ミスティア、高校へ行く!   作:川島鳥真

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第三話 部活動、決まりません。

 生暖かく湿気た空気、空から滴る水たちはいかに早く地面へ落ちるかと競争している。

 そしてその邪魔をしていた私は傘を飛ばされ、びしょ濡れとなって今この場所にいる。暖房が着いていなくて良かったと思いながら靴下などをラジエーターに干していく。

 ジャージもダメそうだなぁ。薄手のシャツと短パンで濡れた体に寒気を覚えながら、誰もいない教室の隅で縮こまっている姿は、正直誰にも見られたくない。

 

「何やってんの、それ」

 

 一番乗りじゃなかったことに驚いたような顔で赤蛮奇が教室へ入り、第一声をあげる。

 

「あはは・・・・・・してやられちゃった」

「何でもいいけど、透けてるよ」

「えっ、きゃっ!」

「冗談。はい、タオル」

 

 軽く笑いながら差し出されたタオルを受け取り、軽く拭いていく。自前で用意しておくべきだったなこれは、便利なものだ。

「ふぅ、ありがとう!」

「ん」

 

 貸してもらったタオルを畳んでリュックに押し込み、お喋りの体勢を作る。

 

「え、何で普通に持って帰ろうとしてるの」

「えっいやいや、洗って返した方が良くない?」

 

 借りパクしようとしたと思われた。

 その後しばらく、2人でお喋りしていた。最近気に入ってる曲はなんだとか、どんなゲームをやるのかとか。 そんな感じ。

 そうしていると段々人が増えていき、事業の時間が近づいてくる。

 

「あっ、もうそんな時間なの」

「ん、だね。スマホ、持ってくよ」

 

 そういえば、授業中とかはスマホを前の棚に預けるんだったか。私は肩を竦めて、持っていないことをアピールする。赤蛮奇は苦笑いをして同じく肩を竦め、前へ歩いていく。もしかして、持ってて預けない人だと思われたかな?

 SHRは大した連絡もなく、少しの休み時間を挟んでLHRへ移行する。どうやら、クラス委員とかを決めるらしい。

 

「こんなところだな。全員何か一つ役割を持ってもらう。サボるんじゃないぞ」

 

 うへぇ、それは考えてなかった。無理やり雇用を生み出されるなんて。

 とりあえず、HR長とか風紀委員はナシ、そんな柄じゃないわ。かと言って保健とか放送とかやろうって気も無い。なんか無いかな、いい感じのやつ。

 

「それじゃあ次、美化委員やるやつ手を挙げろー」

 

 びか、びかって何。そんなに難しく無さそうだしこれにしてみよう!

 

「よし、幽谷とローレライの2人で決定だな」

 

 マジかよ、私砂にされちゃうのか? 私ピンチ! でもなぁ、案外大人しくしてるし、遠目に見ている雰囲気悪い奴ではなさそうではあるのよなぁ。

 他を見て見た感じ、レミリアがHR長、赤蛮奇が風紀委員、小鈴さんが図書委員、小傘が保健委員、橙が数学の教科係と言った感じ。他の人はあんまり知らないし見なくていいや。

 

「よし、決まったな。思ったより早く決まったな、やる気があってよろしい。それじゃあ暫く、自由にしてて構わないぞ」

 

 号令ひとつで生徒たちは席を立ち、各々適当な場所でだべったりなんだりを始める。私はとりあえず着れるようにはなった上ジャージを羽織りどうしようかと少し考え、相棒となる人の所へ行ってみる事にした。

 

「やっほー、これからよろしくね!」

 

 出来る限り愛想良く、機嫌を崩したりしないよう注意を払って挨拶してみる。

 

「あ、やっほー、えーっと・・・・・・」

 

 周りと馴染めてないからか、やりづらそうな表情、かなり恐る恐ると言った感じで返してくる。しかも思えば、誰の自己紹介も聞いてないから分からないのか。悪いやつじゃないだろ絶対こいつ。ただ遅刻しただけじゃん!

