微かな肌寒さの走る薄暗い部屋。
カーテンの合間から差す光は既にかなり明るんでいて、新たな一日の始まりを高らかに歌っている。
そんな声に包まれながら平気で寝ている皆を起こさないよう慎重に動き、部屋の戸棚に入っているお茶を入れて朝を享受する。
宿泊研修2日目、今日1日色々やって、日の暮れる頃に学校へと辿り着く日程。
だと言うのに、今の時刻は4時を回ったところだ。こんな時間に起きてしまってどうしろというのか。未だ酷く眠たいのだが、布団の中でじっとしていても眠れる気配がない。
眠りこける皆を起こさないで出来ることなどたかが知れている。だが部屋の中で何もせず数時間も耐えることなどできる気がしない。
私は許されざることを行おうとしている。
そっとノブに手をかけ、引き倒し、素早く身を外に出す。脱走だ!
耳鳴りが聞こえそうなほど静まり返った廊下。端の窓からは白んだ光だけが差し込み、背徳感をそそリ立てる。
開けたメイン階段は人目につきやすいから、外を通る非常階段から下へと降りてみる。
特に何がある訳でもないが、森の方を眺めてみると、小動物たちが営みを始めて忙しなくあちらこちらと駆けずり回ったりする様子が見える。何をしているのだろうか。
「あれっ、ミスティアだ」
「ん、レイセンじゃん!」
特に何を考えるでもなく散歩をしていると、僅かに顔を出し始めた小さな花々のサークレットを乗せるレイセンと出会った。
そういえば、レイセンもこういう時に脱走したがるタイプだった。小中の頃を思い出し、不思議と懐かしくなる。
「何か面白いものありそう?」
「うーん、目の前かなぁ」
あまり声を上げないよう注意を払いながら、雑談をして散歩をして回る。何がある訳でもなくとも、仲間がいることでこの小冒険の価値というものが高まるものだ。
「あっうさぎさんだっ!」
「ふふっ、好きねぇ」
「勿論。いくら眺めたって飽きないわぁ」
風に撫でられ揺らぐ木々、そのざわめきと共に、柔らかな草木の香りが吹き抜ける。
兎はその音に首を傾げ、どこかへピョンピョンと飛び跳ねていってしまう。そんな様子を見て2人で顔を合わせて微笑み合う。
光の射角も鈍くなっていき、段々と辺りが暖色を帯びて明るくなり始める。森と山に囲まれていてよく見えないが、日の出だろうか。
「そろそろ、戻った方がいい感じかな」
「だねっ。あ、凱旋するなら戦利品がいるよねっ!」
そう言ってレイセンは、まだ幼い草花を編み小さな花の環を作り出す。こんなの持っていたら無断外出が一撃でバレると思うが、受け取らない訳にも行かないよなぁ。
「ふふっ、似合ってるよ、ミスティア!」
「まぁ、それならいいか」
来た時と同じく非常階段を昇り出て、耳の感覚を研ぎ澄ましながら慎重に廊下を歩み進める。
レイセンが先行して、私が後ろを警戒しながら互いに合図を出し少しずつ進んでゆく。
今にそこの扉から教員が出てくるのではないかとヒヤヒヤした思いがある。仮にそうなった場合、どう言い訳したものだろうか。いや、花冠を頭に乗せた奴が何を弁明したところで、状況が変わることなどないのだろうが。
起床時間、館内アナウンス用のスピーカーから、やけに音質の悪い音楽が流れ出す。恐らく校歌だろう。随分と寝覚めに悪そう。
無事に朝を迎えることが叶い安堵した私は、朝食前に温泉へと向かっていた。
部屋に入った時、誰かしらは起きていて問い詰められでもするかと思ったのだが、全員爆睡していた。なんなら小鈴さんなんて、今の自由時間中にも寝ていたりもする。
「おは、ミスティア」
「おはよー」
これだけ早起きしたのだから一番乗りでたどり着いたかと思ったのだが、カゴの棚をのぞくと赤蛮奇を含め数人がいる。まぁ、善戦はしたと言ったところか。
「あ、昨日の変な奴」
「おはよう、昨日の変な奴」
「何、姫、知り合い?」
「聞いての通りよ」
ええと、そうだ。わかさぎ姫か、実名かどうか怪しいけど。2人こそ、知り合いなのだろうか。蛮奇の表情が若干柔らかくなっている気がする、仲良しなのかな。
