西暦地球(?)に転生したミオリネ・レンブラン 作:土屋 四方
ミオリネ・レンブランは天才である。
苦手分野もあるにせよ、数字に強く弁も立つ。生物学──特に
しかし世の中には、知らなければ答えようのない問もある。
いくら彼女が天才でも、またいくらソレが数十億の人間に愛読された名著であっても、人類が宇宙へ巣立つ以前に描かれたコミックまでは、未読を責めるのは酷というもの。
それでも彼女は天才なので。
この状況に近い創作物のジャンル名だけは(微妙にズレた理解ながら)どうにか思い出せた。
『転生モノ……かつ逆行モノ? 冗談やめてよ、逆行にしても戻り過ぎでしょ!?』
ミオリネ・レンブランではない別人として。
自身が産まれるより遥か昔(らしき時代)に。
彼女は再誕した。
気の強いミオリネでも、今生の境遇は『最低じゃないことが一つもない』と認める。
情報端末どころか文字というものすら、乳幼児期にはほとんど見ていない。原始人かと思ったほどだ。
置かれた状況を掴むだけで十年を要した。
親から教わったわけではない。新たな母親を間接的に死なせた父親が教えてくれたのは、飢えと寒さと恐怖──それから憎悪と軽蔑と、デリングへの感謝くらいのものである。
十分な衣食住と教育を与えてくれたことは、どんな目的であれ、最低よりはマシだった。
ともあれ独力で学び取ったことによれば、ここは恐らく一九世紀の地球。地理的には英国──記憶とは国名が微妙に一致しない*1 が、ブリテンであることは間違いない。
観光資源ではない実用品としての馬車が、未だ現役という時代だ。内燃機関による自動車も走ってはいるが。
文化的な底辺層に生まれたのは間違いないが、文明的には上流階級でも大差なかった──宇宙生まれ宇宙育ちのミオリネにとっては。『地球って遅れてるのね』なんて軽口を思い起こす余裕も無い。
『チュアチュリーも……それどころかソフィもノレアも、
厳しい時代である。
『どう、する?』
最初は知識チートを考えた。それも不可能では無かっただろう。
スペースコロニーどころか質量体を地球軌道から離脱させることさえ出来ていない旧人類に、最短最速の技術革新を啓蒙する。もちろんそれだけでなく、技術を下支えする産業構造にも抜本的な改革を強いて、それから……。
同時並行でロンドンの劣悪すぎる衛生環境を改善するような夢物語さえ、ミオリネならばきっと成し得た。全力と全人生を傾ければ、きっと。
『どうやって──どこへ……?』
が、それをしてどうなるというのか。
この重力を振り切っても、宇宙へ旅立っても……水星に降り立ってさえ、そこに人類は居ない。誰一人として。
アスティカシアも、大切な社員たちも──最愛の人も。
一九世紀に生まれてしまった事実は、たとえ
ならば、この原始人類の為に心を砕いてやる必要など、一体どこにあるというのか?
元々利己的な側面は強かったし、それを恥じる理由も無かった。だって利己的に自立して初めて、人は他人を愛せるのだから。
まして今は衣食も足りぬ境遇にある。かつてと同じ生き方などしていられない。
『自分のために生きよう』
開き直ってしまうと、
主な収入源は賭博。際どい口車も使い倒し、騙される愚鈍が悪いと嘯く。
そうした手管も使わなければ──
前世とは比べ物にならないほどがっしりとした、女ながらにどこかグエル・ジェタークを思い出させるような恵体。
ミオリネの美観で言えば、さほど女性的魅力に溢れる体つきではないのだが……買われそうになったことは数えきれないのだから自衛は必須だ。
そもそもこの時代の水準では『やや大柄』程度に収まっており、女装などを疑われたことはない。むしろ安全のために男装しても見抜かれてしまう。
“おまえみたいにデカくて筋肉質の女がいるか! スカタン!”とか“客観的に自分を見れねーのかバーカ”などと罵られる位の方が、いっそ面倒もなかったのだが。
父親と呼ぶことも遠慮したい男が、酔っ払い同士の喧嘩で重傷を負った。
ミオリネは何も
『何も
今後どんな富や立場を得ても、私から搾取するばかりか足を引っ張る未来しか有り得ない男なんだから』
──苦しみを終わらせてやる位なら、できたかも知れないのに。
「醜くってズル賢くって母に苦労をかけて死なせた最低な父親だった」
そんな言葉しか手向けようのないくずが、かつてどんな詐欺を働いたやら、貴族への伝手という遺産を寄越したことは全く驚きだったが。
既に手は汚したのだ。利用しない手は無い。
