ミスティア、高校へ行く!   作:川島鳥真

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第一話 入学式、寝落ちしました。

 淡く、仄かに甘い香りのする花弁が風を切り、その行く先には小さく顔を覗かせるたんぽぽがいる。

 地面を覆い尽くしていた白色は今やその面影も残っていない。

 日差しは柔らかく、淡い色でこの会場を包み込んでいた。

 そんな自然の祝福を一身に受け、私はここにいる。

 

 会場は緊張に包まれながら、着々と式が進行していく。

 ある者は新たな生活への期待に満ち、またある者は見慣れぬ人々に囲まれて不安を覚え、一部の者は絶望している。

 そしてかく言う私、ミスティア・ローレライは……

 

「おい、起きないかローレライ! 式はとっくに終わったぞ!」

 

 最悪な幕開けを迎えていた。

 

 時間にして十数分だろうか、入学式が終了し、生徒は教室へ戻り会場が片されるのを横目に、私はひたすら平謝りを繰り返す。

 ようやく解放されたかと思えば、今度は椅子を抱えて全力ダッシュ。すれ違う人々は皆、迷惑そうな目で私を見る。

 大した距離ではないにせよ、全力ダッシュなど中々することも無いからか、教室へたどり着く頃には僅かに汗が出ているのを感じる。

 教室内の皆は既に各々で盛り上がっており、今から入り込む勇気は湧かなかった。

 

(せめて、一人くらい知り合いがいれば良かったのになぁ)

 

 残念ながら、僅かにいた同郷の者達は違うクラスへ編入されてしまった。

 慣れない土地、知らない人々、何より、1クラスの人数量が圧倒的に違う。

 不安でいっぱいだ。

 そこに更に追い打ちをかけるように、ある出来事に気が付いてしまった。

 席が一つ空いているのだ。明らかに、余っている様子ではない。人が使うことを想定してある場所が空いているのだ。

 

「入学式遅刻って何事だよ」、「不良に違いないね」、「だよねぇ、隣なの怖いなぁ」と、そんな声がチラホラと聞こえる。

 

 それはそうだろう。そうそうある事じゃないもの。自分の席が端っこであることに、ここまで感謝することも今後無いように思える。

 怖いなぁ。きっと、とんでもなく厳つくて、筋肉馬鹿で、そこらにいる人皆ボコボコにして回るのだろう。

 絶対に目を付けられたくないという思いが全身を駆け巡り、先のことも合わせて非常な陰鬱な気分になる。

 

「さぁ、交流会もそこまでだ。ホームルーム始めるぞー」

 

 教壇の方から放たれた一言を聞き、皆緩やかに黒板へ向き直り始めた。

 手元に配られたプリントを斜め読みしながら教師の言葉へ耳を傾ける。

 

「改めて私がここ、1年2組の担任を務める、上白沢慧音だ。まぁ、好きに呼んでもらって構わない、苗字は少し長いからな」

 

 行事予定表に目をやると、宿泊研修がすぐに行われることに気が付く。

 兄弟はなく、高校生になることも初めてだから、これがイレギュラーであるかどうか判断する術はないが、不思議と楽しそうに思えた。

 よく知らない人たちと遠くへ行き、同じ部屋で夜を明かすのは不安ながらに、手っ取り早く仲良くなれると考えれば悪くないのかもしれない。

 

 そんな風にぼうっと予定を眺めていると、いつの間にか自己紹介が始まっていた。

 しまった、完全に聞いてなかった、誰だよあいつとかあいつとか。

 

「先の式で挨拶を務めたレミリア・スカーレットよ。よろしくね。」

 

 新入生代表ってやつかな。本当にあるとは思わなかった。珍しいものを見逃した後悔で眠ってしまった自分を恨めしく思う。

 

「はいはあい、橙です! サッカーやってないけどリフティング100回出来ます! あと、えー、手芸も好き!」

 

 また聞き逃してしまった。しかし、あのあたりは濃そうな奴が固まっているな、その前後や挟まれている連中が不憫だ。

 その後も淡々と自己紹介は続き、ついには私の番が来た。きっと大丈夫だ、怖がることはない。春休みから準備してきたんだから。

 

「ミスティア・ローレライ、永夜中学から来ました。こっちに越してきたばかりでわからないことだらけだから、いいとこ教えてくれたらうれしいです! 特に、美味しいご飯とか。よろしくね!」

 