「昨日お風呂の時やばくなかった? 流すだけダニが出てくる感じ」
「えぇ、あんまりそんな感じなかったけど」
「何があったらそうなるのよ」
数人でぞろぞろと洗い場へと入り、言葉を交わしながら体を洗う。今日は1人じゃない。
「結構空いてるのね」
「だね、皆まだ寝てるのかな」
「もう6時にもなる。そんなわけが無いでしょ」
「おっと、小鈴さんの陰口はそこまでよ」
「居るのかよ」
昨日に比べ、ほとんど穢れの無い身体を泡まみれにしたあと暖かいお湯を被り、手早く洗いを済ませてしまう。
ふと横を見ると赤蛮奇はまだ、頭を洗っているところだった。少しばかり、雑になっていただろうか。
さっぱりはしているものの、汗や石鹸が落ちきっていないと痒くなって嫌だ、もう一度洗い直す。
その上で再度横を見ると、まだ髪を流している。これはあれだわ。赤蛮奇がスローペースなだけだわ。
そこからもう一つ奥に座るわかさぎ姫とふと目が合い、肩を竦め合う。
待ち続けても仕方が無いとミストサウナを目指して立つと、わかさぎ姫も私の後に着いて歩き出す。
「良いわよね、ミストサウナ」
「うん、こうも春色なのに肌へ寒々しさを感じる、こんな朝の為に設えられんだろうね」
「嫌よ、いつだって、好きな時に入りたいわ」
「別に禁止されてなんてない」
「行間を読むものでしょそういうの。そしたら、禁止の意しかないわ」
機械を通って粉々にされて噴出される水達が曇らせるガラス張りのドアを開いてみるが、昨日のような熱気を感じることは出来ない。
何となく嫌な予感がしながらも中に入って座り込んでみる。
「ねぇ、寒くない?」
「あらミスティア、ギブアップかしら?」
「競う気ないわよこんなので」
鳥肌だのなんだのを立てながら僅かに震えを感じる。それもそうだ。熱気が一切なく室温とほぼ同じくして肌寒い状況の中で、霧状の水を被っているのだ。体温を奪うだなんてあまりに容易、上手くやれば赤子にだって真似できる芸当でしかない。
飛び出して温泉へと逃げ込むまでにそう時間はかからなかった。
「わっ危ないじゃないの」
「ごめん、でもあそこマジで寒いのよ」
「そうなの? ミストサウナなのに?」
「ミストサウナなのに」
お湯に肩を超え顎くらいまで浸かって、染み渡るような温かさを全身を持って受け止める。
数分ほどまったりを享受していると、入浴者第2波がやってくる。思ったのだが、なぜ夜は時間分けされているのに、朝は同じ時間で入るのだろう、かなり手狭になっている。
「よっみすちー、また何かやったんだって?」
「リグル、先に流してきなさいよ」
「いーや、話を聞くのが先だね。それが嫌なら手伝ってくれてもいいのよ?」
「仕方ないやつねぇ」
リグルはあまり手先が器用じゃないからか、頭を洗うのが苦手らしい、たまにこういう機会があれば毎度のように私に頼んでくる。
「そう言えば面白いものあった?」
「何の話よ急に」
「とぼけたって。私に隠し通せるわけないでしょ」
「ああ、知らない知らない。よくわかんないけどなんもなかったと思うなぁ」
どうして私の無断外出がバレているのだ。レイセンが口を割るとも思えないし、見られていたのだろうか。こいつはいつだって耳が早くて恐ろしい。
最後に軽く湯に浸かった後、上がり湯をかぶり脱衣所に入って退室の準備を進めていると、第3波がやってくる。そろそろのんびりはできなくなってくる時間帯だ。
「あら、早いのね」
「あ、レミリアおはよう! ミストサウナ寒いから気をつけた方がいいよ」
「え、ええ、そうなの? それは残念だわ……?」
入る気満々であったのだろう、少しばかり表情が曇ったように見える。
あれから時間も経ち状況が変わっている可能性もあるにはあるが、私の上がる少し前に、わかさぎ姫が半ば凍えているような状態でお湯へと逃げ込んでいた。何故そこまでして霧を浴びていたのだろうか。