 

「ミスティア、ミスティア・ローレライって言うの。見ての通り、食べるの大好き」

「私も食べるのは好き。ミスティア、よろしくね!」

 

 なんだか少し表情が明るくなった気がする。やっぱり困ったら食事の話に持っていくのが楽だな。

 

「あ、私は幽谷響子っていうの! 何となく想像ついてるとは思うけど、ちょっと遠くから通ってるんだ」

「私もちょっと遠くから。遠いから引っ越したんだけど、私の同郷が普通に汽車通学してるから不思議な気分」

「結構大変、引っ越せるならそっちの方がいいわよ」

「説得力違うわね」

 

 楽しそうに笑い出したのを見て、私も笑ってみる。良かった、この調子なら仲良くできそう。

 

「あ、ねえねえ、そのシャツってゲームのコラボのやつだよね?」

「そうそう! よく気づいたね、1番ナチュラルに着れるやつ選んだんだけど」

「いやいや、見たらわかるわよ〜」

 

 こういうわかる人だけわかるタイプのグッズ類はやっぱりいいものだと思う。普通にオシャレとしていい感じだし。話が通じる相手を判別するのにも役立つ。

 

 少しばかり話し込んでいると、レイセンが教室に顔を出して担任と何かを話し始めた。

 そういえば今なんの時間なのかな、大分皆自由にしてるけど本来こんな感じじゃないよね?

 

「よし、それじゃあ移動始めるぞ、廊下に並べー」

「移動だって、何するのかな」

「何って、身体測定じゃないの。プリント見た感じ」

「あぁ、だから今日ジャージ登校だったのね!」

 

 あっそんな呆れたような目で見ないでちょっと何も考えてなかっただけだから。いや、なんの弁護にもなってないなこれは。

 廊下へ躍り出て、いつものように1番前へ立つ。高校生になれば背が伸びると信じて生きてきたが、伸びるのはどうやら私だけじゃないみたい。結局こうなる運命か。

 

「・・・・・・何をやってるんだ?」

 

 担任が微妙な顔で私を見てくる。そうか、橙とかレミリアはいい勝負だから1番前とも限らないのか!

 2歩ほど下がって2人が前に出るスペースを作る。

 

「いや、お前は1番()()だぞ。進行方向わかってるか?」

 

 どうやら出席番号順だったらしい。先に言って欲しいなそういうのは、無駄に恥かいて身長低いことを晒したじゃないの!

 

 私たちはアリのように歩み体育館へ連れられ、端っこで体育座りをさせられる。少し空気が冷たい。

 数人ずつ呼ばれて測定するらしい、とても暇だ。とりあえず隣の人に話しかけてみるものの、特に話題もなく直ぐに沈黙が訪れてしまう。こう考えると、普段話す人は相当話しやすいタイプなんだなと感じる。

 諦めて地面に貼られた所以も知らないテープを爪でカリカリして暇を紛らわしていると、少し遠くから蜘蛛がこちらへトコトコと歩いてくる、音に釣られたのだろうか? 横のところを爪で叩くとそちらを凝視し始め、その隙に後ろを叩くと慌てて振り向いて動きを止める。可愛いなこいつ。

 私たちの番が来て、戯れをやめ立ち上がる。あいつは次のクラスのやつに目を付けられずに生き残れるだろうか?

 

「お願いしまーす」

 

 今日は牛乳と豆乳を飲みながらカルシウムが取れるウエハースも齧ってきた。死角はないはずだ。

 いや、そうでもないかもしれない、身長に気を取られて体重が!

 

 終わり際に3組を呼んでくるようお使いを頼まれ、渋々それを承諾する。

 道すがら測定結果を眺め、落胆。全然身長伸びてない、悲しい。体重はまぁ、まぁ。

 それにしても、3組は全くの未知のゾーンだ。1組にはリグルとレイセンが、4組にはフランドールがいるけど、3組はマジで何も知らない。

 見て見ないことには始まらない、取り敢えず扉を開けてみる。

 

「あら、もう終わったんですか?」

「あ、はい! 準備お願いします!」

「分かりました〜ありがとうございます〜」

 

 なんだかふわふわした人、というのが第一印象だ。優しそうだしあまり怒らなさそう、担任こっちのが良かったなぁ。まだ見た事ないけどなんの授業やってるのかな。

 帰り際に生徒たちを少し眺めてみると、将棋を指してるやつ、リズムトレーニングしてるやつ、早弁してるやつ、とこっちはこっちでなかなかおかしな奴揃いだ。まだ10時ちょっと過ぎだぞ〜?