 中学は定員割れていて、これだけ大勢のクラスメイトを前にするのは初めてだった。

 今までの感覚であれば、放っておいても全員友達になったし、そうならない方がおかしいレベルだったが、この人数ではそうもいかないだろう。

 そう思うと、自己紹介が上手く行ったのか、急に不安が込み上げてくる。

 

「よし、全員終わったな? 一人を除いて」

「先生、ここの人はどうしたんですか?」

「わからない、連絡が無い。単なる遅刻だとは思うんだが、入学式に遅刻してくるような奴は初めてだ」

 特に触れられることなく流れたということは、上手く行ったのだろう。そういうことにしておかなければ一歩も進めそうにない。

 

 しかし正直、小中学程人生の節目感もなかった高校の入学式。これであれば、すっぽかしてしまっても良かったのではないか、とは思える。

 まあ、そこまでは同意できるにしても、本当にやる奴がいるとは。

 

「まあ、憂いても仕方がない。二枚目のプリントを出してくれ、今後の予定だが――」

 

 教師がそう言いかけた途端、どう形容するもなく単純に爆音が私の、いや、教室中の耳を劈いた。

 痛い、頭の右側が非常に痛い。何事かと振り向こうにも、痛みでギュッと目を瞑ってしまって意味を成さない。

 

 少しの時が流れ、私の世界に強い耳鳴りと共に音が舞い戻った頃、ようやくその爆心地を覗くことができた。そこには……

 

「えー、あーっと、おはよう、ございます……汽車を乗り間違えて、遅刻しました」

 

 非常に申し訳なさそうに汗だくで立つ、ゆるふわそうな奴がいた。

 

「あー、わかった、わかった。とりあえず、席に着いてくれ。場所はわかるだろう?」

「はい」

 

 見た目はかなり細身で、人によっては虫一匹殺せないだろうといった感想を抱くだろう。

 しかし、先の大声は間違いなく彼女から放たれていた。

 机の横に掛けられたリュックサックに躓きそうになりながら、のそのそと歩いてる姿からは考えもつかない。

 きっとあれだな、腕っぷしじゃなくて投げ技とかで全員ぶっ飛ばすタイプの不良だろう。そうでなくたって、大声一つ上げれば昏倒させられるだろう。

 そう考えると、先よりもより一層恐ろしくなる。飛び道具持ちとか聞いてないから。

 

「えと、幽谷響子。えー、あー、よろしくお願いします?」

 

 あるいは、単に天然であるのかもしれないが。

 

「それじゃあ、連絡は以上だ。皆、遅刻忘れ物等には気を付けろよ」

 

 LHRも終わり、各々が帰宅の準備を始める。

 ブレザーに着ける"入学おめでとう"の札をどう仕舞うか悩んでいると、此方へやってくる二人がいた。

 

「えっと、ミスティア、だっけ?」

「そうそう、よろしくね。あー、橙」

「いぇす! それでね、午後から何人か誘ってカラオケ行こうって話になってるんだけど、来る?」

「もち、絶対行く!」

 

 断る理由は無いし、向こうから来てくれて助かったくらい。クラスで孤立しかけている中自分から集うのは勇気とかそんなレベルの話じゃないもん。

 

「良かったぁ~、じゃあ、1時半チマタのカフェ集合ってことで!」

「おっけー!」

 

 よくわかんないけど、カフェって言われたんだから一か所しかないんだろ。

 

「じゃ、また後でね!」

 

 こちらの了承を確認したら、忙しそうに走って行ってしまった。まあ、急がないと皆帰っちゃうかもしれないから、それはそうなのだけれど。

 ところで、もう一人の方は一言も発さずに行ってしまったし、橙も気にかけていなかったみたいだけど何だったのだろうか。

 暫く様子をうかがっていると、橙が急に振り向いて驚いた! どうやら、一緒だったのではなく勝手に後ろをついて歩いてたようだ。

 

「えっ、えぇっと、多々良も来る? カラオケ」

「んー、いや、今日は遠慮しとく!」

 

 しかし、そのまま折角だからと誘ってしまうのはどうかと思うし、驚かして満足げに断って帰るのもどうかと思う。

 

 いそいそと支度を済ませ教室を出ると、様々な人たちが廊下で交流をしている姿が見受けられる。本来であればこの場に混ざって交友関係の開拓を行いたいけれど生憎、この後祖父母から回転寿司に行こうと誘われている。もたもたしていると、カラオケに間に合わなくなりかねない。

