ぼっちちゃんの隣に幼馴染(男)を生やしたいだけの話   作:藤下

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プロローグ

 ぴろん、と軽快な音を立てて、デスクトップのチャットアプリが通知を知らせる。一呼吸置いてから、「通話に参加する」をクリックすると画面に見慣れた身体が小さく映った。腰まで伸びた長いピンクの髪にキューブ状の髪飾りが揺れて、びくびくとした視線がウェブカメラに寄せられる。

 明らかにPC画面から1メートルは離れた位置で、彼女はおののいていた。

  

「ひとり、遠いよ」

「あっ、はいぃ……」

 

 思わず声をかけると、びくりと肩を震わせた彼女がのそのそと画面に近づく。

 モニターの真正面に位置を付けたところで、カメラ越しに視線が合う。じぃっと見つめると、慌てて画面から視線を外された。ぶるぶると首を振って、彼女の口が開く。

 

「……えっと。ひさし、ぶり、だね? ハル、くん」

「こっちに引っ越して以来だからね。何か変わったこととかあった?」

「……へへっ」

 

 誤魔化すように下手な笑みを浮かべるということは、特に何もなかったらしい。

 3月の中ごろに荷物をまとめてから、およそ2週間。

 新居での荷物を整理したり、電気やガス、水道に加えてネット回線の契約だとか諸々の手続きをしている内に、俺が入学する予定の下北沢高校の入学式はいよいよ明日にも迫ろうとしていた。

 そして、ひとりが入学する秀華高校も同日明日に行われると聞く。

 

「これから高校生になる訳だけど、やっぱりバンドは組みたいんだ?」

「う、うんっ。高校は……高校こそは、バンドメンバー集めるんだ……!」

「そっか。まあ、ひとりの腕ならどこの高校生バンドに入っても大丈夫だろうけど」

 

 以前からさんざっぱら言っていたひとりの夢――バンドに入って輝くこと――は、残念ながら中学時代に叶うことはなかった。

 だからこそ高校では何としてもバンドを組むんだ! と涙ながらに語っていたのは中学の卒業式の日のことだった。

 

「文化祭でライブして……! みんなからチヤホヤされて……! ミュージック番組では『初めてのライブでしたが、楽しくプレイできましたね。あれが私のギタリスト人生の始点でした』って苦笑いするんだ……! あっ、当時の映像として流すために録画しとかなきゃ」

「なかなか語るねえ」

 

 ひとりの目が白く濁って、自分の世界に閉じこもりだす。これは時間が掛かりそうだなあと、チャット画面を放置してエスプレッソマシンでロングコーヒーを淹れることにした。

 画面の先で妄想上の司会者にギターを始めた切っ掛けを話しているところ悪いけど、明日も早いことだし、用件は先に済ませておきたいんだけどなあ。コーヒーを一口含んで、世界平和の為にピックを振るっているらしい彼女を眺める。

 少ししてインタビューがひと段落したらしいところで、改めて声を掛けた。

 

「――あ、あれ? ひな壇で拍手してたバンドメンバーのみんな(仮)は? わたしの隣で当時の思い出を話してたハルくんはどこ?」

「ここだよ」

 

 というか、何で俺も番組に出てるんだ。

 一声掛けて現実まで戻ってきてもらったひとりが、あれこれと辺りを見回している。

 そのまましばらくどこか釈然としない表情を浮かべていた彼女だったが、こちらとしても確認しておかなければならないことがある。口をつけていたコーヒーカップをデスクに置いて、ひとりに視線を向けた。

 

「それで、今回の動画は確認できた? テロップとか字幕とか、いつもと同じように挿れたつもりだけど」

 

 ちらりとサブモニタに映した動画ファイルに目を向ける。

 そこには目の前のピンク髪の少女が、鉄の弦を掻き鳴らしている姿が映っていた。

 3日ほど掛けて編集したその動画では、最近の流行曲をギターアレンジしたメドレーが流れていき、曲が変わるに連れて曲名や歌詞、コード譜が下部に表示されている。

 特に変わった編集でも難しい編集でもない。よくある演奏動画だ。

 確認したかったのは、この動画の編集内容で問題なかったのか……ということ。

 投げかけられた質問に、首を大きくぶんぶんと振るひとり。

 

「あ……う、うん! 全然、大丈夫だったよ?」

「そっか。トラックは……前に聞いたっけ。問題なければ、アップロードはお願いするね」

 

「う、うん。あの、ハルくん」

 

 どうした?

