歪の天使 作:やんでれてんし
今回少し長いです
とはいっても1000文字程度ですが…
平日の昼下がり。
時刻としては午前11時くらいだろうか?雲一つない青空には、太陽がこれでもかというほどに燦燦と輝いている。
世間一般の学生たちは授業を受けている時間であり、俺も本来であれば授業を受けているのだが、今日はそういう気分じゃない。
華麗に授業をバックレた俺は、本来なら立ち入り禁止となっている屋上で優雅に日向ぼっことしゃれこんでいた。
「空が青いな……」
太陽光によって熱を帯びている床に寝転がり、ただぼんやりと空を眺める。
太陽が発する熱が心地よく、体がぽかぽかと暖かい。
このまま寝てしまおうかと、ゆっくりと目を閉じた。
日差しの温かさと、屋上に吹く風の心地良さが絶妙にマッチしており、目を閉じてすぐに眠気が押し寄せてきた。
もう直ぐ夢の世界…というタイミングで、脳裏で幼馴染の声が響いた。
『――――こども……つくっちゃおっか』
先日、俺の家での出来事が、鮮明に脳内に流れる。
千世子の姿が、熱を帯びた声が、汗と香水が混じり合った匂いが、抱きしめた時の体温が、口の端から漏れる声が……あいつの全てが俺の脳裏にこびりついて離れない。
そしてあの日、発情した千世子の姿に負け、流れるままに――――。
「……っ!」
そこまで考えたところで、俺は目を開けて勢いよく飛び起きる。
右手で頭を抱え、ふうっと大きくため息を吐いた。
あの日、俺と千世子はどちらもおかしかった、いや、おかしくなっていた。
おかしくなっていたが故に、子供が出来てしまうような行為をしてしまった。
もっと俗っぽく言えば、生でしてしまったのだ。
「…最悪だ」
小さく呟いた声は、初夏の風に攫われて消える。
――いや、別に俺は、行為自体は後悔していない。お互いが想いを通わせ、合意の上での行為だ。後悔はないし、問題もない。
もし子供が出来たとしても責任は取るつもりだし、俺に出来ることなら何でもするつもりだ。
問題があるとすれば、もしデキてしまった場合、千世子の女優人生が滅茶苦茶になってしまう可能性があること。
もしそうなっても隠せば問題ないし、事務所もそうするだろうが、妊娠してしまうと今まで通りの活動は出来なくなるだろう。
そして何より最悪なのは、その状況を俺は"悪くない"と思っていること。千世子の人生を滅茶苦茶にして、悪くないなんて思ってしまう自分が嫌になる。こんな醜い感情、さっさと消えてしまえばいいのに。
とはいえ――。
「やっちまったもんはしょうがないよなあ…」
そう、やっちまったもんはしょうがないのだ。
俺に出来ることは、後悔ではなく、これからどうするかを考えることだ。
もし、デキていなければ問題なし。デキていたら責任を取る。
それが、今の俺に出来ることだ。くよくよしていても何も始まらない。
開き直ったといわれてもしょうがないが、そう考えると少し気分が楽になった。再び地面に寝転がり、太陽の光を全身に浴びる。
しばらくぼーっとしていると、脳内に新たな問題が浮かび上がってきた。
「……俺と千世子って、今どういう関係なんだ」
浮かび上がってきた問題をぽつりと言葉に出してみる。しかし答えは出てこないし、当然ながら誰かから返答が返ってくるわけでもない。
常識的に考えれば、付き合ってるという事になるんだろうか?やることやったわけだし。
しかし、やることやったからといって付き合ってるとはいわない、という意見も耳にすることがある。
俺からすれば、もう付き合ってるも同然なのだが、千世子からすれば違うという可能性もある。
何なら「一回セックスしたからって彼氏面?芸能界じゃセックスとか普通だよ」みたいなことを言われてしまう可能性も0じゃない。
かといって、千世子に「俺らって付き合ってるよな?」って聞くのもダサい。
というかよく考えたら、「結婚しよう」って言ったよな、俺。千世子も「新婚」とか言ってた気がするし。
え、じゃあ、もう結婚するってこと?いや、自分で言っといてあれだけど、付き合う前に結婚は早いだろうし。というか、あれは将来の話だし……。
じゃあ、婚約者?いや、それとも恋人?ただの友達……?幼馴染……??
