まれびと、王の領域より来たり   作:俺は太っているから行かないけどね

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本編

 剣戟は絶えることなく続いている。

 

 一つに結った金髪を靡かせながら、ジャン・アルフレッド・フォレスターは相対する戦士へと剣を振るった。

 打ち合いは既に十数合にも及び、刃重なる度に刀光が閃き剣影が散る。ほんの(わず)かな斬撃の隙間を縫った相手の剣先がジャンの頬を掠め、断ち斬られた髪が数筋宙を舞った。頬を伝う濡れた感触を一顧だにせず即座に反撃を叩き込む。

 

 父より受け継いだ剣術は一刀を重視する。デーモンロードさえ怯ませるまでに研ぎ澄まされた威力は、並の技量の者が受ければその防御ごと真っ二つに叩き斬ることだろう。

 

 対する戦士は技巧者であった。ジャンの剣をかわし、流し、そして僅かな機を見逃さず反撃を差し込む。今もまたジャンの剣をあえて受け、踵を後退らせるその勢いすら利用して総身を捻り剣を振り抜く。

 一際大きな音を立て、交差した剣が拮抗した。

 ともすれば破られそうになる均衡を保ち、ジャンは鍔迫り合いの向こう側へと目を凝らす。

 

「これほどの剣の技、さぞ高名な騎士と見受けるが……!」

 

 問うも、戦士は答えない。兜の奥からこちらを見つめ返す瞳はひたすらに冷徹であった。

 

 その時、背後で魔力の波動が爆ぜた。

 背中で隠すために極力引きつけ、機を見て拮抗からあえて力を抜く。押し込まれる力を受け流して身を翻した直後、霧氷きらめく冷気の疾風がすぐ横を鋭く駆け抜けた。

 天性の才で五色の魔法を使(つか)(こな)し、光の黒竜を退けた英雄、アレフ・ガルーシャ・レグナス。彼の一撃が戦士に迫る。

 

 戦士は跳び退きざま、腰のベルトから鈍い金色のアミュレットを抜き取った。俄に光を帯びる左手に奇妙な紅炎が灯り、見る見るうちに勢いを増す。火の玉を叩き付けられた冷気の風は弾け飛び、発生した大量の靄は瞬く間に戦士の姿を覆い隠した。

 海が近いからか、この闘技場は風が強い。ジャンはアレフと背中を合わせるように立ち、流れゆく靄に隠れた影へと目を凝らした。

 

 やがて靄は晴れ、現れた戦士は静かに佇むばかりであった。

 どこかの国の、名のある騎士であろうか。全身を覆う鉄の鎧は実用的ながら細かな彫金で装飾され、首元や腰当から覗く碧い布は鮮やかだ。戦いの中で漏れ聞こえた声からすれば男、それもジャンとさして変わらぬ年頃だろう。

 彼の手にあるのは無骨な直剣だ。一見して数打ちの、変哲のないロングソードである。だがいかな名工が鍛えた業物か、その鋭さはジャンが持ち出してきた愛剣に決して劣ることなく、激しく打ち合ったというのに刃こぼれひとつ見られない。

 

 邂逅してさほど経っていない今。既にこれまで出会った戦士の中でも上位に含まれる強さだと確信できる。それだけの猛者(もさ)であった。

 

「この緊張感。メラナット島で教王ダイアスと戦った時以来だ」

 

 そう呟くアレフの口元の笑みは未だ消えていないが、その目は戦士を油断なく注視し続けている。

 

 ジャンたちの目的は国の外れで起きた異変の調査であり、この戦闘は勃発的なものである。勝利条件はあくまで情報を持ち帰ることであるがゆえに、この戦いをどう落着させればいいのか捉えあぐねていた。

 ここが闘技場であることは真理の鏡によって知っている。調査のきっかけとなった事件により、ここで死しても元の場所へ戻されるだけだろうということも推測している。だがその一方、目の前の戦士を打倒して何が起こるのか。かのメラナット島の真相も頭を(よぎ)る中、このまま戦い続けることは得策と言えるのか。何も把握できていないまま、今は戦士の出方を窺い続けていた。

 