 

「いつも、ありがとう」

「なんだよ、改まって」

「ううん。ずっと、中学生の間から、助けられてきたから」

 

 それはまあ、ひとりの演奏動画を編集したり、時には音源を貸したりはしてきたけれど。

 中学生の3年間という演奏技術が伸び盛りの時期なんだから、編集ソフト触ってるより、ギター握ってる方がいいに決まってるだろ。と、手を貸し続けた3年間。

 最も間近でひとりの成長を見続けて、時には一緒に演奏していると、あっという間に3年という短い月日が過ぎてしまった。

 ……そしてまさか、ひとりがギタリストとして今のレベルになるとは思っていなかったけれど。

 ギター1本の技術なら、もうこのままスタジオミュージシャンにもなれるのではないだろうか。

 

「ま、確かに。最初にひとりが『えーぶいあいしーてぃーえる(AviCtl)の使い方を教えて!』って転がり込んできた時は、何事かと思ったけどね」

「だっ、だって……英語ばっかりで分からなかったから……」

 

 口をへの字に曲げたひとりが、当時のことを思い出したのか薄く頬を染めた。

 中学1年生でappleだとかorangeだとかの英語を覚え始めていた頃のことだ。休日の昼下がりに、パソコンを携えてうちまで飛び込んできたのが昨日のことのようだ。

 最も、アルファベットもままならない中学生が編集ソフトでレイヤーとかオブジェクトとかエンコードとか言われても理解が厳しいことは間違いないけれど。

 それに、ひとりは特別呑み込みが早いタイプという訳ではないから、もし独学で学習したなら相当に苦労したことだろう。

 あと数年もすれば使い勝手のいい動画編集ソフトも増えるけど、あの頃は他に選択肢なんてなかったからね。

 だからひとりが動画投稿を始めた当初は、ほとんど俺が録画、録音、編集をこなして、最後のアップロードだけを彼女が行うようにしていたものだ。

 

「けど、今では随分と覚えたんじゃないかな? 一通りはソフトの使い方も覚えたでしょ」

「そ、そうかな? うへへ……もしかしてわたし、パソコンの天才だったりする?」

「高校生からは一人で動画編集とかトラックの打ち込みも頑張ってみる?」

「んぇっ!? むむむ、無理だよぉ!」

 

 慌てたような表情を浮かべたひとりが、首を大きく振る。

 ちょっと煽るとこうなるの、やっぱり面白いなあ。

 

「あはは。ま、それでもいいさ。ギターとオーディオインターフェース繋いで、DAWで撮ったデータを俺に送ってくれるようになっただけで十分だよ」

「うぅ……今年もよろしくお願いします……」

 

 画面の前で膝をつくひとりをなだめながら、とりあえずひと段落つく。

 高校入学前に、入学シーズンに併せたギターメドレーの動画を作りたい……というひとりの要望は、これで叶えられたと言っていいだろう。エンコード済の動画ファイルはチャットアプリを通じて渡してあるから、あとはひとりがチャンネルに動画をアップロードすれば終わりだ。

 冷めかけたコーヒーを一口含んだところで画面に目を向けると、おずおずとした表情のひとりがカメラに映る。

 

「あ、あのね、ハルくん。新曲、聴いたよ?」

「おー、早いね。アップロードしたの、昨日だよ? この通話で教えようと思ってたのに」

「ふへへ、は、ハルくんの動画は……通知、入れてるから」

「そ、そうなんだ」

 

 何かと思えば、昨日動画サイトに上げたばかりの楽曲のことだった。

 せっかくなので、と、曲の感想を尋ねてみると、ピアノの伴奏について褒められ、メロディラインが良かったとか、歌詞が刺さりすぎて何回か死んだ……とか、聞いていると、こそばゆくなってくる。

 インターネットで知らない他人に賛辞を贈られるのは慣れてきたけど、知り合いに真っ正面からあれこれと褒めちぎられるのは別の意味で、なんというか、クるものがある。

 

「あっ、あっ、あとね、合成ソフトの調声に合わせて1枚絵がね、切り替わるところで、一緒に曲も転調していくところが本当にきれいで、」

「ひとり」

「あっ、はい」

「ありがとう。次も頑張るね」

「う、うん」(まだ言いたいこと、沢山あるんだけどな……)

 

 仕込んだ内容を事細かに読み解いてくれるのは動画制作者としては有り難いけれど、その反面でネタを解説されるお笑い芸人のような心境でもある。

 ちょっと不満げなひとりを抑えて、緩みそうな頬を引き締めて、席に深く座りなおす。

 そこで何かに気づいたように、ひとりの瞳孔が大きく開いた。

 そのままどこか震えた声で、画面の端をぶるぶると指をさす。

 

「あ……あれ。は、そっ、ハルくんの後ろのって、もしかして」

「え? ああ、これ?」

 

 ひとりの視線の先を辿ると、それはスタンドに掛けられた一本のエレキギター(動画機材)

