ジャックらに別れを告げたアベルは、エミリアを連れて、店の近くに停めてあった車に乗り込む。
「君は今何処に住んでいるんだ?」
「え?」
唐突に家の場所を聞かれたエミリアは思わず、素で驚いてしまった。
「君の家に送りつつ、本題を話そうと思ってね。直ぐに済むよ」
「ここじゃダメなんですか..?」
「車を走らせながらの方が盗み聞きされるリスクも無いだろう。スパイが見つかったんだ、用心に越したことはない」
アベルは言いながら、既にエンジンをかけていた。
「それに、さっき泣いていたじゃないか、
家族の事を思い出して、と言っていたが、それだけとは思えないぐらいに顔色も悪い。今日はもう、店に戻らない方がいいと思うが」
「それは..」
エミリアが返せずにいると、
「安心してくれ。何も取って食おうって訳じゃないからさ」
そう、アベルは笑った。
エミリアが抵抗しても仕方がないとアベルに住所を伝えると、彼は車をゆっくりと発進させた。
車をさほど速くはないスピードで走らせながら、アベルは本題を切り出す。
「君に特別な任務が与えられた」
「任務..ですか..?」
「ああ、詳細は当日に伝えるが、概観だけ説明しておく」
エミリアは不信感を抱いていた。
突然、本部から来たという人間に、まだ入って間もない者に、特別な任務を与えられるなんて考えられないからだ。
しかも、スパイとして潜入している自分がいきなり任務を与えられるなど出来すぎている。
疑われているのだろうか。
「ちょっとした偵察任務なんだがね」
アベルはエミリアのそんな思いを余所に説明を続ける。
「総督府の首府に下見にいくだけの簡単な任務さ。二日後に出発する」
「なんで、私を..?」
エミリアは思いきってそう切り出した。
「なんでだと思う?」
アベルは、少し意地悪な笑みを浮かべ、尋ね返す。
「え..」
困惑した様子のエミリアを見て、アベルはごめんごめんと笑って謝った。
「ボスが君のことを聞いて、是非任務を任せたいとね」
「ボス、というと解放軍の..?」
「そうだよ」
「尚更なぜ..」
「君はつい最近まで首府、ヤゲノスルカ付近の街に住んでいたのだろう?」
「え、ええ」
「帝国はヤゲノ王国の痕跡を消し去ろうとしているのか、次々と再開発が行われている。数年前の地図や知識なんて何の役にも立たなくなっているんだ。そんな中、つい先日まで首府近辺のブレスコウで暮らしていたという君が来た。つまり、首府近くまで君にガイドを頼みたい、というわけさ」
「確かに、ブレスコウに住んでいましたが、ゲットーから殆ど出たことはありませんよ」
エミリアは、余りにも上手く行き過ぎている話にますます不信感を募らせる。
「全く出たことがないわけじゃないのだろう?少しでも土地勘のある人間が欲しいんだ」
「はあ..」
「まあ、悪いが拒否は出来ないぞ。ボスは今日の昼間の報告を聞いて、解放軍の実行部隊に移籍させようとしているからな」
「え!?」
「君の冷静な判断力や危険な事でも臆せず実行できる胆力。我々実行部隊が求める人材だ。だから、他の面での能力を測る為の試験でもある」
「私、移籍を希望したこともないんですけど..」
「組織とはそういうものだ。君は候補者になった。というわけだよ」
だが、まあ、とアベルは続ける。
「折角君の故郷の近くに行くわけだから、家族に会いに行っても良いともボスは言っていた。悪いが、それで我慢してくれ」
「家族に ..?」
やはり、話が出来すぎている。
疑われていることは間違いなさそう。
エミリアは自身に取って都合の良い話ばかりなことから何か裏があることを完全に確信した。
「お、ここだね」
そこから直ぐに、車は、エミリアの住居の前へと到着する。
「そういうわけだから。明後日の夜中、午後10時頃、ここに迎えにくる」
促されるまま車を降りたエミリアに、アベルは扉を閉める直前に、「あ、忘れてた」と話しかける。
「私も同行するから安心してくれ。次の任務ではバディになる。よろしく」
そう言った後、アベルは車を発進させ、去っていった。
最後の最後でもう一つ驚かされたエミリアは、返事をすることも出来ず、ただ、唖然とするだけだった。