人質を取り、醜い抵抗を続けた中年スパイを確保したエミリアらの隊は、再びパトロールを再開し、街を一周した後、街の入り口、ジャックの警護部隊オフィス付近へと戻ってきていた。
街の入り口には、丁度、帝国郵便車に偽装した、ヤゲノ総督府領中にいる協力者への連絡を載せた車が、街を出るための手続きをしている。
間に合った。
エミリアはそう心の中で安堵していた。
彼女は、ヤゲノ総督府に報告を送る為には、この配送車に協力者への連絡を偽装して報告を自身の自宅に駐屯している連絡員に届けるしかないと考えていのだが、時々しかこの配送車は出ない為、今日を逃すとまた数週間、下手をすれば数ヶ月待たねばならなくなる。
その為、彼女は危険を犯してでもあの場を素早く収める必要があったのだ。
エミリアに取っては幸運なことに、丁度パトロールから戻ってきた彼らに、街の入り口で、こうした車や人の出入りを記録し、監視している受付の者が配送車内のチェックを依頼して来た。
いつもなら、エミリアはこうした特殊な作業には参加させてもらえず、ただ近くで待たされるのだが、今回は、先程のことで彼らからも多少信頼を得れたのか、一緒に車内チェックをするよう隊長に言われたのだ。
このチェック自体、エミリアが前回の配送車を観察した限りと、ジャックとの雑談から得た情報だが、余り厳重なものではないことも分かっていた。
中身の検閲は既に別の部署で済ましているので、ここでのチェック作業は儀礼的なものらしい。
その為、一つや二つ、別の荷物が混ざっていてと気付かれないだろうと当たりをつけたことも、エミリアが配送車を利用しようと考えた理由の一つだ。
隊長らが各々車内の荷物を軽くチェックしているのをエミリアも真似しながらチェックをしていく。
そして、彼女は、心臓を激しく打ち鳴らしながら、ついに決行する。
出来るだけ自然に見えるように、荷物にひっかかってぶつかり、手紙の束を一つ落とす。
そして、それを「あ!すいません」と慌てたように拾い上げ、元の場所に戻した。
隊員達の注目を集めたエミリアが「ごめんなさい」と謝ると、隊長が、「気を付けろよ」と言った後、エミリアの戻した手紙の束を軽く確認し始める。
恐らく、何か忍ばせていないか警戒しているのだろう。
周りの者も其方に注意が向いたので、その隙を付き、エミリアは懐から一瞬で封筒を取り出し、なおも「ごめんなさい」と謝りながら、自身の隣にあった棚に封筒を滑り込ませた。
手紙の束を確認し終えた隊長は少し安堵したような顔を見せ、小さく周りの隊員らに頷き、隊員らはそれを見て、再び注意を車内に向け始める。
隊長は疑って悪かったなとでも言うように、エミリアに苦笑いのように見える表情をチラリと向けた。
エミリアは、その隊長の気持ちを裏切っていることに、酷く罪悪感を覚え、今すぐにでも逃げ出したい衝動にかられたが、堪え忍び、車内の確認を続けるのだった。
ーヤゲノ解放軍本部ー
V.Bの執務室でV.Bとアベルが二人で何やら話し込んでいる。
「では、手筈通り」
アベルがそう言うとV.Bは頷いた。
「ああ、頼んだよ。解放軍にとって、重要な問題だ」
「承知しております」
アベルは敬礼し、執務室を後にする。
ーナジェルノスク とある食堂ー
「聞いたぞ。エミリア。お手柄だったってな!」
その日の職務を終えたジャックが管轄する部隊は、ジャックや隊員ら行き付けの食堂へと来ていた。
昼間のパトロール中に起きた事件が犠牲者0で解決出来たことと、それに大きく貢献したエミリアを労う為にジャックが設けた席だった。
「いえ、誰もケガもしなて良かったです」
エミリアは愛想笑いをして騒ぐ周りの"同僚"達に合わせようと努める。
「よく咄嗟に思い付いたよね」
エミリアと共にパトロールをしていた男の一人が言うと、他の同行していた者達も頷いた。
「思い付いても実行するのは躊躇うよ。あれは。本当すごいね」
「しかし、あんまり積極的に危険なことする必要はないんだぞ?家族の元に帰るのが夢なんだろ?」
ジャックは周りの騒ぎが一区切りつくと、そう言って、エミリアの肩を叩いた。
「み、皆さんを信頼してましたから。きっと成功させてくれるって」
エミリアは、ニコリと笑顔を造りだし、誤魔化す。
実際の所は、身勝手な理由で自分に、ひいては家族にも危害が及びかねない状況を造り出したあの中年スパイへの怒りばかりだったのだ。
エミリアの言葉に、同僚達は、少しはにかんだような表情を浮かべていた。
「なんだかこそばゆいというか」
少し困ったように隊長が言う。
エミリアのことを疑っている彼らからすれば、その張本人から信頼されていると言われ、少し申し訳なさを感じたのだろう。
だが、エミリアはそんな彼らよりももっと深く、罪悪感を感じていた。
さっきも、自身の家族に合うためといったエミリアの言葉を覚えており、しかもそれで気にかけてくれたジャックを、最初から、今も裏切っているという事実に。
「どうした、エミリア。顔色が悪いぞ?」
ジャックにそう言われたエミリアは、ハッと我に帰り、再び笑顔を作った。
不味い。顔が崩れてた?