 そして相対する戦士は、ひたすらにジャンとアレフの戦い方を観察しているようだった。

 彼の剣は常に冷静である。ジャンの誘いをいなし、時に逆手に取ろうと仕掛けてくる。アレフに向けて牽制の魔法を撃つ時も同様であり、そして剣を打ち合う時、あるいは魔法を撃つ時に、こちらの対処を兜の奥から(つぶさ)に見つめている。

 

 方針を決めあぐねているジャンたちと、偵察が目的であろう戦士。それゆえに猛者同士の戦いにあって奇妙な均衡が続いていた。

 

 戦士から目を離さぬまま、ジャンは隣に立つアレフに囁く。

 

「まだやれるか、アレフ」

「無論だとも。お前こそ大丈夫か? ノエル殿やライルたちと約束したのだ。お前のことは必ず無事で帰すと」

 

 アレフの言葉に、戦士の肩が微かに震えた。家族の名に反応したのだろうか、もしや同郷かとジャンは記憶を()()るも、やはり覚えはない。仮に本来の得物は剣ではないとしても、あの強さであれば大陸の北方三国すべてで名を馳せていることだろう。ジャンの父にして二人の剣の師、“ソードマスター”ハウザー・フォレスターのように。

 

 その時。

 風に紛れて嘆息が耳に届いた。戦士の顔をすっかり覆う兜のスリットから、肺の空気を全て吐き出すような深い息の音が漏れている。

 ジャンたちが注視する前で、戦士は静かな動作でロングソードを腰の鞘に戻し、重ねた両手を頭上に翳す。天穹に広がる黄金の梢に向け、手の内のアミュレットを握り締めたまま。

 

 祈りを捧げているのではない。まるで赦しを乞うているかのように。

 

 (かん)(だか)い音を立て金の紋が宙に走った。天より突き立った黄金の雷を左手で受け止めて、彼は静かに腕を下ろす。雷は流れることなく鎧に宿り、弾けるような淡い金の光を散らしていた。

 そうして戦士は再び抜き放ったロングソードの切っ先を、そして兜の奥の鋭い眼差しをジャンたちへと向けた。

 

 敵意すら混じらない、純粋な殺気。先ほどまでの静かな視線は一転して苛烈なものとなる。

 

「正念場だな」

 

 笑みを消したアレフの周囲で空気が揺らいだ。衝撃を受け流す風の盾を纏い、名刀紫電を構える。ジャンもまた息を深く吐いて意識を切り替えた。

 小手調べから、殺し合いへ。己が身命を賭して相手の命を絶つ覚悟を決める。

 風が吹く。空を覆う大樹の梢がさざめき揺れ、黄金の病葉が舞う。

 

 先に動いたのは戦士であった。

 

 再び金の紋が光る。突き上げた左手が雷を迸らせ、応じて天から幾筋もの雷が石畳を打ち据えながら降り注ぎ迫った。

 

 雷撃を見極め、アレフから離れジャンは一人駆ける。

 彼の纏う雷にどのような効果があるのか。まずはそれを確かめる。

 策を持たずに間合いを詰めるなど無謀であると理解している。同時に、牽制か他者を巻き込むような魔法しか扱えぬジャンと、手札が多く援護も可能なアレフ、どちらが前に立つべきかなど分かり切っている。それにたとえジャンが力尽きても、アレフならその様子から戦士の魔法を分析し、糸口を掴み取ってくれるはずだ。

 盟友であり(おとうと)()()であるアレフを、ジャンは深く信頼している。

 だからこそ己のすべきことを成す。いつだってそうしてきたのだ。

 

 戦士は再び両手でロングソードを構えている。彼の纏う金の雷は、どのような原理か刀身までは届いていないようだった。剣自体の切れ味を増すものではなく、剣を伝って雷が流れてくる可能性も除外する。瞬きのうちに判断を終えたその瞬間。ジャンの脳裏に直感が走った。

 片手で振り抜こうとした剣の柄にもう片方の手も添える。両手で振り抜いた剣がロングソードに触れる刹那、激しい反発に刀身が激しく揺さぶられた。

 見えない力が剣を強く押し止めている。片手で斬りかかっていれば容易く跳ね返されて体勢を崩していただろう。

 

「これは……!」

 

