ぼっちちゃんの隣に幼馴染(男)を生やしたいだけの話 作:藤下
「ね? ね? それってギターだよね? もしかして弾けるの!?」
ひとりが何か言いかけたところで、公園の入り口から黄金色の影が飛んできた。よほど急いでいたのか、若干息を切らした女の子が矢継ぎ早にひとりへ話しかける。
サイドポニーにした明るい金色を揺らしながら、蘇芳色の瞳はどこか期待に満ちていた。
すわひとりの友人か? と思いきや、あわあわと口ごもるピンク色を見るにその線もなさそうだ。積極的に話しかけにくる金色ちゃんを前に、こそこそと俺の影に隠れてしまった。
「あ、ごめんね? 急に話しかけちゃって」
自分が焦っていたことに気付き、申し訳なさそうに瞳を揺らす彼女は悪い人ではなさそうだな。と思いながらも、とりあえず裾を掴むひとりをなだめる。
よしよし、知らない人に話しかけられてびっくりしたんだよね。
「すみません。この子、ちょっと人見知り気味で」
「そうなんだ。急に話しかけて驚かせちゃったかな?」
「あっ、あ、だ、大丈夫……です」
「いきなりごめんね。私、下北沢高校2年の
「あっ……えっと。後藤、ひとりです。秀華高校の1年です」
これは俺も名乗った方がいいかな。と一歩前に出たところで、伊地知さんが何かに気付いたように手を叩いた。
「そっちの男の子は、後輩くんだよね? うちの制服だしっ」
「はい。1年の有村……えと、
「有村くんね、よろしくっ……ん? どこかで聞いたような?」
屈託のない笑顔でこちらに手を振ったあと、小さく首をひねる伊地知さん。
なんとも表紙や仕草が柔らかくて、親しみやすい人だ。
顎に手を当てて考えていたものの、元の用件を思い出したらしい。
ひとりに向かって手を合わせて、そわそわとした表情を浮かべる。
「私ね、バンド組んでドラムやってるんだ」
「へ、は、はい……?」
「そこで聞きたいんだけど……ひとりちゃんはどれぐらいギター弾けるの?」
どこか祈るような表情で尋ねる彼女に、ひとりはそっと目をそらした。
「……そ、そこそこ。です。たぶん」
シンプルに嘘だ。
逆サバにも程がある。
ひとりで"そこそこ"なら、俺は"ほとんど弾けない"になってしまうのだが。
……伊地知さんはそんな答えに満足したのか、安堵したような溜め息をついた。
「そっかそっか! あのね、今ちょっっとだけ、困ったことがあってね?」
「はっ、はい?」
「無理だったら大丈夫なんだけど、ちょーーーっっっとだけ困っててね?」
「……な、何がですか?」
その言葉を待っていたかのように、伊地知さんが大きく両手を合わせた。
「お願い! 今日のライブで、サポートギターをお願いできないかな!」
「……ライブ?」
横からだが、思わず口をついた言葉に伊地知さんが頷く。
快活そうな大きな瞳が細くなり、大きく肩を落とした。
「うちのハコでやるんだけど、予定してたギターの子が突然やめちゃって……」
「それは……ご愁傷様で」
要するに「トばれた」のか。
バンドマンでもアルバイトでもありがちな話だけど、ライブ当日に発生するのはよっぽどだ。
それで慌てていたというのだから、流石に同情してしまう。
……とはいえ。もしかしてこの人、ギター経験者を探して街を走り回っていたのだろうか。
確かに下北なら歩いていてもギタリストにはぶつかりそうなものだけど……その行動力には目を見張るものがあるな。更に、それで
さて。後ろにいるひとりを振り返ると、一連の流れを聞いていたひとりと目が合う。
どこか助けを求めるような表情で、裾を掴む力が強くなった。
「ひとり?」
「むっむむむむむむむ、むぐりっ!?」
反射的に『無理』、と断ろうとしていたらしい。
言わせまい。彼女の両頬を抑え込んで発声を止める。
「ねえひとり。これは、チャンスだよ?」
「ひゃ、ひゃんふ?」
あっさり断ってしまうのはもったいない。
ひとりが組みたがっていたバンドじゃないか。
更に、人助けという副題までついてくる。
それに、元々初ライブなんて失敗するのが当たり前みたいなところもあるのに、ひとりはライブ初日に加入して、ロクな練習もせずに本番を迎えるんだよ?
こんなの、
こんな状態でライブできるなんてお得だよね?
