ミスティア、高校へ行く!   作:川島鳥真

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第四話 ぽかぽか陽気、包まれました

ミス高4話

「んんー、いい天気だわー」

 

 昨日までの雨がウソのように真っ直ぐで穏やかな日差し、小鳥たちは数日ぶりに拝む朝日に小躍りをするように喜び飛びまわる。 

 普段ならば憂鬱な気分になりがちな月曜日だが、今日この時は非常に清々しく、軽やかな気分が全身を包み込み、足を1歩、また1歩と前へ進め続ける。

 

「おはようございます!」

「あっおはようございます! 宿泊研修ですか? 楽しんできてくださいね!」

「はーい!」

 

 何度か顔を合わせて挨拶を交わしたいつもの人とは最早知り合いとも言える。しかし、どうしてわかったのだろうか? もしかしてOBなのだろうか。

 少しばかり考えながら歩みを進めると少しばかり後方、先の人がいた建物から大きな車が出てくる。大きな、とは言ってもオフ車のように縦では無い、長いのだ。そしてその車の窓から僅かに覗いた顔は・・・・・・。

 

「えっ、レミリア?」

 

 お金持ちそうだとは思ったけど、そこまでかよ。

 

「よし、2組、乗り込み始めるぞー」

 

 校長の長ったるくあまり中身の無い挨拶を聞き届け、ようやくバスの中へ入り、座ることが許されたのだ。まだ僅かに雨水が残って重たいグラウンドに立ちっぱなしは無しだと思うの。

 着替えだのなんだのをパンパンに詰め込んだ手持ちバッグを運転手に渡し、バスのお腹にある貨物庫へ投げ込んでもらう。この瞬間が、学校行事である感覚を強く引き起こす気がする。

 バス座席はしおりを見た感じ、出席番号順で割り振られているようだ。私の席は左後ろの2番目、前と隣は名も知らぬ人で、その後ろには教員がいる。何だこの席は。

 

 暫しの時間を置いてプシューという音と共にバスが少し揺れる。出発のようだ。

 窓の外では先程臨時で設置された壇上で何かを話していた人たちが並んで手を振っている。マジマジと見続けると、車列の最後尾が抜けたタイミングだろうか、疲れたように手を下ろし肩を回す様子が見える。

 教員も、大変なのかもしれないな。と、そんなふうに思った1場面であった。

 

「確か、話したこと無かったよね」

 

 これから約2時間もの間席を共にする相手に、何も声をかけないという訳にも行かない。気付かれないようにしおりを見て名前を確認するが、覚える必要あるだろうか?

 運動部に属する系のオタクっぽい人、話してみると悪いやつじゃない。ただ、共通する話題がなかなか見つからず、ある程度話がノって来るまでにかなり大変だった。

 

 道の駅のような場所で停泊し、トイレ休憩が挟まれる。慣れない会話の雰囲気から水を多く飲んだため、我先にと飛び出し丸太組みの建物へ向かうが、どうにも先客たちで列が既にできている。何故だ。

 何とか危なげなく済ませることが出来、物販エリアを何となく眺めているとレミリアと鉢合わせた。

 

「あら、ミスティア。あなたもお茶を?」

「あっうん、そば茶とか、なかなか飲む機会もないから」

 

 本当は背後にある棚の野菜類を見ていたのだが、ふと声をかけられ咄嗟に話を合わせてしまう。キャベツを見る余裕は無さそうだ。いや、買ったとしてどうするのかって話だけど。

 

「そば茶、飲んだことないのよね。どんな感じ?」

「うーん、すっごい香ばしい麦茶、みたいな? お茶では無い」

「なるほどね、茶外茶なの」

 

 彼女は少し悩んだ様子で眺め続け、軽く頷いたかと思うと韃靼そば茶を手に取り、礼を言ってレジへ向かっていく。まぁ、そんなに変わらないから大丈夫だとは思うけど。

 アフタヌーンティーのような立派なもの並べたテラスで、或いは厳かな茶室の中で立てて、あのパックのそば茶を飲むのだろうか。想像してみるとなかなかにシュールな光景で小さく笑ってしまう。

 

 適当に飲み物を買いバスへ乗り込むと、そんなに時間を置かず出発する。あの混み合いが捌けたとは考えにくいけど、もしかして後ろの方の人は行けなかったのではないだろうか。

 想像するだけでゾッとするような状況にならなかったことに安堵し、心置き無く買ってきた飲み物を口に含む。

 いや、何だこの飲み物、牧草みたいな味がする。2番の、ちょっと柔らかくてマイルドな味。春じゃなかったなぁ、夏場なら良かったものの。

 面白がって隣のヤツに飲ませようとしてみたら、少し驚いた顔をした後断られた。そうか、忘れかけていたが、一応なんか感染症が流行っていたんだっけ。

 

