歪の天使 作:やんでれてんし
ゴールデンウィーク前後、更新できずにすみません。
実家に帰ったり、色々忙しかったのです。許せ。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、薄暗い部屋を照らしている。
俺は枕元に置かれているスマホを手に取り、寝ぼけた頭と半開きの眼で現在の時間を確認する。
時刻は、午前8時21分。普段ならすでに登校している時間帯だが、本日は土曜日。つまり休日だ。起きるにしてはやや早い時間帯だろう。
何か予定があれば起きてもいいのだが、生憎今日は特に予定もない。まだ眠いし、もう少し眠ろう。あと3時間は眠ろう、そうしよう。
二度寝することを決心した俺は、スマホをベッドの上に放り投げる。未だに俺の体を掴んで離さない布団の暖かさに身を預け、ゆっくりと目を瞑る。
目を瞑ると、心地よい感覚が全身を包む。そのまま緩やかに迫りくる睡魔に身を委ねようとした瞬間、何者かの声が響いた。
「おはよう、ひーくん」
「ん…?」
俺一人しかいないはずの部屋で俺以外の声が聞こえるという、有り得ない現象が起きている。
恐る恐る声がした方向に顔を向けると、そこには俺の幼馴染である百城千世子の姿があった。
千世子はベッドの脇に腰掛け、至近距離で俺の顔を覗き込んでいる。
……ああ、なんだ。千世子か…。
「ん……おやすみ…」
千世子なら別にいいや。おばけじゃなくてよかった。
俺は再び目を瞑り、夢の世界へと旅立とうとするが、千世子がそれを許してくれない。
「まだ寝るの?」
「うん…」
既に7割方眠っている脳で何とか返事を返す。
眠いんだから寝かせてよぅ。
「ふうん……じゃ、私も一緒に寝よっかな」
「ん…」
「布団、入っていいよね?」
「ん」
もはや言葉を発する気力もなく、何も考えずに適当な返事を返す。
すると数秒後、暖かくて柔らかく良い匂いのする物体が、布団の中に潜り込んできた。
俺は潜り込んできた物体に手を回し、まるで抱き枕のように抱きしめ、顔を押し付ける。
抱きしめた物体の暖かさと、落ち着く良い匂いに包まれ、俺の意識は微睡みに落ちていった。
ーーー
私は百城千世子。国民的美少女であり、人気女優だ。
今日は久々の一日オフ。そして、オフの日にやることといえば決まっている。
そう、ひーくんに会いに行かないといけない。
というわけで…早起きをして、ひーくんが暮らすアパートまでやって来ました。
ひーくんの部屋の前に辿り着いたので、取り敢えずインターホンを鳴らしてみる。しかし、反応はない。
まだ朝の8時前だし、寝てるんだろう。こんなに可愛い幼馴染が遊びに来てるのに寝てるなんて、全くしょうがないなぁ。
私はカバンの中から合鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。合鍵なのだから当然、何の抵抗もなく鍵は開いた。扉をゆっくりと開け、ひーくんの部屋にお邪魔する。
玄関から中に入ると、そこには短い廊下があった。廊下の左側にはキッチンが備えられていて、廊下の奥と右側の壁に扉がある。
恐らく、右の壁にある扉はトイレや浴室に繋がっていて、奥の扉がリビングへと繋がっているのだろう。一般的なワンルームの賃貸だ。
廊下をゆっくりと歩き進み、突き当りの扉を開けると、私の予想通り扉の向こうはリビングになっていた。
「ここがひーくんの部屋か」
8畳ほどのワンルームを軽く見渡しながら呟く。
何を隠そう、ひーくんの部屋に来るのはこれが初めてだ。住所は教えてもらってたけど、今まで実際に来たことはなかった。
ひーくんの部屋は思ったよりも片付いていて、さっぱりした印象を受ける。本棚にテレビ台、中央にテーブル、壁際にベッド。ぶら下がり健康器?みたいな器具が置いてあること以外は、至って普通の部屋だ。
部屋の隅に置かれているベッドに目を向けると、そこには私の最愛の人がスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
ベッドの横、ひーくんの右側に腰を下ろし、ひーくんの寝顔を眺める。
誰かに見られているなんて思ってもいない、無防備な寝顔。幼さを感じさせる寝顔は酷く魅力的で…このままずっと見ていたいと思ってしまう。
まあ、ひーくんから「好きなだけ見ていいぞ」って言われてるんだから、好きなだけ見させてもらうとしよう。
