ーオストレオン帝国 ナーエスブルクー
オストレオンの帝都近郊にあるこの街は、古くから帝都からの商品の流入や、交易等で栄えてきた。
近年は、交通の発達により、ここから帝都へと通勤に出る者も多くなり、街の中心部から北にある帝都の方角にかけての地区は大いに栄えている。
帝都とは真逆の南方向の通りも、帝都へと向かう人々や古くからの交易の流通経路であったことから、今でも比較的豊かさが保たれていた。
だが、南の通りの裏手や東西の地区は、帝都で暮らして行けなくなった失業者や、帝都で暮らすことが許されていない上、帝国人よりも待遇が圧倒的に劣悪な状況である移民達が暮らす地区となっており、10年前よりはマシになったものの、30年前などからは考えられない程、寂れ、荒れ果てている。
アンドレアス=バルテルは、そんなナーエスブルクの東にある地区で暮らす、一家の11歳になる次男だ。
彼の一家は、両親が結婚し、長男が生まれた頃までは帝都に暮らしていた。
だが、両親の結婚後直ぐ、今から20年程前、帝国は、未だ皇帝により統治されていた時期に起きた世界規模の不況に巻き込まれる。
これによって失業率は跳ね上がったのだが、アンドレアスの父もその煽りを受けて失業してしまう。
職を失い、帝都の高い家賃を払いきれなくなった両親はナーエスブルクの今の、アンドレアスが産まれた家に移ったのだった。
アンドレアスの父はどうにか職にありついたが、低賃金の、本来なら移民が就いていたような肉体労働だった。
母も内職で家計を支えていたのだとアンドレアスは聞かされている。
長男を育てることで精一杯だった一家はもう一人子供を産むことなど考えていなかった。
だが、総帥が帝国の実権を掌握して以降、経済は上向き始めたのだ。
更に、帝国人の出産を奨励するため、総帥は幾つもの補助金を創設。
更に、父はナーエスブルクの郵便局で新たに職を得るにことが出来、街の中心部には移り住めないが、比較的余裕のある暮らしが出来るようになったことも後押しし、彼の両親はアンドレアスを産むことになったのだった。
だから、アンドレアスは総帥に感謝している。
自身がこの世に産まれてこれたのは、総帥のおかげだと考えていたからだ。
そんなアンドレアスは今日という日をとても楽しみにしていた。
総帥が、この街にやってくるのだ。
総帥は、ナーエスブルクを帝国復興象徴の一つに位置付けており、一年に一回、この街で演説を行う。
普段、アンドレアスの父は、玩具など余分な物は節約のために殆ど買ってくれないが、この演説の日は特別で、演説のある広場に開かれる屋台でホットドッグなんかを買ってくれるのだ。
だから、アンドレアスにとってこの日は本当に特別な日であった。
今年も、総帥は広場に厳重な警護車に囲まれながら、総帥専用の車両に乗って、街の広場へと通りで歓迎する市民らに手を振りながら、やって来る。
車を降りた総帥は、ゆっくりと勿体をつけるように広場に備え付けられた演壇へと登り、聴衆に向き合うと、彼らの熱狂が静まるまで静かに待った。
やがて、聴衆が静まると、総帥は、軽く咳払いをし、口を開く。
「帝国の為に働き、常に祖国に貢献している偉大なる人々よ。私は感謝を伝えに来た。この街は、悪逆なる先帝の失政によって、数十年前に栄華を極めたその姿を失ってしまっていた。しかし、どうだ。周りを見渡してみ
よ」
総帥は、指を自身の視界の先にある街並みを差し、それをなぞるように腕を半回させる。
「悪逆帝の廃位後、障害が取り除かれた諸君らは目を見張るばかりの献身を発揮し、瞬く間にこの街をかつての偉大な姿を越える程に復活させた。勿論、まだ完全とは言い難い。まだ一部の地区は寂れたままとなってしまっている」
肩を落とすような仕草をしながら、総帥は続ける。
「だが、10年前、20年前を思い起こしてみよ。街の治安はどうだった。表通りですら安心して歩けぬ有り様だったはずだ。裏通りでは殺人や強盗、麻薬が横行していた。今はどうだ!」
総帥は拳を振り上げた。
「表通りは夜でも歩けるようになった!裏通りもまだ課題はあっても、麻薬や血の臭いとは無縁になった!これらは全て、諸君らが帝国に尽くしたからこそ実現したものである。我々は、悪逆帝や無能なる旧執政政府とは違う。帝国への献身に対しては必ず報いる。優秀な帝国人が理不尽に搾取されることを許してはならない」
そこで総帥は一呼吸置く。
「君達をこれまで搾取してきたのは悪逆帝である。しかし、その悪逆帝を皇位に就けたのは誰か」
再び一呼吸置き、聴衆を見渡す。
「そう!列強だ!我々から全てを奪った列強諸国である!自分達に逆らわない都合の良い存在として、悪逆帝に我が偉大な帝国の神聖なる至尊の冠を被せたのだ!」
語気を強め、拳を上下させる激しい動きをしながら総帥は続けた。
「何故か!そう!奴らは我々の優秀さを恐れたからだ!先の大戦もそうだ!幾つもの列強国が我が国一国を襲った!許しがたいことだが、これは、リンチでもしなければ、我が国には勝てないという事実の現れである!」
彼はトーンを落とし、演台に手をつく。
「我々は優秀だ。故に外敵に狙われやすい。奴らは我々を妬み、恐れているのだ。だが、負けてはならない。諸君らの帝国への献身は奴らへの抵抗の一歩である!」
その後も総帥は演説を続けたが、アンドレアスにはまだ難しい内容も多く、総帥が来るずっと前から立っていたこともあり、睡魔が襲ってきた。
彼は隣で聞いていた父におぶられ、そのまま意識を夢の中へと放り出す。
次に目が覚めたのは、聴衆の熱狂によってだった。
起き抜けでぼんやりしていたアンドレアスは周りをゆっくり見渡す。
徐々に脳が覚醒し、どうやら演説が終わったらしいことに気がついた。
人々が帝国を称える文句や総帥を称える言葉を口々に叫んでいたのだ。
そして、アンドレアスが父の頭越しに見える演壇を見ると、丁度、総帥は黒い親衛隊服を着た誰かと言葉を交わしながら演壇を降りていくところであった。