うわ~~~~なにもわかんないよ~~~~!どうすればいいんだぁ~(混乱)。
「水無瀬くん?ここにいたのね」
俺が頭を抱えていると、背後から声をかけられた。
振り向くと、そこには少し不満げな表情をした夜凪が立っていた。
「おま……授業は?」
「それはこっちのセリフよ。急にいなくなったから探しに来たの」
夜凪は口を尖らせたまま言うと、俺の隣の地面に腰を下ろそた。
「いや、悪い。授業受けるような気分じゃなくてさ」
「それでサボり?」
不機嫌そうな夜凪。どうやら、俺が授業をサボっていたことに対してご立腹らしい。
「サボるなら私も誘って。1回やってみたかったのよ、友達と屋上で授業サボるの」
「ええ…」
違った。サボりに誘われなかったことに対してご立腹らしい。
普通はサボるとき友達誘わないだろ。連れションじゃないんだからさ。
てか「1回このパフェ食べてみたかったの」みたいな雰囲気で授業をサボるな。俺が言えたことじゃないけど。
「でも、珍しいわね。水無瀬くんがサボりなんて」
「そうか?普段も授業なんてほぼ寝てるし、大して変わらんだろ」
俺の授業態度は最悪に近く、学校をホテル扱いしているに等しい。平常点は最低レベルだろう。
「あれはセーフよ。爆睡してても出席はしてるもの」
「それ、セーフか?」
爆睡してたら教師的にはアウトじゃない?まあ、その基準は教師によるから何とも言えないが。
とはいえ、寝ている科目の平常点は全て壊滅的なので、教師的にはやはりアウトなのだろう。
俺としては、別に寝たっていいと思うんだがな。だってテストでは点取ってんだから。教師ってのはどいつもこいつも頭が固くて嫌になっちゃうね。
その後も夜凪と青空の下で雑談を続ける。他愛ない話をする中で、俺は以前夜凪が言っていたことをふと思い出す。
「そういや、オーディションはどうなったんだ?」
そう、夜凪はスターズのオーディションを受けると言っていた。あれから何週間も経っているので、オーディションも進んでいるだろう。
「落ちたわ」
「ふ~ん…………えっ、落ちたの?」
千世子と共演する夜凪。めちゃくちゃ見てみたかったが、どうやらその野望は潰えたらしい。
…てか、もし千世子が妊娠したら夜凪が合格しても共演どころじゃねえな。ああ…もうほんと、ああああ。
「ええ。最終選考までいったけれど、ダメだったみたい。……どうしたの、水無瀬くん。急に頭抱えて」
無意識に頭を抱えてしまっていた。さすがに友達とはいえ、夜凪に相談する訳にはいかない。詰められる前に軽く咳払いをし、誤魔化すために口を開く。
「あ、いや、何でもない。ちょっと日差しがね。はは」
「確かに。今日は太陽が眩しいわね」
めちゃくちゃ下手くそな言い訳だったが、簡単に誤魔化せた。ちょっとは疑えよ。いや、疑われたら困るんだけど。
まあ、疑われたところでバレることは無いと思うけど。何の変哲もない高校生が国民的女優と生でヤっちゃった…なんて誰も思いつかないだろうし、聞いても信じないだろう。俺だって信じない。
「ああ、いや、それで?落ちたんだ?」
「ええ。何がダメだったのか分からないのだけれど」
夜凪の演技力でも落とされたということは、夜凪以上に演技が上手い奴がいたということか?世の中は広い。
とはいえ、天下のスターズで最終選考まで進むとは流石の才能だ。
夜凪は落ち込んではいないようだが、あれだけ自信満々だったのに落ちてしまったのだ。何か思うところはあるだろう。
仕方ねえ、今度アイスでも奢ってやるか……と考えていると、夜凪が言葉を続ける。
「でも、ひげもじゃに拾われたの」
「何言ってんだお前」
本当に何言ってんだよこいつ。
ひげもじゃって何?しかもそれに拾われたって何?1から10まで分からん。
「ひげもじゃのスタジオでCMを撮ったの」
ひげもじゃのスタジオってなんだよ。
「ひげもじゃのスタジオってなんだよ」
心の声がそのまま口から出てしまった。だってしょうがないじゃん。マジで意味わかんなかったんだもん。
「ひげもじゃは……映画監督、らしいわ」
「え、監督なの?その名前で?……ん?らしい?」
ひげもじゃなんてふざけた名前の映画監督、聞いたことも観たこともない。それに、夜凪の話が何かふわふわしてる。
もしや……詐欺か?いや、考えすぎかもしれないが、ありえない話では無い。
