ぼっちちゃんの隣に幼馴染(男)を生やしたいだけの話   作:藤下

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第3話

 カウンター裏のスペースで、パイプ椅子に腰を掛ける。

 詳しい話と言っても、さして長話にはならないだろう。口を開く。

 

 自分とギターケースを持った友人が、ライブハウス近くの公園にいたこと。

 そこに、ギタリストを探していた伊地知さんが通りがかったこと。

 今日のライブに欠員が出た為、出演をお願いされたこと。

 それを了承して、つい先ほどこのライブハウスに到着したこと。

 

 そんな内容を淡々と伝える。

 説明を終えたところで新しいウーロン茶に口を付けると、またも大きな溜め息が聞こえた。

 見れば、伊地知さんが眉間に大きな皺をつくり、こちらに頭を下げていた。

 

「……虹夏が迷惑掛けたみたいだな。悪かった」

「いえ、直接手を貸しているのは友人ですし。それに、彼女も以前からバンドをやりたがっていましたから。これも渡りに船だったのかもしれません」

「そう言ってもらえると助かるけどな」

 

 まあ、本番直前に街中でギタリストを探すのが無茶だというのは同意見だ。

 いくら下北沢と言えど、飛び込みでライブに参加してくれる人材を見つけるのは至難だろうに。

 

「事情が事情だからな。私も出演キャンセルでいいとは伝えたんだが」

「伊地知さんが断ったんですか? それとも、山田さんが?」

「虹夏の奴がギリギリまで代役探すってな。最悪、リョウと2ピースでやるとか騒いでたけど」

「へえ、ロイヤルブラッドみたいでいいですね」

「……プレイするのは邦ロックのコピーだぞ?」

 

 じとりとした瞳でこちらを見つめる伊地知さんだが、その表情は先ほどよりも和らいでいた。

 ライブハウスの店長という立場だけでなく、伊地知さんの姉としても妹のライブが流れるのは心苦しかったのだろう。

 いくらか軽口を叩いて空気が緩んだところで、少し言いづらそうな口が開かれた。

 

「で、その虹夏が連れてきたっていう子は……あー。その、どうなんだ?」

 

 言葉を濁しながら尋ねてきたのはひとりのことだった。

 はっきりと質問できないのは、流石に妹が無理やり連れてきたギタリストの腕に文句は付けられないからだろう。伊地知さんの質問の意図を読み取って、それに回答する。

 

「上手いですよ。……実力が発揮できれば、ですけど」

「あん? どういうことだ?」

「何せひとりは、人見知りで、引っ込み思案で、気弱で、へっぴり腰な人間ですから」

「……ちょっと言い過ぎなんじゃ」

 

 そうかな。なるべく控えめに表現したつもりだけど……

 

「1時間前に初めて会った人と呼吸を合わせて演奏できるかというと……どうでしょう」

「あー。チームプレイの経験がないのか」

「そういうことです」

 

 逆に、ひとりが自分から前に出るタイプならマシだったかもしれない。

 長年培った技術力を武器に、このステージを独壇場に変えてしまうことも出来ただろう。

 ……その場合は逆に、ドラムとベースが息苦しいことになるかもしれないが。

 

「……人と合わせたこと自体はあるのか?」

「しいて言うなら、俺とのセッションぐらいですね」

「え? お前も何か楽器やってんの?」

 

 へえ、と意外そうに手元に視線を向けられる。

 

「齧ってるようなもんです。ただ俺は10年来の付き合いなので、ひとりも流石に緊張はしないですけどね」

 

 何せ、ひとりがギターを始めたその瞬間から今までずっと、一緒に音を鳴らしてきたのだ。

 彼女にとっても全ての音を知られている以上、変に入れ込むこともあるまい。

 

 

 

「なるほどな。事情は分かったよ」

「ま、結局は開けてみないと分かりませんね。もし良ければ伊地知さんも、妹さんのついでにでも応援してやってください」

「……私は店長だから、特定のグループを応援することはないけど」

「その割には、随分と妹さんのバンドを気にかけますね」

「……別に。当日キャンセル入りそうなバンドがいたら注意するだろ」

「ふーん。へー。そうなんですねー。なるほどー」

 

