「ふっ。ははっ!」
放浪者が嗤う。
顔いっぱいに侮蔑の笑顔を浮かべて。
「何がモルニィヤだ。結局『いかづち』から逃れられてるわけじゃないじゃないか。」
霧の中の男?から明確な怒りを感じる。
「黙れ。余裕ぶっていられるのも今のうちだ。貴様たちは人造神様の手によって...」
「虚勢を張るなよ、三下。今の会話で僕はもう現状をあらかた把握したぞ。
浪人ごときにそんな真似できるはずもない。そしてモルニィヤ。大方、ファデュイを味方に付けたんだろう。」
霧の中の男がうろたえる。
すると...
「スネージナヤの言い回しをしっているなんて同郷かしら?それとも関係者?」
別の人間──女の声がした。
「それなら残念。三人も同胞を失うなんて。」
「そう簡単に殺されるとでも?もう一度、暖炉からやり直した方がいいんじゃない?」
「いいえ、私が殺すんじゃないもの。わざわざ二人を乗せてくれてありがとう。
これは、特別な報酬よ。」
放浪者は何かを察する。そういえばファデュイ時代に...
思い出してる暇はない。とにかく危険を知らせなければ───
「かずはッ」
「きれいな花火を見せて頂戴ね。」
直後、死兆星船はファデュイの先遣隊の宿泊している部屋を中心に爆散した。
その部屋は、乗客たちの宿泊室から二つ隣に位置するものだった。
懐かしい風を感じる。懐かしい匂いも。
「あぁ、着いたのか。」
放浪者は、自身が置かれた状況を理解した。
あの船の爆発後、何処かの島に流されたのだろう。
他のメンバーは無事だろうか。柄にもなく他人の心配をする。
自分のけがの具合を見るに、神の目を持つものならおそらく爆発によって死ぬことはないだろう。
しかし、ただの人間なら別だ。
歯噛みする。端から自分にとっての保護対象ではなかったが、今の放浪者には、ただ巻き込まれただけの一般人の死を嘆くくらいには人を好きになっていたのだ。
「報復は任せるがいい。することは変わらないのだから。」
とりあえず最優先事項は自分のいる位置の確認と、万葉の安否だ。
ただ、前者については周りを見渡せば、すぐにわかった。
かつての戦争後、蛇神オロバシによって作られた稲妻北西部に位置する島。
海祇島である。
海祇島のことはよく知っていた。以前の事件の際多少の因縁が生じた島だ。
ここには抵抗軍の本拠地があるはずだ。幕府無き今、彼らはどうして...
そこで、放浪者は今の今まで完全に覚醒していないことを思い知った。
懐かしい匂い、とは別に地元の匂いということではない。
これは...戦の香りだ。
「抵抗軍を殺せぇッ」「こいつらを皆殺しにすれば中から救援が来る!そのすきを狙え!」「今の統領は現人神の巫女らしいぞ!」「まじかよ!俺刺身は大好物だぜ。」
「俺だってそうさ。舐めるもよし、嗅ぐもよし、噛むのもよしときてる。」
威勢のわりに、抵抗軍も善戦しているように見える。
特に、岩元素を扱う、犬の耳を持った少年。彼が特に秀でている。
所詮は寄せ集めの野党衆。これまで幕府軍を相手にしていた彼らの敵ではないようだ。
ただ、そこに別の要素が加われば話は変わる。
例えば...異国の兵士とか。
「陣形を立て直せ!ここでこいつらを何とかしないとそのうち奴らが来る!そうなったら俺たちじゃ」
「大将!もうだめだ。こいつらいくら削っても数が減らねぇ!やっぱり珊瑚宮様を呼んだ方が...」
「馬鹿を言うな!こんな戦地にお呼びできるか!あの方は海祇島内部を守ってくださっている。俺たちはただ俺たちのできることをするんだ!」
言っていた通り、本当に浪人の連中は減る様子を見せなかった。
「おい俺あの犬耳ちゃんでも構わねぇぜ。犬は大好きなんだ。」「うわおまえまじかよ。獣姦はごめんだぜ。」「ばっきゃろう!犬だろーと男だろーと済ませられるモンは済ませられんだよ。」
下衆な連中だ。まったくもって品位がない。
だが、放浪者は加勢するかどうか決めかねていた。
今ここで出れば、敵に自分の生存を伝えることになるからだ。
死んだままの方が、何かと都合がいい。
血が流れている。海祇島北部は、惨憺たる様子だった。
これまでいくつの血が流れたのか、両者どちらの流れた血が多いのか。
東からの侵略者によって、美しいサンゴは見る影もなくなっている。
「き、きた!ファデュイの軍勢だあああああ!」
抵抗軍の一人が悲鳴のような声を上げる。東の奥を見てみると、ファデュイの紀章の文様を旗にした船が押し寄せていた。
「お、終わりだ...ここまでで十分疲弊してるのに、この数じゃ」
「降伏しよう大将。」「今なら俺たちだけでも...」
抵抗軍から戦意が消えていく。すると
「お前ら!俺たちが守っているのは海祇島だけじゃないんだぞ!みんなに...万葉にこの稲妻を任されたんだ!
ここで...こんなところであきらめてどうするんだ!」
その言葉は本人にとって抵抗軍に向かってのものであり、この状況は言葉のみによって彼らの戦意が高まるほど優しいものではなかったが、
人の心を持つ人形を味方につけるには、十分な言葉だった。