咄嗟に笑顔を浮かべ、「そうですかね?」と言ってみせたが、ジャックはなおも心配する。
「もしかして体調が悪いのか?なら無理する必要はないぞ?」
それに周りの者達も気が付いたようで、何人かがエミリアの周りに集ってくる。
「確かに、少し青いね。飲みすぎた?」
「もしかしてお酒苦手だった?」
口々に心配され、むしろエミリアの顔色はどんどんと悪くなっていった。
私は、この人達を...
「ほ、ホントに、大丈夫ですから」
今すぐにでもこの場から飛び出したいな衝動を必死に抑えながら、彼女はそう、笑う。
「無理はするなよ?とりあえず、外の空気に当たってきな」
ジャックにそう言われ、もういたたまれなくなっていた彼女は、素直に従い、外へと向かう。
「うーん、ちょっと騒ぎすぎたかな?」
「やっぱ傷心の女の子がいるとこでいつも通りの騒ぎは不味かったですかね」
エミリアは背後から、ヒソヒソと反省会のような会話が行われていることに気が付き、少し早歩きになる。
もう、耐えられそうになかった。
一先ず、外に出て、気持ちを落ち着けなきゃ
彼女は外に出ると、扉が閉まったことを確認し、向かいの路地に入って、その場に崩れるように座り込んだ。
「ごめんなさい..ごめんなさい..」
ずっと自分のことを心配し、気にかけてくれた"同僚"達への罪悪感が一気に押し寄せる。
更に、昼間の中年スパイのことも思い出して、彼女に追い討ちをかけることになる。
自分も、理由は違えど、結局彼らを裏切っていることに変わりはないのだ、と。
あの時、自身の事は棚に上げて、下らない理由で、と中年スパイを軽蔑していたが、やっていることは同じじゃないかと、彼女は今更ながら実感してしまったのだ。
どうすればいいのかも分からず、ただ嗚咽を漏らしていると、人の気配を感じ、慌てて顔を上げる。
そこには、見たことのない顔だが、ジャックらが腕に着けているのと同じヤゲノ解放軍の腕章を着けた男が立っていた。
「大丈夫かい?そんなに泣き腫らして」
泣いている所を見られたエミリアは、サッと顔が青くなってしまった。
「えと、その..ちょっと、家族のことを思い出しちゃって..」
そうエミリアが言うと、男は納得したように頷いた。
「もしかして君、エミリア=ギャズダくんかい?」
突然自身の名を呼ばれた彼女は驚き、困惑した。
「な、なんで私の名前..」
「ん?ああ悪かったね、名乗っていなかった。私は、ヤゲノ解放軍第一作戦実行部隊隊長の、アベルだ。突然だが、君を迎えにきた」
「迎え..?どういう..」
まさかスパイであることがばれたのか?いや他になにか?
突然のことばかりでエミリアは困惑し、先程までのこともあって、脳は混乱状態となっていた。
「まあ、後で詳しく話すよ。ジャックは向かいの店にいるよな?」
アベルに尋ねられ、エミリアは小さくまだ混乱した様子で頷く。
アベルが早歩きで店に向かったので、エミリアは思わず、後についていった。
彼は扉を開け、店にいるジャックを探す。
アベルが見つけるよりも早く、ジャックが彼の存在を認め、声を上げた。
「おう!アベルじゃないか!どうしたんだ?こんなとこで。お前も飲むか?」
アベルはそんなジャックに苦笑しながら、言った。
「悪いが、それはまた今度な」
そして、後ろに付いてきていたエミリアの姿がジャックから見えるように、少し身体を傾け、アベルは言った。
「今日は、この、君んとこのエミリアを借りに来たんだ」
これでpixivさんの方に投稿している分に追い付きました。
なので、次からは一話ずつ投稿していきます。
更新日は、火曜日と金曜日です。
よろしくお願いいたします。
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