「夜凪、お前、大丈夫か?騙されてんじゃねえの?そんなふざけた名前の映画監督いるわけないだろ」
「あ、ひげもじゃは私が付けたの。本当は確か……黒山………何とか」
「なんで覚えてねえんだよ」
相変わらずの夜凪の天然っぷりだが、要するに「スターズのオーディションには落ちたが、黒山という映画監督に拾われた」ということだろう。
ただ、黒山という映画監督は聞いたことが無い。ただ単に実力が無くて知名度が低いのか、他に理由があるのか。
「それに、騙されてないわ。CMはちゃんと撮ったし、うぇぶで公開されてるもの」
「ふ~ん。それ、どこで観れるの?」
スマホを開き、ネットのブラウザを立ち上げる。夜凪に言われたサイトを検索すると、候補の一番上に表示された。
そのサイトは、比較的有名な食品メーカーのものだった。どうやら、新作シチューのプロモーションのサイトらしい。
サイトのトップページには、30秒ほどの動画があった。恐らく、これが夜凪の出演しているCMなのだろう。
動画の再生ボタンをタップし、CMを再生する。
優しいBGMと共に、キッチンが映し出される。そこに立っているのは、制服の上にエプロンを着た夜凪だ。
夜凪はたどたどしい手付きで野菜を切り、鍋に火を入れて具材を煮込んでいく。
どこか不安になる手付きだったが、無事にシチューは完成した。それを夜凪が味見し、優しく微笑む。その眼差しには、愛情がたっぷりと籠っていた。
夜凪の出番が終わり、最後に商品の紹介をしてCMは終了。予想以上の出来栄えに、俺は呆気に取られていた。
「どう?」
ふふん、と言わんばかりに胸を張り、自慢げな様子の夜凪。とはいえ、このCMを見せられてしまえば、夜凪が自慢したくなるのも分かる。
何の捻りも面白味も無い感想だが……このCMの夜凪は素晴らしかったし、綺麗だった。
「いや、予想以上に良かった。やっぱ、お前スゲーわ」
「そうでしょう?」
「ああ。……それじゃあ夜凪はその…黒山?って人の事務所に所属すんのか」
「ええ。…けれど、別にひげもじゃの作品にだけ出るわけじゃないわ。次のオーディションも決まっているし」
俺が黒山監督を名前で呼んでいるにも関わらず、相変わらずだっせえあだ名で呼び続ける夜凪。黒山って人に何か恨みでもあるのだろうか。
というか、またオーディションか。老婆心ながら、今度こそ受かってほしいものだ。
「オーディション?何の?」
「デスアイランド」
ーーー
「ね~アキラ君」
スターズ本社内の一室。
部屋の一面が鏡張りになっているスタジオに、私とアキラ君はいた。
このスタジオはスターズ所属の役者なら誰でも無償で使うことができる練習用の部屋だ。私もよく足を運んでいるし、台本読みをする際に共演者同士で集まる場合もある。
私は部屋の床に敷いたマットの上でストレッチをしながら、アキラ君の名前を呼ぶ。アキラ君は演技の練習中のようだが、声が届くと練習を止め、私の方を向いた。
「なんだい、千世子君」
「それって、私も演る台本だよね。どう?」
「どうと言われても……」
私が指さしたのは、アキラ君がてに持っている台本。私とアキラ君の共演作で、私が主演を務める映画の台本だ。
題名は「デスアイランド」。少年漫画が原作となっていて、無人島に漂流した高校生たちが何者かの思惑によって殺し合いを始めるという、所謂デスゲーム系の作品だ。
私は原作を読んだことが無いけど、実写化するということは、それなり以上に売れているのだろう。
原作が人気であればあるほど、実写化のハードルは高くなるし、失敗する可能性も高まる。
実際、人気作の実写化に失敗し、ファンに散々叩かれた挙句、大赤字を叩き出した作品は少なくない。
けれど、今回は大丈夫。ファンに叩かれるかもしれないけど、赤字にはならない。
この映画は売れる。なぜなら、私が出演するから。
「ひどい脚本だよね。また私頼りなんだもん」
「…まあ、否定はしない」
「へ~、意外。アキラ君は否定すると思ってたよ。そんなことないさ!みたいな」
「君にはもう少しオブラートに包むってことを覚えてほしいが……まあ、千世子君頼りなのは事実だろう」
「ほんと、毎回私に丸投げなんだもん。困っちゃうよね」
私が頬を膨らませながら言うと、アキラ君が私の顔をじっと見つめていた。
え、なに、私の顔に何かついてる?