 絡まれないよう人だかりを避けながら玄関へ向かうと、寂しさを紛らわしているような雰囲気を漂わせながら一人で歩く金髪の女の子を見かけた。

 

「こんにちは、あなたも帰り組?」

 

 少しくらいならいいだろう。気になって仕方がなかったので声をかけてみた。

 絹の様に軽くしなやかな金髪、此方を射殺さんほどに強く紅い瞳を湛える透き通るような肌。面と向かってみると、まるで職人物のドールのような人。うちのクラスの人じゃない、多分。

 

「ん、そんなとこ」

「私もなんだ。あの波に飲まれるのは流石にやってられないもん」

「そうね。先生にどやされるまで返してもらえなさそう」

 

 歩きながらいくつか会話を重ねる。あまりコミュニケーションが好きではないのか、少しそっけない調子で対応をされてしまった。

 玄関を抜け、校舎前のところで歩く道が分かれる。名前くらい名乗っておいた方がいいかな。

 

「私、2組のミスティア。あなたは?」

「4組。フランドールよ」

「そっか、それじゃあまたね! フランドールさん!」

「あ、うん。また」

 

‎ 少しばかりの遅れを取り返すように駐車場へ駆け出し、母の車の助手席へ乗り込む。父は別の車で先導するようだ。後ろに座る祖父母と会話を混じえながら揺られ、式での寝落ちに気が付かれていないことに安堵する。

 隣でハンドルを切る母の、少し気合いの入った装いに煩わしさを覚えるも、私の式にそれだけ力が入ったことには少し嬉しさを覚える。

 

 この後の用事を考え、満腹になるまで食べられなかったことが心残りながら、食事会はお開きになった。

 父が祖父母を乗せて発つのを見送る。2人とも、いい歳だ。あとどれだけこうして会うことが出来るのだろうか。そんなことを頭の片隅で考え、少し寂しくなりながら私は母にチマタへ車を走らせてもらう。

 カーナビに表示される距離が短くなる度に、街並みの発展度合いは大きく上昇するのが見て取れる。大都会ほどでは無いにしろ、空き地などの余白がないぎっしりと詰まった区画はいつ見ても目を丸くしてしまう。

 途中、カーナビが突然案内を終了してしまい、横道をグルグル回る羽目になりながらも、ギリギリ約束の時間少し前に到着することが出来た。

 ここらで一番でかい商業施設とだけあって、周辺は幾ばくかの店があり、その外周を大きな住宅街が囲っている。そしてその中心に佇むチマタは、小さめの山と呼んで差し支えないほどの圧迫感を醸し出し、この街の中心であると豪語しているのを感じる。

 

「ありがとうお母さん! 帰りは何とかするから!」

 

 ドアを開け放ち飛び出そうとすると呼び止められ、夕ご飯はどうするのかと聞かれた。しまった、今日の予定について詳しく聞いてなかった! とりあえず、家で食べると答えておいて駆け出し、自動ドアが開くよりも早く店内に滑り込む。

 歩いて探す時間は無い、案内板を確認しようと近づいた時、その横にある広告によって私の失策が露呈する。

 

(カフェっぽいの、4つもある!!)

 

 案内板と照らし合わせると、それぞれ離れたところに位置しており、全てを確認して回っていたら確実に遅刻してしまうだろう。

 カフェ待ち合わせなのだから多少遅刻したところで合流することは十分可能だろうと頭ではわかっているつもりだが、私は既に寝落ちによって第一印象が酷い有様となっている。その上遅刻までする訳には行かないという思いが全身を駆け巡り、分かるはずもない正解を探ろうとして時間を浪費する。

 橙(だったっけ?)は名前を呼ぶでもなく、単純にカフェと呼んでいた。つまり、それで伝わる程ここらで馴染み深い店なのだろう。代名詞として扱えるのであれば、有名チェーンが候補にはいるだろうか。でも、最近オープンしたって店もあるから、その可能性も高い。なぜなら、今まであった 店にはそれぞれ呼び名がとっくに付けられていて、ここにはまだないからカフェと呼ばれたかもしれないからだ。

 

「あの、あなたも橙さんに呼ばれた人、ですか?」

「わっ! えっと、そう、です?」

 

 思考が煮詰まってきたところでふと背後から声をかけられ驚いてしまった。振り返ると、先程教室で見たような気がする人がたっている。

 

「良かった! こういうイベントってあんまりないから、すごい不安だったんです! 一緒に行きませんか?」

「うん! えーと、いい、ですよ!」

 

 敬語で話されるとつい敬語で返してしまうが、不慣れなせいでたどたどしくなってしまう。

 それで、えーっと、この人は誰だ?

