グダルスカでの一件が終わって数週間が経ち、総督、ルドルフは通常業務に忙殺されていた。
「予算が足りん..植民地統治に必要な予算として少なすぎる。そもそも都市部以外は、重要地域や施設、幹線道路のみを掌握し、奴隷や燃料が必要になったら"収穫"に向かうという今の方針で良いと考えている理由が分からん。こんなだからレジスタンスが延々と沸き続けるんだ」
ブツブツと文句を呟きながら書類を次々整理していると、副官のワシンスキーが執務室へ入ってきた。
「どうした?」
「閣下。例の、スパイの件でお尋ねしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「スパイの、エミリアという女の家族を今、庁舎の特別房で保護しているそうですね」
書類を捲りながらワシンスキーが言う。
「それがどうかしたか?」
「予算不足の現状で、何故わざわざ保護をされているのかなと疑問に思いまして」
ルドルフは得心が言ったように頷く。
「そういう契約なんだ。『もし、潜入した組織で自由に動けるようになれば家族に合わせてほしい』という条件で奴を送り込んだ」
「何故、劣等などのためにそんな契約を..?」
「簡単な話だ。組織で自由に単独で動ける程の信用や地位を得たスパイを、わざわざ手放すのも勿体無いだろう?生かして置いた方が、その後も使い続けられるしな。向こうから願い出た条件を飲んでやることで、より協力的にもなった。たった三人分の食費と幾らかの費用で裏切らないスパイの完成。万々歳というわけさ」
「なるほど。そうであったのですね。失礼しました」
ワシンスキーは納得し、頭を下げる。
「構わんよ。それより、丁度良かった。ワシンスキー頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「私は明後日からここを空け、帝都に出向く。帝国の高官が集い総帥閣下も出席される"帝国最高評議会"に参加せねばならん。その間の代理業務を頼みたい」
ヤゲノ解放軍解放区
ーナジェルノスクー
その日、ジャック=コワルスキーの元に、来客が来ていた。
「すると、エミリア?君は、我々と共に働きたいと?」
ジャックがそう尋ねる。
「はい。このまま何もせず待っていられないんです。ずっと家にいても、家族のことばかり考えてしまって辛くて..だから..それに、私の命を救ってくださった皆さんに恩返しするためにも、ここで働きたいんです」
エミリアの言葉に、ジャックはうーんと唸る。
確かに、人手は欲しい。だが、いきなりここに来たばかりの身元も分からない人間を入れるわけにはいかない。
それに、先日のエミリアや他のグダルスカから連れてきた人々の証言による"人口政策"の件もある。
だが、それをあからさまに出して断ることも出来ない、ジャックはどう丸め込んだものかと頭を回転させた。
「...街の警備とは言っても、他の奴らよりはマシだが、いつ帝国に襲撃されて死ぬかも分からんぞ。働きたいだけなら、他にも職はある。この解放区はそれなりに充実しているから」
「それでも..私は、少しでも帝国から独立するために協力したいんです。だって、そうじゃないと、家族と安心して暮らせない。この理不尽を、許せない!」
確かに、彼女から話を聞いた限りでは、怪しいところはない。
他の"人口政策"によってグダルスカへ連れてこられた人々と証言も一致している。
それに、自分から他の街から連れてこられたと、怪しまれかねないことを正直に打ち明けてもいたのだ、怪しむ理由は少なかった。
最終的に、ジャックを動かしたのは、またしても、彼女の表情だった。
彼女の真剣な、それでいて、怒りに燃えているように見えるその表情に、家族に会いたいという偽りのないであろう気持ちに、ジャックは判断を後押しされたのだった。
「分かった。だが、いきなり任務に就かせるわけにはいかん。暫くは、オレや、そこにいる長身のヨゼフが色々教える。見込みがありそうなら、オレからボスに頼んでやるよ」
ヨゼフと呼ばれた長身の男を指差し、ジャックは言った。
軽い仕事を任せて、様子を見つつ、エミリアが本当に安全な者か確かめようとジャックは考えていた。
だが、既にジャックは彼女をかなりの程度信用してしまっていた。
それ程までに、エミリアの怒りは本物に見えたのだ。
実際、本物の怒りであり、家族への気持ちも嘘偽りが無い以上、見抜きようはなかっただろう。
「ありがとうございます!」
エミリアはパッと顔を明るくし、深々とジャックに頭を下げるのだった。