ぼっちちゃんの隣に幼馴染(男)を生やしたいだけの話   作:藤下

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第1話

 わたしの名前は後藤ひとり。今年から秀華高校に通っている、華の女子高生だ。

 

 ……すみません、嘘をつきました。女子高生ではありますが、華はありません。

 更に言えば頭はよくないし、運動もできないし、人の目だってまともに見れないし。

 おまけに、会話の頭に「あっ」って付けないと話もできません。小林製薬後藤です。

 

 悲しいことに、高校に入って1か月は経つけれど友達はできなかった。

 同じように初対面で知り合った筈のクラスの子たちが「えっまじー!?」なんて言いあいながら談笑しているのを背に、放課後のチャイムを境に家に帰るだけの毎日。

 「えっまじ!?」……そんな言葉が言えたら、わたしにも友達の1人もできるんだろうか?

 残念ながら、学校で口を開くのは出席を取る時と、授業で当てられた時ぐらいだけれど。

 学校の行き帰り以外は、ほとんど引きこもり一歩手前みたいな生活を送っている。

 社会から逃げ出したいなあと思いながら、どうにかこうにか毎日、朝焼けの空を眺めながら横浜から下北沢まで通っている半分ダメ人間です。

 

 でも、そんなわたしにも2つだけ誇れるものがあります。

 

 1つは中学3年間のほとんどを費やした、ギターの演奏技術。自分ではよく分からないけれど、動画サイトに上げた演奏動画は再生数も伸びてるし、コメント欄にも褒めてくれる人がいっぱいいるから、きっと人より、少しばかりは上手に弾けてるんだろうとうぬぼれている。

 毎日最低6時間の練習は、わたしの両手と両腕をギタリストのそれに変えてくれた。

 これは素直に自分を褒めてあげられる、わたしの唯一の長所だと断言できる。

 

 そしてもう1つは、こんなわたしなんかとずっと仲良くしてくれる"友達"の存在だ。

 彼の名前は有村 遥香(ありむら はるか)くん。

 小学校から同じ区にいる女の子に「はるかちゃん」がいたので、それからは間違えられないようにずっと「ハルくん」と呼んでいる。……それだけではなくて、友達をあだ名で呼ぶということに憧れがあったことも、もう一つの理由だけど。

 彼は……ハルくんは、深い緑色の髪を持つ、とても、とても優しい男の子だ。

 小さなころからまともに人と会話ができないわたしだけれど、彼はずっとわたしが発する会話とも言えない単語の断片を繋ぎとめて、根気よくコミュニケーションを取ってくれていた。

 もし彼がいなければ、わたしは高校生にもなることが出来ずに実家の押し入れから出られなくなっていたかもしれない。……この話はやめましょう。

 

 とにかくハルくんは、優しくて、頭も良くて、運動も得意で。

 そして何といっても、曲作りがとても、とても上手な人間だ

 

 いわゆるDTM(デスクトップミュージック)というもので作曲する彼は、不定期にオーチューブに動画を投稿している

 メインで投稿するのは合成音声を使用したポップスやロック風の曲が多いだけど、時にはバラードやジャズ調のメロディもあり、作曲の幅がとても広いのも有名だ。

 わたしよりも前に動画を投稿していた彼のチャンネルは非常に人気が高く、彼の作った曲を演奏する動画や、歌ってみた動画も数多くある。

 聞くところによると、実は音楽出版やゲームメーカーから声が掛かったこともあるらしい。その時は中学生で、諸々の手続きが面倒だ。ということで話は断ったようだけど。……あまり自己顕示欲が強くないところも、わたしとは違うところかもしれない。

 わたしも彼が曲を作るときに、ギター演奏パートに参加することがある。その為、彼の動画経由でわたしのチャンネルの視聴、登録に繋がることも多かったりする。彼にお礼を伝えたところ「ひとりのチャンネルから来てくれてる人も多いから、こっちこそありがとうね?」とのこと。

 ……人間が出来過ぎてないかな、この人。

 

 でも、ひとつだけ気になるのは彼のサブチャンネルのことだ。

 

