オルモス港行きの船が到着した。
来た時は璃月経由だったが、帰りはスムーズになる予定だ。
「帰り」などと、まるで自分の故郷のように語るものだと苦笑する。
全部おせっかいな神が原因だ。
雷神への憎しみは消えていない。
今回稲妻を守ったのは結果であり、目的は自らの不始末の清算だ。
しかし、統治者と民を同一視はしない。
自分が過去に傷付けた人々への謝意は尽きない。
こうやって助けてもらうのも、心苦しい。
(最後に挨拶はすべきだろう。)
そう考え、神里の現当主を探すが、やはり見当たらなかった。
代わりに
「目覚めたでござるか。笠っち殿」
楓原万葉がいた。
「出航まだ一時間ほどある。もうすこしやすんだほうがいいでござるよ。」
「いや、もういいんだ。挨拶回りくらいはしておかないとね。」
「なかなか礼儀正しいのでござるな。生まれがいいと見える。」
「そうでもないさ…育ちは、いいのかもしれないね」
「まさか草神様の従者であったとは。無礼でござったか?」
「そんなんじゃないさ。彼女は…」
「良い。言葉にできぬ仲というのもあろう。」
何か勘違いをしているのかと思ったが、説明できそうにないので黙った。
「君はこの後どうすんだい?旅をしているんだろう?」
「そうでござるなぁ。また世話になったので、北斗の姉御の手伝いをと思ったが、稲妻が落ち着いてからでござるよ。」
流浪人であろうと、故郷への想いは捨てられない。そういうことだろう。
「一つ、聞いていいかい?君は雷電将軍をどう思う?」
意地悪な質問だとはわかっていた。
返答次第で、自分はなんだってやるつもりだった。
万葉の友人の話は聞いた。ある意味自分にとっての恩人でもある。
「別に。と言ったら嘘になるでござる。ただ、実際今の稲妻にいなくてはならぬことは確かでござる。稲妻のために尽くすというなら、何も口に出すことはないでござるよ。」
想定通りであった。楓原は、かくも人格者であったのだ。
放浪者本人としても、安心した。
今の自分が手を下すべき相手は他にいる。
成長しきっていないのだろうか、復讐心を胸に抱えたまま生きるというのは未熟の証なのだろう。
現在の「奴」がいる場所はわかっている。
スメールに帰り次第、向かうつもりだ。
これ以上被害者を増やさないためにも、誰に止められようが決定事項だ。
「瞳に翳りが見えるでござる。其方はまた戦いに身を投じるのでござるな。」
「否定、するかい?」
「まさか、誰しも憎む相手はいるでござる。其方のことだ、きっと相手は悪なのだろう。」
そう、「奴」は悪だ。自分にとっても、おそらく世界にとっても。
「ただ、もし帰らぬ旅をするつもりなら、今の自分を支える者にきちんと説明はすべきでござるよ。」
念を押された。
「あぁ、わかってるよ。死にに行くわけじゃない。」
「ならよかったでござる。」
「もう行くよ。ありがとう。君と会えて良かった。」
「達者で。最後に其方の名前を教えてもらえるでござるか?まさか笠っちというのが本名ではあるまい。」
「名前、なまえか。」
放浪者を指す名称は複数ある。捨てた過去のものも、現在の呼称も。
語るべき名前は、わかっている。
「〇〇〇だ。」
紛れもない、あの樹の下で、付けられた者だ。
「いい名だな。付けた者の心がこもっているでござる。」
「どうかな、案外適当につけてるかもよ。」
船に向かった。
先に乗船していた草神は少し驚いたような表情を一瞬浮かべていた。
「少し、ほんの少しだけ怖かったのよ。あなたがスメールに帰るつもりはないのかと思ってしまって。」
「僕はそもそも罪人であり、学生だろ?不良生徒じゃないんだ、だつのくはんになるつもりはないよ。」
「そうね、まだしばらく、みはってるつもりだわ。」
先ほどの万葉の言葉を思い出す。何も言わないつもりだったが、彼に言われたのでは逆らうわけには行かない。
「ナヒーダ。少し話がある。」
「改まってどうしたの?聞くだけならしてあげるわ。」
「僕は帰り次第ナド・クライに向かうつもりだ。」
「そう、止めても無駄なのね。」