「なに、私の顔、どっか変?」
「あ、いや…何でもない」
私がジト目でいうと、アキラ君は顔を逸らして咳ばらいを1つ。
なんか、怪しい反応だ。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「ふうん」
アキラ君を冷たい瞳で見つめる。じいっと、目を逸らさずに。
数十秒後、私の視線に耐え切れなくなったのか、アキラ君は両手を軽く上げ、観念した様子で口を開いた。
「いや、気のせいだったら申し訳ないが……何かいいことでもあった?」
「えっ?」
アキラ君の言葉に、私は目を丸くしてしまう。
いいことなら――あった。それも、これまでの人生で1番幸せな出来事だ。
1つ前の土曜日、私とひーくんは、体と心を重ねて互いに求め合った。それこそ、本当に溶けてしまうんじゃないか、ってくらいに。
しかも、ひーくんは私に「結婚しよう」って言ったのだ。もう、嬉しくて幸せで、おかしくなってしまいそうだった。
……いや、実際におかしくなった。結婚しようといわれて感情が高ぶった私は、ひーくんをこれでもかというくらいに誘惑して、生でして、私の中にひーくんを直接刻んでもらった。
ひーくんは責任を取るって言ってたけど……私ピル飲んでるから大丈夫なんだよな。けどまあ、ピルも100%じゃないし、万が一の時は責任を取ってもらうとしよう。
ちなみに、ひーくんにはピルのことは伝えてない。慌ててるひーくんが可愛いし、ひーくんには四六時中私のことを考えていてほしいから。
もしかしたらデキてるかもって考えて、ずっと私のことが頭から離れないはず。ひーくんの頭の中に、常に私がいる。ふふ、なんだかいい気分だ。
「その反応……やっぱり何かいいことがあったんだね」
私がひーくんへの想いを溢れさせていると、アキラ君が優しい表情で言う。
なにその慈愛に満ちた表情。ちょっとむかつく。いや、それよりも……。
「なんでわかったの?」
「いつもよりテンションが高い気がしたんだよ」
「うそ…」
ま〜たこのパターンだ。以前もアリサさんに指摘されたことがあったが、まさかアキラ君にまでバレるとは。
う~ん……やっぱり、ひーくんのことになると私の仮面は悉く剝がれてしまうらしい。
だってしょうがないじゃん。ひーくんのことが好きすぎるんだもん。
これも全部をひーくんのせいだ。うん、そうだ、ひーくんが悪い。罰として、今度会ったら全部搾り取るしかないな。
「そういえば、今回の映画、他に誰が出るの?」
「え?ああ、えっと…」
私は露骨に話題を逸らすが、アキラ君も素直に流れに乗ってくれた。
「竜吾さんとか町田さん、あとこの前オーデションに受かった和歌月とか…まあ、半分はスターズだね」
なるほどなるほど。まあ大体いつもの面子になるっぽいな。…あれ?
「ん?半分?残りは?」
半分はスターズということは、残りは誰が?
「オーディションで一般から募集するらしいよ」
「……へぇ?」
一般から募集…なかなか斬新なことをするね。スターズとしては珍しい…いや、初めてじゃないかな。
「来週に発表がある。それまでは内密に頼むよ」
「漏らすわけないでしょ」
「はは、それもそうか」
スターズの他に、一般の役者たちも参加する映画。ひーくんと共演したいなーと一瞬思ったけど、ひーくんが全国の有象無象に観られるのはダメ。そもそもひーくんは出たがらないだろうし。
「まあ、今回の撮影は孤島でやるらしいし。期間も1ヶ月。本土との距離は近いとはいえ、スケジュール的に、スターズ全員は厳しいんじゃないかな」
「なるほどね……っ!?」
アキラ君の話を聞いて、私はとんでもないことに気が付いた。
孤島での撮影となると、かなり忙しくなる。本土での仕事もあるし、映画の撮影期間、私のスケジュールはキツキツになる。もしかしなくても、休みなんてものは無いだろう。
そうなると、まずい。かなりまずい。
ひーくんに会いに行く時間が無くなってしまう。
映画の撮影は1ヶ月。今までも映画やらの撮影で何日も会えない、なんてことはあったけど、1ヶ月もの長期間は今回が初だ。1ヶ月もひーくんに会えないなんて耐えられない。死んだ方がマシだ。
どうしよう。ひーくんも一緒に撮影に来てくれればいいのに……。けど、映画には出したくないし…。ほんとにどうしよう!
……。
………。
…………あ!
あは、いいこと思いついちゃった。