 伊地知さんは俺の言葉にそっぽを向いてぶっきらぼうな態度を取るが、頬がぴくぴくと動いているのが目についた。残念ながら本音が隠しきれていない。

 妹さんは素直な風だったのになあ……などと内心で考えているのがバレたのか、伊地知さんは俺の両頬を引っ張るようにつねってきた。

 

「い、いひゃいんですが!?」

「ああ、悪い。顔に蚊が止まってたから」

 

 両頬に!?

 

「ご、ごめんなひゃいって、いじちさん!」

「虹夏ならスタジオだろ」

「せーかさん!」

「……ったく。あんまり大人をからかうなよな」

 

 こちらが半泣きになりながら名前を叫んだところで、ようやく頬の所有権が俺に戻ってきた。

 大人というなら、高校生にマジにならないで欲しいんですが……

 ニヤニヤする星歌さんに見つめられながら頬が千切れていないかを確かめていると、背後から震えた声が聞こえてきた。

 

「お、お姉ちゃん……何してるの?」

「あ、伊地知さん」

「有村くん、大丈夫? 変なことされてない?」

 

 いつのまにか後ろに立っていた伊地知さんが、青ざめた表情を浮かべてこちらを伺っている。

 こちらを見てさっと表情を変えると、俺と星歌さんとの間に割って入る。

 何故だか伊地知さんの背に庇われる形になり、視線が塞がれた。

 

「変なことってなんだよ、おい」

「男子高校生を裏に連れ込んで泣かせて、自分の名前を呼ばせてることだよ!」

 

 沈黙が生じた。

 確かに、傍から見ればそう思われる光景だったかもしれない。

 

「……おい待て。なんか誤解してるだろお前」

「あー近づいちゃだめだめ! スターリーに変な噂流れたらどうすんの!? こないだオープンしたとこじゃん!」

 

 少し慌てたような星歌さんが弁明しようと立ち上がるが、その肩を伊地知さんが抑える。

 そして、その陰から星歌さんと視線が合った。

 (お前も何とか言え)とでも言いたげな雰囲気に俺は頷くと、口を開いて弁解を行う。

 

「伊地知さん、待ってください。星歌さんは悪くないんです。俺が悪いんです」

「DV被害者みたいになってる!」

「なあ、実の姉に対しての信頼度低くないか?」

 

 伊地知さんは聞いていられないとばかりに耳を塞いで頭を抱えている。

 どうも誤解が解けないが……一旦、それは後回しにしよう。

 わざわざこちらを探していた様子だった以上、何か用事があったのではないですか?

 

「あ、そうだっ。有村くんにちょっと来てもらいたかったんだ。いいかな?」

「構いませんけど……何かトラブルでも?」

「ちょっと()()()()()()がね。とりあえず、スタジオまでお願い!」

 

 伊地知さんに腕を掴まれて、慌てて席を立つ。本番まで幾分も時間がないはずだ。

 何があったのか分からないが、急がなければいけないのは確かだろう。

 

「すみません、ちょっと失礼しますね」

「ちゃんと誤解解いとけよ。いや、マジで」

 

 星歌さんに頭を下げてその場を立ち去ろうとすると、切実そうな響きでお願いされる。

 任せてください!

