歪の天使   作:やんでれてんし

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アクタージュ覚えてる人いるのか?
それはともかく、ヤンデレっていいよね


1話

 

俺には、昔から想いを寄せ、焦がれている人物がいる。

君の顔が、透き通るような声が、シミ一つない素肌が、流れるような綺麗な銀髪が、ふとした時に見せる微笑が、怒った時に見せる激情が。

どうしようもなく、俺を惹きつける。

火影に群がる虫のように、どうしようもなく、抗うすべもなく、俺は貴女に焦がれている。

 

だけど、この感情を恋とは呼べない。

この感情は、恋なんて言葉で表せるような、綺麗なものじゃない。

こんなにも醜く、ぐちゃぐちゃに歪んだ感情を、恋などという綺麗な言葉で表していいはずがない。

俺は、この感情の名前を知らないし、名付けることもできないだろう。

名前も知らぬ感情よ。もし、お前に姿があったなら―――――どれほど、歪で醜悪な姿をしているのだろうか。

 

ーーー

 

平日の夕方。

学校が終わり、道草も食わずに素早く帰宅してきた俺は、いつものルーティンとして筋トレに勤しむ。

一人暮らしのアパートのワンルーム。窓から夕暮れの光が差し込み茜に染まる部屋。

そこに設置された懸垂用器具の棒に足をかけ、まるで蝙蝠のように逆様になってぶら下がったまま、上体を起こして自らの腹筋を苛める。

上体を起こし、下ろし、起こして、下ろす。

自分の筋力だけを頼りに、ひたすらに同じ動作を繰り返す。

腹筋に加わる強烈な負荷に顔を歪め、小さな呻き声を上げるながらも、動きを止めることはない。

やりたくもない筋トレを、ただひたすらに続けていく。

 

俺は、筋トレが好きじゃない。むしろ嫌いな部類に入るだろう。なんせ、俺はキツイことや辛いことは極力やりたくないと思っているから。

筋トレなんてのは、自分の体を苛め抜くことが必要なキツイことの代表格だ。

しかし、その気持ちとは裏腹に、妥協を許さず限界まで自分の体に負担をかけていじめて、虐めて、苛める。

やめたいと思っていても、俺の体は限界を迎えるまで止まることはない。

こうして、自分に負荷をかけている時間だけ、余計な感情を忘れられるから。

今この瞬間だけは、何よりも嫌悪する…自分の内面に渦巻くモノを忘れられる気がするから。

 

「…………っ!……はぁ…はぁ………」

 

しばらく空中で腹筋を繰り返していたが、遂に限界が来た。

どれだけ力を籠めようとも体を持ち上げることが出来なくなり、深く息を吐いて脱力。乱れた息を整えるため、何度か深呼吸を繰り返す。

そのまま蝙蝠のようにぶら下がったまま、だらんと全身の力を抜いてゆらゆらと小さく前後に揺れる。

ユラユラと、まるで振子のように揺れながら、窓から差し込む夕暮れをぼーっと眺めていると、ベッドの上に放り投げていたスマホが唐突に震え、ポロロンという特徴的な音が鳴った。

この通知音は、特定の人物からのDM限定で鳴る通知音だ。俺が自ら設定したわけではなく、DMの差出人が勝手に設定したものである。曰く、『私だってすぐに分かるようにしておくね』とのこと。

勝手に変えたら何を言われるか分からないし特に不便もないため、そのままにしている。

おかげさまで、この通知音を聞くだけで誰からのメッセージか一瞬で分かるようになったのだが、この音が鳴るたびに心の奥底で複雑な感情が渦巻く。そして現在も、同じ感情が心中で沸々と湧き上がってきている。

先程までは、筋トレで無理矢理忘れようとしていた、感じないようにしていた感情。絵の具を全部ごちゃ混ぜにしたような、何とも言えない黒さを持つ感情が。

湧き上がってくる感情が表に染み出してしまう前に、心にそっと、無理矢理蓋を閉める。

いつも通り、感情を抑えることに成功した俺は、蝙蝠から人間へと舞い戻りスマホを確認すべくベッドへと向かう。

ベットの上に乱暴に放られていたスマホの画面を確認すると、予想通りの差出人から1通のメッセージが届いていた。

 

『ねえ、今から私の家来れる?』

 