 保管庫と名付けられたそこには、特に曲名も付いていない動画が乱雑に上げられている。

 動画の再生リストは「()」とか「()」とか適当な名前で、動画タイトルも「R」とか「T」なんて、英字1文字で雑に付けられたもの。

 いや、それ自体は特に変わったことではない。

 他の作曲者さんのチャンネルでも完成に至らなかった未完曲や、あるいは作曲途中の曲に名前を付けず一時保管することは珍しいことではない。

 

 何より特徴的なのは、その()()()()だろう。

 

 「()」のリストには40以上、「()」のリストに至っては100以上の動画が、まともな名前も付けられずに転がっている。

 さらに、それぞれの完成度も非常に高い仕上がりのものばかりだ。。

 普段のハルくんの動画とは毛色の違ったそれらの曲は、おおよそはロック調のものが多いが……

そのままヒットチャートに載っていてもおかしくないのではないか? とも考えさせられる、そういったレベルで完成された音楽が無秩序にアップロードされているのだ。

 メインチャンネルとは違ってまともな概要欄も説明もないそれらには質問が寄せられることも多かったものの、ハルくんはこの件に関しては一貫して無言を貫いているようだ。

 今では視聴者も慣れたもので、サブチャンネルについては『そういうもの』として扱われるようになり、公開当初は山のように来ていた問い合わせも今では殆ど来なくなったらしい。

 その時は「やっぱり治安いいよね、ここ」と笑っていた彼が印象的だった。

 ……自分のチャンネルの視聴者が、ということかな?

 それでも、時折来る問い合わせには目を通しているようだけど。

 

 そんなサブチャンネルについては、あまり彼が触れられくないことなのは分かっていたけれど、どうしても気になって一度だけ「なんで曲名を付けないの?」と尋ねたことがある。

 そんなことを聞かれた彼は、子供の頃からずっと一緒にいるわたしも、ほとんど見たこともない寂しそうな表情を浮かべていた。

 「本当は曲名もあるし、リスト名も決まってるんだよね」

 「え、じゃあメインのチャンネルに上げないのはどうして?」

 「生きた曲じゃないからなあ――おっと、口が滑った。これ、内緒ね?」

 「う、うん」 

 「……どっちが良かったかは今でも分からないけどさ。たぶん、後10年もすれば作れなくなっちゃうから。今の内に上げておきたかったんだよね」と寂しそうに笑う彼に、わたしは……あれ? なんて言ったんだっけ?

 ……よく覚えていないけど、そのあとに彼が笑っていたのは覚えている。

 やっぱり変なことを言って、いつものごとく記憶から消したんだろうなあ。

 ま、まあわたしがピエロになってハルくんが笑ってくれるなら本望だけどね。ふへへ。

 とにかく、そんなことがあって以来、わたしも彼のサブチャンネルについては言及しないようにしています。曲自体はやっぱり好きなので、今でも聴いているのだけど。

 

 さて。少し話が脱線したけれど、結局何が言いたかったのかというと……わたしの一番の(そして唯一の)友達であるハルくんはいつも優しくて、私が困ったときは助けてくれるということだ。

 

 つまり。

 

 

 

 

「うんうん。じゃあ、隣の席の人に『おはよう』って言えたんだね」

「うっ、あっ、でででも、き、聞こえてなかったかも……?」

「朝の教室は騒がしいからね、しょうがないよ。今度、もう一度頑張れるかな?」

「う、うんっ、ハルくんがそういうなら、がんばる……」

 

 放課後の下北沢で、人生相談に乗ってもらえるのも彼の優しさだということですね。

 下北沢高校の制服に身を包んだハルくんは、以前と変わらない優しさで、わたしの要領を得ない話を聞いてくれている。何だか、扱いがふたり(5歳児)に対するものと同レベルなような気がするのは、この際無視することにしよう。

 この1か月で荒んだ脳が急速に回復していくのを感じたわたしは、彼に頭を下げた。

 

「ご、ごめんね……?」

「え、なにが?」

「と、友達作りは最初が肝心だって言ってくれてたのに……」

「ああ~……」

 

 確かになあ、と苦笑する彼を見て胸の奥が痛む。

 はい、せっかく頂いたアドバイスを活かせず無意味にしたのはわたしです……!

 ああ。彼の半分、いや、十分の一でもコミュニケーション能力があれば、きっと今頃はクラス中の友達をこの公園に連れてこれたというのに!