 舌の上で転がして味を確かめながら、遠くの丘で優雅に放牧される牛たちに思いを馳せていると、前から何か紙が回ってくる。どうやらバス内でのレクリエーションのようだ。

 いつ、どこで、誰が、何をしたゲーム。何でこれを選んだ? っていうか、私の列オチ担当じゃないの、困ったな。とりあえず草でも焼いて食わせておくか。

 ・・・・・・・・・・・・あっ単純にダメな感じになった。あららら、あーあ。

 

 次、止まります。止まらないと困るけど。

 ようやく見えてきた目的地らしき建物に安堵し、腰とか肩とかを思い切り伸ばして到着に備える。

 隣にいたヤツをふと見ると、よく寝ている。よくもまぁこんなところで寝られるな。

 起こしてやろうとも思ったが、折角なら寝れるだけ寝かせておいた方がいいだろう。それに、起こせだなんて言われてないのだから。

 駐車場に入ったところで、こいつが起きないと私が出られないことに気がつき、急いで起こしてやる。全く、私のモーニングコールは高くつくわよ。

 

「んぅー、いい天気だわぁ」

 

 山間を抜けたからだろうか、天気も気候も一切が違うようにすら感じる。たとえ気のせいだとしても、少なくとも雲がなく快晴だと言うだけで気分はよりいっそう晴れやかだ。

 

「遅れるんじゃないぞ」

 

 降り注ぐ陽光を全身で享受していると、担任から横槍を入れられてしまった。仕方がない、着いていくか。

 流れの強い上流の河から数mほど離れた位置に拓かれた、曲がりくねる丘沿いの砂利道。少しばかり目を凝らせば小動物たちの営みが垣間見え、人の手が入っていながらも、なかなかに自然を感じられる。

 歩き慣れない者たちが口々に不満を漏らすのを高みより望んでいると、僅か十数分程で開けた場所が見えてきた。湖だ。

 

「いい所ですね、ここ」

「ですね。小鈴さんは見て回らないの?」

「誘おうとしたら歩いてっちゃうから。追いつくの、大変だったんですよ」

「ごめんごめん」

 

 春色を湛え、散った桜の花を浮かべる湖。

 その畔に立つ寂れた資料館の中で、クラスごとに自由時間を設けられた。自由にして良いならこんな日にわざわざ建物の中にいる必要も無いと、2階のテラスへ躍り出て湖を眺めていたのだ。

 

「あっ鳥さん」

「カワラヒラ、可愛いよね」

 

 手を差し伸べ触れようとする小鈴さんをそっと制止する。

「たしかに、そうですね」

「まぁ多分、先に逃げちゃうと思いますけど」

 

 鳥が何をするでもなく飛び跳ねキョロキョロと周りを見渡す様子を少しの間ほのぼのと眺めた後、建物の中へと入ることにする。

 この辺り一帯の歴史物であったり、周囲に生息する生物の標本であったり、エリアによって色々なものが置かれている。見てみれば面白いは面白いのだが、どうにも性にあわない。

 

「見て見て! タイプライターですよタイプライター!」

 

 展示ケースの中には古いながらにしっかりと手入れされたタイプライターが眠っている。詳しい人は印字から型式と時代を当てられると聞いたことがあるが生憎、そんな特技を持ち合わせていないのは残念だ。

 しかし、なぜこんなものが展示されているのだろう? 別に、そんなに特別なものでも無いでしょうに。

 他にも、古いポストだのガス灯だの、場所が余って珍しいものを詰め込んだだけのような一角と化している。小鈴さんがなんだか楽しそうにしているからいいけど。

 

 私達に充てられた時間が終わり、半分ほど追い出されるかのように外へと急かされる。忙しいものだ。

 この時間はなんだろうか、特に指示はなく、建物の前で立ち尽くしている。好きにして良いのだろうか。

 暇を持て余し周りを見回してみると、小さな獣道のようなものが湖の方へと繋がっているのを見つけた。

 

 散りかけの桜や葉っぱを出し始めた木々の間を縫い湖の傍へ降りて、陸へと上がろうとするザリガニと戯れる。冬眠明けでまだ碌に食べられていないのだろう、あまり元気はなく、色も動きも悪い。食べたって美味しくはないだろう。

 

「何をしているの?」

 

 背後から声をかけられた。落ち着いた声で、聞き馴染みは無い。知らない人だろうか。

 

「春と戯れてるの〜」

「春!? どこどこ?」

 

 それとは別の人が何処かから聞きつけてやって来た。変な人。

 

