歪の天使 作:やんでれてんし
なんかルーキー日間ランキング1位になってました。
こんなに高評価を頂けるとは思ってもいなかったので、めちゃくちゃうれしいです。
これからもやんでれ千世子ちゃんをよろしくお願いします。
ひーくんと出会ったのは、小学生の時だった。
進級して、たまたま同じクラスの同じ席になって、仲良くなって、よく遊ぶようになった。
あの時ひーくんと同じクラスになって、隣の席になったのは運命だったんじゃないか…と、今でもそんなことを考える。柄にもないけどね。
子供の頃から、私は少しおかしい子供だった。
私は、他人の横顔を見るのが好きだった。
誰かから見られていると思いもしていない、そういう無意識の表情を盗み見るのが大好きだった。
だから私は、1番仲が良くて1番近くにいたひーくんの横顔を、毎日のように盗み見ていた。
授業中、真剣に黒板を見つめる横顔。
昆虫採集の時、草むらを掻き分けて楽しそうに笑う横顔。
おやつを食べている時の、子供らしい眩しい横顔。
全部の横顔が魅力的に見えて、好きだった。
思えば、あの頃から私はひーくんに惹かれていたんだと思う。
ある時、学校でプロフィール帳なるものを書く機会があった。
そこにあった「好きなもの」の欄に、私は迷わず「昆虫、他人の横顔」と書いたら、同じクラスの人達から気味悪がられた。
当時は何でか分からなかったけれど、今思えば簡単に理解できる。
自分の横顔を勝手に盗み見られてると思えば、気味悪がるのも当然だよね。
まあ、クラスメイトから気味悪がられ、子供だった私は当然、酷く落ち込んだ。
1人になりたい気分だった私は、いつもはひーくんと一緒に帰っていた通学路を、ひーくんを置いて1人で歩く。
そんな時、背後から声をかけられた。
「千世子」
振り向くと、ひーくんがいた。
手には、私が「好きなもの」を書いたプロフィール帳が握られていた。
それを見た私の背筋に、ヒヤリとした感覚が走った。
私が気味悪がられる原因となったプロフィール帳を、ひーくんが手にしている。
つまり、ひーくんにも中身を見られているということ。
多分、ひーくんも私のことを気味悪く思って、何かを言いに来たんだろうな。もしかしたら、罵倒されちゃうのかな。
そんなことを思うと、視界が潤んで、涙が溢れそうになった。
ひーくんが口を開こうとする。
やめて、聞きたくないーー!
私がそう叫ぶよりも先に、ひーくんの言葉が私の耳に届く。
「あんな奴らの言うことなんて気にすんなよ。俺の横顔で良ければ幾らでも見ていいから。だから、あんま落ち込むなって」
ひーくんの口から発せられた言葉は、私の予想の真逆の言葉。
悪口でもなければ、軽蔑な言葉でもない。それは、ただ純粋な励ましの言葉だった。
呆気に取られた私は、何も言葉を発することが出来なかった。
言葉の代わりに、私の目からは大粒の涙が次々と溢れ出す。
泣いている私を見たひーくんは、アタフタと慌てふためいていたが、そんな様子を無視して、私はひーくんの胸に飛び付いた。
ひーくんの胸の中で、周りの目も気にせずに只管に泣いた。
ひーくんが私のことを認めてくれたのが嬉しくて、幸せで。どうしようもない歓喜の感情が、私の目から溢れて止まらなかった。
この時から、ひーくんは私にとって、世界で1番大切で、大好きな人になった。
そして同時に、この頃から私は、自分が他人にどう見られているのかを気にするようになった。他人の目が異常に気になるようになって、他人に見られるのが嫌になった。
私のことを見ていいのは、ひーくんだけだと、そう思うようになった。
そして、ひーくんからどう見られているか、ひーくんは私のことをどう思っているのか、気になって気になって、仕方なかった。
そこで私は、映画を見始めた。映画を見ることで、どういう仕草をしたら周りからはどう見えているのかを、勉強できると思ったからだ。それに、創作物の世界は、なんだか居心地がよかった。
映画を見ていると、日に日に女優という職業に憧れを持つようになった。自分も、画面の向こうの女優みたいに、自分を見るもの全員を虜にしたいと思った。
それから時間が経ったある日、私に人生の転機が訪れる。
大手芸能事務所であるスターズの社長であり、憧れの女優だった星アリサさんから女優のスカウトを受けたのだ。
才能があると言われて、嬉しすぎて自然と頬が緩んでしまった。
憧れの女優になるチャンスが降ってきて、私は大いに喜んだ。けど、すぐに決断することは出来なかった。
その理由は、ひーくんだ。