 悔みに悔んで砂利地に膝をつくわたしの背を支えながら、ハルくんは小さく笑っていた。

 

「でもほら。友達はともかく、ひとりが元気そうで良かったよ」

「え、えっと?」

「無理して合わない子と仲良くなっても、ひとりが辛いだけだからね」

「ふぁ、ふぁい……」

 

 ぅっ、ううぅぅあああっ。……だ、だめだ。

 ここ最近は心が弱っていたから、ハルくんの優しさが五臓六腑に染み渡るぅぅぅ……

 元々ダメだけど、このままだと更に完全無欠のダメ人間になってしまう!

 な、なんとか話を変えよう。わたしの貧弱ボキャブラリー、頑張るんだ!話題を捻り出せ!

 

「は、はるくんは……友達、できた?」

 

 ……何を言ってるんだろうか、わたし。

 自分がコミュ障だからって、他の人を同類扱いするのは良くないと思うよ?

 そんなわたしの下らない質問を聞いて、彼はうーん。と腕を組んだ。

 

「クラスのみんなとLANEの交換ぐらいはしたけど」

「あっ、そっ、そうだよね」

「グループで何回か遊びに行っただけで、友達! って程ではないかも」

(……えっ。一緒に出かけたら友達じゃないの?)

 

 あ、でも、普通はやっぱりクラスで遊びに行ったりするんだ。

 わたしはこの大型連休は、ギターを弾いて、ハルくんとお話をして、ギターを弾いていたら終わってましたけどね。ただ連休中、彼が自宅まで遊びに来てくれたけどっ!

 約束を取り付けた妹にはお菓子を買ってあげたものです。だから、次回も……よろしく……!

 ちなみに彼は、他の日はクラスの子とカラオケや買い物に行ったりしていたそうです。

 

「ぶ、部活とか入ったりするの?」

「勧誘は色々あったけどね。今のところ予定はないかな」

「そっ、そうなんだ」

「ほら、やっぱり曲作りの時間なくなっちゃうし。毎日2時間でも月で40時間だよ? 調子が良ければ1曲作って動画編集してアップロードまで終わっちゃうよ」

「たたたっ、確かに!」

 

 ぶんぶんと首を振って同意する。

 そう考えると部活動っておそろしい。

 やっぱり帰宅部が一番だよね!

 

「しいて入るなら、軽音部ぐらいだったんだけど……」

「だ、だけど?」

「あんまりレベルも高くないし、参考になることもなさそうだから仮入部でやめちゃった。……あ、これ、失礼だから内緒ね?」

 

 ひとりのギターを聴き過ぎて耳が肥えたかも? なんて冗談めかして笑う彼に、思わず口から言語未満の何かが漏れそうになる。

 ハル君ってばいつもさらっと褒めてくれるから、毎回心臓が爆発するんだよね。

 あ、わたしの演奏で良ければ24時間いつでもお届けしますよ。

 サブスクリプション後藤です。料金は、わたしがお願いしたらいつでも褒めてください。

 ……ダメだ。延々と褒めてもらって、ギターが弾けずに解約される未来しか見えない。

 

「先輩たちには随分と引き留められちゃったけどね

「あ、そ、そうなんだ?」

「うちの学校って、あんまり楽器やる人が少ないみたいでさ」

「し、進学校だからかな?」

「そうかも。それで、器用貧乏な俺のことも買ってくれたみたいなんだ」

 

 き、器用貧乏ってそんな。

 ハルくんはDTMに生音を使いたいから、と言って自宅に様々な楽器を取り揃えている。

 電子ピアノ、エレキベース、バイオリン。それと、エレキギター。他にもフルートやホルンなんかの管楽器も揃えているらしいけど、普段の動画で使用されるのはこのあたりだ。

 ただ色々と手を伸ばしてるだけだよ、と彼は笑うけど、実際にそれらを弾きこなすところを見れば、器用貧乏なんて卑下するような言葉はとても掛けられない。

 ……それにしても子供のころから習っていた訳でもなく、独学でそれだけの楽器を覚えたとは。わたしは3年掛けてギターを覚えるのに精一杯だったんだけどなあ。

 

「軽音と言えばだけど。ひとり、今日は学校にギター持って行ってたの?」

「えっ!? あっ、あっ、う、うん」

 

 ふと気が付いたように、ハルくんがわたしの背中に指をさした。

 釣られて視線を向けると、朝から背負っていたハードケースが音を立てた。

 今朝、バンド女子感を前面に出せば誰か話しかけてくれるのでは……!? と思いついた時は大変な名案だと思ったのだけど、残念ながらいつも通りの1日でしかなかった。

 いや、むしろ周りには距離を取られてたような?