「ほら、ここ。ポカポカ陽気に誘われて、そこかしこで布団から顔を出してご飯を探してる」

「ホントだ! 春だー!」

「何この変なやつら」

 

 初対面でその失礼さも十分変な奴と言えるのではないだろうか。全員変なら怖くない怖くない。

 

「あなたは何をしに来たの? 春目当てじゃないなら」

「湖目当てよ、魚と遊びに来たの」

「なんだ、結局春じゃないの」

 

 ザリガニが無事に海老を捕まえるのを見届け、ようやく振り返る。さて、どっちがどっちの人かな。

 一人、自らをわかさぎ姫と呼称する、人のこと言えないトンデモ変なやつ。おっとりとした印象を受ける。

 一人、リリーと名乗る春大好き人間。かなりふわふわした感じだ、レイセンよりも浮遊感がある。

 何だこの集まりは。

 

「いい日差し、ここはちょっと地盤が緩いけど、寝るには最高だわ」

「ですね〜、若草の香りに包まれるのもまた春〜」

「ご飯逃しても知らないわよ」

「そういえばなんだったっけ」

「バーベキューって言ってたわよ」

 

 と言うことは近くのキャンプ場まで歩くのだろう、またあの四方から不満が聞こえることになるのか、あるいは明確な目的に足取りが軽くなるのだろうか。

 

「ん、そろそろ私行かなきゃ〜」

 

 少しだべっていると、リリーがふと立ち上がりトコトコと歩いていってしまう。4組なのだろうか? 残った2人で何をしようか考えるけど特に思い浮かばない。

 何もせず湖をぼうっと眺めて言葉を交わし続けた。

 

 暫くして食事の時間もそろそろ、皆の所へ戻るや否や、とてつもなく怒られた。どうやら何か予定のある時間だったらしい。それならそうと先に言っておいてよ。

 罰として焼く係として抜擢されたが果たしてこれは罰なのだろうか。こっちの方が性に合っている。

 

「そっちの2人は野菜を洗ってザルに空けといて。あなた達は焼きやすいように肉のラップを剥がしてね」

 

 炭を焚き、風と熱量の調整をし、網に油を塗りながら軽く指示を出す。志願しておきながら何をすべきかも見当つかない人たちはなんなのだ。

 火が炭全体に回り始めたのを確認して、追加を少し入れたあと全てを左側に寄せて組む。こうすることで直火で焼く場所と、遠赤外線で中に火を通す場所の2つを作れるのだ。

 直火と直射日光の板挟みで流れる汗を感じながら、

皆で連携して肉や野菜を網の上に並べる。脂が滴り蒸発する音と香りに心が躍り、作業の手は早まっていく。外にいるのに家にいるようだ。

 

「ふふっ、おつかれー」

「うぃー」

 

 暫く焼き続け周りの人がバテ始めた頃合に交代の時間がやってきて、ようやく食べる側へと回る。

 表面の焼きも中も悪くは無いのだが、もう少しこだわりたかったものだ。でも、人とやるのだからそうもいかないのが残念。

 

「そもそも炭がなぁ」

「えっなに突然」

「何でも」

 

 そこそこ人の多い席に座ってみたのだが、結局他の人に声をかける気もそんなに起きず、隣の橙とだけ喋っている。

 

「あっ玉ねぎ食べる?」

「焼いた人の目の前でよく言えるわ」

「いやいや、お礼よお礼。献上奉りしますです」

 

 バラさず纏まった状態で火を通された玉ねぎは辛みがすっかり抜け切って、甘さを前面に押し出し主張してくる。好みとしてはもう少し辛い状態がいいのだが、こっちの方が人気だから仕方がない。

 

「でもさ、カッコよかったよ! お肉焼いてるミスティア!」

「はいはい、褒めたってあげないわよ〜〜」

「そんなんじゃなくってホントだもん」

 

 ふと作業場の方を見ると、小傘たちが数人がかりでわちゃわちゃしながら焼いたり燃やしたりしている。大丈夫かな、ヤケドしないといいけど。

 まだ熱を持つ体を冷まそうと飲み物を口にするが、半口分程度で切れてしまった。流れた汗の量と釣り合わない。

 近くに自販機でもないかと席を立とうとすると、逆隣に座っていた人が何も言わずに未開封のスポドリを差し出してくた。優しい人だ。

 

 食事を終えた後、美化委員として私と響子とその他大勢が集結させられた。貧乏くじだったか。

 どうやらグリルとか何とかを一切合切綺麗にしなきゃ行けないらしい。まぁ、確かにそうだ。仕方がなく2人で後片付けを始める。

 

「ミスティアの焼いたお肉が1番美味しかったなぁ」

「ほんと? ありがとう」

「ほんとほんと。なんか柔らかかった!」

 