 

 ガラガラと扉を閉めると反動で扉が少し跳ねる、この教室のは少し作りが甘いようだ。楽しいけど、人のクラスを開けたり閉めたりして遊んだりしようものなら絶対おかしな奴だと思われるから、そそくさと自分の教室へ向かう。

 こっちの扉はタイトで楽しくない。生徒たちが楽しくだべっている状態で、私一人が遅れて入室する感覚は入学式を思い出して少し嫌だな。

 

「あっどうだった?」

「絶望した」

「マジ? 見えないわよ」

 

 通りすがりに橙に話しかけられ、そのまま会話に入ってみる。私待ちの時間じゃないのかな、大丈夫かな。

 

「いやマジよ、全然伸びてなかったわ」

「あぁ、なる。何cm?」

 

 結果を告げると、少し嬉しそうな笑顔に一瞬なる。どうやら負けたようだ。来年には越してやるからな。

 

「小傘はどうだった?」

「あっ」

 

 橙が声を上げるよりも早く、彼女はこちらへ向く。あ、これぞまさしく絶望の顔。驚きはすれど、流石に狙ってやっている訳では無いだろう。

 

「人は幸せを感じると〜〜って、本当なのね」

「幸せって、何かあったの?」

「驚かせすぎたわ・・・・・・」

 

 人を驚かせて太るやつが何処にいるのよ、妖怪じゃないんだから。そうは思ったけど、トドメになりかねないからそっと心にしまっておくことにする。橙へ目をやると、少しばかり肩を竦めて目を合わせてくる。多分同じこと思ってる。

 

 ぬるりと繋がっていたため気が付かなかったけど、いつの間にか2時間目に突入してて、今それが終わった。

 号令もなく休み時間を告げられ、皆聞いたのか聞いていないのか微妙な様子で各々好きに過ごしている。

 

「そういえばミスティアってスマホ無いんだっけ」

「そうそう、無いの。必要になるとは思いもしなかったわ」

 スマホを取りだして何かしようとするも、一瞬考えて動きを止めた橙。軽く苦笑いするも、過去の決断に特に後悔はない私。

「パソコンってどんなことできるの?」

「正直やろうと思えば何でも」

 

 物理的なこと以外はだいたい出来る、やる気と技術があれば。私は無いからしょうもない使い方しかしてないけど。っていうか、それを言えばスマホだってそうなんだけど。

 

「すごいなぁ。いや、何となく私も欲しいなぁって思ってるんだけど、お小遣いで買える値段じゃないからさ」

「確かに。最小構成とかで作っても仕方ないもんね」

「えっ作るもんなのあれって」

「そっちのが楽しい」

 

 嘘。これ安いなって思って買ったらケースだけだっただけ。無駄にしないために頑張った。

 

「そういえば藍様もそんなこと言ってたなぁ」

 ポツリとこぼす。様って言葉本当に使う人いるんだなぁ。そんなにそんなに敬う必要のある相手も今日日なかなかいないでしょうに、もしかしてこの子もオタクなのか?

 

 何事もなく3時間目を突入、またしてもホームルームだ。もしかして今日はこのままお気楽モードで駆け抜けるのかな。

 

「よし、これから部局紹介を始めるからな、ちょっと時間は空くが大人しくしてるんだぞ」

 

 なるほど、ここで騒がせないために自由時間を沢山取らせたのね、策士だわこれは。

 それにしても部活動かぁ、家の手伝いもあるし私はパスかなぁ。面白そうなのがあったらいいけど。

 ちなみに小学校のクラブ活動では囲碁将棋を選んでルールが分からず後悔したし、中学では生徒会に入ったら変な着ぐるみ着せられてマスコット役やらされたし、大人しくしておきたいというのが本音だ。