 ……やめよう。そこに気付いたら、心が壊れるかもしれない。

 

「良かったらだけど、久しぶりにセッションでもする? 俺もギター買ったしさ」

 

 せ、セッション!?

 

「やりたい!」

「わ、反応早いね」

 

 お、思ったより大きな声が出てしまった。

 自分でもびっくりしながら、彼の方を見る。

 

「ひとりとのギターセッションは一度やってみたかったんだよね」

 

 それは、わたしもだ。

 この2か月で成長したところをぶつけたら、褒めてくれるかな。

 ……あんまり変わってないとか言われたらどうしよう。死んじゃうかも。

 

「……技量的には、俺が胸を借りることになるけどね」

「ふ、ふへへ。ピックの持ち方とか教えようか?」

「急にマウント取り出したな……」

 

 どこか戦慄したような彼に疑問を覚えながらも、あれ? と首を傾げる。

 今まではわたしの部屋で一緒に弾いていたけれど、よくよく考えたらここは下北沢だった。

 どこで合わせるんだろう? もしかして、この公園で突発野外ライブとか開いちゃう?

 いやいや、それとも今から金沢八景まで一緒に帰るとか? しゅ、週末だしそれもいいよね。な、何なら、うちに泊まってもらってもいいし……ふ、ふたりが喜ぶからね!

 

「あ、言ってなかったっけ。うちのマンション、防音完備してるんだよ。規約も24時間演奏していいところにしたから、いつでも気にせず弾けるんだよね」

「あ、そ、そうなんだ?」

「いやー、やっぱり好きなだけ音を鳴らせる環境はいいね」

「た、確かに。うちも一軒家だけど、夜はヘッドフォン使わないと近所迷惑になっちゃうから」

 

 やっぱり都心のマンションって凄いんだなあ、防音室まで付いてるなんて。

 ヘッドフォンって付けてると耳が痛くなるから、長時間演奏すると疲れるんだよね。

 

「それか、スタジオ借りるのもありだね。下北って音楽スタジオ多くってさ、一度行ってみたかったんだよねえ」

 

 す、スタジオは確かにわたしも憧れがある。

 都心の大きなレコーディングスタジオで自分のアルバムを収録するのは、ミュージシャンなら誰もが持つ夢だろう。その収録風景は録画しておいて、アルバムの購入特典にするんだよね。

 

 で、でも今は……ハルくんの家の方が、とても気になる。

 ウェブカメラ越しにチラチラ見ていたその部屋は、新築なのかなと思わせるぐらい内装が綺麗で。彼の持つ楽器とか、趣味の機械が並べられているのが画面端に映っていたのを覚えている。

 ……あ、あれ? でももしかして、ハルくんの家に行ったら、2人きりになるんじゃ?

 わたし、大丈夫かな。緊張で死んじゃったりしない?

 

「どうする、ひとり? 俺はどっちでもいいけど」

 

 どちらにしろ、家までギター取りに帰らなきゃいけないけどね、と彼が続ける。

 ……そ、それならハルくんの家でいいんじゃないかな。

 ほ、ほら、そこからまた出かけるのも手間だし? 

 それに、スタジオだとお金も掛かっちゃうよね?

 うんうん、だからしょうがないよね。うん、しょうがない! よし、今からハルくんの家で夜通しセッションするぞー! あ、お母さんに今日は友達の家に泊まるって連絡しなきゃ。

 

「そ、それじゃあ、せっかくだしハルくんの……」

 

 お家にお邪魔しようかな。と続けようとした矢先。

 公園の入り口の方で、聞き慣れない叫び声が上がるのが聞こえた。

 

「あーーー! ギターーーーーーっっ!」

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