 

 

 

 

 

「いや、本当に何もありませんでしたよ。ちょっと顔が痛いだけです」

「うん、大丈夫だよ……! 私は分かってるからね……!」

「分かってなさそうだなあ」

 

 誠心誠意の説明をしているのだが、伊地知さんは両腕を組んで何度も頷くばかりだった。

 小声で(お姉ちゃん、婚期逃しておかしくなっちゃったのかな……)と呟いているのは聞かなかったことにしておこう。星歌さん、そんな歳でもない気がするけど。

 ……切り替えて、本題に入ろう。

 

「それで、結局何があったんですか? ひとりのことですよね?」

「あっ、うん。そうだね。とりあえず見てもらった方がいいかも」

 

 そう言いながら伊地知さんがスタジオのドアを開ける。

 まずは先ほどのベーシスト・山田さんと目が合った。こちらの顔を見て大きな頷きを見せる。

 何について頷いているのかは分からないが、そのまま部屋を見渡しても他に人影はなかった。

 

「ぼっちちゃんは?」

「まだその中」

 

 2人の会話を聞きながら視線を向けると、そこには人ひとりがすっぽりと入りそうな段ボールが佇んでいた。わずかにカタカタと震えているところを見るに、この中にひとりが隠れているらしい。表面に書かれた完熟マンゴーの文字が哀愁を漂わせる。

 

「そういえば、ぼっちちゃんというのは?」

 

 俺が疑問を投げかけると、伊地知さんが焦ったように大きく手を振った。

 何事か言おうと口をぱくぱくさせている間に、山田さんがズバリと告げる。

 

「あだ名。()()()だからひとり()()()から取った」

「あーもー、リョウ! 言い方ってものがあるでしょ!」

 

 伊地知さんがぽこんと山田さんの肩を叩くと、おそるおそるこちらを振り返る。

 どうやら不名誉にも聞こえるあだ名に、友人である俺の機嫌を損ねていないかと不安らしい。

 しかし、ぼっちか……うん。

 

「いいあだ名ですね」(ごっちみたいで)

「こっちも喜ぶの!?」

「これが幼馴染の絆……って奴だね」

 

 どうやらひとりもあだ名に満足しているようだし、それならば俺から特に言うこともない。

 

「で、ひとりは何故だんぼっちになってるんですか? 演奏が上手くいかなかったとか?」 

「そんなことはないんだけど……ね、リョウ。ぼっちちゃん上手だったよね」

「普通だった」

「ちょっとは歯に絹着せんかい!」

 

 普通、か。悪くない結果だけど。

 その割りに引きこもっているのは何があったのかな。

 

「ぼっちちゃん、本番前でかなりアガっちゃてるみたいで……有村くんがいてくれたら落ち着けるかもって思って来てもらったんだ」

「……なるほど。状況は把握しました」

 

 何とか勢いでライブまで持ち込めないかなと思っていたけど、やはり難しかったか。

 俺を呼んだのは、どうにかひとりを元気付けて欲しいということだろう。

 その前に、と2人を振り返って確認しておく。

 

「他の準備は終わってるんですか? MCとか」

「ぼっちがハラキリで盛り上げることになった」

「なってないよ!?」

 

 ひとりの生命の継続を掛けたハラキリチャレンジはやめてあげてください。

 ……どうやらMCは伊地知さんの小粋なトークで盛り上げるらしい。

 頑張ってくださいね。

 

「ひとり。おーい、聞こえてる?」

 

 部屋の片隅で震える完熟マンゴーに視線を向けるが、外の声が聞こえていないのか反応がない。

 こつこつと段ボールにノックをすると、ふた呼吸ほど置いて覗き窓が開いた。

 びくびくした様子のひとりが顔を突き出して周囲を見渡す内に、俺と目が合う。

 瞳から消えていたハイライトがうっすら灯り、一文字に結んだ口元が少しだけ緩んだ。

 

「は、ハル君……?」

「なんだ、思ったより元気そうだね」

「……あれで?」

「リョウ、しーっ」

 

 後ろで疑問の声が上がるのをスルーしつつ、ひとりを見つめる。

 思えば昔、中学の教室で誰も知らないデスメタルを流し、黒歴史を作った翌日に比べれば生気がある方だ。あの時は自室の押し入れで泣きながら自作の70年代風フォークを奏でていた。曲の完成度に少しだけ引いて、何とか学校まで引っ張り出したものだ。

 うっすらと涙目でこちらを伺う現在のひとりには、とりあえず出てきてもらわなければならない。そうして出窓に向けて手を伸ばすと、慌てて奥に引っ込んでしまった。

 ……ふーん。そういうことするんだ。

 

 俺は完熟マンゴーを軽く持ち上げると、するりと身体を滑り込ませた。

 

 

 

(――は、ハルくん!?) 