部屋へと戻り、布団の上でゴロゴロと怠惰を貪り尽くすように、時間を贅沢に無駄にし尽くしている。
この光景だけ見れば、学校行事などではなく、単なる個人の旅行に思えてならない。そもそもとして、宿泊研修とは一体何の研修なのだろうか。
「ミスティアさん、いつまでそうしてるつもりですか? そろそろ片付け始めないと」
「さっきまで爆睡しててよく言えますね」
「さっきはさっきです。今はちゃんと起きているじゃない」
「はいあい、わかりましたよっと」
しおりに従って、指定されたように布団を畳み片付ける。
その際によかした脱ぎっぱなしの服だの、出しっぱなしの雑貨だのをバッグへ押し込み大雑把に準備を終える。
そこまで作業して気がつく、日中はジャージ着用が義務付けられているではないかと。
焦って今仕舞ったばかりのバッグをひっくりかえして、折り目がいくつかついたジャージを引っ張り出す。
「何やってるんですか、せっかく綺麗になったのに」
「また綺麗にすればいいじゃない」
着替え途中で窓の外へと寄って、ジャージをバサバサとほろっている様は非常に異様だろう。なんでこんなことをしているんだ。
朝食は昨晩とは違い、僅かに洋風な広間でのバイキング形式だ。斧でも持ってくるべきだったか。
主食や主菜のコーナーはあまりの混雑にとてもじゃないが近寄り難い。私は仕方がなく豆だのサラダだのを盛り付けて時間を潰す他ない。
「おっと、ごめんよ」
「こっちこそ。大丈夫?」
「問題ないよ。そっちも大丈夫そうだね」
ひよこ豆なる豆がどんなものかと眺めていると、誰かとぶつかってしまった。幸い、零したりすることは無かった。
水色の髪をツーサイドアップに留めた、人あたりの良さそうな人。怖い人じゃなくて助かったわ。
いやしかし、彼女の盆に積まれたサラダの量よ。やけにキュウリの主張が激しい。
「随分と器用ね、それ」
「何、いつもの事だから。それに、あんただって人のこと言えないじゃないか」
どうせ必要になるからと、何枚か皿だけを盆に載せていたのだが、言われてみれば確かに異様だと言わざるを得ない。
「何、いつもの事よ。これくらいできなくっちゃ」
「おかしな奴。私はにとり、3組だ」
「ミスティア、2組よ」
「霧ねぇ……似合ってるじゃないの」
またしても食いしん坊だと思われてしまっただろうか。はたまた、仙人の類と勘違いされた線だってある。あぁ、こういう些細なことで私のイメージは崩れていくのだろうなぁ。
軽く雑談をこなして時間が過ぎるのを待ち、ある程度すいたタイミングで別れて自らの食事を探して歩み始めた。
パンに天ぷら、煮物にソーセージ。一貫性のないラインナップを次々とかきあつめて、自陣へと戻り食事を始める。
「朝からよくそんなに入るわね?」
「ふふっ、いっぱい食べてて可愛いでしょ」
「ビックリに近い感覚だわ」
「ビックリ! 何の話何の話?」
朝食時間はクラス内で自由席らしい。ついいつもの癖で、適当な場所に座っていると橙と小傘が寄ってきてくれた。
未だ人と関わり慣れていない私としてはかなりありがたい話だ。
「橙が持ってるのってお寿司?」
「うん。あんまり美味しそうじゃないけど、取らずにはいられない」
少しばかり目を細めて、はにかみながらそう言う様子を見るに、魚を摂取しないと症状が現れるタイプなのだろう。
「ねぇミスティア、この後の交流会、私たちで組まない?」
「えー、昨日それで惨敗したしなぁ」
「大丈夫、今日は体動かすらしいし!」
「小傘、運動できるの?」
「全っ然出来ないよ!」
コイツは驚かすことに全リソースを割いて生きているタイプなのだろうか。
いや、こうして振っておいてとんでもなく運動神経が良いと言う驚かし方も考えられる。
結局、試してみるまで運命は収束しないようだ。
「それじゃあ、レミリアとか誘ってみる?」
「あっいいかも!」
「決まりね、今日こそ勝つわよ」
食事を終えて、デザートだって食べた。
栄養万全元気も満タン!