 下北に越してから新しく仕入れた為、ひとりが目にするのは初めてだろう。

 ネックを掴んで、大きく映るようにカメラの前に移動させる。

 同時に、あわあわとしたひとりの視線が左右に大きくふれる。

 

「ほら、今まではひとりに生音入れてもらってたけど、俺も引っ越したじゃん」

「えっ、あっ、」

「流石にギターは打ち込み音源だけだと音が狭いからさ。音源用に、ってことで買ったんだよね」

「ぅぇっ」

 

 中学生の間はひとりに頼り切りだったけど、曲作りをしてるとリテイクが嵩むことも多い。

 遠隔地にいる彼女にあれこれ頼むのは効率の面からも、心情の面からも気が引けてしまう。

 それにしても流石は東京シティ。少し電車で移動するだけでお目当てのギターが見つかるのは助かった。

 ひとりのギターは譲りものだけど、めちゃくちゃいい音出してたからなあ。

 同クラスのレスポールがさっくりと購入できたのはいい意味で誤算だった。

 ところで、なんでひとりは死にそうな顔で泡噴いてんの。

 

「ちょっと弾いてみようか? マイク越しだと、綺麗に聞こえるか分からないけど」

 

 丁度ひとりも新しいギターが気になっているみたいだし、適当なリフをいくつか弾いてみる。

 あ、1弦が若干高いな。きゅるりとペグを回して調節。

 

「ほら、結構いい音出るでしょ? とりあえずマルチエフェクターは一緒に買ってみたんだ」

「ああああ、ぁっあ、あのあの、はる、くんっ!」

「?」

「わたし、歯ギターと背ギターなら出来るから……! ハルくんの動画に貢献できるから……!」

「そんなシーン使わないけど」

「ひぅっ」

 

 大体、俺の動画で実写パートはほとんど存在しない。

 ほとんどが1枚絵を背景に歌詞字幕を流したり、簡単なアニメーションを付ける程度だ。

 

「い、いきなりわたしの歯ギターが映ればインパクトあるかも……?」

「俺は恐怖映像を作りたい訳じゃないんだよ」

 

 ぐうぅ、と唸り声を上げて悔しがるひとり。

 一体何と戦っているんだろう。

 

「でも、ソロとかアルペジオで難しい部分があれば収録お願いするかも?」

「……えっ?」

「ほら、やっぱりひとりの方が綺麗な音出せるしさ。もちろん、他が忙しければ断ってくれてもいいけど」

「や、やる! ぜったい大丈夫だから!」

 

 いつにも増して大きな声を出したひとりが、ぶんぶんと首を縦に振る。

 実際のところ、ギターの腕なら数段……いや。比較にならない程、彼女の方が高みにいる。

 今までも俺の曲で手伝ってもらったことだし、彼女個人のチャンネルに上げられた動画の演奏を聴けば、その差は歴然だ。

 動画のクオリティという意味では、彼女の力を借りられることがは大きな強みになるだろう。

 

「そっか。それじゃあ、バッチバチに難しいギターソロのパートも使えそうで助かるよ」

「えっ」

 

 珍しくやる気に満ち溢れていたひとりの目が、ぱちりと瞬いた。

 

「いやあ、打ち込みにするか、レベル下げて自分で弾くか迷ってたんだけどね」

 

 ひとりが手伝ってくれるなら好きなだけ難度を上げて問題ないだろう。

 ……あれ、急にしぼんでいってどうかした?

 

「な、何でもないでふ……がんばりまふぅ……」

 

 

 

 その後はお互いの近況を話したり、最近の音楽シーンについてダラダラと語ったり。

 バンドメンバー探すぞ……! と奮起するひとりを応援したり。

 途中で姉の部屋を覗きに来たふたりちゃんが「あ、ハルくんだー!」と元気な声を掛けてくれたので、また遊びに行く約束をしたり。(ふたりちゃん曰く「またお姉ちゃんが1人で喋ってるのかと思った」とのこと。)

 そんな取り留めもないような話を続けていると、気が付けば夜も更けようかという時間になっていたのだった。

 夜になるにつれて元気になっていくひとりに、時計を見るように伝える。

 

「ひとり、そろそろ休んだ方がいいんじゃないか?」

「え? ま、まだ平気だよ。眠くないよ?」

「……明日が入学式でしょ、お互い。特にひとりは朝早い筈だよ」

「あ゛っ」

 

 もしかして、気付いてなかった……?