 

「やったぁ! あっ、同じクラスだけど改めまして、本居小鈴です!よろしくお願いしますね、ミスティアさん!」

 

 よかった、自分から名乗ってくれた。礼儀正しいというのは正義なのかもしれない。

 

「よろしく、お願いします。それで、カフェに来てって言われたんですけど、どれか分かります?」

「あっそうでしたそうでした、越してきたばかりですもんね。こっちですよ!」

 

 小鈴さんは私の手を引きながら、迷うことなくグイグイとこの迷宮のような店内を進んでいく。

 人の流れが途切れた通りの外れの方に出て少しすると、今まで1度も止まることなく動き続けた足が止まった。

 

「ここですよ」

「喫茶、十六夜?」

 

 どう考えたって老舗のネーミング通り、非常に雰囲気のある外観は確かなカフェらしさを覚えさせられる。特に、食品サンプルを並べられたショウウィンドウなんて新しいとこには無いもの。

 木製の扉を開き中を覗くと、レトロな空気を1番に感じた。その空気感の中でヨーロピアンとオリエンタルが融合し、見慣れぬチグハグな雑貨とともにいい味を出している。

 見慣れぬ光景をつい見回していると、平日の割に多くいる客の中から同じ制服を着て適当に飲みながら談笑するグループを発見した。

 

「あっこっちこっち!」

 

 こちらに気が付き手を振ってくれているのはこの会に私を誘ってくれた橙だろう。

 

「ごめんごめん、遅くなっちゃった?」

「うんにゃ、勝手に始めてただけ。なんか飲む?」

「勿論、私だけ何もなしだなんて寂しいわ」

「だね、こっち注文お願いします!」

 

 橙は店員を呼んでくれただけでなくメニューまで取って渡してくれた。なんて気が利く子なんだ。

 小鈴さんと一緒にメニュー表を眺める。少し厚手の冊子で、一つ一つが写真付きで紹介されている。店の雰囲気だけでなく、ラインナップも1つの文化に囚われず、様々なものを取り込んでいるらしい。

 どれにしようか決めかね、カウンター横の黒板も見て見ようと目を上げると、いつの間に現れていたのか、店員が私の真横に立っていた!!

 

「お決まりになりましたか?」

 

 クスっと笑いながら優しく話しかけてくる。コイツも脅かすのが好きなタイプか!!

 

「咲夜ったら、驚いてるじゃないの」

「あら、折角初めていらしたんですもの、楽しんでいただかないと。トルコアイスみたいなものですよ?」

 

 角に座っていたレミリア(多分)が親し気に店員と会話している。どういう関係か気にはなるものの、私の関心は彼女の銀髪の後ろに微かに見える文字列に吸い込まれていた。

 

「抹茶アフォガートを一つ」

「飲み物じゃないじゃん」

「飲み物は入ってるから。小鈴さんは決まった?」

「あっはい! ほうじ茶ラテを、アーモンドミルクでお願いします!」

 

 咲夜と呼ばれた店員は「かしこまりました」と、漫画でしか見ないような言葉を発したかと思えば、あっという間に奥へ下がってしまった。なんなんだあの人。

 注文も終え一段落したところで、今回集まったメンバーを一瞥する。

 まずは誘ってくれた橙、明るく元気そうに振舞っているけど、その表情の奥にはかなり緊張しているのを感じる。

 次に、それを脅かした上で誘いを断っていたはずなのに何故かいる多々良、これも脅かしの一種なのかな、なんだか楽しそうにしている。

 更に、新入生代表らしきレミリア、所作や身なりからお金持ちであるのは想像にかたくないけど、何故また庶民の集まりにいるのかな。

 それから、今のとこら一度も話している姿を見ない誰だあいつ(赤蛮奇)、すごいダウナーな雰囲気を放っているけど楽しめてるのかな。

 続いて、一緒にここまで来た小鈴さん、話す時によく助走をつける感じがするけど、話慣れてる感じがして多分この中で一番コミュ力高い。

 そして私ミスティア、最初こそ不安要素だらけだったが、案外問題なく馴染めていることに驚きを隠せない。

 後は、なぜ呼ばれたのか見当もつかない男子二人が端っこで気まずそうにしている。雀の涙くらいは同情してあげよう。

 

「そういえば、アレは呼ばなかったの?」

「アレって、あー、うん」

 