 無理して褒めようと絞り出すこともないだろうに。

 役目を果たし燃え尽きた、或いはまだやる気のある炭たちを火消し壺に放り込み、炭捨て場へ持って行く。

「手際良いね」

「こうでもしないと終わんないから。網は終わった?」

「バッチリよ! 今水切ってるとこ」

「おっけー、あとはこのゴミの分別かぁ」

 

 皆が食べた、または食べ残した物は一箇所にまとめてどっさりと置かれている。これを仕分けて袋に入れなければならない。とんだハズレくじだ。

 

「この皿って燃えるゴミかな」

「紙だよね多分。でも油吸ってるし、燃やせば燃えるでしょ」

「大丈夫なのかなぁ」

 

 響子は念の為と担任にゴミの処理を聞く、マメなやつだ事。そして結局、この自治体では燃やすので正解らしい。

 

 その後湖を離れ宿泊施設へと戻り、腹ごなしはバッチリだ。この後は何をするのだろうか?

 しおりを取り出そうと思ったけれど、リュックをわざわざ下ろすのが面倒でやめてしまう。分からない方が面白いよ、きっと。

 

「よし、それじゃあ各自、しおりを確認して自分の選んだ体験場所へ向かってくれ」

 

 前言撤回。道にでも迷ったらまた怒られる。

 そもそも何を希望したのかと、しおりに聞いてみないと分からない致命傷。仕方がなく取り出すと、蕎麦打ち体験に丸がついている。1階か。

 蕎麦は日本食の中でもかなりシンプルで、故に多彩な在り方をして、それぞれの個性が色濃く出る料理だ。学んでおいて損は無いと、ほぼ即決の形で選んだのだった。

 

 先のそば茶もあるし、ここは蕎麦処なのだろうか、挽いてそう時間も経っていないと思える香り高いそば粉が目の前に存在する。時期に訪れれば綺麗なそば畑が見れたりするかも?

 普段は店でもやっているであろう貫禄のある講師がそば粉に水を入れ混ぜていく様を見て、私たちも同じように真似ていく。直感的に必要そうな水量よりもかなり少なく感じる。

 

 コロコロとした小さなそばの塊たちをまとめあげ、体重をかけて空気を抜くようにこねていく。どれくらい力をかけていいのだろうか、あまりやりすぎると潰れて麺が死ぬと思うけど。

 

「ねえミスティア、これで合ってる?」

 

 体を浮かせ足が床から離れるくらいに力をかけて全力で捏ねる橙。どう考えたってやりすぎだと思うけど、そうなる気持ちも分かる。あまりにも固い。

 しっかりと肩を入れて必死に捏ね、次なる刺客として綿棒を使う時がやってくる。これを伸ばすとか正気か?

 

「はぁはぁ、よ、よくできるねミスティア」

「何とかって感じだけどね」

 

 感覚として近いのは、薄くて切れない包丁でかぼちゃを切る時だろうか。真っ直ぐに力を掛けないとどうにもならない。

 そんな筋トレを乗り越えればついに切る作業、これは簡単。力をかけると畳んだ麺が潰れて太さが変わってしまうようだが、渡された麺切り包丁は中々切れ味のよいもので、危なげなくこなせるくらいのものだった。

 茹でも難しくない、言われた通りにすればいいだけ。それまでのトレーニングジムのような作業こそ大変だったが、技術的な話で言えば職人を目指すわけでもなければかなり単純な話だった。

 

 冷水からざるにあけ、サッと盛り付けた深く暗い色のそば達が私を誘おうと歌う。結構いい声色だ。

 こいつにつゆなどいらない。粋とかいう話じゃない、この香りを前にして手を加えてしまうのは罪だ。

 

「いただきます」

 

 麺を口へ含むと、噛むまでもなく濃厚なそばの香り、そして蕎麦殻の仄かな苦味が広がる。コシは強く食べ応えがありながら、割と簡単に切れてしまう不思議な食感だ。しかし、美味しいは美味しいのだが、先の労働と割には合わないなとも感じる。香りは良いのだが、どうしてだろうか。

 

「ねぇねぇ、そっちのちょっと食べてみていい?」

 

 橙の打診を快く受けいれ、ザルを交換して食べ合うことにする。

 太めで不揃いの麺、固めで脆く簡単にちぎれるように噛み切れる麺。この粗雑でまさに田舎そばと言った感じがそばの香りを引き立てとても美味しく感じる。

 この歌は農家のおっちゃんが粗暴に口ずさんでいるようなものだろうか。雰囲気がある。

 なるほど、こういう風に作るのが正解なのか。

 なんだか負けた感じがする。

 