これで動いたらお腹痛くなっちゃうかもしれない。
そんな心配の中、自由席でバスへと乗り込み近場の体育館へと移動を強いられる。もう少し部屋でのんびりとしていたかったものだ。
「さて、それじゃあ作戦会議を始めるよ!」
「随分とやる気なのね、頑張り甲斐があるわ」
「勿論。昨日のスープは苦すぎたわ」
あと一人、小鈴さんを誘ってみたがやんわり断られてしまったので、赤蛮奇を連れてきてみた。
レミリア、赤蛮奇、橙、小傘、そして私ミスティア。なんとも言い難い組み合わせだ。
真っ白い壁、テカテカとしていてまだペンキが新しい鉄骨。中へと入ると僅かに木材の匂い漂っている。
出来てそう間も無いのだろうか。体育館と言えば古く寂れたようなイメージがあったのでこれこそ驚きと言えよう。
私たちは入場早々に、5人1組のチームを組むよう指示される、既にできているが。
そもそもこのクラスは36人なのだが、余った人はどうするのだ。
そうして出来たチームは、他のクラスのチームと当てられ戦うことを強制される。教員たちは観客気分だろう。
走って、跳んで、ボールをぶんどって投げて。
威勢こそ良かったが、こうして動いてみるとどうにも難しいものだ。相手を直接無力化出来ればどんなにラクか。
チームの連携だって取れていない。身体能力がぶっちぎりのレミリア任せで、橙が一応ついていけているくらいのものだ。
そしてそのレミリアはボールの扱いが苦手らしく、身体だけ前に出てボールを置き去りにしていることも多い。アレを拾って繋ぐのが勝利への道だろうか?
「な、中々難しいね」
「私たちにできることないかなぁ」
なんだかんだ何とかなり、何故か勝つ事が出来た。これで良いのだろうか。相手さんあんまりやる気ないんじゃないの?
そう思い次に戦うことになる相手を見てみると、非常に驚いたものだ。
リグルにレイセン、ここまではいい。それから響子に今朝話したにとりに以前出会ったフランドール。余った人たちがクラスを跨いで連合軍となっている。
「雑多に集まって強いってことあるの」
「えぇ、そうね。全くもって驚きだわ」
何となく呟いた言葉に、レミリアはやけに神妙な面持ちで返す。
「まぁ、私たちの相手ではないわ。ボコボコにぶちのめしてくれる」
おそらくあちらが数段上手であろう事が火を見るよりも明らかな状態で、何時になく真剣でキリッとした顔から放って良い言葉では無い。
少しばかりの時間を置いて私たちは闘いの場へ駆り出される。
レミリアとフランドールは互いを射殺さんとする程に睨み合い、漫画とかで出てきそうな重ための空気感が辺りを包み込む。なんでこんな場に私はいるのだろう。
この空気感に当てられてか、響子も随分とこちらを鋭く見てくるし、リグルは元々目付きが良い方では無い。とんだ不良集団だ。
「手加減は要らなくてよ、お姉様」
「あら、そんな情けを掛けて貰えるとでも思っていたのかしら?」
そう言って拳を交わすことでゲームがスタートする。あれ、なんて言った今? 私達は姉妹喧嘩にでも巻き込まれているのかな?
考えている暇はなく、飛び出したボールを拾って蛮奇へ回す。恐らく彼女がこの場で1番ボールを扱える。
ある程度前進したらレミリアが突出してパスを貰い、得点して帰ってくる。これが今できるいい感じの動きなのだが、それを何度も許してはくれない。
リグルとレイセンの連携に押されるも小傘と協力してボールを奪い橙が反転攻勢、にとりに抑えられながらに放ったロングシュートはバウンドしてフランドールの手へ。
彼女の身体能力には目を見張る、レミリアだって相当運動神経良いのだが、その更に上をゆくのだ。私になんて止められたものじゃない、一緒に守りに着く小傘共々あっという間に抜かれてしまう。
失点から次の攻勢にかかるがまたしてもシュートは決まらない、跳ねたボールは響子が拾ってすぐさま前線へと上がられる。
そんな攻防がしばらく続いて試合も終わり頃、互いに陣形も崩れて乱れながらの混戦となり小学生のような試合の仕方をしている。
自陣手前でリグルのパスを奪い取り攻め入ろうとするも、響子に阻まれてしまう。恐らく彼女も結構運動できるタイプだろう、冷静に周りを見てレミリアへとボールを投げ渡す。