(……思ったより広いな。これ、元は何の箱だろう)

 

 外から見ても大きな段ボールだったが、俺とひとりが入っても多少の余裕がある。

 とりあえず、あわあわと取り乱している様子のひとりに声を掛けよう。

 

(落ち着きなよ。今まで何回も押し入れで収録したでしょ? あれと似たようなもんだよ)

(それは……確かに、そうかも)

(……というか、本当に似てるな。ひとりの家を思い出すかも)

(や、やっぱりそう思う? わたしもいつもの環境と同じで、ちょっとだけ落ち着くんだ)

 

 ぼそぼそと小声で話していると、ひとりの声に落ち着きが戻ってきた。

 子供のころ……それこそギターを弾き始めるずっと以前の幼稚園に通っていたころから、ひとりは狭いところが大好きだった。

 幼稚園や小学生の間も、よくひとりの部屋の押し入れに一緒に入っていた記憶がある。

 大概は泣いているひとりを慰める為だったけど。

 

(そ、その話はやめない……?)

(そう? じゃあ、この後の本番について話す?)

(う゛っ)

 

 ぐう、と苦し気に胸を抑えるひとりの頭を撫でる。

 どっちにしろライブ開始の時間は迫っているのだけど。

 

(わ、分かってるよぅ。大丈夫、ちゃんと弾くから……心の準備をしてるだけで)

(そっか。もしかして、この箱に入ったまま弾くんじゃないかと冷や冷やしたよ)

(あ、それはリョウさんにも言われた。怖いならこの中で演奏したら? って)

(ひとりがその提案に乗ってなくて安心したよ)

(あっ、でででも、箱に入ってたらハルくんの隣で弾ける……!? いつもと同じ環境……!)

(お願いだからやめてね)

(……はい)

 

 本気でいい発想だと思っていたのか、滂沱の涙を流しながら横になるひとり。

 

(床は汚いよ。……それに、今日弾く曲は別に難しくないでしょ?)

(そっ、それはそうなんだけど)

(だけど?)

(……お客さんの前で弾かなきゃいけないって考えると、心臓が爆発しそうで)

 

 それはそうだ。

 どんなバンドマンだって……いや、バンドに限らず何だって、人前で何かを発表するということは緊張とは切っても切り離せないことだ。

 ただ、ひとりの場合はそれが非常に顕著に表れてしまうのだけど。

 

(緊張して変なミスしたらどうしよう、とか思うと身体が震えて)

(……そんなに自分が信じられない?)

(じ、自分ほどこの世に信頼できないものはないよ……!)

(おお……ある意味で凄い信頼。でも、伊地知さん達ともちゃんと合わせられたんでしょ?)

(そうだけど……いつもの実力も全然出せなかったし……)

 

 うじうじと、地面にのの字を書くひとりに思わず苦笑してしまう。

 失敗するのも経験のうち。

 むしろバンドを始めたての今こそ、たくさん失敗しておくべきなんだけど。

 でも高校生になりたてのひとりに、そんなことを言っても仕方ないか。

 少し切り口を変えようかと、ひとりの手を取る。

 細くて少しだけ芯が硬くなった指先は、ひとりがギタリストとして作り上げた努力の結晶だ。

 握った手のひらからさっと全身が赤くなり、ひとりの身体が蒸気を上げた。

 

「んんんんんんんな!? は、はる君!? ななななに!?」

「自分の腕は?」

「えっ?」

「3年間磨いてきたギターの腕も、信じられない?」

「そっ、それは……」

 

 中学1年生になってすぐにギターを始めてから、もう丸3年間。

 学校がある平日でも1日6時間以上。

 土日や長期休暇にはほぼ丸1日に近い時間をギターに費やしてきたことを、俺は知っている。

 