女優は、私の憧れの職業。すぐにでもスカウトを受けたい気持ちはあった。けれど、女優になってしまえば、ひーくんと過ごす時間が減るのは明らかだ。
過ごす時間が減ったくらいじゃ、私の気持ちは変わらない。けれど、私が見てない間に、他の女がひーくんに言い寄る可能性を考えたら、どうしても決断できなかった。
ひーくんが私以外の女と付き合ったり、キスしたり、体を重ねたり…そんなことは絶対に許せなかった。
女優という自分の夢を取るか、ひーくんという最愛の人を取るか。
どちらかを選ばなければならなかったけど、私はそこまで利口な女じゃない。
私は強欲なんだ。欲しいものは全て手に入れる。
だから、女優という夢も、ひーくんとの愛も、どっちも手に入れることにした。
どっちも手に入れるにはどうすればいいかを考えた。
答えはすぐに出た。簡単だった。
ひーくんを私の虜にしてしまえばいいんだ。
ひーくんを、私だけしか見れないようにしちゃえばいい。
そうすれば、他の女がひーくんに言い寄ろうが関係ない。
それを思いついた私は、すぐに行動に移した。
女優になるためのレッスンを熟しながら、ひーくんと今まで以上に親密に関わり、ひーくんを私に依存させるように仕向けた。私以外の女を見ないように、ひーくんの愛情が私だけに向くように。
そしてある日、ひーくんの私を見る目が変わったことに気づいた。
私を自分のものにしたいという、醜くも美しい、欲に溢れた魅力的な目。
少し重く、歪んだ愛情かもしれないが、そんなのは関係ない。むしろ、それほどまでに重く、濃い愛情を私に向けてくれることが、飛び上がるくらいに嬉しかった。
その目を見た私の心は震え、体が無意識にひーくんを求めてしまったけれど、鍛えてきた理性で何とか抑え込むことが出来た。
そんな目で見なくても、私は初めから貴方の物なんだよ?これまでも、これから先も。
貴方のことを、私がずっと愛してあげるから。
貴方も、私のことをずっと愛してね?
これから先、ずっと、その歪んた愛情を、私だけにぶつけて。
愛してるよ、ひーくん。
ーーー
「ひーくん?どうしたの?」
千世子の言葉が耳に届き、ハッと我に返る。
頭を殴られたような衝撃から目を覚ますと、千世子が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
俺は感情を押さえ込み、誤魔化すように咳払いをひとつ。そして、口を開いて笑顔を見せる。
「いや、なんでもないよ」
「そう?ならいいけど。とりあえず、リビング行こっか」
千世子の後ろの付き従い、リビングへと向かう。
突き当りの扉を開けると、いつも通りのさっぱりとした雰囲気のリビングへと辿り着いた。
リビングに設置されている高級感あふれるソファに座ると、千世子も俺のすぐ隣にちょこんと腰かけた。
「で、今日は何の用?」
「んー、ちょっと、次のドラマの役について相談があってさ」
「相談?」
千世子は言わずと知れた国民的女優。「天使」という仰々しい異名を持つが、その名に恥じない、まさに天使のような美しさと演技を併せ持つ、今最も人気のある女優だろう。
その証拠に、どんな映画だろうと、千世子が出演すれば一定の興行収入を確保できるという。映画に千世子が出演しているのではなく、千世子という女優のために映画が存在しているかのようだ。
閑話休題。
そんな人気女優である千世子だが、自らの役について俺に相談してくるのは、今回が初めてではない。
役作りを手伝って欲しいだとか、演技についての意見が欲しいだとか、そういった理由で今まで何回か相談を受けている。
今回もそういった類の相談だろうと思っていたのだが、隣に座る千世子は何やら続きを言い淀んでいる。心做しか、頬も少しピンクに染まっている気がする。
「どうした?」
「…その、ね。次の役なんだけど…」
こちらを見ながら、呟くように発せられる千世子の声。
モジモジとした様子で続けられた言葉は、再び俺の脳みそを思いっきり揺さぶった。
「…その、キスシーンがあるの。だから、どうしようか悩んでて…」
キスシーン。
その言葉を聞いた瞬間、視界がぐわんと揺れるような錯覚に陥る。
キス?千世子が?演技とはいえ、千世子がキス?
嫌だ。
そんな言葉を思わず口に出しそうになるが、反射的に口を閉じ、何とか言葉を飲み込む。
俺がそんなことを言う資格は無いだろう。
――……だ。
俺の下らないエゴで、千世子の女優活動を邪魔しちゃいけない。
――…やだ。
千世子がキスするのは演技だ。それに、ただの幼馴染の俺には関係の無い事じゃないか。
ーー嫌だ!