「あら、行かせないわよお姉様」
「立ち塞がるだけなら三下でもできるわ」
殴り掛かるかのようにボールを奪おうとするのを体を捌いて紙一重で躱す一進一退必死の攻防、そういうものだったっけこれ。周りの人も邪魔してはいけない空気が漂い呆然と見ている。
「どうする? あれ」
「どうするも何も、ただの姉妹喧嘩になってるしなぁ」
「ぶつかったら絶対痛いよねあれ」
「危うしに近づかないに越したことはないよね」
今にも取っ組みあい始めるんじゃないかという雰囲気に気圧される中そろりそろりと近づく影がひとつ。
一瞬の隙を付いて味方であるレミリアからボールを分捕りそのままシュート! なんと、決まってしまった。
「どうだ! 驚いた!?」
皆唖然としているが、ブザーが鳴って私らの勝ちが決定づけられた。
皆ポカンとしたまま次の試合へと通されてしまったが、元部員のみで構成された最強チームにボコボコにされて酷い目に合わされました。
近くの公園の木陰にあるベンチ郡の中で、配られた弁当を各々摂り始める。昼食を公園で食べるのが最近の流行なのだろうか。
「何だかなぁ」
「余りに釈然としないわ」
「ビックリで言えば100点満点振り切ってる」
口々に感想を述べながら微妙に冷めて脂っこい弁当をその口へと運んでいく。
いやはや、この大きなトンカツよ。抜群の食べ応えなのだが身はしっかりと柔らかく、硬い筋も緩すぎる脂身も微塵も感じられず、ただただ揚げたてを頬張ることが出来ないのが残念でならない。
ソースを少しばかりかけてみると少々濃厚で、特にセロリなんかの味がよく主張してくる。これは全部掛けると味が潰れてボケるタイプだ。
「こういうお弁当って、お魚出てこないよね」
「わかるわぁ。大抵お肉、しかも揚げてある」
「揚げるにしたって、幾らでも選択肢はあると言うのにね。あってもよく分からない白身魚フライとかかしら?」
「サバの味噌煮とかイワシの梅煮とかでいいから、こうして日の目を見ないかなぁ」
「好き嫌い別れそうなものを並べちゃって」
サラッと流したが、レミリアが白身魚フライを知っているのは驚きだ。案外庶民的なのか、はたまた私の知っているものとは別の次元の話なのか。
何にせよ、そんな会話をしているとフランドールが現れ、手招きをしてレミリアを連れて行ってしまう。
何事だろうかと眺め続けているが、特段殴り合いだとか技の掛け合いが始まる様子もない。寧ろ楽しそうに会話をしている。なんなんだあの姉妹。
少し大きめのベンチに橙と2人きりで残され、少しばかりの寂しさを覚えながら食事を終える。
「あ、件の人が来た」
「えへへ、最っ高に決まったわ!」
「それは認めるし凄いと思う」
「でも1番驚いてるのは多分私自身よ、入るなんて思わなかった!」
その程度の自信であの場に身を投じたことが何よりの驚きなのかもしれないが、そう言うとさらにもう1段階上の驚きが飛び出してきかねない為、慌てて言葉を飲み込む。
「良くもまぁそこまで、驚かすのに全力出せるわ」
「まぁ、私の生き甲斐みたいなものだからっ!」
楽しげながらにハタ迷惑は生き甲斐だ事。
次なる予定は何かと、僅かに夏色の混じり始める日差しを一身に受けながらぼうっと考えてみる。
クラス交流のようなものは一応そこそこやったし、わざわざこんな所へ来て行われる講習のようなものも思い浮かばない。
しおりを開いてみれば一撃でわかるようなことでしかないが、それをするのはロマンがないというものだ。
「そういえば次って……」
「ちょっ、ネタバレ!」
「うぇっ、ごめん?」
冗談、確認するのがめんどくさいのを正当化しただけ。ごめんね、橙。
原っぱを駆け巡る少々子供らしい人々、詰まるは響子だのリリーだのを眺めていると、呆れながらに微笑ましい気持ちでいっぱいになる。
「ミスティアもこっち来て遊ばないー?」
「春がいっぱいですよ!」
相変わらず声のでかいヤツだ。苦笑いで返してやろう。
でも昨日の一件もあってか、周りの人と関わることへの抵抗感も減ったらしい。良い兆しだろう。
「仲良いんだ、あの人と」
「うーん、そこそこ?」
「そこそこで、あんな笑顔で呼ばれるの」
「私も昨日初めて喋ったんだけど、悪い人じゃなかったよ!」