 持ち帰り用に袋詰めされたまだ茹でていない麺を小脇に抱えた状態で、私たちはそのまま広間に集められ、インターネットの利用に関する講習を受けさせられる。

 幾人かがそばの香りを漂わせているだけでも異様だが、他にはピザやらケーキやらとめちゃくちゃな状態だ。

 講習の内容は大したことでもない、当たり前のことを喋っているだけだ。何故ここまで来てこんな話を聞かなければいけないのだ。

 

 おなかいっぱいで眠気が襲う中開かれた地獄講習が終わるとそのまま、学年交流みたいなのでグループ対抗クイズ大会だそうだ。どうしよう、何も答えられないぞ。

 

「頑張ろうね、ミスティア!」

「頼りにしてますよ!」

「優勝してみんなを驚かせよー!」

 

 どうしよう、何も答えられなさそうだぞ。いや、それぞれ得意分野はあるか。橙は算数とかできそうだし、小鈴さんは文学行ける。小傘はまぁ、なんかできるだろ。私は私のできることをするだけだ。

 

「というわけで、優勝はこのチームです!」

 

 ダメだった。粉微塵もダメだった。全員がそれぞれ領分が細すぎる。なんなら最下位だ。唯一取れた問題は小傘の取った“ るつぼ鋼”だけだ。なんで取れたんだよビックリ。

 レミリアと赤蛮奇がいるチームはいい線まで行って戦っていたが、常識問題っぽいのを結構落としていた印象。やっぱり変なやつって常識ないんだなぁ。

 

 そんな思いを他所に少しの待ち時間の後晩御飯がやってくる。広間へぞろぞろと歩いていき、中へはいるとお膳がずらっと並べられている。すごい光景だ。

 何列にもなるテーブルの列にクラスごとに分けられた区画があるらしい。とりあえず2組って書いてあるとこに座ってみる。

 

「えっと、そこ私のとこなんだけど」

「えっ場所決まってるの?」

「しおり読みなよ」

 

 そうして私は端っこへと追いやられてしまう。ああ、悲しきかな、誰も話す相手がいない。いや、いないことは無いけど何話したらいいんだこいつら。

 とりあえず今日の出来事なんかで雑談を食い繋ぎ、新入生代表であるレミリアの「いただきます」の合図で食事を始める。かっこいいなアレ、勉強もっと頑張るべきだった。

 軽く尊敬の眼差しを向けていると目が合ってしまう。ちょっと気まずい。

 

 膳へと向き直り内容を眺める。珍しいものが並んでいる訳では無いが、メゴチの唐揚げとは中々面白いものを。中々どうして、ふわふわとした食感の中にある優しい味わいが、衣のパキッとした感覚と合う。

 美味しいご飯を食べて満足気な表情を面前に晒している、と思うとかなり恥ずかしい思いがあるのだが、どうせ誰も見ていないだろう。そう考えることにして、心ゆくまでこの美味を享受する。

 

 食事を終え部屋割り当てに従い帰ろうとするさなか、響子から声をかけられる。

 

「ふふっ、すごい美味しそうに食べてたね!」

「えっ」

 

 しまった、変な自己紹介をしたせいでただの食道楽野郎と勘違いされているのではなかろうか。

 

「いやぁ、あのえっと、違くてね? 普段はそんなことないんだけど、あの魚すごい美味しかったからさ。うん、そう。あんまり普段食べられるものじゃないし」

 

 何か弁明をしようともするのだが、どうにもその考えを裏付けてしまいそうなことばかり口走ってしまう。コレはミスったなぁ。

 

「ふふっ、可愛いね。ミスティア」

 

 軽く笑って颯爽とどこかへ去ってしまう。

 なんだ今の表情は、すごい好みだぞ?

 

 混雑した廊下に飲まれまいと必死に真っ直ぐ進み続けようやく部屋に入ると、今朝預けた荷物入れの手持ちバッグが上がり框横で出迎えてくれる。外と中の落差がすごい。

 今日一日中履き続け、この時期とは言え流石に蒸れてしまった靴を脱ぎ、消臭スプレーを吹き掛けておく。いや、念の為ね?