自分の心に言い聞かせるように、頭の中で正論を並べるが、心の奥底から湧き上がってくる本心を留めることが出来ない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
千世子が、俺以外の人間とキスをするなんて。例え演技だとしても、絶対に嫌だ。そんなことは、絶対に許せない。
けど、そんな醜く歪な本心を、千世子の目の前で曝け出すことなんて出来ない。適当な言葉、いつも通りの言葉で誤魔化そうと、勝手に口が動く。
「…そういうのって、フリで誤魔化せたりしないのか?」
「今回は、撮影の角度的に誤魔化しは無理だと思う」
「そ、うなのか。…決めるのは千世子自身だろ。俺が…とやかく言うことじゃない」
震えそうになる声と感情を必死に押さえ付け、何とか言葉を言い切ることが出来た。
俺の言葉を聞いた千世子は、少し寂しそうな表情を見せ、静かに口を開いた。
「…ひーくんは、いいの?私のファーストキスだよ?」
「……っ!」
上目遣いで、潤んだ瞳で、こちらを見つめてくる千世子。
彼女のぷるりとした唇から発せられた言葉には、ファーストキスという、俺の心を揺さぶるには十分すぎる単語が含まれていた。
脳みそがゆれ、心から感情が沸き上がる。
俺の理性が心に働きかける前に、口が開いてしまっていた。
「…嫌だ」
「え…」
口に出してしまった。やってしまった。
止めなきゃ。引かれる前に、誤魔化さないと。
そうは思うものの、俺の口は止まらなかった。
「千世子のファーストキスが、俺の知らないところで、知らない奴に奪われるなんて……絶対に嫌だ」
そこまで口に出してしまい、ハッと我に返った。やばい、言ってしまった、と。
心の奥底の感情程ドス黒い物では無いが、聞く人が聞けば十分に気味が悪いセリフだ。
当然だ。付き合ってもないただの幼馴染に、まるで束縛のような事を言われたんだ。どんなことを思われても仕方ない。
恐る恐る、千世子の顔に目を向ける。
隣でちょこんと座る千世子の顔には、軽蔑や嫌悪といった感情は一切含まれておらず、ただただ嬉しそうに、柔らかく微笑んでいるだけだった。
「そっか」
千世子は端正な顔に微笑みを携えたまま、ゆっくりと立ち上がる。ソファに座る俺の正面にたち、俺の顔をやや上から見下ろす。
「じゃあ、断るね」
千世子の言葉は、あまりにも予想外のもので、俺にとって求めていた答えだった。
ただの幼馴染である俺の意見を聞き入れてくれた事に喜びを感じると同時に、自分勝手な意見で彼女の女優活動に水を差してしまった自分を恥じる。
そんな感情を隠すため、強がりにも似た言葉を放つ。
「本気かよ」
「うん、本気。だって、ひーくんが嫌がることはしたくないし」
「そ、うか…」
ああ、くそ。これだから、ダメなんだ。
千世子の言葉一つで、一喜一憂してしまう自分が嫌になる。今だって、千世子の言葉に喜びを感じ、思わず表情が緩んでしまいそうになった。
千世子の全てが、俺の心を揺さぶる。
その言葉が、声音が、彼女の表情が、彼女の全てが、俺の心を掴んで離さない。
彼女の全てが、俺の醜い感情を煽って、昂らせる。
まるで底なし沼だ。離ようと暴れれば暴れるほど、離れることが出来なくなる。少しずつ…深い深い水底に沈んでいく。
彼女と本気で離れるつもりなら、彼女に嫌われてしまうのが1番早いだろう。そうしてしまった方が、彼女を傷付けるよりも何倍もマシだ。
だけど、それを出来ないでいる。彼女に嫌われるのが何よりも怖いと思って、躊躇してしまう自分がいる。
千世子を傷つけないために離れたい、とか嘯きながら、未だに千世子のそばに居る。
そのくせ、彼女に嫌われるのを嫌がって、最も有効的な手段を取れずにいる。
俺は、自分が傷つくことから、彼女を傷つけてしまうことから、ただ逃げている臆病者だ。
あまりにも中途半端で自分勝手な人間だ。本当に嫌気が差す。
だから俺は、こんな俺を認めてくれる千世子から離れられないんだろう。
「まあ元から断ろうかなって思ってたから、後押しして欲しかったの。ありがと、ひーくん」
俺の目の前で、ニッコリと笑う幼馴染の笑顔に目を奪われる。
ああ、ダメだな。まだ俺は…こいつから離れられそうにない。離れられる気がしない。もうどうしようも無く、俺の心は千世子に囚われてしまっている。
俺は自嘲気味に、小さな溜め息を1つ吐く。そして、いつもの様に口を開いた。
「それは良かった」
「うん。で、話変わるけど。ひーくんってもうごはん食べた?よかったら食べてかない?」
「まだ食ってないから、食ってくわ。メニューは?」
「…めにゅー?ひーくんが作るんだよ?」
「…あれ、俺の記憶が正しければ、誘ってきたのそっちだよな?」
「そうだね」
「記憶が残ってて安心したよ」
「私は健康体だし若いからね。記憶力も自信あるよ」
「んじゃ、そんな若くて健康的で記憶力抜群な千世子さんに質問。なんで誘われた俺が作んの?普通逆じゃない?」
「え、なんでって…。私よりひーくんの方が料理上手いでしょ?ほら、早く作ってよ、食材はあるからさ。あ、私パスタ食べたい」
「俺の意見は無視ですか?」
「まあしょうがないよ。私、自己中だし」
「奇遇だな、俺も同じだ」
「ふふ、おそろいだね?」
「そうだな、お揃いだ」
どうやら、自分勝手で自己中なのは俺だけじゃなかったみたいだ。
自己中で自分勝手な2人は、楽しそうに笑い合いながらキッチンへと向かった。
次回くらいから原作に入りたい(願望)