 

「は、ハルくんと話してたら中学のころと同じ感覚になってた」

「……入学式初日から遅刻は、めちゃくちゃ注目浴びるよ?」

 

 ひぃっ、と小さく悲鳴をあげるひとりに、軽く溜め息をつく。

 これからは家まで迎えにいってあげられないんだけどなあ。

 幸先が不安になる高校生活始まりの前夜だ。

 そんな風に考えていると、ひとりが抱えていた頭を上げた。

 

「は、ハルくんは? 下北高も明日が入学式、だよね?」

「そうだけど、高校まで歩いてすぐのマンションだから。朝はゆっくり寝てられるよ」

「ず、ずるいっ」

 

 逆に、ひとりは6時には起きないと間に合わないでしょ?

 

「大丈夫だって。ほら、今寝たら十分睡眠時間はあるでしょ」

「そ、そうだね」

「……この後、ギターの練習しちゃダメだよ?」

「……し、しないよ」

 

 それなら、一瞬でも口ごもるのはやめてほしい。

 俺と話していて寝不足で入学式に遅刻、悪目立ちしてクラスに馴染めず、不登校からの高校中退……なんてことになったら、後藤家に申し訳が立たなさ過ぎる。

 冗談みたいな話だけど、ひとりならそんなことも有り得るかも、なんて考えてしまうのだから質が悪い。

 

「まあ、何かあったら連絡入れてよ。お互い学校も近い訳だし、俺も何か相談したいことが出来るかもしれないしさ」

「あ、う、うん。友達の作り方とか聞いてもいい?」

「初動が肝心だから、入学すぐの勢いに乗り遅れると大変だよ」

「な、なるほど……」

 

 さて、このまま喋っていると本当に寝坊してしまうかもしれない。

 少し名残惜しそうなひとりには申し訳ないけど、ここは通話を切ることにしよう。

 

「それじゃあね。困ったことがあったら、なんでも言ってくれていいから」

「あ、う、ん。それじゃ、ばいばい」

 

 にへら、と少し下手な笑顔を見せた彼女に笑い返してから、通話終了のボタンを押す。

 思ったより長く話してしまったけれど、入学式前日で彼女も緊張していたようだし、それを少しでも解きほぐせたのならよかったのだけど。

 

 うーん、と両腕を伸ばすとポキリと関節が鳴る。このところ作曲や動画編集に追われていたし、少し疲れが溜まっているのかもしれない。

 ひとりにもああ言ったわけだし、少し早いかもしれないけど俺も休もうかな。

 

「しかし、ひとりも高校生かあ」

 

 中学の間もずっと引っ込み思案で、俺以外に友達が出来たところをみた覚えがないけど……果たして大丈夫なんだろうか。

 調べたところでは秀華校はおおらかな校風で、学生生活は過ごしやすいようではあった。ひとりの良さを分かってくれる友達が出来ればいいのだけど。

 ……もう遅いけど、やっぱり俺も同じ学校に行った方が良かったのかな。

 

「……いやいや、流石に過保護過ぎるか。ひとりも自分の力で頑張るって言ってたもんな」

 

 凄く死にそうな顔で、眉間に皺を寄せながらの発言ではあったけれど。

 言った後に1か月は後悔を続けて、撤回するか悩んではいたけれど。

 彼女が自分で頑張る、と言ったのだから自分はそれを見守らなければいけないだろう。

 

 それに、話してみれば意外に面白い彼女のことだ。ひょっとしたら高校ではすぐにクラスにも馴染み、軽音部なんかに入ったりしてバンドを組み始めるかもしれない。

 そこまでは行かなくても、クラスで1人や2人の気の合う友人を作るだけでもいい。友達とは数の多さではないわけだし、時間を掛けてゆっくりとバンドメンバーを探すのもいいだろう。

 

 俺も頑張らないとな……さて、寝るか。

 

ひとり

 4月xx日(金)  

既読
1週間お疲れ様。調子はどうかな?

既読
今日はクラス会でカラオケに行きます
 

既読
……ひとり?
 

初動に

失敗しました

既読
部活の仮入部期間って2週間はあるよね
 

既読
見学に行けば、他の新入生と話せないかな

既読
入部はしなくてもいいからさ

 4月xx日(金)  

ほかの1年生同士で仲良くなってて、

部室にも入れませんでした

……ごめんなさい

既読
謝らないで

既読
初心に戻って、席が近い人と話してみよう

既読
まずは朝の挨拶から!

 5月xx日(金)  

既読
1ヶ月お疲れ様。高校生活って大変だよね

既読
どうかな?クラスの人とはお話できた?

既読
……ひとり?

ハルくんの曲をギターアレンジしてみました

https://www.outube.com

/watch?V=xxxxxx

既読
ありがとう。アルペジオが綺麗だね

既読
ひとり

……はい

既読
今度下北でご飯でもいこっか

……行く

 

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