 ずっと傍らに持っていたリュックと蕎麦を畳へ下ろし、窓辺で一息つくことにする。少し疲れたなぁ。

 

 空も暗くなり始めて、春ではあるものの少し冷たく乾いたような風が頬を撫でるのを感じながら、昼のスポドリの残りを流し込む。あの人に今度、何か礼をしないとな。

 

「何してるんですか?」

「ん、何もしてない」

「だったらまだお風呂まで時間ありますし、下で買い物しません?」

「あっいいね! 行きましょ行きましょ!」

 

 廊下へ出てみると人の流れは落ち着いており、皆部屋の中で交流会でも開いているのだろう。

 そこそこでかい階段を駆け下り、物販の場所を訪れ商品を眺めてみる。よくある土産屋といった品ぞろえでしかないのだが、旅行気分の私にとっては十分すぎた。

 

「あっ見て見てこれ可愛い!」

 

 小鈴さんが、謎のぬいぐるみを抱えて喜んでいる。なんだあれは。

 言われてみれば確かに愛嬌は僅かばかりあるのだが、全体的な相貌としては完全に溶け出してしまった謎の物体と言った雰囲気だ。

 

「わっなにこれ? ふわふわしてる」

「わかんないけど可愛いです、買っちゃおうかな」

 

 どう答えていいものか分からず、とりあえずはにかんでその場を誤魔化す。もう少し愛嬌要素が強ければ問答無用で同調できるのにと、よく見れば見るほど謎なぬいぐるみだ。

 

「あっでもこっちのやつもいいなぁ。わっTシャツ可愛い!」

 

 家用の土産を軽く選びつつ、今夜の夜食を集めていく。折角人と集まって夜を明かすのだ、何も無しに過ごすなど考えられないだろう。

 そんな正義を振りかざし、ついつい食べたいものをカゴに詰め精算してしまう。後戻りはできない、食べないともったいないからね。

 

 部屋に戻り買ってきたクッキーを皆でつまみながら、くだらない会話を繰り広げる。正直名前も知らない人ばかりだが、何とかなっている。食は世界共通言語だ。別に異文化交流してる訳でもないけど。

 

「そういえばお昼の時、どこいってたんですか?」

「お昼? あー、湖見てました」

「えっ湖?」

「うん。3人くらいでぼーっと」

 

 随分と驚いた様子だ。まぁ、それもそうか。いきなり姿を消して怒られてた理由にしてはしょっぱい。その自覚はある。

 

「ミスティアさんってなんか、不思議な人ですね」

 

 人のこと言えないと思う。

 

 しばしの時間が流れ、外が完全に暗くなってきた頃、私達の風呂の時間がやってくる。

 正直色々食べたばかりで胃が重たく、具合が悪くなるのでは無いかと心配になる状態なのだが、クラスごとに時間分けがなされてしまっている。更に部屋風呂の使用は原則禁止のため、今を逃すと風呂に入れず明日を迎えることになる。それは嫌だ。

 

 エレベータが混み合っているのを横目に階段で風呂の階まで降りてみると、微かに硫黄のような臭いが漂っている。どうやら温泉らしい。

 気分が上がりながら服をカゴに押し込み歩もうとしたところで突然、これから長い付き合いになるであろうクラスメイトたちに身体を晒すのが気恥ずかしくなる。特別これといったことは無いのだが、或いは、だからこそか。

 ハンドタオルに身を隠そうと縮こまり、怯えるように歩みを進める姿はは、周りからどのように映ったのだろうか。

 

 適当に空いていた洗い場の端っこに座りシャワーのレバーを押して頭からお湯を被ると、どこを食おうかと呑気に選り好みしていたダニ達が一斉に流されていくのが見える。舌舐りせず噛んでいれば食事にありつけたものを。

 当然のように使用を禁止されている、備え付けのシャンプーを1プッシュ手に取ってみる。少しばかり重たく、汚れ落ちこそ悪そうなものの、割といい香りがする。

 しかし私は今日かなり汗をかいたし、葉っぱだの土だの灰だのを被ったのだから、これでは仕方がない。

 お気に入りのものをポーチから並べて、1番スッキリするやつを選ぶことにする。

 

 いち早く体を洗い終え、温泉に浸かって大きく伸びをする。そんなに強くなく、想像以上に柔らかいお湯だ。久々の温泉なのもあってかなり期待していたのだが、タマゴのような肌を手に入れることは適わなそうだ。

 しかしながらゆっくりと浸かっていると、なかなか心が安らいでゆく。温泉の効能というものは、実利的なものだけでは無いようだ。

 お湯の中から、洗い場の方で語らったり巫山戯たりしている愉快な一行へ目をやる。

 シャンプーハットを使って髪を洗う橙、それに水をかけて遊ぶ小傘、跳ねた水に迷惑そうな顔をするレミリア、それに逆側からお湯をかける赤蛮奇、眺めて笑う小鈴さん。

 愉快にも程がある。端っこなんて行かないであそこに混ざりたかった。

 あの楽しそうな空間から逃げるという建前の下、先程湯の中へ歩く途中に見つけたミストサウナへ入る。

 

 扉を開けた瞬間、霧雨を全身に浴びているような感覚に襲われるのは、何度体験したって面白いものだ。

 ミストを出す機械の直下に腰を下ろし、目を閉じて温かさに身を委ねる。乾式ではなかなかこうしてぼーっとすることも出来ないから、こちらの方が私には合っている。

 