 

 少しの間外を見ていると、数人のなにかのユニフォームを着た知らない人が教室へ入ってくる。思ったより少ないと一瞬思ったけど、部活動一つ一つが代表数名で勧誘してくるタイプか。

 初めに来たのは野球部らしい、めっちゃ大声で何か言ってるけど聞き取れないし、響子の方がでかかった。レミリアはうるさそうにしている、あの人耳弱いな。まぁ、パスかな。

 次に来たのはバレーボール部、バレーってなんなんだろ、谷じゃないよね。ソフトボール部、意外と球硬い。陸上、コメント無し。バスケット、サッカー、剣道、弓道・・・・・・多いな、そんなに沢山あって人いるのかな、まだ文化部来てないのに。

 

「こんにちは! 吹奏楽部です!」

 

 金髪でダウナーな雰囲気の人、明るい水色の髪でものっすごいウキウキで笑顔の人、そしてその2人を見て肩を竦めて苦笑いをする亜麻色の髪の人。仲良し3人組? 顔立ちが似てるから血縁かもしれない。

 吹奏楽かぁ、管楽器メインなんだっけ。フリューゲルホルンを奏でる様子を想像してみるが、私に似合いそうには無いかなぁ。

 

「あんまり何をやっているか想像つきにくいかもしれないけど、運動部の大会の応援演奏をしたり、体育祭や文化祭でも演奏したりして、結構楽しいことがいっぱいだよ!」

 

 なんか水色の人だけずっと喋ってる。横の金髪の人とか完全にやる気ないじゃん、大丈夫かよこの部。

 

「音楽好きって人は是非入ってね!」

「見学歓迎中よ」

 

 それはメタルやパンクも含まれますか? 含まれないよねぇ、リースとかウェーバーとかそういうタイプだよねえ。あっでもジルヒャーは結構好きよ。

 

 次に来た人たちは荷物を抱えていて、机にケーキだとかちっちゃな人形だとかを並べていく。料理の部活? そういえば吹奏楽はパフォーマンスなかったな、うるさいからかな。

 

「どうも、私たちは手芸部よ」

 

 なるほど、食べられないのか。それは少しばかり残念。でも、遠目だからかもしれないけどよくできてるなぁ。部の紹介している人と見比べても良く馴染んでいて、一見どちらが作り物か分からないほどだ。或いは、両方そうだったりして?

 

「自分達で使える物も作るけど、近所の保育園にお人形を作って寄贈したり、たまに人形劇を開いたりするのが主な活動よ」

 

 あっそれは楽しそうね、なにかもう一声無いかな。

 

「それから今、美術部と協力して洋服作ろうってしてるから、入るんなら早めにした方がいいわよ!」

 

 なるほどなるほど、手芸部、現在ドラフト1位。あれ、ドラフトって順位変動起こすのかな、なんか違う気がする。

 っていうか今横から口挟んだ人、よく見たら影狼先輩じゃん。懐かし〜後で遊びに行こう。

 

 美術部を聞き流し次なる刺客は何かと待ちわびていると、ついこの間どっかで見た気がする人がメイド服のようなエプロン姿で入ってくる。誰だっけな。

 

「皆様、ご機嫌麗しく存じます。私方、創作料理同好会にございます」

 

 そうだ、この漫画でしか見ないようなわざとらしい表現、この前喫茶店にいた人だ! 先輩かよ!

 

「私達の活動内容は至極単純。料理を美味だけで捉えず、感情や情景を表現する場として、芸術を産むのです!」

 

 急激に感情を込めて語り始める、序破急を守ってくれ。化け物じゃないんだからさ。

 

「まぁとにかく、自分の好きなように料理を作れる部活ですわ。難しく考えなくとも、小籠包を作り続ける先輩もいましたし」

 

 何その人、何があったらそうなるのよ、会ってみたいまであるわ。しかし、興味はあるもののこの人めちゃめちゃすぎて一緒にいられる自信ないなぁ。だから部じゃなくて同好会なのか。

 

「ちなみに今、顧問も居なくなって私一人だから廃部寸前なの」

 

 そんなに切羽詰った状態でこの勧誘でいいのだろうか、もう少しあったんじゃないのかしら?