「そうそう、悪いやつじゃない。何なら橙も一緒にかけっこでもしてみたら?」
橙は少しばかり目を丸くした後考え込み、何かに納得したかのように頷くと元気に駆け出して、あの楽しげな連中の輪へと加わる。
「適当言ってみる物ね、仲間が増えてるわ」
「ここからビックリに繋げられる展開無いかなぁ」
「今日はもうお腹いっぱい!」
昼下がりの愉快な時間を終えた後には再び先の体育館へと引き戻される。どんなスケジュールの組み方だ、考えたやつ出て来い。
そう思って学年主任の方を伏目ながらに見てみると、随分と怖そうな人だ。いや、表面上だけは気の良さそうなんだけど、目つきも悪いし絶対まともな人じゃない。
苦言を呈すのはやめておいた方が良さそうだ。長い物には適度に巻かれておいてあげようじゃないの。
ここで次に行われたのは、校歌の練習だの、何だの。段々と旅行気分から学校気分へランクダウンしていくのを感じる。
お昼ご飯を食べて、お日様をいっぱい浴びた。寝不足の体にそんな仕打ちをして何が起こるかだなんて分かりきった話でしかない。
大丈夫、少しだけ。そう、今日はちょっとだけ。それくらいならきっとバレない。
そう信じていたのだけれど。
「全く、この短期間で2度も、同じことで怒る羽目になるとはな」
「ええ、全くです」
「お前なぁ……」
ひと通り怒鳴られた後のこの、少しばかり冷静になって対面で話す時間が、どうにも居心地が悪い。
何なら、怒られてる時間の方が気楽なようにも感じられる。下向いてぼーっとしてればいいだけだから。
何故にさっきまで敵みたいなものだった人とこうして駄弁らねばならないのか。
「まぁいい、慣れないことで疲れも溜まるだろう。今回はこれくらいにしておくが、次は無いようにな」
そうして体育館へと戻されるのだけど、皆が体育座りで並んでいる中をかき分けて定位置に戻る時の恥ずかしさと言ったら無い。
休憩を挟み、小さなレクリエーションも終わり、今日の日程も殆どを終えてしまった。
残すは帰って行くだけ。それとトイレ休憩。
帰りのバスは自由席らしい、この2日間で仲良くなった人と固まれるシステムだろうか、面白いこと考えるじゃないの。
誰と座ろうかと悩んでいると、響子がそっと近づいてくる。
「ねぇ、隣座ってもいい?」
「ん、良いよー」
懐かれてしまったのだろうか?
快くオーケーして、素早くバスへと乗り込む。
私たちが何を言われるよりも先に占領したのはもちろん、左側の最前列! 眺めが良くて楽しい席だ。
タイヤの上の小高い所も候補としてあったけど、率先して高い所へ行って、馬鹿だと思われるのも癪だった。
「そこは私の席なんだが……いや、先に伝えなかった私が悪いか」
担任が、まさかここを取られるとは思わなかったのだろう、目を丸くして軽く引きながら私たちの後ろへと座る。
監視の目こそ着いてしまったが、これは楽しいことになった。今度小傘に自慢してあげよう。
「私らの勝ちってわけね」
響子ははにかみながら親指を立てて言う。やっぱり楽しいやつだなこいつ。
行きとは違い、少しグッタリとした空気の中バスが発進する。運転手が横にある見慣れない変な長い棒を操作する様子を、物珍しく眺めたりしてみる。
「バスって何もかもデカいよね」
「だね、私も負けないくらいでっかくなりたいものだわ」
「横幅が?」
「失礼なヤツね〜〜」
やっぱり食道楽だと思われているのだろう。
確かに作るのも食べるのも好きだけど、そこまででは無い、ハズ。
「それにしてもさ、ありがとね」
「えーっと、なんだっけ? まあまあ、苦しゅうない」
「ははあ、いやいや、昨日馴染めないから助けてってお願いしたじゃない」
「うーん、そうだった気もする」
言われてみればそんな気もするが、何せ昨日のことだという。そんな大昔のことを全て覚えているなんて無理な話だろう。
「覚えてなくてもいい。ミスティアがきっかけ作ってくれたから、何とかなりそうな気がするんだ」
「それは良かったわ」
「ほんとにさ、何かしてあげたりはしないけど」
「しないんだ」
「冗談、今度何か奢るわよ」
だったら行く場所は決まっている。楽しみがひとつ増えた。
オレンジが少しばかり混じる木漏れ日をかき分けるようにバスがグングン進み続ける中、私たちは他愛もないような会話を続けていたのだが、やはり中々どうして眠気が募り始める。