「あれ、先客がいた」

 

 計器の類を見たり腕を伸ばした全身でミストを浴びたりして暫しのんびりとしていると、グンッと空気の動く感覚とともに響子が入ってきて、私の隣であぐらをかいてベンチに座る。

 

「よく入るの?」

「まぁ、そこそこってとこ。静かで気楽だからさ」

 

 窓から先程のご一行に目をやろうとするも、霧で曇って何も見えない。

 

「響子はどうなの?」

「私は初めて。温泉熱かったからこっち来たの」

「そっか、ミストも結構暑くなったりするから気を付けてね」

 

 何を話そうかと話題を探してみるけど、まだきっかけも無しに会話し続けれる関係値では無い。今日あった出来事などで、黙せずとも弾まない程度にだべってみる。

 

「そういえばミスティアって、結構色んな人と仲良くなってるよね」

「うーん、どうなのかな。話したことない人だらけだけど」

 

 まぁ、多様な発色してるタイプの人と仲はいいと思うけど。

 

「まぁ、実情はどちらにせよ、ミスティアに相談があります」

「はいはい、なんでございましょうか?」

「私、クラスに馴染めず困っております」

 

 でしょうね、そんなことだろうと思った。正直、美化委員で一緒にならなければ話しかけずに1年を終えていたまである。

 初手のインパクトもそうなのだが、話し始めてみるといい感じだけどもそこに至るまでに、つまり話しかけにくいような雰囲気がどこかある。上手く言語化はできないが。

 

「うーん、なんとも」

「なんとかならないかなぁ、楽しげな人多いから話したら楽しそうじゃない?」

 

 何かしら考えてあげたいのも山々だけど、私から御紹介ってしたって意味ないだろうし。強いて言うなれば、響子にできるだけ絡むようにしてかつ、話に入ってきやすい雰囲気を作ってあげるくらいのものだろうか。

 軽く会話を重ねながら思考をめぐらせていると、少しづつそのスピードが鈍ってくる。何せ私たちは今、ミストサウナに篭もりっぱなしなのだ。

 

「あれ、もう出るの?」

「うん、あんまり長く入ってると具合悪くなっちゃうから。響子、も温まったら出た方がいいよ」

 

 少し低温に下げたシャワーでふつふつと出てきた汗達を流し、もう一度温泉に浸かって湯を揉みこんだ後上がる事にした。

 私が最初1人でミストサウナにいたくらいの時間が経った頃だろうか。体を拭き終え軽装に着替えて髪を乾かしていると、響子が上がってくる。

 軽く手で挨拶だけして髪を乾かし続けていると、えらく手早く着替えを済ませ、こちらへ一度も来ることなく立ち去ろうとする様子が目に入る。

 

「えっ早くない?」

「ん、どうせ乾くからね」

 

 軽く拭っただけの、水滴を大いに抱え込む髪を揺らして微笑む姿に、僅かながら先輩の影を見出してしまう。

 それについでに、いいことも思いついたかもしれない。

 

「響子、こっちこっち」

「なになに?」

「いいから、座って座って!」

 

 化粧水などを入れるポーチの奥に乱雑に入れてあった、トリートメントだのの類を鏡の前に並べていく。

 作戦はこうだ。このドライヤーエリアのど真ん中で、まるで美容室のように髪を手入れし、セットをしていく謎空間を作り出す。

 そうしたらあのご一行の誰かは興味を示して、こちらへ寄って会話の機会も生まれるという話だ。

 ついでに私は、人の髪をいじれて楽しい。これをWin-winと言わずしてなんと言おうか?

 

「えっ何が始まるの?」

「何、いいことだからさっ、大人しくしててね」

「うぅ、いじめないでね?」

 

 タオルでギュッと押さえるように水滴を吸い取った後にトリートメントを手にのばし、手櫛で髪全体に馴染ませていく。

 

「やっぱり綺麗な髪じゃない、放っておくなんて勿体ない」

「そ、そうなのかなぁ」

「安心して、私がきっちり手入れしてあげるから」

 

 馴染んだあとは根元から強温風で乾かしていく。時間をかけてはいけない、でも焦ってもいけない。なかなか難しい所だ。

 少しづつ乾いていくにつれて、だんだん髪がうねり始める。どうやらかなりのくせ毛らしい。髪質も硬めだが、上手くやればふわふわで可愛い感じにできるはず!

 丁寧に櫛を通して髪の向きを整えていると、髪を乾かしに来た小傘が、こちらへ興味を示す。

 

「ねぇねえ、何やってるの?」

「髪を乾かしてるの、小傘もやってみる?」

「やる!」

 

 後ろ髪を任せ私は前髪を整えることに専念する。あくまで学校行事の最中であるうえ、そもそも夜だから整髪料は使えない。無理に真っ直ぐにするよりは、ある程度クセの通りに流してやる方がいいのだろうか?