「難しく考えなくていいんだよ。今、自分が出来ることをやるだけでいいんだ。折角のライブなんだから楽しまなきゃ損だよ?」

「そ、それでも失敗したら?」

「その時は……後で泣こう。いつもみたいに」

「え、ええー……わたし、そんなにいつも泣いてるかな」

「うん」

 

 素直に頷くと、ぷくりとひとりの頬が膨らんだ。不満そうだ。

 だが今までの積み重ねを思い出したのか、悔しそうに顔を引きつらせる。

 そして頭をふるふると揺らして、いつもの彼女に戻った。

 

「……う、うん。上手くやれるかは分からないけど、やってみる」 

「行けそうかな。それじゃあ、俺は客席で観てるからね」

「えっちょ、ま、まだ一緒にいてくれても……」

 

 

 

 

 立ち上がった俺の脚に縋るひとりの頭を軽く撫でて、段ボールを脱出する。

 暗所にいた所為か、少し照明の光が眩しい。

 

「あ、出てきた」

「有村くん……ぼっちちゃん、大丈夫そう?」

 

 両目をつまんでいると、待っていてくれた2人から声がかかる。

 伊地知さんは心配げな表情を浮かべていて、山田さんも無表情ながらもどこか気遣うような視線をこちらに向けていた。

 

「ええ。本番までに精神を統一するとのことです。な、ひとり」

 

 段ボールをぽすぽすと叩くと、覗き窓から半笑いのひとりが顔を覗かせる。

 それを見て2人とも安心したように胸を撫でおろしていた。

 

「それじゃあ、ひとりにも言いましたけど俺はフロアに戻りますので」

「本番までいてくれてもいいんだよ?」

「いえ、やはり演者でもないのに舞台裏にいるのは性に合わなくて」

 

 客席から応援します……と伝えてスタジオを離れようとしたところで、思い出した事があった。

 ほんの少し怖いけれど、これを聞いておかないと応援も出来ない。

 俺は意を決して伊地知さんを振り返る。

 

「そういえば、バンド名を伺ってませんでしたけど」

「う゛っ」

「なぜ渋い顔に」

 

 他愛もない質問の筈なのに、どうしてか伊地知さんが丸い瞳を泳がせて額に汗を浮かべる。

 返答を待っていると、返ってきたのは隣からのにべもない一刀だった。

 

「結束バンド」

「ぎゃーっ!」

 

 どこか誇らしげにそう告げる山田さんに、間髪入れずに悲鳴が上がった。

 

「私のネーミングセンスが光る傑作」

 

 ぶい、と山田さんが無表情のまま指を突き立てる。

 ははあ。ひょっとしてこの人、結構な変わり者だな?

 

「傑作のわりに、伊地知さんの顔が真っ赤になっていますが……」

「あれは照れ隠し。気にしなくていい」

 

 肩で息を荒げる伊地知さんが、何事か叫びながら髪を搔きむしる。 

 うっすらと涙を浮かべているところを見るに、照れ隠しには見えないのだけど……伊地知さんのことをよく知っている訳でもないし、バンドメンバーが言うならそうなのかもしれない。

 

「あー、もー! ぜったいダメだって、このバンド名!」

「インシュ・ロックでもいいよ」

「言い方変えただけじゃねーか!」

「ライブ中に酒飲んでそうな名前ですね」

「! ……それもロックだね」

「捕まるわ! なんで満更でもない顔してんの!?」

 

 はあはあと一通り突っ込み終えた伊地知さんが、幽鬼のような表情でこちらに視線を向ける。

 

「有村くんも! 結束バンドに反対してよ、ギャグじゃん!」

「いい名前だと思います」(あのバンド名(あじあんかんふー何とか)じゃなくて良かった)

「ぐあぁー! この中に私の味方はいないのか!?」

「虹夏、あんまり本番前に騒ぐと疲れるよ」

「誰の所為だ、誰の!?」

 