 反発の方向からすれば、不可視の力の発生源は剣ではなく戦士にある。纏う雷は武器での攻撃を妨げる結界か。そもこの魔法――ジャンは反発に(あらが)いながら、それまでも感じていた奇妙さの理由を理解して目を見開いた。

 これだけ接近したというのに、彼の魔法からは精霊の気配を感じない。代わりに淡くも確かに匂う、聖剣の気配にも似たこれは――

 

 生まれてしまった動揺。戦士はその隙を逃さない。

 突き込まれた剣を籠手で受け流そうとするも、剣先が絡みつくかのように籠手を跳ね上げた。がら空きになった腹へと迫る剣に対し、即座に体を捻り正中をずらす。

 森の竜の鎧すら、彼の剣を正面から防ぐことは叶わなかった。

 脇腹を冷たい感触が貫き、それはすぐに灼熱を伴う激痛へと変わった。噴き出す血が剣を握る籠手を濡らしてゆく様を視界の端に認めながら、ジャンは間近に迫った戦士の目を睨み付けた。

 

 致命傷ではない。ならば。

 

「っ、ぉおおおお!!」

 

 血に滑る足で大地を踏み締め、蹴り飛ばそうとする戦士の足を弾く。拍子に抜けていく剣を一瞥もせず、ジャンは傷に光の魔力を集わせた。

 魔力は穢れを祓いながら、裂かれた肉とはらわたを急速に癒やしてゆく。魔法による治癒は一呼吸の間に終わり、鎧の穴と(おびただ)しい鮮血ばかりが()(ごり)となる。

 

 

 ヴァーダイトの騎士が地に伏せるのは力尽きた時のみ。

 王として、そして騎士として、使命ある限り立ち続ける。たとえ異邦の地にあろうとも、その誓いは変わらず胸の(うち)にある。

 

 

 冷静だった戦士の剣が初めて揺らいだ。反射的にだろう、間合いを取ろうと下がった彼目掛け踏み込む。剣は防がれ弾かれるが、その力を手の内で流し、勢いを乗せて再度斬りつける。

 弾かれこそすれど反発の方向は単純で、衝撃は一切の減衰なく徹っている。ならば弾かれることを前提に剣を振るえばよい。その程度のことできずして、父と同じソードマスターを名乗れるものか。

 

「――チィッ!」

 

 戦士の兜の隙間から小さく舌打ちが漏れた。

 再び剣が弾かれたその瞬間、ベルトのアミュレットを抜き取った戦士の左手で雷光が閃く。それを目の端で捉えた時には既に、雷の槍がジャンの体を撃ち貫いていた。

 

「ぐ……!」

 

 体を巡る衝撃と痺れに再び光の治癒を重ねるも、その一呼吸の隙に戦士は間合いの外へと大きく跳び退っていた。

 仕切り直しか、とジャンは短く息を吐いて剣の柄を握り直す。

 武器による攻撃を妨げる雷の結界。回避を許さぬ速さで撃ち出される雷の槍。この闘技場に現れた当初、冷徹な戦い方にはそぐわぬあからさまな挑発をしてみせたのは確かに伊達(だて)ではなかったらしい。

 

 だが。この場にいるのはジャンだけではない。

 濃密な攻防は、落雷からの時間にすれば十を数えるにも満たない。――それは戦士の注意を充分に引き付けられたということでもある。

 ジャンの視線の先で、アレフの首筋から引き抜かれた重魔の針が血で細い弧を描く。投げ捨てられたそれが石畳に落ちるより早く、増幅された魔力に闘技場の大気が音もなく啼いた。

 

「風の精霊よ!」

 

 呼びかけに応じ、紫電に魔力が走る。振り抜かれた刀をなぞるように風の魔力が刃を成し空を駆けた。

 戦士はジャンに半身を向けたままアミュレットを腰のベルトに素早くねじ込む。軽く地面を蹴り、前転し潜り抜けるように頭から風の刃へと突っ込んだ。

 鎧に風の刃が掠め甲高い音を立てる。表面に傷をつけただけに終わる刃を背に、戦士は体を起こしつつ腰の鞄から飛び出ていた紐に指を引っかける。引っ張り出された小さな壷はそのまま重力に引かれて落ち、風の刃をかわして後を追うジャンの進路に赤熱したガスを広く撒き散らした。