それにこの部屋……当然といえば当然だが、ひーくんの匂いが染みついている。呼吸をする度、ひーくんの匂いが鼻腔を満たして…このままじゃおかしくなってしまいそうだ。
2人きりの密室で、目の前に無防備のひーくんがいるというこの状況。理性がゴリゴリと削られるが、必死で堪える。
「…だめ、まだだめだよ…」
手を出したくて…ひーくんを滅茶苦茶にしたくてしょうがないけど、今は我慢だ。
私から手を出すのは簡単だけど、それじゃ意味がないし面白くない。
ひーくんから手を出させないと意味が無い。私を滅茶苦茶にしてひーくんの物にしてほしい。全部を狂わせてほしい。全部を犯してほしい。
だから、私からは手を出さないし、ひーくんに手を出させるために色々画策してるんだけど…ひーくんは未だに手を出してくれない。
ちょっと不満だけど、別にいい。だって、私に対しての欲望を抑えて、隠して、苦しそうに葛藤してるひーくんも可愛くて好きだから。
そんな感情を抱えたまま寝顔を眺めていると、ひーくんが目を覚ました。
目を覚ましたとはいっても、まだ半分夢の中らしい。もじもじと動きながら時間を確認し、再び眠ろうとしている。私がいることにも気が付いていない。
私は、2度目の眠りにつこうとしているひーくんの顔に自らの顔を近づけ、微笑みながら口を開く。
「おはよう、ひーくん」
「ん…?」
至近距離にあるひーくんの瞼が上がり、寝ぼけた瞳と目が合う。
ひーくんは私の顔を見た瞬間、何故か安堵の表情を浮かべて再び目を閉じた。
「ん……おやすみ…」
「まだ寝るの?」
「うん…」
私の問いかけに応える声は小さくて可愛らしい。
寝ぼけてるひーくんは、子供のようでとても可愛いことが判明した。
というか、これだけひーくんの判断力が鈍っている今なら、ちょっと大胆に攻めてみてもいいかもしれない。
「ふうん……じゃ、私も一緒に寝よっかな」
「ん…」
「布団、入っていいよね?」
「ん」
私の予想通り、ひーくんの判断力は最低レベルまで低下していたようで、すんなりと布団に潜り込むことができた。
ひーくんの右隣へと侵入し、ひーくんに体を寄せる。
所謂、同衾というやつだ。すぐ近くにひーくんの体温と匂いを感じて心地良い。
私が何とも言えぬ安心感と心地良さを感じていると、不意にひーくんが私を強く抱きしめ、私の胸に顔を埋めてきた。
急な出来事に、流石の私も狼狽えてしまう。
「え、ちょっ…ひーくん!?」
ひーくんに呼びかけてみるが、一切返事はない。ただ気持ち良さそうに寝息を立てている。
寝ぼけて私のことを抱き枕か何かと勘違いしたんだろうか?
私としては全然構わないし、むしろウェルカムなんだけど、このままだと私の理性がドロドロに溶けてしまいそうだ。
けど……それでもいいか。もしそうなったら、ひーくんが悪いんだからね。責任を取って、結婚して幸せにしてもらおう。
私は小さく溜息を吐き、ひーくんの腰周りに右腕を回して力を込め、片足をひーくんの足の間に滑り込ませた。一部の隙間もないほどに体を密着させ、体温を共有する。
ひーくんの体温の心地よさを感じながら、私は静かに目を閉じた。
ーーー
「…ふぇ?」
布団の中で目を覚ました俺は、開口一番に素っ頓狂な声を発した。
なぜなら、俺の目の前で――というか腕の中で、この場にいるはずのない美少女がすやすやと寝息を立てているからである。
俺と美少女は互いの背に手を回しており、美少女の右足が俺の足の間に侵入してきている。
布団の中で、まるで恋人同士のように抱きしめ合い、体を密着させていた。
そんな体勢の中、気持ち良さそうに眠っているこの美少女のことを、俺は当然知っている。
きめ細かい白い肌、透き通るような銀髪、天使のように整った顔、脳をくすぐる良い匂い、全てが俺の心を掴んで離さない。
彼女の全てを、俺の物にしてしまいたいと、心が渇望する。
俺の腕の中で眠る美少女の名は、百城千世子。俺の幼馴染であり、想い人だ。
「ふぅ~~」
一旦、ざわついている心を落ち着けるために深呼吸を1つ。
落ち着け、俺。千世子が一緒の布団の中に、ましてや抱き合うような体勢で寝ているはずがないだろう。
これはあれだ。千世子を想うあまり見てしまっている夢だろう。…それはそれで気持ち悪いけれど、それ以外の可能性は考えられない。
「……」
目の前にある端正な顔を見つめながら、何度か瞬きをする。しかし、何度瞬きをしても腕の中で眠る美少女は消えない。
次に、千世子の背中に回している両腕を動かし、右腕で左腕を抓る。