養子として引き取られた先で、ミオリネは開明的な天才令嬢として振る舞った。短い期間で家に多大な利益と名声を齎して──しかしそのことを、軽く後悔する羽目になる。
相続や経営に関する法整備も未熟なこの時代、自分の貢献分だけを切り取って独立するようなことは難しいらしいのだ。
つまりこのままでは、ミオリネが成したも同然の資産まで全て、本来の跡取りに渡ることになる。それは少々面白くない。
『いっそ家ごと乗っ取ってやろうかしら……?』
正式な養子であっても血を継いでいないミオリネには、この時代の因習に満ちた価値観が立ち塞がるかも知れないが──それならば血も備えた後継者を手駒にしてしまえば良い。
そもそも貴族の家を背負って立つには覇気に欠ける人物だ。ミオリネばかりが家長から讃えられても、そのことでからかってやっても、怒りの一つも向けて来ない。しおれるように悲しむ様は情けなく、若干の
これならば
無論、『心も身体も明け渡さないまま言いなりにできそうだから』という意味で。
そうだ、孤立させ自尊心を失わせ、ミオリネに依存する操り人形にしてしまおう。方針を決め、心を折るべき
しかし彼女は自分で思うほど悪に染まれていない。
『罪もない犬を蹴飛ばしちゃったのは、流石に可哀想だったわね……』
目的に沿っていうなら、『大切にされている愛犬だから』酷い扱いをした──そんな
暴力については心を痛めている。後悔もしている。
かといって優しく撫でてやることも断固拒否だが。
何故なら、あの犬が狂犬病キャリアである可能性は全く否定できない。
ワクチンはそろそろ発明されたかどうか。いずれにしても防疫は全く普及していないのだ。野良犬は数え切れず、飼い犬もその大部分が外で過ごす。放し飼いも当たり前で、どこで感染してくるやら分かったものではない。
要するに、以前から近寄らないよう警戒していた危険生物がいきなり寄って来たので、恐怖に駆られ自衛したというのが
『あの娘の件も……この時代には先進的すぎたのかも知れないけど』
これも犬の件に似て、『ターゲットの親しい相手だから』を動機とする。
予想を遥かに越えて悲しまれたので、見積もりが甘かったらしい──嫌がらせの域を逸脱したようだ──と反省はしている。
しかし今一つ納得できていない。
ただ女同士でキスしただけじゃないか、と。
かつて自分がスレッタに
もしや
そうしなかったのはミオリネの勝手な
確かに悪いことをしたのだろう。しかしだからってあんな、
傷付いたのはこっちだと抗議したい。
──したいが、しない。この一件は真摯に反省すると決めた。
無上の感謝を示すためだ。
彼女の屈辱を知ってターゲットは強い反応を示した。そのことに心の底から感謝している。
ずっと渇望しながらも、現実的に有り得ないと諦めていた“奇跡”──その手がかりをくれたことに。
激情に駆られ、血が出るほど強く拳を握り締めてくれたおかげで。
怒りの余り机を叩いてくれたおかげで。
その血飛沫が壁に飛んだおかげで。
この奇妙な運命は始まったのだ。
数年を研究に費やす必要はあったが、
「
「い…………
理由など決まっている。人間を超越しない限り余りにも遠い
逆にコレならば生き永らえる可能性はある。人が地球を離れ、医療のためだった技術が兵器に転用され、そして──ヴァナディース事変をどうするかは大いに悩ましいが──
誓いの血判を捺すように親指を切って、石仮面の唇に押し当てた。骨針がミオリネの後頭部に突き刺さり、一人の
不思議なことに、くすんだ金髪はすっかり色を変えていた。
「何をするんだ、ディオナ!」
「……その名前で呼ばないで。もう私は
石仮面を脱ぎ捨てれば言葉の通り、まるで別人のよう。
いや、体格や顔貌は変わっていない──恐らくは。ただ表情が大違いなだけで。
見るもの全てを羨み見下し信じなかった彼女はもう居ない。
身体に横溢する圧倒的な力と、太陽以外で滅びることはないという確信。掴み取った余裕と希望は振る舞いを変えるに充分すぎた。
「その名前は捨て……いいえ、捨てはしない。私は“逃げる”んじゃなくて“進む”んだもの」
ジョースターの血を継ぐ者、
雪のような白に変わった髪。その隙間から見つめて来る、どこか眠そうにゆるんだ目つき。そして何よりも──
「進むなら……ふたつ、だから。
私のことはディオリネ・レンブランドとでも呼びなさい」
──決定的な名乗りによって。
「
…………ミオリネさん……?」
「アンタのせいかこの
どの辺りでジョジョⅠ部だとお気づきに?
(どんなに早くても“スカタン!”辺りだと思うんですが)