「……むぐぐっ」
ちょっと心が揺らいだようだ。
別に、本当に失敗してもいいと思っているわけではない。
スキルはあるのに緊張しがちなひとりにとって、大事なのは気楽に弾ける環境づくりだ。
そして、更にダメ押しの一手。
「それにさ、そんな環境でライブを成功させてみなよ」
「?」
「それはもう拍手喝采だろうね。ヒーローさん?」
ぴかー、とひとりの瞳がきらめいた。
きっと今頃、頭の中にはステージで万雷の拍手を浴びる自分が浮かんでいることだろう。
もしかしたらその勢いでメジャーデビューまでしてしまっているかもしれない。
さて。
説得も済んだところで、ひとりを伊地知さんの前に突き出してみよう。
「ど、どうかな? ひとりちゃん、お願いできるかな?」
「ふ、ふへへ……や、やりますぅ」
後はひとりを伊地知さんに渡してお役御免……としても良かったのだけど。
ひとりが泣きそうな顔で服を掴んで離さないので、了承を貰って俺も同行することになった。
セトリの確認を行ったところ、幸いにして、予定曲は全てひとりの既知のものだったようだ。
「こ、このバンドの曲なら大丈夫です。ネットにカバー曲をあげたこともありますし」
「へー、そうなんだ。この曲も?」
「は、はい。バンド結成に備えて売れ線バンドの曲は全部弾けます……」
「しゅ、執念が凄いね……で、でもカバー曲って言えば、あの人思い出しちゃったな」
「あ、あの人?」
伊地知さんが頷いて、ひとりが背負うギターケースを指さす。
「"ギターヒーロー"さんって知らない? 有名な投稿者さんなんだけど」
「……ひ゜ぇっ」
「ひ、ひとりちゃん……?」
……予想していない名前が出たのか、ひとりの喉から搾られたカエルのような呻き声が響いた。
そそくさと手持ちのバンドスコアで顔を隠しながらこちらに寄ってくる。
「あ、有村くんは知ってる? ギターヒーローさんって」
「聴いたことありますよ。かなり上手いですよね」
「そうそう! あれだけ上手い人と一緒に演奏してみたいなー。……ネーミングセンスはちょっと痛いけど」
「……えっ?」
今度は、どことなく傷付いたような表情を浮かべるひとり。
……いや、そこは中学1年生のセンスで付けたものなんで勘弁してあげてください。
(ひとり? いいの、自分がギターヒーローだって言わなくて)
(むむむむ無理無理無理っ! 逆に聞くけどわたしがヒーローに見えるっ!?)
(……とりあえず黙ってよっか。俺も適当に話合わせとくね?)
俺の言葉を聞いてぶんぶんと勢いよく頭を振るひとり。
そして、何故かヘッドバンキングを始めたひとりを見て震撼する伊地知さん。
だ、ダメだ。今のひとりがギターヒーローだとバレたら精神にダメージが入る気しかしない。
ここは何とか隠し通さなくちゃ……。
「そ、そういえばギターヒーローさんが最近弾いた曲も良かったね。有村くんはチェックした?」
「えっ?」
「あー、まだ聴いてないな? "カナタ"さんっていう作曲家さんの曲なんだけどさ」
「……えっ?」
「私、あの人の曲も好きなんだよねー。何というか温かみ? があって絵も可愛いし! 性別は書いてないけど、名前からして女の人だよね。きっと!」
「……そうですね、きっと。俺もそう思います」
「ふ、ふへへ……虹夏ちゃん、中々分かってますね」
「急にどうしたひとりちゃん!?」
と、色々なピンチはあったものの……何とか誤魔化してライブハウスに向かうことになった
本番までに合わせの練習さえ出来れば、特に問題はないだろう。。
どうやらライブハウスは少し歩いたところにあるらしく、そう遠くはないようだ。
途中、揉めたのは全くの別件だった。
「え? お金はちゃんと払いますよ?」
「いやいや、こっちがお願いしてる立場でお金は貰えないよ!」
当然ながら、ライブハウスに入るには入場料が掛かるわけで。
財布を出しながら「チケ代は幾らですかね」と尋ねたところ、伊地知さんは慌てたように両手を振って遠慮を示した。
いや……その好意はありがたいけれど、俺の感覚で高校生バンドマンに自腹を迫るのは良心が痛むのだけど。
「それはひとりに、でしょう。俺の分は出しますって」
「もー、大丈夫だってば! こう見えてノルマもクリアしてるんだよ?」
絶対に受け取りませーん! と両腕を組んだ拒否のポーズをされて、渋々ながらガマ口を閉じる。
意外と頑固だな、この人。……せめて物販でもあれば売り上げに貢献するか。
財布を学生カバンに入れるところまで見守って、満足気に頷いた伊地知さんがようやく腕を下げたのだった。
「そういえば、有村くんは楽器弾かないの? ギターとか」
「俺ですか?」
うーん。
弾くかどうかで言えば、ギターもベースもピアノも、一通りは触るけれど。
あくまで生音を録る為に弾くだけで、通しで1曲演奏するようなことは殆どないんだよな。
たまに、ひとりとセッションしたりして遊ぶことがあるぐらいだ。
「――あっ! あっ、あのあの、ハルく」
「あんまり弾けないですね」
「そっかー。……あれ、ひとりちゃん何か言った?」
後ろで何かに気付いたようなひとりの声に被せて、伊地知さんに答える。
だって、ひとりの実力で「そこそこ」なんでしょ?