 橙は少し目を逸らして答える。割とグイグイコミュニケーションしてくるタイプだけど、流石に声をかける勇気は湧かなかったのだろう。

 

「誰か、同じ中学の人いないんですか?」

 

 皆が首を横に振る。もしかして、私と同じく少し遠いところから越してきたのだろうか? もしそうなら、汽車を乗り間違えるなんてミスも納得できる。私は知り合いが数人同じ学校だけど、もしも誰もいなかったら流石に可哀想だなぁ。

 

「でも、悪い奴じゃ無いんじゃないかしら?」

「善し悪しじゃないけどね、声かけるの戸惑ったの」

「入学式で寝てた奴だって大概でしょ」

「おっと、それは誰のことかなぁ?」

 

 とぼけたところで既に起きてしまったことは変わらない、早いうちにネタへ昇華できるようにしないと。そんな会話のうちに私のアフォガートがやってきたから、今は全てを忘れよう。

 盛り付けはとても美しく、淡い黄色味を帯びたジェラートの白色と抹茶の濃い緑のコントラストは私の心をがっしりと捉えてしまった。写真に残したいとの思いが頭をよぎるが、生憎スマホは持っていないし、ここへ来ればまた食べられると思うと、食欲が突沸を起こし始める。

 

「今日は咲夜が作ったのね」

「やっぱり、咲夜さんの盛りつけって綺麗ですよね!」

 

 恐らく常連なのであろう者たちの声は、もはや私には届かない。この宝石を頬張る瞬間がどれだけ幸せであるかと夢想するだけでも脳が溶けてゆく。

 意を決してひと口頬張ると、濃厚な抹茶の味が全身に染み渡り、それを追うようにジェラートの優しくさっぱりとした感覚が包み込む。

 言葉は必要ない、私はここの常連になると決めた。

 

「すっごい幸せそうに食べるじゃん」

「まぁ、私の体型を見れば分かることでしょ?」

「喧嘩売ってるんですかそれは?」

 

 多幸感と少々の喉の乾きを覚えながらも、チマタの向かい通りにあるカラオケ店へ場所を移した。

 

「あーあー、音量こんなもん?」

「もう少しエコー上げていいと思うわ」

「手際良すぎない?」

 

 なみなみに注いでしまったメロンソーダ(原液を少し多めに注いだ)をそっと運んでいる私を置いてけぼりに、あっという間に準備が進んでいく。カラオケ自体はよく行く方だけど、大抵1人でのんびり歌うものだから、こう皆で一緒の勝手は分からない。

 

「よし! それじゃあ我こそはって人〜!」

 

 流石に誰も動かない、まあ、それもそうだろう。ここにいる皆、お互いをそんなに知らないのだから。そんな中で何をどう歌ったものかなんて、そうだ。何を歌えばいいんだ私?

 

「あら、誰も行かないなら私が歌おうかしら? その後は時計回りね」

 

 レミリアが、あたかも最初から歌う気だったけど一応様子を見たかのような反応で主導権を握る。

 それは困る、次私じゃないの! 何を歌ったものだろうか、入力待ちの間に、そっと逆隣に座っていた赤蛮奇へ声をかける。

 

「ねぇねぇ、何行く?」

「ん、歌えるやつ」

 

 おっと、参考にならないぞこいつ。自分で考える他ないかな。

 順当に行けばポップスとかがあがるのだろうけど、正直流行り廃りには疎いもので外しかねないリスクがある。かと言って私の好きなジャンルで突っ走ってしまうとおもんないウケ狙いと思われてしまいかねない。

 入力端末は私に回ってきて、時間的猶予はどんどん無くなっていく。入れられた曲は恐らくユーロビート、連続で入れていい感じのジャンルじゃないか。

 ただ、これが通るのならロックという光明が見えたのではないか?体感的にジャンルとしての人気度は恐らく同程度だろう。そう信じる他はない。

 

 心地よいイギリス英語とノれる曲調で場の空気はいい感じに温まった。回されてきたマイクも。レミリアは済ました顔をしているけど、この中で一番槍を入れるのはやっぱり緊張するよね。それを隠して良くあんだけ歌えるわ。

 そんなことを考えていたけど、ギターの音が有耶無耶にしてかき消していく。私の番だ。

 

 緊張と、単純に歌った熱量によってかなり体がほてっているのを感じる。無事に一曲歌いきることが出来たことに安堵しながらアウトロを飛ばしてマイクを回す。

 メロンソーダ(原液多め)をグイッと喉に通しながら、今の1曲を振り返る。暫くぶりだったけど、割とよく歌えていたような気がする。採点が入っていたらどれくらいまで行ったかな?

