雲来の海を越え、璃月港は水平線の向こうに消えていった。
「姉御!霧が立ってきたぜ。」
確かに、かなり霧が立っている。北斗は乗客を船の中にはいるよう促していた。
「君は、中に入らないのかい?」
万葉は何やら、せわしなくしていた。
「拙者は船に火をともしてまわるでござる。ほかの船との接触がないとも限らないのでござるのでな。
こんな霧の中、光が届くかは怪しいでござるが。」
「お主こそ、入らないのか?船員が警戒をつ強めておる、なかで夕餉をするでござるよ。」
「いいや、僕に食事はいらない。ようやく静かになったんだ。甲板にいさせてもらうよ。」
「そうでござるか、本格的に修練者のようでござるな。問題はないが、おすすめはしないでござる。霧の夜の船上は、なにかと集まりやすいのでござるよ。」
笑って、受け流した。
コーヒーだけ受け取り、座り込む。霧はだんだん強くなっており、視界はもう足元だけだった。
放浪者は、自分に謎の疲れがたまっていることに気付いていた。
それは、肉体的なものなのか、精神的なものなのか。
精神的な疲労が肉体的に感じるなど、ここまでくると本当に人間のようだ。
どちらにせよ、疲れの正体はわかっている。
あの流浪人...万葉と呼ばれていた男だ。あれと接していると、遠い過去が押し寄せてくる。
放浪者にとって最も幸せな記憶。
『お主は人形などではない、人間なのだ。違いと言えば、心が一つ少ないだけではないか。』
コーヒーを口に含む。苦味は嫌いではない。これを味わっている間は、人間として在れているように感じるからだ。
視界がぼやけているせいか、睡魔が襲ってくる。
意識が遠のく。船の揺れはまるでゆりかごのようだ.
「眠っているでござるか?」
声ががかる。聞きなじみのある男の声だ。
「風邪を引くでござるよ。」
風邪はともかく、確かにべたついてきた。そろそろ中へ...
「これまで、大変な思いをしてきたのでござるな。」
確かに、そうだ。
「数々の裏切りを受け、誰のことも信用できなかったでござるか。」
そう、だった。でも、最近はそうでもないような...
「その不信は数々の悲劇を招いた。それをお主は罪として背負っておる。」
罪...そうだ。誰からも忘れられたが、自分の中にあるその重りは、簡単に消してしまっていいものではない。
「だが、安心している自分もいる。お主の重りを知っている者たちは、信頼ができる者たちのみだからだ。」
「草神の庇護下で、自由に、風のように、鳥のように、今を楽しんでいる。」
「草神との生活は、悪いものではない。旅人との会話は、自分を満たしてくれる。」
「自分はもう国崩でも、スカラマシュでもない。」
「───」
旅人からもらった名前だ。
「それを名乗っている間は、安心していられる。」
「だが歴史を変えた後も、何も変わらなかった。」
「お前の不信による災いにより、今もなお苦しめられている人もいる。」
.........
今回の旅も、贖罪を求めて...
「やめろ!」
胸の動機がひどい
。額をつたう水は、霧によってのものなのかどうか。
目の前の男はいない。
誰の姿を映していたかは、考えたくもない。
すると、
「この霧の中、いい夢を見ようって方が無理な話よ。『放浪者』さん?」
「いったい何の用なんだ。璃月の法術師。」
「あら、意外と観察しているのね。」
「そのジャケット、元はスネージナヤのものだろう。」
「どうやらあなたへの警戒は強めたままでいたほうがよさそうね。
でも、私もあなたについての情報が増えたわ。」
「ファデュイとの関係を疑ってるんだろう?いいさ、好き勝手監視でもして。」
「それはまぁいいのよ今のところは。それより、あなた呼吸をしないのね。」
「...」
「私のよく知る人物で、同じく呼吸をしない人がいるわ。そう、冒険者協会の...」
「チッ」
「あたりのようね。」
夜蘭とよばれていた女は、嫌な笑顔を向けてきた。
「甲板で人が倒れていたら、呼吸を確認するのは当然でしょう。今回はあなたの落ち度よ。」
別に隠していたわけではない。聞かれなかったから言わなかっただけと、開き直るのは簡単だった。
だが、放浪者は自分のことをある程度客観的に見ていた。
そう、あえて隠していたのだ。
むろん、万葉にである。
放浪者は過去、ある人物に人間だと定義付けてもらえたが、それは、
独りだった放浪者にとって奇跡のような出来事だったのだ。
奇跡は、めったに起きないからこそ奇跡なのである。
それを信じられるほど、放浪者は成長できてなかったのだ。