 ぎゃーぎゃーと仲良くはしゃいでいる2人をバックに、今度こそスタジオを去る。

 安心したらお腹すいてきたな……なんかフードとかあったっけ。

 星歌さんにでも聞いてみようかな。

 

 

 

 

 

「お、帰ってきたのか」

 

 スタジオを離れてフロアに戻ってきたところでカウンター越しに声を掛けられた。

 見れば頬杖をついた星歌さんが気だるげにこちらを見ている。

 ……眉間が薄く顰められているところを見れば、こちらを心配してくれていたようだけど。

 

「あー……トラブルって言ってたけど、解決したのか?」

「ええ、何とか。連れが少しナーバスになっていただけで」

「そうか。問題なくスケジュール進行出来そうで助かったよ」

 

 そんなことを言いつつも、星歌さんの眉間からは皺がなくなっていた。

 ……少し笑ってしまっていたのか、じとりとした視線が向けられたので頭を下げておく。

 

「で、虹夏の誤解も解けたんだろうな」

「最終的には、星歌さんが開業したての店を回すのに疲れが溜まっていた……という話になって、事なきを得ました」

「それ、事無くなってるか……?」

 

 いや、いくら何でも実の姉を本気で疑うことはないと思いますが。

 

「というか、流れで星歌さんと名前で呼んじゃってますね。失礼なら変えますけど」

「……別にいいけど。それよりお前の名前は? 聞いてなかったよな」

 

 そういえば、色々あって名乗ってなかったっけ。

 改めて星歌さんに向かいなおり、今更ながらに今世での名前を告げる。

 

「遥香です、有村 遥香(ありむら はるか)。妹さんと同じ下北沢高校の1年生ですよ」

「ふーん。いい名前じゃん」

「たまに女の子と間違えられますけどね」

「リョウの奴も似たようなこと言ってたよ」

 

 確かに、山田さんも中性的な名前だ。

 とはいえ彼女のユニセックスな雰囲気にはよく似合っていると思うけど。

 

「で、星歌さん。フードメニューとかないですか? 昼から何も食べてないんで、どうもお腹空いちゃって」

「あー……軽食ぐらいしかないな。それに、もうライブ始まるから注文締め切るぞ」

「うぐ……終わってから食べて帰ることにします」

「……しょうがないな、ほら。私の昼のあまりだけど」

「おかかおにぎり……!」

 

 腹の虫を鳴らしているのを憐れんでくれたのか、星歌さんが呆れ顔でコンビニおにぎりを寄こしてくれた。

 非常にありがたい。この高校生の身体って、何をしていても腹が減るんだよなあ。

 ――星歌さんに礼を言ってパクついていると、いよいよライブが開演しめたようだ。

 ステージには高校生ぐらいの女の子たちが壇上に上がり、慣れた様子で演奏を始める。

 流行りのバンドのコピーだが、意外に悪くない。

 言い方は悪いが、もっと身内ノリでのみ成り立つようなライブかと思っていたのだが。

 そんなことをオブラートに包んで呟いていると、ぽすりと頭に手を乗せられた。そのままぐりぐりと頭頂部に拳がめり込んでいく。

  

「あのなあ。一応ウチでは、最低限の音源審査はしてからステージに上げてんだよ」

「へえ。じゃあ、伊地知さんの結束バンドも審査したんですか?」

「……おい、この転換の後が虹夏達の演奏だぞ」

「星歌さん……?」

 

 何故かそっぽを向かれたが、話し込んでいる内に伊地知さん達の順番になったようだ。

 伊地知さん、山田さん、そしてひとりが壇上に上がる。

 慣れた様子で気負う様子もない山田さんに、少し緊張していそうだけれど笑顔を見せる伊地知さん。そして、引きつった顔でギターを構えるひとり。……じっと見つめていると、一瞬だけ目が合った。ここで声を掛けても逆に緊張してしまいそうなので小さく手を振ってみると、少しだけ口元が緩んだ……ような気がする。

 そうして、ドラムの伊地知さんのカウントを皮切りに演奏が始まった。

 