 火の粉舞う熱気が一帯に激しく立ち込め、咄嗟に制動し顔を庇う。迂回せざるを得ないジャンが見つめる先でアレフは確と笑った。己を、盟友を鼓舞するためのそれを口に浮かべ、戦士を迎え撃つ。

 

「来るか!」

 

 再び紫電に魔力が走った。

 十文字を斬る軌跡が風の刃を続けざまに生み出す。避けがたい二連の斬撃を前に戦士は軽く足を止めると、頭上で構えたロングソードの切っ先をアレフへと向けた。

 瞬間、力強く大地を蹴る。

 それはまさに強弓より放たれた矢の勢いであろう。

 風の刃は生半な障害物なら貫通する。二連の刃の直撃を受けた鎧の隙間から血霞が噴き出すが、それでも彼の勢いは止まらない。

 心の臓を貫かんと真っ直ぐに突き込まれた剣。迷いなくアレフの胸甲に迫ったその切っ先が、金属を打ち鳴らす激しい風の音と共に揺れた。

 ほんの僅かに生まれた、その隙。指の先ほどに細いそれへとアレフは半歩踏み込んだ。揺れた剣の腹に紫電の峰を添え、火花散らしながらその勢いを受け流す。そのまま懐に入り込むと、両手で構えた紫電の柄尻で胴を打ち据えた。

 

「そお、っらぁ!!」

 

 金の雷による反発と膂力優れた剣士による(こん)(しん)の殴打。打ち勝ったのはアレフであった。

 剣を揺らした時と同じく、盾として纏っていた風を利用したのだろう。靴底が地面に触れる直前で戦士の足下を突風で掬い、僅かに姿勢を崩した瞬間に殴りつける。雷の反発もしっかりと踏ん張れなければむしろ殴られた衝撃を増すことになる。

 殴り飛ばされ石畳を転がるも、戦士は地面を蹴り即座に体を跳ね起こした。まるで全身鎧など身につけていないかのような身軽さで再び斬り掛からんとするが、それより早くアレフは紫電に依らぬ小さな風の刃を低く放った。

 臑を狙ったそれを前に戦士の膝が僅かに(たわ)み――跳ねる。跳躍はいっそ軽やかとさえ言えるものだった。

 

「見事!」

 

 アレフの賞賛と風の刃を飛び越え、そのまま両手に構えたロングソードを振り下ろす。勢いと体重の乗った重い一撃を風の盾と紫電の峰で受け流すも、さしものアレフもよろめき膝をついた。援護は間に合う。ジャンは地を蹴る足に力を込め、ほとんど飛び込むような姿勢で二人へ突っ込んだ。

 戦士はしかし追撃する素振りを見せず両腕を正面で交差させる。その手でアミュレットが微かに光った。

 

 衝撃。

 

「なっ!」

「ぐうっ!」

 

 不自然な程に痛みはない。全身を不可視の力に弾かれ、鎧を着込んだ体が大きく吹っ飛ばされる。戦士の向こう側でアレフもまた同じように転がっている。

 ジャンが顔を上げた先で赤い紋が光り、戦士の両手に紅炎が灯った。爆ぜるように勢いを増す炎を宿した手を大地に叩きつければ、伝播したかのように点々と石畳が赤熱する。

 つま先に迫った熱から飛び退いた直後、音を立てて幾筋もの火柱が激しく噴き上がった。

 天を焦がす火焔の中で、立ち上がった戦士の右手にあったロングソードが掻き消える。入れ替わるように現れたのは異形の槍であった。

 二本の稲妻が螺旋に絡み合ったような、騎槍に似た何か。それを目にした瞬間、ジャンの勘が激しい警鐘を鳴らした。

 あれは危険だ。ともすれば二振りの聖剣に匹敵するほどの――

 

「まずい、アレフ!」

 

 ジャンの警告に、盟友はしかし動じない。腰の鞄から引き抜いた石英の羽を握り砕き、不敵な笑みを戦士へと向けた。

 

「なあに、腕比べと行こうじゃないか!!」

 