 さて、次は赤蛮奇の番だ。いまいち掴みどころのない彼女が選んだのは、スピードコアだった。大人しそうだなって思っていた矢先にこれだよ、脅かし大好きじゃんみんな?やっぱりみてくれって参考にはならないなぁ。話していた感じ少し声は低めだったのに、えらく高音の伸びがいい。なんなんだよこいつ〜〜。

 その次は今のインパクトで完全に埋もれた男子二人が挟まり、小鈴さんの番となる。個人的に何歌うのか気になっていたけど、何を歌っているのか分からなかった。どこかで聞いたことがある気がするけど、思い出せない。映画か何かの曲だったと思うけど。一つ言えるとすれば、歌っている本人はものすごく楽しそうだということだ。きっと、本人的にはすごい好きな作品のやつなんだろう、知らないけど。

 続いて橙の番、これはあれだ、最近流行ってるアニメのヤツだ。見ては無いけど、何かと聞く機会も多くて頭に残っている。あれ、でも今歌詞間違え無かった?何とか誤魔化したけど、もしかしてあれかな、企画者だしこのために用意してきた感じなのかな?もしそうだとしたら随分と健気なお人だなぁ。

 周回最後は小傘。正直何考えてるか分からないし、どんな飛び道具で攻撃してくるものかとドキドキしていたけど、普通にポップスを歌っている。初対面のインパクトに囚われすぎなのかな、それとも、逆の驚きか後のための振りなのか。しかし、こうしてみていると至って普通の女子高生だしなぁ。

 今、チラッとこっちを見ただろうか。

 

 その後しばらく、恐らく皆探り探りで色んな曲を試しながら楽しく歌って時間は過ぎていった。

 

「これ、ラス周かな?」

「ですね、回してきましょう」

 

 最後にちょっとパンクに走りつつ問題なくこの会は終わりを告げようとしていたところ、あいつはやりやがった。

 多々良小傘、あいつはデスメタを入れてきた、しかもプログレだ!さらに言えばめっちゃ声出てる! なんなんだよマジでアイツ〜〜!!

 周りの皆は完全に目を丸くしちゃっている。延長を断っている小鈴さんも、きっと受話器の先の店員も。

 サビを抜けブレイクダウンも終わりに近づいてきた頃、小傘は私に向かってもう一本のマイクを投げ渡してきた。

 脊髄反射のようなものだった。考えるまでもなく私はコーラスに周り、二人のデスボイスが部屋中に轟く。なんだろうかこの感覚は、私と彼女の間に妙な一体感のようなものが芽生え、非常に心地が良い。心と心が通いあっている、形は違えど、似通った魂の持ち主なのだろう。デスも、いいものだな。

 曲が終わり、部屋に静寂が戻った頃(とは言っても比較的であり、CMの音はする)には私にも正気が舞い戻ってしまった。非常にまずい感じがする。とにかく宜しくない感じがする。レミリアなんて凄く耳が痛そうにしている。あぁ、私の輝かしき高校生活は終わりかぁ。

 

 表面上、何事も無かったかのように会話をしながら会計を済ませ、解散の運びとなる。どことなく、疎外感を覚える。

 

「じゃ、またね!ミスティア!」

「あ、うん、またね」

 

 張本人は非常に満ち足りた様子で住宅街の方へと消えて行く。納得こそ行かないけど、私もこうしてはいられない。バスに乗遅れたらご飯に絶対間に合わない。怒られるのは勘弁だ。

 

「わ、私もここで失礼するね? えと、ばいばい!」

 

 気まずさに負けたのもありバス停目掛けて走り出す。既に辺りは暗くなってきて、手を振ってくれているのは見えるけど、それがどんな表情の元の行動なのかは見えない。

 まだ予定より早いはずなのに発車直前だったバスへ駆け込み、整理券を手に窓の外を眺める。

 

 今日は色んなことがあった。

 この先があまりに暗くたまったもんじゃないけど、私は為す術なく流される他に選択肢はない。

 それに、いいことがなかった訳でもないのも事実ではある。

 不安と僅かな希望でいっぱいいっぱいな気持ちから目を背けると、手元の整理券にバス停の印字が乱れ、何円払えばいいのかわからないことに気がつく。

 はぁ、明日はどんな日になるのかなぁ。

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