 

 そんな彼女とすれ違い最後に入ってきたのは図書局。局ってなんだ。っていうか、またまたこの前、図書室で勉強してた人だ。そしてその後ろに知らない人と、小鈴さんを注意した紫の人、更に知らない人。かなり人数多いな。

 

「よっ、図書局だぜ。適当に本読んでる。終わり」

「ちょっと魔理沙、真面目にやりなさいよ」

「わかった。真面目に本を読んでるぜ」

 

 絶対そうじゃない、お気楽な部活だなぁ。ここもありかも。

 

「仕方ない、パチュリー、お前がやれ」

「えっ私? えぇと、図書室の蔵書を管理したり、新刊が出たら広報して。あと、大会とかもあるわ」

 

 何もしてないのに急に振られて可哀想。てか、大会って何よ大会って、何を競うの本を読んで。

 

「あったなそういえば。まぁそんな感じだ、局員募集中だぜ〜」

 

 大勢引連れてきた割にはあまりにあっさりと帰っていく。

 不思議な人達だなと思いながら、次が来ないのを見て終わりだと認識する。この中から選ぶのか、どうしようかなマジで。

 

「あー、終わりだな。あいつには後で灸でも据えてやらないとならないが」

 

 顧問か何かなのだろうか、担任はすごく微妙な顔をしながらとうに教室を出ていった背中の影を見つめている。

 

 ホームルームは明け昼休みが始まり、橙たちに誘われてトイレから帰ってくると、男子たちに席を取られていた。

 はた迷惑なヤツらだと思いながら軽く声を掛けて押し退け、弁当を取って廊下へ出る。廊下には弧状のベンチのような物がいくつかあり、食べる場所には困らない。

 

「あっミスティアだぁ!」

「いぇーいレイセンだ。あんたも席盗られたクチ?」

「そうそう、なんか不思議な感じ〜」

 

 数人が固まるだけで居場所が無くなる。中学と教室の大きさこそ差はそこまで無いが、密度が明らかに違う事によって生まれる現象。

 

「あっねぇねぇ、後で影狼先輩のトコに遊びに行かない?」

「あっさすがのミスティアでも覚えてた」

「私をなんだと思ってるのよ」

「オウムにシャウトさせようと奮闘してたイカレ野郎」

「・・・・・・何の事だか」

 

 毒にも薬にもならないような下らない話を取り留めもなく続けながらお弁当を食べ進めていく。レイセンが少食なので、私がやたら大食いに見えてしまうのを感じる。というか、いや、あぁ、どうしよう。運動部に入った方がいいのかな。

 

「ミスティアは何の部活入るの?」

「どうしようかな、まだ考え中。レイセンは?」

「んぅー、強いて言えば剣道かなぁ。いまいちピンとは来てないけど」

 

 彼女は小中もそうやって言いながら剣道を続けてきている。高校でもそうするのか、別の事に挑戦するのか。

 

「よくそのモチベで続くわね」

「他にやりたいことがあったらいつでも辞めるんだけどねぇ」

 

 食事を終えレイセンと別れた後、交友を広めようと辺りを見渡してみるものの、特に話しかけたい相手も見つからない。

 適当に近くにいた人に話しかけてみても、どうやら人選を間違えたようで酷くどもられてどこかへ逃げ去ってしまう。よくもまぁ廊下の壁に寄りかかっていられたものだ。

 他クラスとの交流はしておいた方がいいよなと思案しているうちにチャイムが鳴り響き、仕方がなく教室へ戻ることにする。

 5時間目は数学、また訳の分からない呪文を聞くことになるのかと思うと気分は下がる一方だ。

 

「前回のテストの出来は悪くなかった、嬉しい限りだな」

 

 あれくらいで喜んでくれるのならば楽なものなのだが、どうせ私に向けられた言葉では無いのだろう。

 数学教師はなにか喋った後黒板へ図を書いていく。なんだろうあの記号は、ロックバンドでしか見た事がないぞ。

 