うん、普通に痛い。どうやら、夢ではないらしい。
ということは、今の状況を簡潔に説明すると、「目を覚ましたら、俺の腕の中に美少女幼馴染が居て、体を密着させて気持ち良さそうに眠っていた」ということになる。
何を言っているのか分からないと思うが、俺も何が起きているのか分からねえ。ほんと、何でこうなったんだよ。
…夢の中に千世子が出てきた記憶が薄らとあるが…夢の中から飛び出して来たのか?こいつ。
そんな訳ねえだろ、と自分の考えに自分でツッコミを入れながら、目の前でスヤスヤと眠る千世子の顔を見つめる。
「可愛いな…」
眠っている千世子は当然無防備だ。無防備に寝ている千世子の顔は、普段の凛とした表情とは違った幼さを感じる。
いや、今は千世子の顔を眺めている場合じゃない。この状況を何とかする方が先決だ。この状況が続いてしまうと、俺の精神が死んでしまう。
もう既に、密着してる千世子の体温とか体の柔らかさとか良い匂いが凄くて色々限界が近い。早く何とかしなければ。
…取り敢えず、こいつを起こそう。
「おい、起きろ」
「…んんっ……」
俺が肩を軽く叩くと、千世子は小さく息を漏らす。それが妙に艶っぽく聞こえてしまい、俺の理性がゴリゴリと削られていく。
自らの心に固く鍵をかけ、左腕で千世子の肩を揺らす。
「おい、起きろってば」
「んむぅ……にゃぁ……」
……。
やばい、可愛すぎて鼻血出そう。
ちょっと待ってくれ。寝てる千世子可愛すぎないか?「にゃぁ」って何?お前は俺を殺す気か?
「…ん…?」
おねむ千世子の破壊力が凄まじく、俺がパニックに陥っている間。重く閉ざされていた千世子の瞼が開いた。
目の前にある俺の顔を確認した千世子は、聖母のように柔らかく微笑んだ。
「…へへ、おはよ。ひーくん」
「…おう、おはよう」
千世子は目を覚ましたが、一向に俺から離れる気配がない。朝の挨拶を互いに交わしたあとは、ただ何も言わずに無言のまま見つめ合う。千世子の体温と俺の体温が混ざり合い、布団の中の世界を暖めていく。
心地よい2人だけの静寂の中、俺は意を決して口火を切る。
「…色々聞きたいことはあるんだけどさ…なんで布団に入ってんの?」
「え?ひーくんが良いって言ったんだよ?」
俺の問いかけに千世子は首を傾げながら答える。その返答を聞いた俺は、千世子と同じように首を傾げるしかなかった。
「…?」
「ひーくん、寝惚けてたから覚えてないの?私が一緒に寝ていい?って聞いたら、うんって答えてたよ」
「まじかよ…」
自分で自分に頭を抱えたくなったが、何とかこらえる。寝起きが弱すぎる自分を殴りたい。
それはそうと、もうひとつ疑問があるので、それを千世子に投げかける。
「てか、どうやって入ったんだよ。鍵空いてた?」
「合鍵」
「あぁ、合鍵か。なるほど………???」
千世子は何事もないように言うが、俺の記憶が正しければ千世子に合鍵を渡してはいないはずだ。
「俺、お前に渡したっけ?」
「貰ってないよ」
「わけがわからないよぅ…」
俺から貰っていないのに、俺の家の鍵を持っているとは、これ如何に。
俺の合鍵、もしかして無から発生した?もう何もわかんないよー!
俺が頭を沸騰させていると、千世子が体を更に寄せてくる。鼻が触れ合うほどの距離に互いの顔が存在し、体は全身ほとんど余すことなく密着している。
「そんなことは今はどうでもいいじゃん。ね、ひーくん」
俺の合鍵の出自は凄く重要だと思うし、どうでもよくないと思うんだが、有無を言わさぬ千世子の眼力が凄まじく、反論できる空気ではない。
千世子は自らの手で俺の太ももを掌で優しく撫でながら、耳元で囁くように呟いた。
「年頃の男女が……布団の中に2人きりだよ。他にすることがあるんじゃないかな」
「…何言って…」
「………ねぇ、ひーくんは、どうしたい?」
千世子の熱を帯びた声に、蠱惑的なセリフ。全てが俺の激情を駆立てる。元々限界に近づいていた理性のダムが、もはや決壊を迎えようとしていた。
そこにダメ押しと言わんばかりに、千世子の舌が動く。千世子の吐息が耳に届き、鼓膜を揺らし、脳の奥まで響き、全身を犯した。
「いいよ。ひーくんなら」
「…っ!」
誰かの喉が、静かに鳴った。
俺の喉だったのかもしれないし、千世子の細くて白い喉だったかもしれない。もはや、そんなことすら分からないほど、脳がドロドロになってしまっていた。
そして、その音が聞こえると同時に、俺の中の理性が跡形もなく崩れ去る音が聞こえた。