じゃあ俺なんて弾けない側の人間だよね? ……というのは、半分冗談だけど。
ひとりからすれば知人の俺にも一緒にステージに立ってほしい。あるいは、代打ちの代打ちをお願いしたいのかもしれない。
……けれど、ここは彼女の精神的成長の為にも、心を鬼にしなければ。
ひとりの夢のバンド活動を続けていくなら、いずれは絶対に通る道。
下手に最初に甘やかして、俺がいないとギターが弾けません……なんてことになったら、彼女の未来を閉ざすことにも繋がりかねないのだから。
「ひとり」
「えっ、あ、あれ、あの、ハル……くん?」
混乱して両目をぐるぐる回している彼女の肩に手を置く。
「観客席で、見てるからね」
「……ひぅ」
顔を赤くしてから青くして、もう一度赤くなったところで伊地知さんの声が掛かった。
どうやら目的のライブハウスに到着したらしい。
小劇場や個人居酒屋が立ち並ぶ街角の一角に、地下に続く短い階段。
【STARRY】と瞬くネオンランプの下で、伊地知さんがこちらに手を振る。
「おーい、ここだよー?」
「……ま、魔境?」
階下を見つめるひとりが、おののくように身体を震わせた。
ライブハウスが地下にあるのは、防音上の問題だから普通の作りなんだけどなあ。
「ほら、ひとり。行ってあげなきゃ」
「えっ。……は、ハルくんは?」
「俺は観客だから。先にひとりが入らなきゃ。ね?」
うぐぅと顔を顰めたひとりが、それでも頷いて、おそるおそると歩を進める。
伊地知さんに迎えられるまま階段を下り、そのまま扉をくぐる。
2人の後に続いて中に入ると、思っていたよりも整然とした空間に迎えられた。
タバコの匂いが染みついていなければ、足元の謎のベタツキもない。結構新しい物件なのかな?
「ここは……わたしの家?」
「ちがうよ!?」
何故か落ち着き始めたひとりを他所に周囲に視線を向けると、随分と若い子が多い。
待機中の子を見ても制服を着ているところを見ると、ほとんど女子高生? か女子大生?
……もしかして今日のライブってガールズバンド縛りでブッキングしてたりする?
それだと、元から俺が出れるわけもないな。……あぶなっ。
下手にひとりに希望を与えてたら、落差で死んでたかも。
「虹夏。やっと帰ってきたんだ」
「あ、リョウ!」
内心で安堵していると、奥から声がかかった。
伊地知さんが答えているところを見るに、この人もバンドメンバーかな?
瑠璃色のミディアムボブをピンでまとめ、切れ長の瞳は鮮やかな黄に光っている。
どこか浮世離れしたところもあるが、一貫して落ち着いた雰囲気の人だ。
彼女の前まで小走りに近寄った伊地知さんが、紹介するように手を向ける。
「この子はね、ベースの山田リョウ!」
「……こんにちは」
こちらをじっと見つめる瞳に、あまり関係ないながらも会釈を入れる。
その様子を見て、慌ててひとりも頭を下げた。
伊地知さんは続けてひとりの紹介に移る。
「でね、この子が後藤ひとりちゃん! 奇跡的に公園にいてくれたギタリストなんだ!」
「へー……そっちの子は、うちの後輩でも連れてきたの?」
そのまま、山田さんの視線がこちらに向けられた。
制服を見られているようだけど、この人も下北の先輩なのかな。
「その子は有村くん! ひとりちゃんの友達で、一緒にいたから連れてきちゃった!」
「伊地知さん、それはちょっと」
違うでしょう、と言いかけた。
冗談めかしているけれど、お願いして連れてきてもらったのは俺の方だ。
しかし、伊地知さんが人差し指を口元に当てるのを見て言葉を止める。
……自分が無理やり連れてきた、という体にしてくれるという訳か。
「うんうん、後輩くんは素直が一番だねー!」
指を戻した伊地知さんがにこりと笑って、俺の肩をぽすぽすと叩く。
もしかして、からかわれてないですかね。これ。
……意趣返しではないけれど、俺は壁に掛けてある時計を指さした。
「とりあえず俺のことは何でもいいんですよ。それより先に、合わせの練習した方がいいんじゃないですか?」
そういうと、伊地知さんが大きく頷いた
ついでにひとりの両肩がぴくりと震えた。
「そうだね。まだ時間あるから、スタジオに入って練習しようか」
「確かに! ひとりちゃんとも曲合わせしないといけないし!」
「あっはい……」
「そういえば、店長怒ってたよ。虹夏が勝手に抜け出したって」
「ひぃっ! お、お姉ちゃんのこと忘れてた……」