「時に、お前たちはこういう図を見た事はないか?」

 

 円が2つ重なっていたり、そうでも無かったりする図が幾つかある。アレだ、意識高い感じのブログとかで見た事あるやつだ。意味分からなかったけど遂に分かるようになるのか。

 

「こっちのやつはベン図と言って、要素を分類して共通点などを見つける為に使われるものだ。例えば〜〜」

 訂正、今日は日本語訳された呪文の日だ。言葉は分かるけど意味が分からない。それって言葉としての意義を果たしていないのではないか。一応メモを取りながら話を聞いていくものの、いまいちピンと来ない。

 そんな中教師は何かを問い始め、数人の生徒が手を挙げ答えんとしている。

「はい!」

「元気がいいな、橙。それじゃあ〜〜」

 

 この惨状の中よくもまぁそんなに笑顔で手を挙げられるものだと思いながら、彼女の解答もノートへ書いていく。小テストの点数的に出来るタイプだから、残しておけばいい感じかもしれない。

 その後教科書を開き詳細説明を読んだり、数問例題を解かされたりして授業時間は終わる。

 

 6時間目地理だったが、今日もダベって終わりだった。何が目的なのだあの人は。楽は楽でも落差が凄い。

 

 帰りのSHRを終え皆が各々帰宅の準備をしたりする中、私は颯爽と廊下へ躍り出て歩み出す。

 歩み出してから気がついた、どこに向かえばいいのだろう。道に迷った。

 

「えっここボイラー室じゃん」

 

 昔、ボイラー室の地下には大迷宮が拡がっているんじゃないのかとワクワクで侵入して出られなくなったことがあった。中はハチャメチャにうるさいし、変な匂いもするし、非常に恐ろしかったのを覚えている。

 そういえばあの時はどうやって脱出したんだっけ?

 

「おい、こんなとこで何してるんだ? 危ねぇぞ」

 

 中を眺めて苦い思い出に浸っているとふと、背後から声をかけられる。怒られるやつだろうか。否。振り向いた先に見える顔は見知った顔だ。見知ってるけど、えーとえーと。

 

「妹紅先輩だ!」

「あれ、みすちーじゃないの。懐かしー」

 

 碌に手入れはされず雑に伸ばされてはいれど、尚も美しい銀髪、雰囲気に騙されることなく眺めるとまるで宝石の彫刻のような顔立ち。何時見ても感動すら覚えるのだが、世には更に精密な職人技を受けた人がいるんだから驚きだ。

 

「どうしたのよこんなところで、また探検?」

「いや今日は違いますよ、道に迷ってたまたまです」

 

 そうだ、あの時もこうしてたまたま通りかかった妹紅先輩に助けられたのだ。

 

「こんな所に迷い込むとか、一体どこ行こうとしてたのよ?」

「手芸部の見学に行こうかなって」

「真逆なんてレベルじゃないわよ」

 

 先輩は親指を立てて後ろを指したかと思うと歩き出す。着いて来いってことだろうか?

 

「待ってくださいよ〜」

 

 妹紅先輩はどうしてこんなところにいたのだろうか、聞いてみようとは思えど、懐かしさから他に話したいことが沢山あって中々切り出そうともできず次第に忘れていく。

 

「そっか、じゃあもうあの家は売っちゃったの?」

「いえ、おじいちゃんおばあちゃんが住んでますね。先輩が焦がした壁もちゃんとそのままですよ?」

「マジか、不名誉だわ」

 

 十数分ほど歩き続けるとようやく家庭科室が見えてくる、どれだけ道間違えたのだ私は。

 先輩は扉を開け放って声を上げる。

 

「影狼! 客が来たからもてなしな」

「あら妹紅! タケノコ人形でいいかしら?」

「何でそんなもの都合よくあるのよ。ってそうじゃなくて、こっちこっち」

 

 背後にいた私を手で押して前へ持ってこさせられる。中々似合わず力が強い、それとも、体格差のせいだろうか。

 

「あっみすちー! おひさー!」

「いえーい!」

 

 拳を交わして挨拶を済ませる、同じ先輩でもどうしてここまで関わり方が異なるのだろうか。

 