差出人は、俺の幼馴染。

俺がどうしようもなく焦がれ、感情を向ける人物からのメッセージに対し、俺は自らの歪な感情を押し殺しながら返事を打ち込んだ。

 

『わかった』

 

ーーー

 

都内某所。

高級住宅街にある高層マンションの一室で、ノースリーブのシャツにショートパンツを身に付けた1人の美少女がスマホを手に、ソファに仰向けで寝傍っていた。

白雪を思わせる美しい銀髪をショートボブに切り揃え、シミ一つないきめ細かな白い素肌の少女。

彼女はまるで、この世に舞い降りた天使のような圧倒的な美しさを持っており、実際に天使だとしても違和感は感じない。それほどまでに、浮世離れした美しさ。

そんな絶世の美少女の手に持つスマホが震え、メッセージの受信を知らせる。差出人は、彼女の幼馴染の少年。

少女は届いたメッセージを確認すると、端正な顔に小さな微笑を浮かべた。

 

「ふ~ん…相変わらず断らないんだね」

 

意味深な表情を浮かべながら、少女は楽しそうな表情を浮かべて、自らのスマホを優しく胸に抱く。

そのまま静かに目を閉じ、まるで我が子を慈しむ母親のような慈愛に満ちた表情で、少女は口を開いた。

 

「ふふ…かわいいなあ…。私から離れたいのに、離れられないんだよね?…でも、だめだよ」

 

少女は目を開け、ふわりとした、まるで天使にような軽やかさで立ち上がり、ゆっくりとリビングの窓まで歩いて行く。

高層マンションの上層階から、東京の街並みを見下ろしながら、少女は歳に似合わない妖艶な笑みを浮かべ、幼馴染の名前を呼ぶ。

 

「離れるなんて許さないよ、ひーくん」

 

夕暮れの窓に映る少女の顔は変わらず美しく、しかしそれ以上に蠱惑的で。

先程までの天使ではなく、人を惑わす美しい小悪魔が、都会を見下ろして佇んでいた。

 

ーーー

 

千世子のメッセージを確認し、汗を流すために軽くシャワーを浴びた俺は、都心にある高層マンションに訪れていた。

ここは高級住宅街であり、このマンションも例に漏れず超高級。階層にもよるだろうが、家賃月100万円はくだらないだろう。正真正銘、日本でも有数の金持ちや著名人が暮らすマンションだ。

俺の住む家賃月5万弱のワンルームとは比べるのも烏滸がましいし、もし比べたとしたら天と地、どころか天国と地獄くらいの差があるだろう。

何故、一般人である俺がそんな高級マンションの前にいるのか、その答えは簡単。

先程のメッセージの差出人―つまり、俺の幼馴染がこのマンションに住んでいるからである。

俺は普段通りの足取りでエントランスへと進み、慣れた手つきでパスワードを入力してマンションの内部に足を踏み入れる。そのままエレベーターへと向かい、幼馴染の住む階層のボタンを押した。

初めてここに来た時は緊張して死ぬかと思ったが、何回も来ていれば嫌でも慣れてしまう。ここに来るのが何回目かは覚えていないが、もはや慣れすぎて第二の家みたいになってしまっている程度にはここに来ている。

 

暫くするとエレベーターが止まった。目的の階層に到着したようだ。エレベーターから降り、無駄に豪華な廊下を歩いて目的の部屋へと向かう。

目的地である部屋の前に到着した俺は、何時ものように呼鈴を鳴らした。

数秒後、扉が開く。

中から姿を現したのは、まるで天使のような風貌をした、絶世の美少女。

俺の幼馴染であり、想い人であり、国民的女優である百城千世子が、美しい微笑を浮かべた。

 

「ひーくん、待ってたよ」

 

「ああ、お待たせ。千世子」

 

俺の返答に満足そうに頷いた千世子と共に、部屋の中へと入る。玄関で靴を脱いでいると、千世子が俺の顔を見ながらジト目で言う。

 

「……合鍵あるんだから、わざわざインターホン鳴らさなくていいのに」

 

「…女子の家に勝手に入るわけにもいかんだろ」

 