「……あのピンク髪がハルカの友人か?」

「ええ。後藤ひとりって言って、俺の自慢の幼馴染ですよ」

「ふーん……」

 

 思ったよりは、弾けている。

 それが正直な印象だった。

 励ましはしたけれど、ひとりなら緊張でガタガタになっていてもおかしくはないと考えていたが。少なくとも、さっき出演していた女子高生のバンドと比べても、遜色がない程度の演奏にはなっている。

 それでも……。

 

「散々脅すようなこと言ってたけど、普通にギターの子弾けてるじゃん」

「うーん……まあ、そうですね」

「……何だよ、意味深だな」

 

 普段のひとりの演奏を聴いていたら、もっと出来るのに……! とか考えてしまうんだよなあ。

 コードは伸びてないし、カッティングにもキレがないし、ミュート甘くて雑音出てるし、チョーキングもピッチがズレてる。

 いつものひとりを基準にするなら、精々2~3割の実力を出せていれば御の字といったところじゃないだろうか。

 

 だけど、舞台上のひとりが必死にピックを振るう姿はどこか楽しげで、このライブで演奏していることそのものが喜ばしいとばかりに弦を掻き鳴らしている。

 だから、今は細かいことは忘れよう。

 

「楽しそうですよね、3人とも」

「……そうだな。改めて、お前らが来てくれて助かったよ」

 

 ブッキングライブでのバンド1組あたりの持ち時間は短い。

 さくさくと3曲ほど演奏し終えると、挨拶もそこそこにひとりたちはハケてしまった。

 そして転換が入り、次のバンドが出てきて――。

 

 

 

 

 

「あれ、PAさーん。この機材はどっちですかー?」

「あっ、それは奥ですねぇ。スタジオ前に適当でいいので置いて貰えれば大丈夫です」

「りょーかいでーす」

 

 ライブが終わってしばらく、俺は自分から申し出てライブ撤収の手伝いをしていた。

 何せひとりが世話になり、チケット代も払わず、更におにぎりまで頂戴してしまったのだからそのまま帰る……というのも、気が引けてしまったのだ。

 星歌さんやPAさん達他スタッフの人も気にしなくていいとは言ってくれたが、逆にこちらが気にしてしまうから手伝わせてほしい……と伝えると撤収作業を任されることに。

 駅までひとりを送ってから、スターリーでの残作業を片しに来た。という訳だ。

 

「よし、こんなとこだろ。……お前ら―、撤収完了ー! 各自帰宅していいぞー!」

 

 機材の運搬や、掃除をしている内に作業が完了し、星歌さんがスタッフに完了の号令を掛ける。

想定より早く終わったようだ。臨時で手伝っていただけの俺も、スタッフさんから労いの言葉を貰いつつ帰宅の準備を進める。

 

「それじゃあ星歌さん、俺はこれで失礼しますね」

「おう、お疲れさん……やっぱ男手があると助かるわ。うちは女スタッフが多いからな」

「はは。またひとりがお世話になるようなので、良くしてやってください」

 

 お疲れ様でーす。と全体に声を掛けて、久しぶりに地上に上がる。

 いやあ、うん年振りだと働くのも悪くないなー……と思っていたら、階段の最上段では涙交じりの嗚咽が響いていた。

 

「うう……結束力全然ないじゃん……」

「あれ、伊地知さん? こんなとこで何やってるんですか?」

「あ、有村くん! 聞いてよもうーっ!」

 

 どうやら話を聞くと、ひとりの歓迎会&初ライブ反省会を企てたものの、当の本人は『疲れたから』と帰ってしまったらしい。更に、山田さんは『眠いから』とパスをして、つい先ほど帰ってしまったとのこと。

 うーん、確かに名前負けだ。

 

「あ、でも有村くんは元気だよね。ライブもしてないし!」

「えっ。でも俺、別に結束バンドじゃない……」

「ほらほら、細かいこと気にしてないで行くよー。ファミレスでいいよね! 来ないと泣くよ!」

「あ、思ったより心に来てたんですね……」

 

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