「さっきリグルとレイセンも来てくれてたんだよ!」

「もう帰っちゃった感じです?」

「いや、購買に買い物に行った、寧ろ居座る気ね!」

 

 影狼先輩は笑顔の後軽く苦笑いしながら、近くにあった椅子を私に差し出す。それに座るのを見届けたからか妹紅先輩は何も言わずにこの場を後にする、用事でもあるのだろう。

 

「それにしても、影狼先輩が手芸ってのも不思議な感じ」

「いやね、これが結構楽しいのよ。ほら、これ私の自信作」

 

 モコモコになった冬毛の犬のぬいぐるみを私の元へ持ってくる、撫でてみると想像以上に手触りがよく面白いものだ。どうやって作ったのだろう、これまた不思議。

 先輩の話へ耳を傾けながら辺りを見回していると、部長らしき人と目が合う。ちょっと気まずい。

 

「そう、ここのところがニホンオオカミの血が混じってる表現で〜って、聞いてる?」

「聞いてますよ、当たり前じゃないですか」

「ほんとかな〜、あっ2人が帰ってきた!」

「おっみすちーも来てた」

 

 リグルは私の席に膝をかけて机に飲み物やパンを出す。レイセンは影狼先輩の膝の上にちょこんと座る。この光景だけで関係値がわかるのは面白いものだ。

「350円徴収させていただきます」

「ちぇ、タダで貰えるのかと思ったのに」

「端数は切ったんだから優しい方よ?」

 

 ほっぺたを弄ばれるレイセンを横目に支払いと、忘れていた借金の返済を済ませる。これ、傍から見ればカツアゲのような状態ではなかろうか?

 和気あいあいと何かを話しながら手を動かす部員たちや、そこから離れたところで人形の手入れをする部長へ目をやって見ても、こちらの様子を気にする事はない。

 

「部員ってこれで全員なんです?」

「うーん、大体?」

 

 半分くらいは部長目当てのやつだけど、と付け足す。手芸部という名から想像するよりも、男女比はかなり対等な程。好みのタイプが居ない以外は良い場所だと言える。

 

「みすちーはどこ入るの?」

「まだ考え中だけど、ここ楽しそうだなっては思ってる」

「うふふ、来るんだったら大歓迎よ?」

「ミスティアは手先も結構器用だもんね」

 

 家の手伝いもして、遊びの時間もとって、人と交流する時間もとって、と中々厳しいスケジュールの予定。あまり参加出来ないかも知れないなりに楽しめる場所を選びたいものだ。

 

「部長も2年も教えるの上手だから、初めてでも安心よ」

「先輩は教えてくれないんですか?」

「もちろんできる範囲ではやるわよ。上手くいく保証は無いけど」

 

 と、軽く笑いながらカツサンドに齧り付く先輩の姿には懐かしさを覚える。中学の頃、リグルがそんな先輩と一緒に並んで貝だの、海老だの、小魚だのを挟んだ変わったパンを食べていたのもふと思い出される。

 今は何を食べているのだろうと目をやると、サバを挟んだコッペパンを手に持っていて、変わらない光景に少し嬉しさが湧き出てきた。

 

 その後もまったりと4人で過ごして部活終了の時間となってお開きになる。

 とは言っても帰り道は途中まで同じ、下らない会話を交わして、近くのコンビニで買い食いしながらゆっくり帰路をたどっていく。

 

「そっか、みすちーもこっち越してたのね」

「そうそう、周りが家だらけ建物だらけでビックリしたんです!」

「だよね、家出て目の前竹林! みたいなこと無いものこっち」

「それは場所によりますよ」

 

 三叉路で先輩と別れ、大きめの通りで2人と別れ、薄暗い道を1人で歩む。以前だってそれぞれの家の方向が別で当たり前だったが、少し、いや、かなり寂しさを覚えてしまう自分に驚く。

 栄えた街の中で1人だからか、或いは、何か別のものが変わったのか。

 判別は付かないながらも足を止めることなく家へと向かって行く。

 私は、どうするべきなのかな。

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