千世子の言う通り、俺はこの部屋の合い鍵を持っている。持っているというより、千世子に無理矢理持たされている、といった方が正しいか。

千世子からは常々『いつでも勝手に入っていいよ』と言われているが、幼馴染とはいえ、付き合ってもない女子の家に勝手に上がり込むのはハードルが高すぎる。

ふと思ったがこいつ、俺のこと信用しすぎじゃないか?いくら幼馴染とはいえ、俺は男だ。男に合鍵をポンと渡すなど、警戒心が無さすぎる。

千世子がいない隙に部屋に入って、盗撮カメラを仕掛けたりなど、幾らでも悪事が思いつくし、やろうと思えば実際に出来るのだ。まあ、流石にやらないが。

そういうことを考えていないだろうか、と気になった俺は千世子に聞いてみることにする。

 

「なあ、俺に合鍵渡しても良かったのか?俺が変な事するかもしれないだろ?」

 

「私がいない間に何かするってこと?あ、カメラ仕掛けたりとか?」

 

「それもあるけど……。例えば、お前が寝てる間に勝手に入り込んで、寝てるお前に悪戯するかもしれないだろ」

 

「ああ、そういうこと」

 

千世子は納得したように頷くと、靴を脱ぎ終わった俺の目の前に立ち、上目遣いのまま甘い声音で囁く。

 

「好きにしていいよ?」

 

「……っ」

 

あまりにも蠱惑的な言葉に、脳を直接殴られたかのような衝撃に襲われる。

甘い毒のような言葉は、ゆっくりと俺の鼓膜へと染み込み、全身を浸透し、心を犯す。

―ああ、これだから、ダメなんだ。

こいつの傍にいると、”あの感情”が止めどなく湧き上がって、溢れてしまいそうになる。

こいつを、俺の物にしたい。俺に依存させたい。俺なしじゃ生きていけないくらい、人生を歪ませてやりたい。

千世子の身も心も全てを1ミリたりとも残さず俺の物にして、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。

そんな、普通の恋慕とはかけ離れた醜く歪な感情が、俺の心から溢れてしまう。

こんな気持ちは間違っている、それは分かっているのに、この感情は心を埋め尽くす。

この感情を抱いたまま千世子と接していて、いつかこの感情の抑えが利かなくなってしまったら…。

俺は間違いなく、こいつを傷つけてしまうだろう。もしかしたら、人生を台無しにしてしまうかもしれない。

こいつは国民的な人気を誇る女優だ。俺の醜く下らないエゴで、その華やかな人生を歪ませるなんて許されるはずがない。

だから、俺は千世子からは離れなければならない。それは分かっているのに。

鮮やかな花の匂いに惹かれる虫のように。

俺は……こいつから離れられずにいる。

 

ーーー

 

私の言葉を聞き、見るからに狼狽えているひーくん。その様子を見て、思わず口角が上がりそうになってしまう。

私の一挙手一投足で、ひーくんの心が乱れる様を見るのは、何回目でも飽きない。

今、ひーくんの中では、色んな感情が渦巻いてるんだよね?

私を自分の物にしたいんだよね?ぐちゃぐちゃにしたいんだよね?

全部わかるよ。だって……そう思うように仕向けたのは私だもん。

ひーくんが私を好きなのを知ったから、女優になることを決心して敢えて少し距離を離した。

けれど、完全に離れることはしない。人気になってからも変わらずひーくんに関わって、私に対しての感情を煽った。

手の届かないところに行くんじゃないかって不安に思わせて、若い男の芸能人との共演で嫉妬心を煽って。たまに思わせぶりな態度を取って……。

少しずつ、少しずつ、私に依存するように。私のひーくんに対する気持ちを、受け入れてもらえるように。

私はどうしようもなく、ひーくんに依存している。ひーくんとずっと一緒にいたいと思うし、私に依存してほしいし、私をひーくん無しじゃ生きられなくしてほしい。

私の人生を全部歪ませて滅茶苦茶にしてほしいし、身も心も全て奪われてひーくんの物にされたい。

ひーくんには、早くその感情をぶちまけて私の事をぐちゃぐちゃにしてほしいのに、なかなか理性が強いみたいで、未だに感情を抑え込んでいる。

そのうえ、私のことを傷つけまいと、私から離れようとしてる。

そんなこと、私が絶対に許さないけど。

ひーくんは私の物で、私はひーくんの物なんだから。

離れるなんて許さない。

だから早く、その歪んだ激情を曝け出して、私を傷つけてよ。

私の全てを奪って、歪ませて、壊して、愛して……私の全てを、貴方の物にしてよ。

 

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