、このクナイで男の足を打ち抜いて、それで今度こそイタチと一緒に逃げるのだ。

 だから、いつその時が訪れてもいいように、見る。

 幸い男は頭に血が上っている様子で、まともに何かを判断出来る状態じゃない。ならば、子供の自分でも一撃くらいなら……それは甘い想定だったと言える。だが、仕方ないといえば仕方ないことだった。なにせ真実まだ彼女は世間も実践も知らない子供なのだから。

(……ッ、今だ!)

 だから、放った。

 クナイは夢の中で男の子の姿をしたイタチに教えられた通りに、綺麗に飛んだ。

 それは狙ったとおり男の足に向かい、刺さった。

 だが、想定通りだったのはそれだけだ。

 所詮、子供の握力で投げられたものだ、そのあたりを幼い彼女はわかっていなかった。

 全く、ダメージを与えられなかったわけじゃない。もしもそのクナイに毒でも塗っていたのなら多少の成果はあったことだろう。だが、それは男の脛に浅い傷をつけただけで、深く刺さることはなかった。そのクナイに男の足を止めるほどの威力はない。そしてそれは、男にサラダの姿を視認させる結果に繋がる。

 見つけたぞこのガキ、そういわんばかりに男が醜悪に笑う。

 瞬身の術は覚えていないらしく、そこまで超スピードというわけではない。だがいまだ忍びの卵で子供でしかないサラダにとってはとても早いスピードで男が向かい、彼女に手を伸ばす。

 それを、イタチは男の手に噛みつくことによって阻止しようとした。

「いでっ! この、邪魔だ!!」

 男が猛スピードでぶんっと腕を振う。

「ッ!! イタチィッ!!」 

 サラダは半泣きになって叫ぶ。

 イタチの小さくて細長い体はそのまま背後の木にぶつかり、ずるりと落ちていった。

 グッタリとした体は生きているのか死んでいるのかも、サラダにはわからない。

 そも平和な時代に生まれ育ったまだ齢7つの子供である彼女に、そのあたりの判断をしろというほうが酷な話だ。漸く邪魔者がいなくなった、とニタニタしながら男が近づいてきても、サラダにはどうしていいかわからない。ただ、残されたもう1つのクナイをぎゅっと握った。

 だが、あまり強そうに見えないという観察眼もまた正しかったということなのだろう。

「うちの愛娘とその可愛いペットに何してくれてんだしゃーんなろーがぁ!!!」

「ッ!? ママッ!!?」

 ドゴッ!! 里の方から飛ぶようにしてやってきたそのくノ一の一撃は大地を抉り、男もまた吹っ飛ばされ意識を失った。やはり三流だったようだ。

 後ろからは息切れしたチョウチョウが「ハァ……ハァ、サラダのママ、マジ、足速すぎ、なんだけど」と滝のように汗を流しながら途切れ途切れに呟く。

 どうやらチョウチョウは森の修練場に近い入り口のほうで、サラダの母であるサクラと遭遇したらしい。どうもいつもより少しだけ早く上がらせてもらったのもあったみたいだが、娘達が予定の時間より少し過ぎてるのもあり迎えに行こうかと考えてそちらに足を向けた所、男に浚われそうになったとチョウチョウが駆け込んできたのだとか。

「それより、ママ! イタチを、イタチを助けて!!」

 サラダは顔面蒼白にしながら、口元から血を吐いてグッタリしている自分の家族(ペット)を抱き上げる。その姿と娘の言葉を聞いて、サクラの表情がさっと変わる。一流の医療忍者としての顔を浮かべた桜色の髪をしたくノ一は、「診せて」とその手に収まるサイズの生き物を受け取る。

「ママ、イタチ死んじゃってないよね? 助かるよね?」

「大丈夫。イタチは頭の良い子よ、そんな簡単に死なないわ。それにママが必ず助けるからだから大丈夫」

 そうイタチを思ってぽろぽろと泣く娘に、安心させるように微笑みながら返しつつその体を診るサクラであったが、物事はそう単純でも無い。

(酷い状態だわ……)

 忍びである男の渾身の力で投げられ、木にぶつけられたからだろう、表は綺麗なものだが内臓はグチャグチャだ。鼬という元から身軽な生き物だったことと、ぶつけられる寸前にイタチ自身が咄嗟に投げられる方角へ飛んで衝撃を逃がしてなければ、即死だったかもしれない。きっとサクラが凡百な実力を持つ医療忍者だったとしたら、娘に諦めなさいとそう言わないといけないかもしれなかった程度には状態は酷かった。

 だが、ここにいるのは病払いの蛞蝓姫と呼ばれた五代目火影綱手の弟子にして、二代目三忍の名を冠する一流の医療忍者のうちはサクラだ。絶対に助けてみせる。そう娘を不安がらせない為にもいつも通りの微笑みを浮かべ、掌仙術の優しい光を発動させる。

 やがて10分ほど経った頃に、イタチはピクリと瞼を揺らし、ヒクヒクと鼻を動かした。

「イタチィ!!」

 その様子を見て、自分のペットが助かったことを自覚したのだろう。良かった、良かったよォとサラダはワンワン泣いた。

 そうして何が起こったのか詳細を娘とその友人に尋ねるサクラであったが、結論としてはうちはの希少な血に目を付けた人さらいによる無計画な犯行ということだ。無計画と断じた理由としてはあまりに男が色んな意味でお粗末過ぎたということだ。どう考えても計画的な犯行とは思えないが、これから男はサクラが責任をもって里に引き渡す予定であるし、裏があればその時判明することだろう。

 そしてイタチが今回死にかけたのは娘を守ったから、というのもわかった。そんな気はしていたが、イタチは娘達を逃がすため男の足止めをしていたそうだ。だが、サラダがイタチを放って自分だけ逃げるなんて出来なくて案の定、娘を守るためにイタチはその身を犠牲にしたのだ。

 それを知ったサクラは娘を叱った。

「どうして戻ったりしたの! そんなことしたらイタチだって逃げられないでしょう」

「だって、だってェ……」

 えっくえっくと泣く幼い娘にそれ以上のことも言えず、「ママをこれ以上心配させないで頂戴」とぎゅっと抱きしめて娘の「ごめんなさい!」の声を聞いた。

 一命は取り留めた。

 けれど、あれからイタチの体は以前ほど身軽に動けなくなったことに、医療忍者であるサクラは気付いていた。昼寝の回数も増えている。これはきっと一度内臓がグチャグチャになった後遺症だろう、ことにも気付いていた。それに謝る言葉をサクラは知らない。きっと彼もそんなことは望んでいないだろう。

 かつてこの家に来たばかりの彼にサクラは言った。

『……ねえ、イタチ。うちの娘の事頼むわね』

 と。娘を守ってあげて欲しいと願いを込めたそれを、彼は守ったのだ。

 だからソファの上で昼寝をしている鼬の茶色い毛並みを撫でながら、サクラはそのお礼だけを告げることにした。

「ねえ、イタチ。うちの娘を守ってくれてありがとう」

 その言葉に薄らと彼は目を開く。

 そのつぶらな黒い目は『気にするな』とサクラにまるで告げているかのようだった。

 

 続く

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