 小傘は随分と器用らしい、スルスルと手を通して形を決めていく。負けてはいられない。

 

「結構触ってて楽しい髪だね」

 

 響子は返事をせずに目を伏し気味に下を見ている、慣れていないのかもしれないけど、それじゃあ仲良くなれないぞ。

 

「もっとこう、ふわっとしたシルエットの方にした方がいいわ」

「この辺のボリューム増やして」

 

 デザイナーと監督みたいなのも出てきた。いい感じいい感じ。作業員に徹しよう。

 

 ふわふわ犬毛のように髪が仕上がるころには、響子も少しずつ会話に入って談笑できるようになっていた。

 なんか知らないけど大成功だ!

 

「自分でやる時はこっち側に一回持ってきた方がやりやすいと思う」

 

 それっぽいアドバイスをしながら様子を伺う、なんだか楽しそうだ。

 このイベントはお開きになって、みんなは少しずつ各々の支度をして部屋へ戻っていく。

 

「ミスティア、ありがとうね」

「ん、私は髪を弄んで楽しんでただけ。またいつでも歓迎よ?」

 

 そろそろ次のクラスが来る頃合いだろう、私も部屋に戻ることにする。

 

 昼間は制服だったが、夜の服装は指定がない。適当なものを着崩してラフに過ごす。

 

「明日も晴れますかね?」

「多分大丈夫じゃないですかね見た感じ」

「何が見えてるんです?」

 

 見るというか勘というか、何となくそう思える。この辺りの気候に詳しい訳では無いが、大抵こういう時は晴れるだろう。

 

「それにしても、美味しいですねこれ」

「ですね、買って良かった。こっちも開けてみる?」

「やったあ!」

 

 今日は特別だ、いっぱい食べていっぱい楽しむのだ。多少重力を良く感じられるようにはなるかもしれないが、食より良いコミュニケーションも中々ない。今優先すべきは、交流をして仲良くなることだ。

 色物のポテトチップをつまみながらテレビを見て談笑する、そんな空間を割るように担任が呼びかけることも無く入ってくる、何事かな?

 

「……おいローレライ、服はちゃんと着た方がいいぞ」

 

 多少はだけてるくらいで何を注意されねばならないかと思ったが、その手にはカメラがある。

 なるほど、それはたしかに困ると、バッグの中から少し長めの服を出して軽く着る。

 布団を適当に動かし座り、みんなでトランプをしていることにする、私がディーラーだ。正直ルールなんて詳しくないけどそれっぽくカードを配ったりする。でも今小鈴さんがカードを取る時に、何かをしたような気がする。

 

「準備できたか?」

「ええ、だいたい大丈夫です」

 

 そんな様子を撮ってもらい、そのままゲームを続行することになった。アレは学年新聞に載ったりするのか、後に購入できるのか。どちらにせよ、見られて困るような状態は写っていないだろう。

 ゲームの結果はもちろん小鈴さんの勝ち。次は試しにシャッフルを任せてみて、よく観察をする。シャッフルの始めの方で手数が少し多かったように思える。

 

「ふふっ、また私の勝ちですねっ」

 

 その後もいい感じに勝ち続ける彼女の様子を見るに、やっぱり何かしたように思えるが、真相がわかる前に消灯時間が訪れてしまった。

 

 ひんやりとして少しばかり重たい布団の中でまったりしながら、ひそひそ声で会話を続ける。

 こういう場合の会話は、好きな人だとかタイプだとかそんなものが相場だと思って事前に用意していたのだが、何故か映画の話から動く気配がない。

 いや、何故かは分かってはいる。

 小鈴さんがいい感じに場を損ねることなく映画の話題から動かさないのだ。

 

「そうそう、そこのシーンってホントは何パターンも撮られてたらしいんですよ! 例えば〜〜」

 

 ディスクに付いてくる特典映像とかの話だろうか、スクリーンで見てさらに買うタイプなのだろうか。

 この人は本の話でいくらでも喋るけど、映画でもこうなるのか。見てないし分からないし、寝たら怒られるかなぁ。

 

 聞いても想像のできない話は子守唄に最適だ。

 だんだん瞼の重みが増していき、頭がどんどん枕に沈んでゆく。

 明日はどんな一日になるのかな。

 ポカポカとした感覚に身を委ねて優しさに包まれたところで、私の意識は途絶えた。

 

「あれ、聞いてますか? ……寝ちゃいました?」




どこに住んでどこに行っているのでしょうね?
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