女は放浪者の遥か下方でザクロになっていた。
「いっそこのまま…」
事を終えた後も放浪者は漂い続ける。
空居力を使い果たした後も居られるのは、どこぞの神の温情か。
正直な話、万葉は全てを理解したわけではなかった。
それも当然、神ですら逃れられない権能によってかき消されているのだ。
目の前の出来事にはただ困惑していたのだ。
なので、行動が遅れてしまったのも仕方のないことであった。
地を濡らす鮮血は灼熱の蝶へと変わり、肉は氷と化す。
その光景はまさに──
放浪者が意を決し、下降した時にはもう遅い。
太陽ほどの灼熱の蝶は、万葉を包んでいた。
「いや、それは違うだろ。」
「死ぬのなら自分のはずだったと?」
女の手には邪眼が握られている。
「あの方が身罷られた時、一匹の蝶が私の元に現れたのです。」
「長々と聞く気はない。」
放浪者はすぐさま万葉を引き剥がす。
「ほうろう、しゃ。」
「喋らなくていい。すぐに助けを呼ぶ。必ずだ。」
「これ、を」
言い終えると、万葉は意識を失った。
その手には光を失った雷の神の目。
一瞬躊躇したが、放浪者はそれを受け取り、目の前の敵へ向く。
「もうよろしいですか?私の目標はあなたではありません。この稲妻そのもの、そしてあの旅人。これ以上時間を食ってられないのですよ。散兵様。」
「その名で僕を呼ぶと言うことが、どう言うことか教えてやろう。」
光のない神の目に、放浪者のエネルギーを通す。
その瞬間、誰のものかもわからない記憶が流れ出した。
「彼を助けてやってくれ。」
「放浪者として?それとも国崩として?」
「どちらでもいいさ、使う力ごときで、君の在り方は変わらないよ。」
「僕に、稲妻を救う気はないよ。」
「同じことさ、やることは変わらぬはず。そのための力は貸すよ。」
辺り一面が氷と炎に包まれる。
その場にいるだけで、まるで魂を削られてるかのようだ。
「劫火の抱擁!」
炎が放浪者を包む。それを、
放浪者は避けることなく受けきった。
「!?」
「ありがとう。冷めていた感情を熱してくれて。では、こちらも始めさせてもらおう。」
女の動きが止まる。というより、身動きが取れなくなっている。
「ぐっ。一体、なにを」
「悪いが、執行官として戦わせたのはそちらだよ。」
放浪者は、敵の怒りを利用し、動きを止めた。
そこに容赦なく雷が降る。
「そもそも、序列が違う。執行官の能力を使えば勝てるとでも思ったのかい?それとも精神を揺さぶれば?」
「そんなんじゃ、絶対的な差は埋められない。」
「終わらない終わらない終わらない!あの方を、淑女様をこんな辺境の地で終わらせた蛮族どもに!」
「申し訳ないが、未来を失った者に興味はないのさ。」
「クソ、人形風情がァァァ!」
放浪者の雷は、女の血を全て燃やし切るまで落ち続けた。
「あなたは今、どっちなの?」
「僕は僕さ。ただの放浪者だよ。いや、君の前では か。」
「ならよかった、万葉は任せて。貴方は貴方のなすべき事を。」
「君の任せてって言葉ほど信頼できるものはないな。」
「おい!お前…その、絶対帰ってこいよ!悲しむのはナヒーダなんだからな!…おいらもだけど。」
「ふっ。君は僕のことが嫌いなんじゃないのかい?」
「うるさいぞ!さっさと終わらせろ!オイラ達だって忙しいんだ!フォンテーヌの準備もしなきゃいけないし…今のうちにスメールのご馳走をたらふく食べないといけないんだ!」
「わかったよ。戻ったらいい店を紹介しよう。外国の稲妻料理なんて食べれたものじゃないのかと思ってたけど、なかなか悪くないんだ。」
「そんな店があるのか!わかったぞ!」
「勝てると思うの?」
「救国の英雄様は加勢してくれないのかい?」
「パイモンも言ってたでしょ、こっちもこっちで忙しいの。」
「はいはい、冷たい英雄様なんだね。」
「はぁ、でもせめてこれくらいは持って行きなよ。」
「なんだい?このおもちゃは。」
「クロックワークマシナリー。フォンテーヌの商人からもらったモノ。」
「君は一体どこにこんなもの持っているんだ…」
「受け取ったからには、ちゃんとみんな救ってね、もちろん」
「わかったよ。癪だけど、君に来られた以上そうなるだろうとは思ってた。確かに、この国には彼女は必要だ。」
放浪者は天守閣へと向かった。
「なんでもっと早く助けなかったんだ?万葉ぼろぼろだぞ?」
「万葉はこんなんじゃ死なないよ。見て、水元素に変化した風を体に纏ってる。」
「わっほんとだ!ってあれ?なんでこいつ吟遊野郎の弓持ってるんだ?」
「案外、その辺にいるのかもね。」
「神の危機だもんなぁ、鍾離もその辺にいるのかな。」
「さぁ、どうだろう。ウェンティが来たのも神の危機だからってわけでもなさそうだけどね。」
「はぁ、疲れた。」
「大丈夫か。」
「貴方は、往生堂の…この状況で現れるってことは、そう言うことでいいのかしら?」
「好きに解釈してもらって構わない。俺はただ、歌塵…ピン婆やに頼まれただけだ。煙緋がずっと夜蘭を心配してるからとな。」
雷に焼かれた地の上、もはや人としての原型も留めてないモノの上に、ただ一つ邪眼だけが残されていた。
それを精霊は拾い上げる。
大事にポケットにしまい、何も語らず詩を唄う。
終焉を嘆く詩を。