和和気あいあいと喋りながら、伊地知さんが先導してスタジオまで向かうようだ。
合わせ練習ももちろんだけど、MCで何を喋るかとか、曲の繋ぎはどうするかとか、入りのカウントはどう取るとか、ライブでは決めておかなければならないことがたくさんある。
演奏に関しては覚えのいいひとりだけど、チームプレイの練習はほぼない。
少ない練習時間で完璧に……とはいかないだろうけど、とりあえず形は作れるように祈っておこう。
そんなことを考えながら店奥に向かう3人に手を振っていると、数テンポ遅れでひとりがこちらを振り返った。崩壊しかけた顔面から滝のような汗が流れて、大口をあける。
「……えっ!? ちょ! は、はははははる、はるくんは!?」
跳ねるような動きで俺の元まで駆け寄ると、俺の腕を掴んで店の奥を指さす。
体育でもその動きが出来れば中学3年間の通知表が1にはならなかったろうに、と思いながらも俺は首を横に振った。
そりゃ着いて行ってあげたいのはやまやまだけどさ。
「いや、演者でもないのにスタジオに入るのはマズいでしょ」
「み゛っ」
これが自分でお金を出すレコスタとかなら話は別だけど。
ライブ当日のスタジオは出演ノルマをクリアした、あるいはノルマ代を払った出演バンドが使うためのものだ。
無関係な人間がうろちょろしていたら他の出演者にもいい顔をされないだろう。
……だから伊地知さんも「別に問題ないと思うけどなー」なんて顔してないで、早くひとりを連れて行ってください。
「何か起きたら呼んでくれてもいいから。頑張って、ひとり」
ううううぅぅぅぅぅあああああとドップラー効果を残しながら、運ばれていくひとり。
かわいそうではあるけど、これも彼女の為と思って涙を呑もう。
――さーてと、ドリンクチケットも貰ったし何か頼んどくか。
……ソフトドリンク少なっ。しかも炭酸ばっかじゃん……ウーロン茶くださーい。
それにしても。
「
……偶然にしては出来過ぎてないか? それとも、俺の考え過ぎか?
20年経っても出てこないから諦めてたのに、そういうことだったのか?
それにしては、性別がまるきり違うけれど。
他のバンドは名前や曲名が違うことはあっても、デビュー時期やメンバー構成がズレていたことはなかった……筈だ。俺が知ってる限りでは、だけど。
どうしたもんかなーと頭を捻っていると、ライブハウスの入口から息を切らした女性が入ってくるのが目に入った。
……いや息を切らすというか、ちょっと心配になるレベルで呼吸が荒い。
額にうっすらと汗も滲んでいるが、どこか体調でも悪くしたのだろうか。
「あの、大丈夫ですか? これまだ口付けてないんで、良かったらどうぞ」
「……あー。悪い、ちょっと、貰うわ」
顔を上げてこちらを見ると、一瞬ためらったもののドリンクカップを手に取る。
よほど喉が渇いていたのか、そのまま一息に中身を空けてしまった。
年のころは、俺より10は上だろうか? 少なくとも学生には見えないが。
喉を鳴らしてドリンクを流し込んで、ひと息ついたところで声をかける。
「もし体調が優れないなら、お店の人に言えば休ませて貰えると思いますよ?」
「あー、いや、そういう訳じゃないんだ。ちょっと走って疲れただけだから気にしないで」
まだ開演まで時間はあるけれど、もしかして出演者側の人で急いでいるのかな?
それにしては楽器も何も持っていないようだけれど。
疑問が顔に出ていたのか、彼女が苦笑してこちらを見る。
「ちょっと探し物があってな。ったく、あの跳ねっ返りはどこ行ったんだか……」
後半部分は独り言のようだったが、耳に入ったその言葉と容姿にピンと来るものがあった。
よくよく見れば抜けた黄色の髪に、濃い赤紫の瞳。つい先ほど遭った人によく似ている。
「もしかして、伊地知さんですか?」
「あ? そうだけど、どっかで会ったっけ?」
「……すみません、言い方が悪かったですね。探していたのが伊地知虹夏さんであれば、今はスタジオ入りしてますよ。自分の友人と、音合わせしているところです」
「……は?」
なるべく簡潔に事実を伝えると、あきれたような声色で目を見張った。
きょとん、と目を丸くしてこちらを見る姿はやはり伊地知さんにそっくりだ。
そのまま3秒ほどかけて事態が呑み込めたのか、大きな溜め息をつく。
安堵と疲労が織り交ざったような、深い吐息だった。
「……あー。ちょっと、詳しい話聞かせてもらってもいいか? ドリンクも淹れ直すよ……」