「はぅ〜わふぅ」
「いいなぁその欠伸、私に頂戴」
「無茶言わないの」
「私も眠くなってきたわ」
そう言って肩に少しばかり重いものが乗っかるのを感じる。優しさとかに溢れて、ちょっといい匂いのするものだ。
「わっ、なんか丁度いい」
「私が眠れないんだけど」
「私の頭に乗っかったら?」
「流石に気が引ける」
その言葉から少しの沈黙が流れ、遂には次に交わされるものは無かった。
後ろの方ではなんだか楽しそうな声がするけれど、先程中途半端な状態で起こされてしまったからか、急激にぼんやりとし始めてしまう。
隣の犬みたいなやつを起こさないようにと慎重に体勢を変えて、意識を落とすことにする。
ドタバタと、皆が下車の用意をする音で目を覚ます。
傍から見れば私達は、風に凪ぐつくしんぼのように見えたのだろうか。
「響子、着いたよ、起きて」
「んぅ、着いたよ起きた」
「何言ってんの、ほら、私の肩枕サービスは終わり。起きた起きた」
「はぁい起きた起きたよ」
ボケボケの状態で、足元にあるバッグなどを拾って下車の列にまじる。
外はもう暗くなり始めて、先まで居た場所とは全く別の次元に来てしまったようにも錯覚する。
大荷物のバッグを運転手から受け取り、その傍らで集められて軽く解散の会を執り行えば、この宿泊研修は終わりとなる。
「じゃあね〜」
「うん、また来週〜」
違う方向へ帰る人たちと別れて、いつもの帰路を歩み始める。
その時間を共にするのはレミリアだ。
「なんだかどっと疲れたわね」
「だね、でも楽しかった!」
「えぇ、いい経験だったわ」
少し後方からリグルの声が聞こえてくるが、折角だしこのまま二人で帰ることにしよう。
「それにしても、貴女がこっちの道だなんて知らなかったわ」
「私も、レミリアがお金持ちだなんて、いやまぁ、予想はついてたけど」
「何、見られちゃったの」
「見ちゃったよ、でっかい車で登校するの」
前へと躍り出て手を大きく広げて見せながら、昨日の朝車が通って行った道を指さす。
帰りの迎えは無いのだろうか、お嬢様って、校門まで執事が迎えに来るものじゃないの?
「あまり好きじゃないのよねあの車」
「贅沢な悩みだコト」
「何、お父様があの車にお金かけすぎて他を買えないだけ、みたいなものよ」
「なんか思ったのと違う」
「そんなものよ、使ったら無くなっちゃうわ」
お金持ちってお金が無限に湧いて出てくる訳でもないのね、意外な話だわっ!
そんな話をふざけ半分に続けながら歩き続ける。
「そういえばお昼にいた、レミリアの妹? あの人は何だったの」
「あぁ、あのおたんこなすね」
少しばかり困ったような声色へと変わり、どう説明しようかと悩んでいるのが伝わってくる。
別に悪い関係ということもないのだろう。
「まぁ、気に食わないけど、仲が悪いってほどでも無いだけよ」
「気に食わない?」
「何、色々あるのよ」
ぼんやりとした答えでしかないが、他人である私に全てを話す義理もないか。
仕方がなく身を引いて雑談を交わしていると、いつも通学途中に見かけるでかい建物へとたどり着く。
「それじゃあね、ミスティア」
「ごきげんよう、レミリアお嬢様」
「あら、成って無くてよ」
そう言って咳払いをひとつした後、レミリアは一瞬誰だかわからないくらいに表情を変えて手本を見せてくれる。
「それではローレライ様、御機嫌よう」
暖かな灯りの下に映える優雅。
まさかこうして本物を見られるとは、思いもしなかった。
小さな灯りを辿るようにして家へと帰り、食事や土産話を済ませた後、自室のベッドへうずくまる。
今朝レイセンから貰った花冠は少しばかりしおれているが、未だ可愛らしく咲いている。
旅行先から帰ってきた我が家なのだが、壁も床も家具さえも新しく、あまり安心感を覚えはしない。
でも、思ったのとはちょっとばかし違ったけど、すごく楽しかったのは間違いないし、皆と仲を深めることも出来た。
先程あれだけ寝たばかりで眠気も何も無いが、暖かい気持ちでいっぱいになるのを転寝して享受する。
いやはや、いつの間にかどんどん時間が過ぎていきますね。
この世界まだ4月だぞ、時差が過ぎる。