エミリア=ギャズダは、16年前、ヤゲノ王国の首都から少し離れた街、ブレスコウで産まれた。
ブレスコウは首都から近いことと、王国では数少ない鉱山が存在したことにより、大きく栄えていた。人口も多く、活気に溢れた街であった。
200年程前に滅んだブレスコウ大公国の首都でもあったため、古い伝統的な様式の建物が目立つ、色鮮やかな美しい街並みであった。
エミリアは、古くも美しい家々や、豊かな自然もあったこの街を、愛していた。この街で多くの友人を作り、家族と共に、平和に暮らしていたのだ。
その日までは。
帝暦1924年10月10日
良く晴れた気持ちの良い朝を迎えたその日、ヤゲノ王国全土に最悪の報せがもたらされた。
北方の、かつて、僅か30年前まで彼らを支配していたオストレオン帝国が、再びヤゲノの地を帝国の版図に加えんと、宣戦布告し、越境を開始したのだ。
ヤゲノ王国軍は突然の侵攻にも関わらず、よく耐え、その後一週間は国境付近での戦闘に留まっていた。
だが、帝国軍が、その当時は最早、資源貧弱な国家が埋め合わせのように使っている事が殆どであったはずの魔導士を使った、新たな"魔導化部隊"と呼ばれる部隊を戦線に投入してからというもの、一気にヤゲノ王国軍は敗退していった。
魔導士は、従来、生身でありながら大きな攻撃力を持っていることを活かして、機動力の高い大砲のように扱われていたのだが、戦車の登場により、その優位性は著しく失われてしまっていた。先の大戦の後半には、殆どの列強国で魔導士部隊の活躍は無くなっていたほどだ。
魔導化部隊とは、その魔導士の魔力をエネルギーとして使用したもの、つまり、石油の代わりに、魔力で戦車を動かし、砲弾の代わりに魔力で砲を撃つというような、"魔力兵器"、に魔導士を乗せて戦うようにしたものだ。
しかし、これらは本来、魔力の消費が激しく、実戦には適さないと、他の列強各国は開発に力を入れることがなかったものでもあった。
帝国は、ただ一国、この魔導化部隊の大量運用を可能とした国になったのだ。
魔力を持つ非帝国人を燃料とすることによって。
そして、帝国は新たに得た優位性でもって、ヤゲノ王国を蹂躙した。
やがて、エミリアの住む街にも帝国軍は侵入し、占領した。
その際に、大規模な帝国軍による"燃料の収穫"と"奴隷狩り"が行われたが、エミリアの家族とエミリアは運良く無事であった。
そこから数日で、首都も失い、軍も壊滅したヤゲノ王国は降伏し、全土がオストレオン帝国によって支配されることとなったのだ。
帝国は先ず、首都、ヤゲノスルカからヤゲノ人を追放した。
首都を帝国人のみで構成される総督領の首府として再整備するためだった。
そして、追放されたヤゲノ人の多くは首都近くの都市、ブレスコウにやって来た。
これによって街には家の無い人々が溢れ、治安も人口の急増によって悪化した。
更に、これだけでは済まず、半年もすると、総督府はヤゲノの他の都市部、特に首府周辺に植民を積極的に推し進めるようになる。
ブレスコウもその対象となり、多くの住民が追放され、残った一部の人々は、街の外れ、小さな地区、"ゲットー"に押し込まれた。
そして、空っぽになった街には帝国人が大挙して押し寄せ、ゲットーに押し込まれた人々が数日前まで住んでいた家々に我が物顔で住み着いたのだ。
更に、歴史ある建物は老朽化を理由に次々取り壊され、新たに集合住宅が建てられていった。
帝国は故郷も、家も、歴史も、全てを奪っていったのだった。
それでも、エミリア一家は半年程前までは、ゲットーで苦しいながらもどうにか無事に暮らしていた。
彼女らのブレスコウでの"平和"な暮らしの終わりは、隣家の喧騒から始まることになる。