 突き出した左手の先で凍てつく風が凝縮し、すぐさま長大な躯を誇る氷の竜の姿を成した。

 時を同じくして戦士の足が重力に反してゆらりと浮きあがる。掲げた槍から赤い雷が弾け、火柱の名残を消し飛ばしながら大気が灼ける無機質な臭いと間違えようもないほどに濃い竜の気配とを周囲に叩きつけた。

 古の大魔導師が残したという風の大魔法。アレフの切り札の一つであるそれが戦士へ襲いかかるその瞬間、戦士の手から赤い雷と化した槍が放たれる。

 

 轟音が空を劈いた。

 

 凄まじいまでの光と衝撃。平衡感覚すら(おぼ)(つか)なくなる中で、石畳を踏みしめて衝撃を堪え、耳鳴りに頭を揺さぶられながらジャンは目を凝らす。

 

 警鐘はまだ止まない。

 

 アレフは衝撃に弾かれたのか受け身を取っている。大魔法を行使した後だ、シースの羽で精神力は補われていても次を撃つには幾らかの猶予が必要になる。

 戦士の手元に走った赤い雷が実体を伴い異形の槍と化す。やはりあれは聖剣に比肩する武器か。――そう判断したその時。異形の槍から再び赤い雷が弾けた。

 アレフは動けない。間合いは五歩。打てる最善手。切り札を切るのは今を置いて他にない。

 ジャンは左手を振るってライトニードルを放つ。

 アレフが見せた大魔法とは較べられぬほどささやかな光の針だ。舞い上がった黄金の病葉にまぎれて戦士に迫り、甲高い音と共に胸甲を撃ち抜いた。

 

「――ッ!?」

 

 今まさに魔法剣を撃たんとしていた戦士は大きく姿勢を崩した。

 見た目は細く、威力は相応。しかしこの魔法はそれに見合わぬ重さを宿す。父を探して歩き回ったあの地下墓所で、幾度危機から救われたことか。

 そして今、またとない好機を生み出してくれた。あとはそれに応えるのみだ。

 

 ジャンは剣を目の前で水平に掲げた。

 幅広の刀身が音を立てて三叉に広がり、三つの剣先から光が溢れ出す。剣に宿った魔法が魔力を受け、秘めた力を解放してゆく。

 由来確かならねど、この剣は光を宿し闇を切り裂く。聖剣ムーンライトソードが聖王アルフレッド一世の象徴ならば、このトリプルファングこそ“ソードマスター”ジャン・アルフレッド・フォレスターが命を預ける愛剣である。

 

「はあっ!!」

 

 閃光が迸った。

 振り下ろした剣から放たれた光の矢は戦士へと殺到し、炸裂する。弾けた光は辺り一帯ごと灼き尽くした。

 

 黒くさえ見える光の中で、もはや淡い影しか見えぬ戦士は膝をつき、そのまま(くずお)れた。

 

 その余波はジャンをも襲った。先の轟音でふらついていた足が爆風に掬われ、なすすべもなく吹き飛ばされる。

 天地も分からぬままに石畳を転がっていた体が、ふっと強い風に押し返された。

 みるみるうちに勢いを(そう)(さい)され、壁に激突する寸前で止まった。駆け寄る足音の主が、風を操って受け止めてくれたらしい。

 

「ジャン! 自分を巻き込む奴があるか!」

「はは……」

 

 笑って誤魔化しながら、ジャンは軋む体を起こして治癒の魔法を己に掛けた。それを見て大事ないと判断したのだろう、アレフは紫電を鞘に戻し、肩から力を抜いた。

 

「……脇腹は大丈夫か?」

「うん? ああ、問題ない。すぐに治したから」

「ならいいのだが……。ノエル殿たちとの約束は、結局果たせなかったか」

「あれほどの猛者だったのだ。こうして生きているだけで充分無事だと言えるだろう。それにアレフが約束を果たせなかったというなら、原因は私の未熟さにこそある。……同じソードマスターの称号を得ても、未だ父上の足元にも及ばないということなのだろうな」

 

 応急処置を終え、ジャンは差し出された手を掴んで立ち上がった。そして、視線を闘技場の中央へ向ける。

 石畳は砕けてめくれあがり、剥き出しになった大地は浅く抉れている。そこにあの戦士がいたという痕跡は何一つ残されていなかった。

 ジャンは目を瞬いて周囲を見回した。いくらトリプルファングに宿る魔法が強力なものといえど、跡形も残らないということは有り得ないはずだ。

 