「わかったわ。ただ、ちゃんと申請はしてからにして頂戴ね。ちゃんと正式な手段を踏まないと、懲役は増えてしまうわよ。あと、その、ちゃんと無事に帰ってきてね。」
「わかってるさ。」
言葉にするというのは大事なことだ。最後の言葉は放浪者に強く残った。
ナド・クライにはファトゥスもよく出向く。面倒ごとになる可能性は高い。スメールの正式な手段を踏め、というのは、正式な身分証明書を持てということだろう。
「素直じゃないね、きみも。」
「あら、貴方に言われるようなことではないわ。」
こうして、放浪者の帰郷話は幕を閉じた
次の彼の戦場は月に最も近い場所
罪との精算、怨敵との決着
いまだ罪人である彼は、自らの贖罪と復讐を遂げるため、彼の地へ向かう。
「君がドゥリンの言っていた笠っちだね。よろしく」
「ふふ、きっと面白いことになるわ!挨拶が済んだなら、さっそく向かうわよ!」
ホムンクルスと魔女に連れられ、人形の物語は新たな章を迎える。
「なぁ旅人、今回なんかおいらたちあんま活躍してないんじゃないか?」
「適材適所だよ、パイモン。」
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
完結まで長く期間をあけてしまってもうしわけございません。
次がございましたらもっと短い話をちゃんと早く投稿できるようにします…
Luna3で放浪者の登場がようやくありました。個人的に一番気に入ってるのは、旅人の、「復讐しに来たの?」らへんのやりとりです。
あくまで復讐だけでなく、まわりがこれ以上傷つかないためと言っていたのは言葉通りなのか、はてさて…
執行者との絡みも最高でした!放浪者ファンが待ち望んでたものの一つだと思います!
最初はオリ主で、放浪者と絡ませるつもりだったのですが、今のスタイルを気に入ってくれた方がたくさんいてくださって凄く嬉しいです。
今後どうなるかわかりませんが、また読んでくれると幸いです。
最後に、合計四十章。といいつつたまに誤魔化してるのでもっとたくさん。素人のこんなに長い文章を読んでくださり本当にありがとうございます。ひとえに原神という大きなコンテンツのおかげだと思っております。
たくさんのコメントや、お気に入りに支えられました。
次回作は本当に何もまだ考えておらず、私自身がSSを好きになったきっかけであるクロスものを書こうかなぁとぼんやり思っております。
三度になりますが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
胡桃メインのお話もありますので、ぜひ読んでいただくと嬉しいです。
最後に、書きたかったことを書きました。
キャラ同士のカップリングものなので、嫌いな方はスルー推奨です。
肆拾 帰郷の終わり。の先の話
「帰っていたのね。笠っち。彼には会えた?」
「あぁ、本当はもっときれいなところで会いたいんだけど、きっと友人の隣がいいんだろうね。」
「雷神には?」
「会ってきたよ。あいつも化け狐も変わらないな。余計な世話ばっか焼いてくる。」
「嬉しいのよきっと、またすぐ顔を見せてあげたら?」
「一応もう49年目だからね、習わしは済んだ。これからは好きなタイミングでいくよ。あくまで雷神に会うのはついでだ。」
「そう。わかったわ。今度わたくしも連れてってくださる?しばらくいけてないのよ。」
「あぁ、いいよ。彼もきっと喜ぶ。」
「あなたは、ずっと変わらないのね。」
「君は、変わったな。ずいぶんきれいになった。婿を取るつもりはないのかい?」
「あら、わかっていてそういうことを言うのは意地悪だと思うけど?」
「さぁ、木偶人形にはさっぱりだ。」
「ならわかるように言ってあげる。わたくしにはもう決めてる人がいるのよ。」
「そうかい、そいつはきっと大変だろうね。なんせこんなお節介な神に愛されているんだから。」
これはずっと先の話。あるかもわからない未来の話。
無慈悲だった人形は、知恵の神と長い時間を過ごし、心をかよわせていくのかもしれない。