「彼はどうなった?」

 

 問いに、アレフは首を振る。

 

「分からない。焼き尽くされたというよりは、鎧ごと塵となって消えたように見えたが……」

「あの盗賊たちのように、元いた場所に戻っただけであれば良いのだがな」

 

 命を奪うつもりで剣を振るったとはいえ、あれほどの戦士がこのような場所で命を散らすなどあってはならないとも思う。――たとえ彼が、()の気配漂う()の魔法を扱うとしてもだ。

 

「とにかくだ。勝ったはいいが、これからどうする?」

「ほかの部屋や建物外周を見ておきたい。直接的な手がかりもだが、様式や意匠を確かめてレオンに確認しようと思っている」

 

 ジャンは自身の髪に引っかかっていた病葉をつまんだ。光の跳ね返し方はまるで丁寧に磨かれた金細工のようだが、手触りは萎びた木の葉そのものだ。これも手がかりとなるだろう。

 

「とりあえずあそこの(こう)()を壊してここから出よう。最悪、アレフだけでも魔法で壁を飛び越えて外に出られるだろうが」

「無茶を言うな」

 

 呆れた顔でアレフが首を振ったその時だった。

 

 

 <あなたは闘技に勝利しました>

 

 

 それは声ではなかった。

 頭の中に直接意味が浮かび上がるような、そんな奇妙な感覚であった。

 警戒を引き上げた直後、足下から黄金色の光が湧き上がり視界を覆う。やがてその光が薄れ消えれば、周囲の景色は一変していた。

 青葉繁り木漏れ日揺れる森の中――あの闘技場に転移する前に、ジャンとアレフがいた場所である。

 隣に立つアレフも警戒を解かぬまま辺りを見回すが、木立も、二人を(いざな)った石像も、変わらぬ様子でそこにある。

 

「これは……おい、ジャン。鎧が」

 

 アレフが指さした先は、かの戦士に貫かれた脇腹である。傷は癒やせども鎧は破損していたはずだが、跡形もなく(ふさ)がり、血の汚れすら残っていない。

 それだけではない。アレフの首筋にあった重魔の針を突き刺した痕も消えている。手足の疲労さえも消え去り、戦いの余韻はすべて失われていた。

 

「一体どうなっているというのだ……」

 

 アレフの呟きに、答えられる者はいない。

 葉擦れの音ばかりが静寂を満たす中で、ジャンは手元に残った落ち葉を見つめた。

 

 この金細工にも似た病葉だけが、先の戦いが白昼夢でない唯一の証明であった。




 もし叶うならばムーンライトソード装備の本気のジャン、ダーク・スレイヤー装備の本気のアレフと戦ってみたいものです。


・キングスフィールドの魔法と魔法剣(拙作での登場順)
 アイスストーム:使用者がアレフであるため、今回登場したのは風の魔法。対象に冷気の嵐をぶつけてまとわりつかせる。
 ミサイルシールド:風の魔法。物理防御力を上昇させる。
 ブレス:光の魔法。体力回復+全状態異常回復。
 紫電:二種類ありコマンドによって使い分ける。風の刃を撃つ。もしくは十字状の風の斬撃を二発撃ち出す。
 ウィンドカッター:風の魔法。敵を貫通する鋭利な風刃を放つ。
 フリーズ:風の魔法。氷の竜を生み出し対象を凍結させる。大魔導師が夢に見た竜の姿を模して創り出した魔法だという。
 ライトニードル:ジャンが最初から覚えている光の魔法。光の針を投擲する。牽制として非常に使い勝手が良い。
 トリプルファング:見た目とギミックは3仕様としたが、使用者がジャンであるため一種類のみ。対象を追尾し着弾地点で炸裂する光の矢を三本放つ。
 ヒーリング:水の魔法。体力を回復する。


 アレフからすればアイスストームやフリーズとミサイルシールドや紫電の魔法剣は同じ風の系統だが、褪せ人からすると全く別の系統に見える。
 そしてジャンやアレフからすれば古雷の槍は魔法剣に見えるので、あの雷に使用者の魔法的素質が関わっていないとは思いもよらない。
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